53 / 96
第二章【越】
解けた魔法
しおりを挟む
──第五セット──
桜は酒田夜宵の勢いを抑えられなくなってきていた。
その勢いはまるで津波の様に押し寄せてくる。
【3-5】
何をやっても、どんなに無理な体勢からでも、撃てば必ずコートに吸い込まれてくる夜宵のボール。もはや手が付けられない。
そして桜の魔法も解け始めている。
第五セットにもなれば、夜宵程の選手であれば、異質プレーにも慣れてくるというもの。
こうなってしまっては、実力で劣る桜には成す術がない。これは第四セットで決めておかなければならない試合だった。
──私の卓球が……通用しない……何をやってもコッチに返って来る──
【5-9】
追い詰められた桜は焦っていた。
普段は冷静な桜でも、今の状況は別。これに勝てば、皆と一緒に悲願の県大会へ進める。逆に負けてしまえば、最終戦でエースを一年生が迎え撃つという状況。
──なんで勝てないの……何が足りなかった……どうやったらこの人に勝てるの……誰か、教えて欲しい──
勝ちたいと言う熱が、持ち味の冷静さを溶かしていく。
そのプレーは一言で言うと『らしくない』だ。
勝ちたいと必死にプレーしているのは誰の目から見ても明らかだが、それは桜の良さを消している。
裏技、アンチラバーでのカット攻撃。
久しぶりに出したその攻撃は、夜宵のネットを誘って得点をもたらした。
【6-9】
──よし、まだいける! どんどん攻めて逆転するんだ──
しかし時既に遅し。
追いすがる桜を後目に、夜宵の放ったスマッシュが音を立てて抜けていく。
【6-11】
「くぅ……」
ここまで追い詰めておきながら敗れた桜は、下を向き唇を噛み締めた。
────、悔しい。
負ける事がこれ程悔しい事だったとは、桜は知らなかった。
ゲームカウントは【2-2】
下を向きながら最後の握手を交わす桜だったが、その際、夜宵に一言かけられた。
「藤島さん、すっごく強かった! それに何より、私やっててとっても楽しかったよ!」
「酒田さん……うん。私も、楽しかった……かも。負ける悔しさ、教えて貰った。──、次は負けないからね。私も好きだから、卓球」
その後ベンチに引き返した桜はチームメイトに温かく迎えられていた。その激闘はチームメイトの目に深く刻まれており、桜を責める者は居ない。
「まっひー……私、悔しいよ……」
「そっか。なら大丈夫だな」
「え……」
「お陰でうちの桜はもっと強くなる。だろ?」
「…………馬鹿。でも、ありがとう」
「あとは乃百合に任せようぜ」
まひるが乃百合に目配せをすると、乃百合は薄い胸をドンと叩いて見せた。
「任せて下さい! この常葉乃百合が勝って帰ってきますから!」
「乃百合ちゃん、宜しくね。私も何か気づけるように、しっかり試合を見てるから」
「乃百合のその自信溢れる所、本当に尊敬するぜ。ブッケンにも少し分けてやれよ」
「ちょっとまっひー先輩、どういう事ですか?」
最終戦を前に、チームの雰囲気は悪くない。
試合を見守る者も、試合に望む者も、共に戦う準備は出来ている。
そして乃百合が最終戦の舞台へと歩を進める。
「待って、乃百合ちゃん」
そんな乃百合をブッケンが引き止めた。
そして乃百合の頭に手をやると、止めてあったヘアピンを付け直してくれたのだ。
「私もこうやって貰って落ち着いたから。緊張、してるんだよね」
「あはは、バレたか。うん、ありがとう! お陰で楽になったよ。絶対勝ってみせるから」
そして試合が始まる──、
「「宜しくお願いします!」」
向かい合う鶴岡琴女にはオーラがある。それは、海香や、前年チャンピオンの凪咲に通ずる物がある。
「桜先輩、鶴岡琴女選手ってその、強いんですか?」
「強いよ。遊佐凪咲の次のチャンピオンは鶴岡琴女。そう言う人も少くないよ。戦型は【シェイク攻撃型】で、ラバーは両面裏ソフト」
海香と同じく両面に裏ソフトを貼ったラケットは、表裏どちらからでも攻撃的なショットを繰り出せる。つまり、どんな体制からでも攻める事が出来る極めて攻撃的なラバー構成だ。そしてこのラバー構成は、現代卓球において最も力を発揮すると言われている。
対する常葉乃百合は【前陣速攻型】。とにかく前で打球を捉え、相手の体制が整う前に攻めようというスタイル。ラバーは表面、表ソフトで裏面は裏ソフトを使用。打球の速い表ソフトで攻め立て、時に裏ソフトで回転をかけて行く。
──第一セット──
「常葉さん対鶴岡さん、第五ゲーム、常葉さんサービス、0-0」
桜は酒田夜宵の勢いを抑えられなくなってきていた。
その勢いはまるで津波の様に押し寄せてくる。
【3-5】
何をやっても、どんなに無理な体勢からでも、撃てば必ずコートに吸い込まれてくる夜宵のボール。もはや手が付けられない。
そして桜の魔法も解け始めている。
第五セットにもなれば、夜宵程の選手であれば、異質プレーにも慣れてくるというもの。
こうなってしまっては、実力で劣る桜には成す術がない。これは第四セットで決めておかなければならない試合だった。
──私の卓球が……通用しない……何をやってもコッチに返って来る──
【5-9】
追い詰められた桜は焦っていた。
普段は冷静な桜でも、今の状況は別。これに勝てば、皆と一緒に悲願の県大会へ進める。逆に負けてしまえば、最終戦でエースを一年生が迎え撃つという状況。
──なんで勝てないの……何が足りなかった……どうやったらこの人に勝てるの……誰か、教えて欲しい──
勝ちたいと言う熱が、持ち味の冷静さを溶かしていく。
そのプレーは一言で言うと『らしくない』だ。
勝ちたいと必死にプレーしているのは誰の目から見ても明らかだが、それは桜の良さを消している。
裏技、アンチラバーでのカット攻撃。
久しぶりに出したその攻撃は、夜宵のネットを誘って得点をもたらした。
【6-9】
──よし、まだいける! どんどん攻めて逆転するんだ──
しかし時既に遅し。
追いすがる桜を後目に、夜宵の放ったスマッシュが音を立てて抜けていく。
【6-11】
「くぅ……」
ここまで追い詰めておきながら敗れた桜は、下を向き唇を噛み締めた。
────、悔しい。
負ける事がこれ程悔しい事だったとは、桜は知らなかった。
ゲームカウントは【2-2】
下を向きながら最後の握手を交わす桜だったが、その際、夜宵に一言かけられた。
「藤島さん、すっごく強かった! それに何より、私やっててとっても楽しかったよ!」
「酒田さん……うん。私も、楽しかった……かも。負ける悔しさ、教えて貰った。──、次は負けないからね。私も好きだから、卓球」
その後ベンチに引き返した桜はチームメイトに温かく迎えられていた。その激闘はチームメイトの目に深く刻まれており、桜を責める者は居ない。
「まっひー……私、悔しいよ……」
「そっか。なら大丈夫だな」
「え……」
「お陰でうちの桜はもっと強くなる。だろ?」
「…………馬鹿。でも、ありがとう」
「あとは乃百合に任せようぜ」
まひるが乃百合に目配せをすると、乃百合は薄い胸をドンと叩いて見せた。
「任せて下さい! この常葉乃百合が勝って帰ってきますから!」
「乃百合ちゃん、宜しくね。私も何か気づけるように、しっかり試合を見てるから」
「乃百合のその自信溢れる所、本当に尊敬するぜ。ブッケンにも少し分けてやれよ」
「ちょっとまっひー先輩、どういう事ですか?」
最終戦を前に、チームの雰囲気は悪くない。
試合を見守る者も、試合に望む者も、共に戦う準備は出来ている。
そして乃百合が最終戦の舞台へと歩を進める。
「待って、乃百合ちゃん」
そんな乃百合をブッケンが引き止めた。
そして乃百合の頭に手をやると、止めてあったヘアピンを付け直してくれたのだ。
「私もこうやって貰って落ち着いたから。緊張、してるんだよね」
「あはは、バレたか。うん、ありがとう! お陰で楽になったよ。絶対勝ってみせるから」
そして試合が始まる──、
「「宜しくお願いします!」」
向かい合う鶴岡琴女にはオーラがある。それは、海香や、前年チャンピオンの凪咲に通ずる物がある。
「桜先輩、鶴岡琴女選手ってその、強いんですか?」
「強いよ。遊佐凪咲の次のチャンピオンは鶴岡琴女。そう言う人も少くないよ。戦型は【シェイク攻撃型】で、ラバーは両面裏ソフト」
海香と同じく両面に裏ソフトを貼ったラケットは、表裏どちらからでも攻撃的なショットを繰り出せる。つまり、どんな体制からでも攻める事が出来る極めて攻撃的なラバー構成だ。そしてこのラバー構成は、現代卓球において最も力を発揮すると言われている。
対する常葉乃百合は【前陣速攻型】。とにかく前で打球を捉え、相手の体制が整う前に攻めようというスタイル。ラバーは表面、表ソフトで裏面は裏ソフトを使用。打球の速い表ソフトで攻め立て、時に裏ソフトで回転をかけて行く。
──第一セット──
「常葉さん対鶴岡さん、第五ゲーム、常葉さんサービス、0-0」
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
僕は君を思うと吐き気がする
月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。
『 ゆりかご 』 ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。
設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。
最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで
くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。
古い作品ですが、有難いことです。😇
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作


百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
君は妾の子だから、次男がちょうどいい
月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる