しぇいく!

風浦らの

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第二章【越】

解けた魔法

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    ──第五セット──

   桜は酒田夜宵の勢いを抑えられなくなってきていた。
   その勢いはまるで津波の様に押し寄せてくる。

    【3-5】

    何をやっても、どんなに無理な体勢からでも、撃てば必ずコートに吸い込まれてくる夜宵のボール。もはや手が付けられない。
    そして桜の魔法も解け始めている。
    第五セットにもなれば、夜宵程の選手であれば、異質プレーにも慣れてくるというもの。
    こうなってしまっては、実力で劣る桜には成す術がない。これは第四セットで決めておかなければならない試合だった。

   ──私の卓球が……通用しない……何をやってもコッチに返って来る──

   【5-9】

    追い詰められた桜は焦っていた。
    普段は冷静な桜でも、今の状況は別。これに勝てば、皆と一緒に悲願の県大会へ進める。逆に負けてしまえば、最終戦でエースを一年生が迎え撃つという状況。
    
    ──なんで勝てないの……何が足りなかった……どうやったらこの人に勝てるの……誰か、教えて欲しい──

    勝ちたいと言う熱が、持ち味の冷静さを溶かしていく。
   そのプレーは一言で言うと『らしくない』だ。
   勝ちたいと必死にプレーしているのは誰の目から見ても明らかだが、それは桜の良さを消している。

   裏技、アンチラバーでのカット攻撃。
   久しぶりに出したその攻撃は、夜宵のネットを誘って得点をもたらした。

   【6-9】
   
   ──よし、まだいける!    どんどん攻めて逆転するんだ──

   しかし時既に遅し。
   追いすがる桜を後目に、夜宵の放ったスマッシュが音を立てて抜けていく。

    【6-11】

   「くぅ……」

    ここまで追い詰めておきながら敗れた桜は、下を向き唇を噛み締めた。
    ────、悔しい。
    負ける事がこれ程悔しい事だったとは、桜は知らなかった。

     ゲームカウントは【2-2】

    下を向きながら最後の握手を交わす桜だったが、その際、夜宵に一言かけられた。

   「藤島さん、すっごく強かった!    それに何より、私やっててとっても楽しかったよ!」
   「酒田さん……うん。私も、楽しかった……かも。負ける悔しさ、教えて貰った。──、次は負けないからね。私も好きだから、卓球」

    その後ベンチに引き返した桜はチームメイトに温かく迎えられていた。その激闘はチームメイトの目に深く刻まれており、桜を責める者は居ない。

  「まっひー……私、悔しいよ……」
  「そっか。なら大丈夫だな」
  「え……」
    「お陰でうちの桜はもっと強くなる。だろ?」
     「…………馬鹿。でも、ありがとう」
     「あとは乃百合に任せようぜ」

    まひるが乃百合に目配せをすると、乃百合は薄い胸をドンと叩いて見せた。

    「任せて下さい!    この常葉乃百合が勝って帰ってきますから!」
    「乃百合ちゃん、宜しくね。私も何か気づけるように、しっかり試合を見てるから」
    「乃百合のその自信溢れる所、本当に尊敬するぜ。ブッケンにも少し分けてやれよ」
    「ちょっとまっひー先輩、どういう事ですか?」

    最終戦を前に、チームの雰囲気は悪くない。
    試合を見守る者も、試合に望む者も、共に戦う準備は出来ている。
    そして乃百合が最終戦の舞台へと歩を進める。

     「待って、乃百合ちゃん」

    そんな乃百合をブッケンが引き止めた。
    そして乃百合の頭に手をやると、止めてあったヘアピンを付け直してくれたのだ。

     「私もこうやって貰って落ち着いたから。緊張、してるんだよね」
     「あはは、バレたか。うん、ありがとう!    お陰で楽になったよ。絶対勝ってみせるから」

     そして試合が始まる──、

     「「宜しくお願いします!」」

     向かい合う鶴岡琴女にはオーラがある。それは、海香や、前年チャンピオンの凪咲に通ずる物がある。

     「桜先輩、鶴岡琴女選手ってその、強いんですか?」
     「強いよ。遊佐凪咲の次のチャンピオンは鶴岡琴女。そう言う人も少くないよ。戦型は【シェイク攻撃型】で、ラバーは両面裏ソフト」

     海香と同じく両面に裏ソフトを貼ったラケットは、表裏どちらからでも攻撃的なショットを繰り出せる。つまり、どんな体制からでも攻める事が出来る極めて攻撃的なラバー構成だ。そしてこのラバー構成は、現代卓球において最も力を発揮すると言われている。
    対する常葉乃百合は【前陣速攻型】。とにかく前で打球を捉え、相手の体制が整う前に攻めようというスタイル。ラバーは表面、表ソフトで裏面は裏ソフトを使用。打球の速い表ソフトで攻め立て、時に裏ソフトで回転をかけて行く。

     ──第一セット──

    「常葉さん対鶴岡さん、第五ゲーム、常葉さんサービス、0-0ラブ・オール

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