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第三章 【誓】
わがまま
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ベスト4をかけた戦いを終え、念珠崎と月浦の選手達が引き上げていく。奇しくも向かう先は同じ選手控室である。
明るい表情の念珠崎に対し、月浦の選手の足取りは重い。
それでも同じ空間で支度をし、顔を突き合わせなければならないという、なんとも残酷な共同控室──
大きなフロアが丸々控室になった空間のその一角に念珠崎の陣地があり、纏められ荷物が置かれている。
初の県大会行きを決め高揚感に包まれた選手達が戻ると、すぐその隣では膝を抱えて泣きじゃくる選手と、暗い顔で慰める女の子達が居た。
先程まで念珠崎同様、ベスト4をかけて隣のコートで試合をしていた『虎岡三中』である。
虎岡三中気遣い、乃百合は喜びを爆発させたい気持ちを抑えながら自分の荷物のある場所に腰を下ろした。
すすり泣く選手達の声が耳に届いてくる。県大会を逃して悔しい気持ちはよくわかる。よくわかるのだが……その泣き方が乃百合には少し、何というか、大袈裟過ぎやしないかと感じた。
悔しさは人それぞれで、その胸の内は推し量る事は出来ないが、それでもこれは新人戦。自分達は勿論、彼女達にも来年がある。これで最後というわけでは無いのだ。
どうにも気になってしまう。しかしチラチラと見るわけにもいかず、乃百合は念珠崎の話の輪に顔を向けながらも、ついつい耳を虎岡三中の方へと向けていた。とその時、乃百合の耳になにやら物騒な言葉が入ってきた。
──絶対許さない……ぶっ潰してやる──
「えっ……」
それと同時に肩を何者かに捕まれ、グイッと後ろに引き寄せられた。
「えっあ、ちょっ……」
その動きに念珠崎のチームメイトの視線が乃百合に集まった。そして張本人の乃百合が思わず振り向いた先には、虎岡三中選手の顔が、すぐ目の前にあった。
その顔は涙で崩れた顔だったが、悲しみや悔しさというよりは、寧ろ怒りに満ちた顔だった。
「な、なんでしょうか!?」
「念珠崎さん!」
「はっはい!?」
「アイツらには、風北中には絶対負けないで!」
「えっ!?」
「アイツらだけは許せない! あんなヤツらに、卓球やる資格なんてない──、」
そこまで言ったところを他の三中の選手に静止させられたが、尚もその怒りは収まる様子が無く、今度は同じ三中の選手に喰ってかかった。
「離してよ!」
「やめなよ宮、念珠崎さんに迷惑かけちゃダメだよ」
「あんた達は、あんな事されて悔しくないの!? 許せるの!?」
「私達だって悔しいよ、悔しくて許せなくて、我慢するので精一杯。でもね、念珠崎さんは関係ないんだよ? これから大切な準決勝があるの。わかるよね?」
「くぅ……」
チームメイトに宥められ、宮と、呼ばれた女の子は言葉を失い、不満そうに唇を噛み締めた。
「念珠崎さん、ごめんなさいね……私達の事は気にしないでくれていいからね」
「あ、いえちょっと驚いてしまっただけなので大丈夫です」
「あの、準決勝、そしてその先も私たちの分まで頑張って下さい。応援してます」
「はい、ありがとうごいます!」
宮はほかの選手に肩を抱かれるように、自分達の陣地へと体を向け直した。そしてその後、三中は荷物をまとめ一足先に観客席へと移動して行くのだった。
───、
騒動が落ち着いた頃、まひるは桜に話しかけた。
「なぁ桜、さっきのって」
「虎岡三中のエース『鈴木宮』だね。クールなイメージがあったけど、あんなに取り乱すなんてね」
「あそこまで言われちゃあ気になっちまうよなぁ」
「まぁね。でも私達がやる事は一つ。全力でぶつかって最高の卓球をやる。そして勝つ。それだけ。じゃない?」
「まぁな」
少し重くなりかけた空気を変えるかのように、一つ手を叩く音を鳴らし海香が口を開いた。
「そんな事より、決めなきゃいけない事があるんじゃないのかなー?」
「ん?」
「オーダーだよー、オーダー」
「あ! そっか……まっひーはその手じゃ無理だもんね。海香も戻って来たし、次の試合まで考えなきゃだよね」
まひるの手首の怪我は、恐らく腱鞘炎だろうとの事だった。その事は当然海香にも伝わっており、満場一致でまひるは次の試合には出さない事となっていた。
「ダブルス経験のある、乃百合&ブッケンペアにしようか」
「ちょっといいかなー? 私にその役、やらせてくれないかなー? 遅刻しちゃったし、一番元気なのは私だし」
「えっちょっと待って下さい! 海香先輩、ダブルス出来るんですか!? てか、組むとしても誰と……」
乃百合は思わず会話に割って入った。
海香の卓球の力とセンスは疑いようがないが、仮に自分と組むとなった場合、足を引っ張らないで合わせるイメージが全く浮かばなかった。
「勿論、経験はあるよー。わっ子ちゃんもやりたいよねー?」
「えっあ、はい!」
「海香先輩、わっ子とやるんですか!?」
「んー? 当然だよー。うちのダブルスは小岩川和子。そう決まってるじゃんかー。ねー、わっ子ちゃん!」
「あっはい!」
海香は和子に抱き着くように迫ると、思わず和子は元気よく返事をしてしまった。
「わっ子も怖いもの知らずかよ!」
やんやとオーダーのやり取りをしていた所に、今度は顧問の先生がやって来た。そして先生は一枚の紙切れを皆んなの前に差し出しこう言った。
「今回から、オーダーはお前達の自主性に任せようと思う。それぞれ悔いの残らないように最善の策で挑むよーに。そしてこれは私からのヒントだ」
それは、次の対戦相手『風北中』の予想オーダーが書かれた紙だった。
「風北はここまでオーダーを一度も変えてない。十中八九、次もこれで来るだろう」
『一回戦 三ケ沢音(二年)
二回戦 添津りん子(一年)
三回戦 片倉夢&片倉叶(二年)
四回戦 川端未来(二年)
五回戦 瀬場恵(二年)』
そのオーダーを目にした選手達、必然的にダブルスに目が行った。
今一番の問題はダブルス。
「夢&叶。この世代じゃもう顔なじみだよなぁ。本当にいきなりで大丈夫かぁ? このペア、双子だけあってめちゃくちゃ息の合ったプレーすんだよなぁ。片やこっちは急造コンビ」
「まっひー、大丈夫だってー。それに、わっ子ちゃんをシングルスで出すのかなー? それこそしんどいと思うけどなー。ましてや、外すなんて選択肢はないよねー? 全員で戦うのが念珠崎だよねー?」
「うーん。そうなんだが────」
「あ……あの!」
「どうしたブッケン?」
「その……私は海香先輩の意見に賛成します……それで、その……私のわがままも、聞いて貰えたら……な、なんて……」
ぷ……
「ぷははははっ海香は別にわがまま言ってるわけじゃねぇよ。本当ブッケンは面白ぇな! んで、ブッケンのわがままってなんだよ? この際どーんと言ってみろ!」
まひるに盛大に笑われ顔を赤らめたブッケンは、少し引いた立場で意見を述べた。
「私を……私に第二試合をやらせて下さい…… お願いします!」
「お? ブッケンが自ら志願とか珍しいな。急にどうした?」
「いえ、別に大した事じゃないんですが……」
「オーケーオーケー。んじゃ、ブッケンは第二試合っと……」
「ちょっとまっひー」
独断で決めるまひるに対し、桜が文句を言おうとした矢先、まひるは正論でそれを返してみせる。
「俺はこのチームのキャプテンだ。話し合いが纏まらねぇなら。俺が力づくで纏めてみせる。それが俺のやり方であり、責任の取り方だ。このまま話し合って全員が納得する答えが出るのか? いや出るのかも知れねぇが、それはすぐじゃぁねぇ。試合はすぐすこまで来てんだよ」
「うっ……」
「それに何より面白そうじゃねぇか!」
「くっ……」
常日頃から桜はまひるに振り回されっぱなしである。
そして桜を振り回す者はまひるだけではない──、
「はいはいはーーい!」
「はい! 乃百合さんどうぞ!」
「私は一回戦でお願いします! さっきの感覚を忘れないように、すぐに試合がしたいですッ!」
「ちょ、乃百合ちゃんは少し休んだ方が──、」
「オーケー! 決まりだぜ!」
桜は思わず頭を抱えた。
──なんなのこのノリ……──
「もぅ。わかった。じゃあ私のわがままも聞いて頂戴ね。私は五回戦をやるよ。本当は四回戦に出るのが筋だけど、五回戦の瀬場選手。一度やってみたかったんだよね」
「んじゃ四回戦は連戦だけど海香だな! 遅刻しできたんだ、文句は言わせねぇぜ?」
「勿論だよー。まっひーの代わりは私がやるよ。今度こそ、負けないんだから」
作戦もへったくれもなく決まってしまったオーダーだが、各々がやりたいポジションに収まり、これはこれで誰も文句のないオーダーとなった。
そしていよいよ、準決勝が始まろうとしていた。
明るい表情の念珠崎に対し、月浦の選手の足取りは重い。
それでも同じ空間で支度をし、顔を突き合わせなければならないという、なんとも残酷な共同控室──
大きなフロアが丸々控室になった空間のその一角に念珠崎の陣地があり、纏められ荷物が置かれている。
初の県大会行きを決め高揚感に包まれた選手達が戻ると、すぐその隣では膝を抱えて泣きじゃくる選手と、暗い顔で慰める女の子達が居た。
先程まで念珠崎同様、ベスト4をかけて隣のコートで試合をしていた『虎岡三中』である。
虎岡三中気遣い、乃百合は喜びを爆発させたい気持ちを抑えながら自分の荷物のある場所に腰を下ろした。
すすり泣く選手達の声が耳に届いてくる。県大会を逃して悔しい気持ちはよくわかる。よくわかるのだが……その泣き方が乃百合には少し、何というか、大袈裟過ぎやしないかと感じた。
悔しさは人それぞれで、その胸の内は推し量る事は出来ないが、それでもこれは新人戦。自分達は勿論、彼女達にも来年がある。これで最後というわけでは無いのだ。
どうにも気になってしまう。しかしチラチラと見るわけにもいかず、乃百合は念珠崎の話の輪に顔を向けながらも、ついつい耳を虎岡三中の方へと向けていた。とその時、乃百合の耳になにやら物騒な言葉が入ってきた。
──絶対許さない……ぶっ潰してやる──
「えっ……」
それと同時に肩を何者かに捕まれ、グイッと後ろに引き寄せられた。
「えっあ、ちょっ……」
その動きに念珠崎のチームメイトの視線が乃百合に集まった。そして張本人の乃百合が思わず振り向いた先には、虎岡三中選手の顔が、すぐ目の前にあった。
その顔は涙で崩れた顔だったが、悲しみや悔しさというよりは、寧ろ怒りに満ちた顔だった。
「な、なんでしょうか!?」
「念珠崎さん!」
「はっはい!?」
「アイツらには、風北中には絶対負けないで!」
「えっ!?」
「アイツらだけは許せない! あんなヤツらに、卓球やる資格なんてない──、」
そこまで言ったところを他の三中の選手に静止させられたが、尚もその怒りは収まる様子が無く、今度は同じ三中の選手に喰ってかかった。
「離してよ!」
「やめなよ宮、念珠崎さんに迷惑かけちゃダメだよ」
「あんた達は、あんな事されて悔しくないの!? 許せるの!?」
「私達だって悔しいよ、悔しくて許せなくて、我慢するので精一杯。でもね、念珠崎さんは関係ないんだよ? これから大切な準決勝があるの。わかるよね?」
「くぅ……」
チームメイトに宥められ、宮と、呼ばれた女の子は言葉を失い、不満そうに唇を噛み締めた。
「念珠崎さん、ごめんなさいね……私達の事は気にしないでくれていいからね」
「あ、いえちょっと驚いてしまっただけなので大丈夫です」
「あの、準決勝、そしてその先も私たちの分まで頑張って下さい。応援してます」
「はい、ありがとうごいます!」
宮はほかの選手に肩を抱かれるように、自分達の陣地へと体を向け直した。そしてその後、三中は荷物をまとめ一足先に観客席へと移動して行くのだった。
───、
騒動が落ち着いた頃、まひるは桜に話しかけた。
「なぁ桜、さっきのって」
「虎岡三中のエース『鈴木宮』だね。クールなイメージがあったけど、あんなに取り乱すなんてね」
「あそこまで言われちゃあ気になっちまうよなぁ」
「まぁね。でも私達がやる事は一つ。全力でぶつかって最高の卓球をやる。そして勝つ。それだけ。じゃない?」
「まぁな」
少し重くなりかけた空気を変えるかのように、一つ手を叩く音を鳴らし海香が口を開いた。
「そんな事より、決めなきゃいけない事があるんじゃないのかなー?」
「ん?」
「オーダーだよー、オーダー」
「あ! そっか……まっひーはその手じゃ無理だもんね。海香も戻って来たし、次の試合まで考えなきゃだよね」
まひるの手首の怪我は、恐らく腱鞘炎だろうとの事だった。その事は当然海香にも伝わっており、満場一致でまひるは次の試合には出さない事となっていた。
「ダブルス経験のある、乃百合&ブッケンペアにしようか」
「ちょっといいかなー? 私にその役、やらせてくれないかなー? 遅刻しちゃったし、一番元気なのは私だし」
「えっちょっと待って下さい! 海香先輩、ダブルス出来るんですか!? てか、組むとしても誰と……」
乃百合は思わず会話に割って入った。
海香の卓球の力とセンスは疑いようがないが、仮に自分と組むとなった場合、足を引っ張らないで合わせるイメージが全く浮かばなかった。
「勿論、経験はあるよー。わっ子ちゃんもやりたいよねー?」
「えっあ、はい!」
「海香先輩、わっ子とやるんですか!?」
「んー? 当然だよー。うちのダブルスは小岩川和子。そう決まってるじゃんかー。ねー、わっ子ちゃん!」
「あっはい!」
海香は和子に抱き着くように迫ると、思わず和子は元気よく返事をしてしまった。
「わっ子も怖いもの知らずかよ!」
やんやとオーダーのやり取りをしていた所に、今度は顧問の先生がやって来た。そして先生は一枚の紙切れを皆んなの前に差し出しこう言った。
「今回から、オーダーはお前達の自主性に任せようと思う。それぞれ悔いの残らないように最善の策で挑むよーに。そしてこれは私からのヒントだ」
それは、次の対戦相手『風北中』の予想オーダーが書かれた紙だった。
「風北はここまでオーダーを一度も変えてない。十中八九、次もこれで来るだろう」
『一回戦 三ケ沢音(二年)
二回戦 添津りん子(一年)
三回戦 片倉夢&片倉叶(二年)
四回戦 川端未来(二年)
五回戦 瀬場恵(二年)』
そのオーダーを目にした選手達、必然的にダブルスに目が行った。
今一番の問題はダブルス。
「夢&叶。この世代じゃもう顔なじみだよなぁ。本当にいきなりで大丈夫かぁ? このペア、双子だけあってめちゃくちゃ息の合ったプレーすんだよなぁ。片やこっちは急造コンビ」
「まっひー、大丈夫だってー。それに、わっ子ちゃんをシングルスで出すのかなー? それこそしんどいと思うけどなー。ましてや、外すなんて選択肢はないよねー? 全員で戦うのが念珠崎だよねー?」
「うーん。そうなんだが────」
「あ……あの!」
「どうしたブッケン?」
「その……私は海香先輩の意見に賛成します……それで、その……私のわがままも、聞いて貰えたら……な、なんて……」
ぷ……
「ぷははははっ海香は別にわがまま言ってるわけじゃねぇよ。本当ブッケンは面白ぇな! んで、ブッケンのわがままってなんだよ? この際どーんと言ってみろ!」
まひるに盛大に笑われ顔を赤らめたブッケンは、少し引いた立場で意見を述べた。
「私を……私に第二試合をやらせて下さい…… お願いします!」
「お? ブッケンが自ら志願とか珍しいな。急にどうした?」
「いえ、別に大した事じゃないんですが……」
「オーケーオーケー。んじゃ、ブッケンは第二試合っと……」
「ちょっとまっひー」
独断で決めるまひるに対し、桜が文句を言おうとした矢先、まひるは正論でそれを返してみせる。
「俺はこのチームのキャプテンだ。話し合いが纏まらねぇなら。俺が力づくで纏めてみせる。それが俺のやり方であり、責任の取り方だ。このまま話し合って全員が納得する答えが出るのか? いや出るのかも知れねぇが、それはすぐじゃぁねぇ。試合はすぐすこまで来てんだよ」
「うっ……」
「それに何より面白そうじゃねぇか!」
「くっ……」
常日頃から桜はまひるに振り回されっぱなしである。
そして桜を振り回す者はまひるだけではない──、
「はいはいはーーい!」
「はい! 乃百合さんどうぞ!」
「私は一回戦でお願いします! さっきの感覚を忘れないように、すぐに試合がしたいですッ!」
「ちょ、乃百合ちゃんは少し休んだ方が──、」
「オーケー! 決まりだぜ!」
桜は思わず頭を抱えた。
──なんなのこのノリ……──
「もぅ。わかった。じゃあ私のわがままも聞いて頂戴ね。私は五回戦をやるよ。本当は四回戦に出るのが筋だけど、五回戦の瀬場選手。一度やってみたかったんだよね」
「んじゃ四回戦は連戦だけど海香だな! 遅刻しできたんだ、文句は言わせねぇぜ?」
「勿論だよー。まっひーの代わりは私がやるよ。今度こそ、負けないんだから」
作戦もへったくれもなく決まってしまったオーダーだが、各々がやりたいポジションに収まり、これはこれで誰も文句のないオーダーとなった。
そしていよいよ、準決勝が始まろうとしていた。
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