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第三章 【誓】
こんな筈じゃ
しおりを挟む──いよいよ始まるんだ。準決勝!──
風北中と対峙する念珠崎。
その中で一回戦に出る乃百合の心は燃えていた。
前の試合で庄内地区最強とも言われる鶴岡琴女を倒し、今、最も勢いのある一年生。
ギャラリーの注目度も高い。
選手達は試合前のあいさつを済ませると、自軍のベンチへと一旦引き返していく。
「んだよ、風北の奴ら」
ドカッと席に着くなり、まひるは悪態をついた。整列時、風北中の態度がまひるのカンに触ったのだ。
「なんか睨んでましたね……」
「わっ子ちゃん。そうビビんなくてもいいよ。これから殴り合いをする訳じゃないんだから」
「ま、俺は殴り合いでも構わねぇけどな!」
「まっひー、仮にも部長なんだからね?」
「へーい」
まひるは桜に怒られた。
「乃百合ちゃん。初っ端頼んだよ!」
「任せて下さい! やっちゃいますよー!」
第一試合の乃百合はチームメイトに見送られ、コートの前に立ち対戦相手を待ち受けた。
三ケ沢音。二年生。シェイクハンド。前陣速攻型。
乃百合のスタイルとよく似た戦い方をする選手であり、ミラーマッチとなるこの一戦。
「常葉さん対三ケ沢さん、第一ゲーム、常葉さんサービス、0-0」
最初のサーブは乃百合からである。
乃百合は先の試合の勢いそのままに、得意の速いサーブを打ち込んだ。もうあの時のような迷いは感じられ無い。
一球、二球、三球目。
乃百合の三球目攻撃が鋭く相手コートを撃ち抜いた。
【1ー0】
続くサーブも気持ちいいくらいに勢いよく飛ばした乃百合。
しかし、それを相手に拾われ、流れの中で失点を許してしまう。
【1ー1】
その後は両者速攻のせめぎ合いで、目まぐるしく攻守の入れ替わる速い試合展開。
【3ー3】
特徴的なのは、三ケ沢が打球を打つ際、乃百合を威嚇するかのように足を強く踏み込み、大きな音を立てて打ち込んでくる事だ。
【5ー4】
普通の選手であれば萎縮する人もいるかも知れないが、気の強い乃百合には大して効果はない様にも見られる。
【7ー6】
力関係はほぼ互角。乃百合は二年生相手に、気持ちも技術も全然負けてはい。
そしてその均衡を破るかのような矢のような打球が一閃──、
相手の状態が戻り切る前に駆け抜けた、乃百合渾身のライジングドライブ。
【8ー6】
「キタキタキタキターッ!」
「乃百合ちゃん…ほんと凄いかも」
乃百合のライジングドライブは、決してその場のマグレなどではなく、しっかりとその感覚をモノにできている。
大技を決められた三ケ沢は、わざと相手に届くように、大きく舌打ちをした。
せっかく気持ちよくドライブを打ち込んだ乃百合も、これには気分が悪い。このマナーの悪さに流石に乃百合も一言物申す。
「ちょっと今のは無いんじゃ──」
「っせ、雑魚が浮かれやがって」
「んな!?」
「鶴岡琴女もよくこんな弱っちー奴に負けたよな。あいつも雑魚かよ」
代を挟んで二・七四メートル。激しく睨み合う二人に、審判は流石に苦言を呈した。
これまでの乃百合の人生で、こんなに気分の悪い相手は未だかつて居なかった。
──鶴岡選手は強かった! 馬鹿にするな! この人には絶対に負けられないッ──
念珠崎ベンチも一連のやり取りに気が気では無い。
「おいおい、何揉めてんだよ……子供じゃねぇんだぞ」
「それをまっひーが言うかね」
「でもでもさくら先輩、風北って本当に態度悪く無いですか? ベンチの方もホラ」
和子の言うように風北ベンチでは、ポケットに手を突っ込み仰け反るように座る選手が悪目立ちしている。
「確かにガラ悪いけど、大丈夫だよわっ子ちゃん。卓球で勝負するんだし、怖じ気づいたらそれこそ相手の思う壺だよ? ブッケンもね」
気の弱い和子とブッケンを咄嗟に気遣い、桜は良く出来た先輩の姿を見せた。
「はいっ! 頑張ります!」
「…………」
「ん? どうしたのブッケン?」
「……あ、いえ。頑張ります」
──試合の終盤──
【9ー7】
ここまで主導権を握り中々の試合運びを見せている乃百合は、二点のリードを保ったまま終盤戦に突入していた。
相変わらずの激しいラリーで、この人には負けたく無いという強い思いがビシビシと伝わってくる。そして──、
──一気にこのセットを取りに行く! 私の最高の武器で終わらせる!──
打ち込まれてきたボールに対し、そのボールが跳ねるか跳ねないかを狙いに行った乃百合だったが、タイミングを見誤りネットにかけてしまった。
【9ー8】
その瞬間ニヤリと笑った三ケ沢に対し、乃百合の血液は再び一気に頭に集中しだした。
「あぁ……今の惜しかったですね」
「そうだね。ライジングは元々難しいからね。こんなことも起こり得るよ」
この一点で調子を崩したのか、乃百合はこの後連続得点を許し、逆転で第一セットを落としてしまった。
【9ー11】
苦虫を噛み潰したような表情を見せた乃百合を見て、三ケ沢は御満悦である。
これでセットカウントは【1ー0】
──第二セット──
身体はよく動いている。
前の試合の疲れも感じない。
集中力だって──
──あると思う……なのに、なんで……私、負けてるの──
【3ー7】
打って変わって第二セットは一方的な展開。
──この人、なんかやりにくい──
乃百合のミスが目立ち始め、点差が徐々に開き始めていた。
【3ー8】
乃百合の武器であるライジングドライブは、最初の一撃以降一度も決まっていない。
完全にリズムが崩れ、立て直そうにも自分では何がダメなのか、よくわからないまま試合を進めてしまっていた。
「乃百合の奴、やっぱ冷静さ欠いてんじゃねぇのか?」
「いやぁ、と言うよりこれは……」
「あーやられちゃってるねー。こんな手で来るとはねー。確かに効果的かもねー」
桜と海香は感づいた様だ。
乃百合がここまで空回りを繰り返すカラクリに──
──相手をよく見るんだ! タイミングを合わせてこっちも動き始めるんだ! よく見て──、今だッ──
【3ー9】
絶妙なタイミングで振り抜いたと思われたライジングドライブは、またしてもネットにかかり相手のコートに届く事は無かった。
──ボールが……思った程来てない……!?──
【3ー10】
マッチポイントを奪った三ケ沢は、崩れんばかりの笑顔を見せつけ、乃百合を煽っているのが見え見えだ。
──くぅそぉ! 今度こそ決める! 絶対に! よく見て、タイミングを合わせて!──
────、
【3ー11】
第二セット、一度もまともに攻めさせてもらえなかった。
だがここに来てやっと気がついた。
ずっと感じてた違和感の正体に。
──……やられた……なんでこんな事に気づかなかったんだ……──
第二セットも奪い、笑いを堪え切れなくなった三ケ沢は、乃百合を見ながら声を出して笑った。
「あははーーッ、だっせ」
セットカウント【0ー2】
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