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第二章【越】
身を粉にして
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ブッケンのチキータは、横に曲がるチキータだ。その難しさ故に、モーションに入るのも早く、打ってくるのがバレやすい。加えてあの上浜八千代の手の長さ。横に逃げるボールを拾うにはうってつけの武器である。
試合は、そのたったの一球で流れが決まった。
必殺技を返され、パニックに陥ったブッケンに対し、チャンスとばかりに攻め立ててくる上浜八千代。体格が良い分、当然パワーも今まで感じたことの無い程強烈だ。
──強い……この人……強すぎるよ──
恐らく、公式戦で当たった中では一番の強敵。
だが、ブッケンはここで引く訳にはいかなかった。引いてはいけない理由があった。
【2-6】
まひるに送り出される際、握手したあの手。
その手には握力が全く感じられなかった。恐らく、まひるの手はあの時限界を迎えていたのだろう。
【4-8】
そしてブッケンの次に、まひるはダブルスで再び試合をする。つまり──、
一セットでも長く、一点でも、一球でも多く試合を続ける必要があった。例え勝てないとしても、最低限それだけはやらなければならない。
まひるに一秒でも長く休んで貰う為に──、
ブッケンは更に一歩距離を取り、上浜八千代の重く早いスマッシュに備えた。
そして何度も繰り返し練習してきたそのカットで、ひたすら耐え続けた。
──翔子先輩の様に……文先輩は指が折れても戦った……南先輩はこれがカッコイイと言ってくれた! 先輩達に教わってきたんだ──
粘り強く、どの一球をとっても最後まで手を伸ばした。
【6-10】
長い試合になりそうな予感が漂う。
ブッケンにカットマンが合うと言うのは満更嘘でも無い。攻撃側にとって最も嫌なのは、相手が諦めてくれない事だ。最後の一点が入る迄、勝負はつかない。それが卓球──、
【7-10】
【8-10】
マッチポイントを奪われながらも、長いラリーを制して連続得点。諦めの悪さは筋金入りだ。ブッケンはその身を粉にして、手強い相手に立ち向かった。
膝を擦りむいても関係ない。痛みなど感じない程必死にボールを追った。
──いい加減、このセットを取らなきゃ──
カットを嫌った上浜八千代が前目に落としたボールにブッケンが反応する。すかさず前に踏み込み、再びチキータで撃ち抜いた──、
【8-11】
「キミのチキータは私には通用しないよ」
「────ッ」
必死の努力で手に入れた武器が通用しない。
ブッケンにとってこの事実は、努力が無駄になった瞬間であった。
セットカウント【0-1】
──第二セット──
【1-3】
ラリーは続くが、ブッケンが少し押し込まれ始めていた。それは如実に得点に現れ始める。
技術は向上しているのは確かだが、ブッケンには実戦経験というものが余りにも少なすぎた。
相手は練習通りに動いてくれないし、初めて体験する上浜八千代のリーチの長さに対応しきれなくなってきたのだ。
飲み込みが悪く、融通の効かないブッケンにとって、試合中にこの環境に慣れること自体に無理があった。
「やられたね……」
「やられたって、桜先輩……」
「月裏中は念珠崎を研究してきてるよ。オーダーも完全に読まれてる。まっひーにカットマンをぶつけてきたのも、ブッケンに上浜選手をぶつけてきたのも全て計算通りだよ」
桜の読みはズバリだった。
まひるの体力を削るために敢えてカットマンをぶつけ、横回転を武器とするブッケンには横の変化に強い上浜が充てられた。更には後半には強い選手が控えているという、完璧なオーダー。
ここに来て、全中で甘芽中相手に善戦したという事実が念珠崎を苦しめた。弱小校のままだったならば、ここまではされていなかっただろう。
【2-5】
「──ッ桜先輩! タイムアウト、タイムアウトを取らせてください!」
突然乃百合が大きな声を出すものだから、桜は驚いた。が、ブッケンの事は乃百合が一番分かっている。これは大袈裟だが、本人よりも乃百合の方が詳しいすら有り得ると、桜はまひるを通しタイムアウトを許可した。
このタイミングでのタイムアウトに、ブッケン自身も驚いた様子を見せたが、指示に従いベンチに戻って来た。当然その表情は明るくは無い。
「ブッケン、ナイスファイト!」
「ありがとう乃百合ちゃん。一球でも多く拾ってみせるよ──、」
「でもさ『勝ちに』いこうよ! ブッケンは守るために練習してきたの? 勝つために練習してきたんじゃないの? だからさ。勝ちにいこうよ」
「でも……私の武器はもう……」
乃百合は下を向くブッケンの胸に拳を突き立てた。
「ブッケンの武器はまだあるよ」
「まだ……ある」
「そうだよ」
ブッケンは胸に押し当てられた乃百合の拳に手を重ねた。そうした事で不思議と視界が開けた。それはまるで、雲が晴れたかのような眩しさ。
「そっか……なんで気づかなかったんだろう……こんな事に」
「うん。勝ちに行こう。勝って次に繋いでよ」
ブッケンはそのまま、重ねた手で乃百合の拳を両手で握りしめた。
「ありがとう乃百合ちゃん。乃百合ちゃんはやっぱり凄いや」
「ん?」
「私、どこかで勝つことを諦めてた。試合を長く続ける事しか考えてなかった。それは私の卓球じゃないもんね……うん。勝ちに行く。勝って帰ってくるよ。だから、見ててね!」
ブッケンは落ち込みやすいが立ち直るのも早い。
そして気がついた。上浜八千代の攻略法を──、
試合は、そのたったの一球で流れが決まった。
必殺技を返され、パニックに陥ったブッケンに対し、チャンスとばかりに攻め立ててくる上浜八千代。体格が良い分、当然パワーも今まで感じたことの無い程強烈だ。
──強い……この人……強すぎるよ──
恐らく、公式戦で当たった中では一番の強敵。
だが、ブッケンはここで引く訳にはいかなかった。引いてはいけない理由があった。
【2-6】
まひるに送り出される際、握手したあの手。
その手には握力が全く感じられなかった。恐らく、まひるの手はあの時限界を迎えていたのだろう。
【4-8】
そしてブッケンの次に、まひるはダブルスで再び試合をする。つまり──、
一セットでも長く、一点でも、一球でも多く試合を続ける必要があった。例え勝てないとしても、最低限それだけはやらなければならない。
まひるに一秒でも長く休んで貰う為に──、
ブッケンは更に一歩距離を取り、上浜八千代の重く早いスマッシュに備えた。
そして何度も繰り返し練習してきたそのカットで、ひたすら耐え続けた。
──翔子先輩の様に……文先輩は指が折れても戦った……南先輩はこれがカッコイイと言ってくれた! 先輩達に教わってきたんだ──
粘り強く、どの一球をとっても最後まで手を伸ばした。
【6-10】
長い試合になりそうな予感が漂う。
ブッケンにカットマンが合うと言うのは満更嘘でも無い。攻撃側にとって最も嫌なのは、相手が諦めてくれない事だ。最後の一点が入る迄、勝負はつかない。それが卓球──、
【7-10】
【8-10】
マッチポイントを奪われながらも、長いラリーを制して連続得点。諦めの悪さは筋金入りだ。ブッケンはその身を粉にして、手強い相手に立ち向かった。
膝を擦りむいても関係ない。痛みなど感じない程必死にボールを追った。
──いい加減、このセットを取らなきゃ──
カットを嫌った上浜八千代が前目に落としたボールにブッケンが反応する。すかさず前に踏み込み、再びチキータで撃ち抜いた──、
【8-11】
「キミのチキータは私には通用しないよ」
「────ッ」
必死の努力で手に入れた武器が通用しない。
ブッケンにとってこの事実は、努力が無駄になった瞬間であった。
セットカウント【0-1】
──第二セット──
【1-3】
ラリーは続くが、ブッケンが少し押し込まれ始めていた。それは如実に得点に現れ始める。
技術は向上しているのは確かだが、ブッケンには実戦経験というものが余りにも少なすぎた。
相手は練習通りに動いてくれないし、初めて体験する上浜八千代のリーチの長さに対応しきれなくなってきたのだ。
飲み込みが悪く、融通の効かないブッケンにとって、試合中にこの環境に慣れること自体に無理があった。
「やられたね……」
「やられたって、桜先輩……」
「月裏中は念珠崎を研究してきてるよ。オーダーも完全に読まれてる。まっひーにカットマンをぶつけてきたのも、ブッケンに上浜選手をぶつけてきたのも全て計算通りだよ」
桜の読みはズバリだった。
まひるの体力を削るために敢えてカットマンをぶつけ、横回転を武器とするブッケンには横の変化に強い上浜が充てられた。更には後半には強い選手が控えているという、完璧なオーダー。
ここに来て、全中で甘芽中相手に善戦したという事実が念珠崎を苦しめた。弱小校のままだったならば、ここまではされていなかっただろう。
【2-5】
「──ッ桜先輩! タイムアウト、タイムアウトを取らせてください!」
突然乃百合が大きな声を出すものだから、桜は驚いた。が、ブッケンの事は乃百合が一番分かっている。これは大袈裟だが、本人よりも乃百合の方が詳しいすら有り得ると、桜はまひるを通しタイムアウトを許可した。
このタイミングでのタイムアウトに、ブッケン自身も驚いた様子を見せたが、指示に従いベンチに戻って来た。当然その表情は明るくは無い。
「ブッケン、ナイスファイト!」
「ありがとう乃百合ちゃん。一球でも多く拾ってみせるよ──、」
「でもさ『勝ちに』いこうよ! ブッケンは守るために練習してきたの? 勝つために練習してきたんじゃないの? だからさ。勝ちにいこうよ」
「でも……私の武器はもう……」
乃百合は下を向くブッケンの胸に拳を突き立てた。
「ブッケンの武器はまだあるよ」
「まだ……ある」
「そうだよ」
ブッケンは胸に押し当てられた乃百合の拳に手を重ねた。そうした事で不思議と視界が開けた。それはまるで、雲が晴れたかのような眩しさ。
「そっか……なんで気づかなかったんだろう……こんな事に」
「うん。勝ちに行こう。勝って次に繋いでよ」
ブッケンはそのまま、重ねた手で乃百合の拳を両手で握りしめた。
「ありがとう乃百合ちゃん。乃百合ちゃんはやっぱり凄いや」
「ん?」
「私、どこかで勝つことを諦めてた。試合を長く続ける事しか考えてなかった。それは私の卓球じゃないもんね……うん。勝ちに行く。勝って帰ってくるよ。だから、見ててね!」
ブッケンは落ち込みやすいが立ち直るのも早い。
そして気がついた。上浜八千代の攻略法を──、
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