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第三章 【誓】
忘れられない
しおりを挟む第二試合。
この試合にブッケンが自ら志願したのには、ある理由があった。
対戦する添津りん子は、小学校時代、ブッケンの公式戦最後の対戦相手である。
ここを勝てば県大会に行けると言ったところに、立ちはだかったのが添津りん子擁する福美卓球クラブだった。
結果は惨敗。
ブッケンも添津に手も足も出ないまま負け、あえなく最後の選手となってしまった、という苦い思い出があった。
ブッケンにとっては正に因縁の相手である。
──あの日の事は今でも時々思い出す。負けた事、何も出来なかった事、悔しくて泣いてしまった事──
流れる様なフォームからトスを上げ、落ちてきた所を鋭く撃ち抜く。何度も反復した、お手本のようなブッケンのサーブ。
サーブを打つと同時に、やや後ろに下がり相手の返球に素早く備える。
新しく取り入れたブッケンのカットマンスタイル──、
右に左に、なんとか得点しようと揺さぶってくる添津のボールを、ブッケンはカットを駆使して粘り強く拾い続けた。そして──
【1-0】
根負けしたかの様に、添津の打球がネットにかかってしまった。
──いっぱい練習して来た。もう、あの時とは違うんだ! それを証明してみせる。この人に、勝ちたい──
続くラリーも、相手が諦めるまで拾い続ける、ブッケンのカット。自分からは絶対に音を上げたりはしない。
試合は進み──、
【6-3】
そんなブッケンを目の当たりにした添津の心の内は──、
──こいつ、こんなだったか? たった一年でこんなに変わるものなのか?──
【8-5】
──うっぜぇぇ……しつけぇんだよ……あん時みてぇに……床に這いつくばってろッッ!──
添津のスマッシュは、コーナーギリギリに飛ぶ会心の一撃。
だがそれをしぶとく拾われ、更には甘くなったボールをチキータで打ち返された。
【9-5】
添津にとっては格下。
勝って当然。
一方的に痛ぶり相手を見下す。
そういう試合になる筈、だった。
【10-7】
──クソ弱虫が、泣いてりゃいいもんを……潰してやんぜ──
マッチポイントを奪われ、迎えたラリー。ブッケンのチキータを取りに行った添津のラケットが、ブッケン目掛けすっぽ抜け飛んでしまった。
結構な勢いで飛んだラケットは、不意をつかれたブッケンが避けるには、時間が無さすぎる。このままでは顔に当たってしまうだろう。
──死ね! 調子に乗ってるからこういう目に合うんだよ、覚えとけ!──
「あっ危ない!」
「避けろブッケン!」
念珠崎ベンチからも悲鳴混じりの声が飛ぶ。
迫ってきたラケットに気づいたブッケンは、咄嗟にラケットとは逆の右手で顔に当たるのを防いだ。
故意に飛ばされた添津のラケットはブッケンの手にあたり、床に落ちると同時に鈍く床を跳ねた。
真っ先にベンチを飛び出したのはまひる。続くように心配そうに他の選手も飛び出してきた。
「おいてめぇ! うちの選手に何してくれてんだよ!!」
今にも飛びかかりそうな勢いのまひるを海香と桜が制し、乃百合と和子はブッケンの元に駆け寄った。
北風も続々とベンチからやって来て、一触即発の場となろうとしていた。
「あの……私は大丈夫です」
そう場を取り繕ったのは、被害を受けたブッケンだった。
「大丈夫ったって、手、赤くなってんだろ」
「いえ、別に痛くは無いですから。それに、これは事故です。卓球やってたら、たまにはこういう事もあるじゃないですか」
ブッケンの言うように、卓球ではラケットがすっぽ抜け、あらぬ方向に飛んで行ってしまう事は、ごく稀に見られる。
「つってもよ……」
まひるの心の中は、先程からマナーの悪い北風中の選手の事がどうにも信用出来なかった。
今回のラケット事件もわざとブッケンを狙ってのものだろう。そう思っている。
「もういいじゃないですか。ただ手が滑ってしまっただけ、それがたまたまこっちに飛んできた。お互い怪我がなくて良かったです」
そう言ってブッケンはラケットを拾い上げると、添津に手渡した。
「すみません、わざとじゃ無いんです。許して下さい」
棒読みにも聞こえた添津の謝罪にカチンときながらも、まひる達は一旦その場を引き下がって行った。
勿論、添津のやった事はわざとブッケンを狙ってのものだったが、その心の内は誰にも分からない。
「続きをやりましょう」
「…………」
──なに上から物言ってんだ……クソ、イライラする──
セットカウント【1-0】
乱闘の熱気冷めやらぬまま、チェンジコートをして試合が再開される。
──第二セット──
添津はがむしゃらに攻めた。
攻めて攻めて、ブッケンの守りをかいくぐろうと、必死に攻めた。
だがブッケンも粘り強くそれを拾い続ける。
──どうなってんだよ……全然抜けねぇ……たった一年で私が追い抜つかれたって言うのかよ!?──
【5-2】
添津はとっくに本気でブッケンを倒しに来てる。だが思うように攻められない。それどころか、この試合初めて繰り出されたブッケンの『逆回転チキータ』
を見て、今の自分の立ち位置を思い知らされた。
──追いつかれたんじゃない…………追い抜かれたんだ……──
【11-6】
小さくガッツポーズを作ったブッケンに対し、腕をだらんと下げ脱力したのは添津りん子。
セットカウント【2-0】
──このまま終わってたまるか……──
因縁の相手を追い詰めたブッケン。だが、添津のプライドと執念はまだ消えてはいない。
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