しぇいく!

風浦らの

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第二章【越】

和子VSまひる

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     ──一週間後──

    部活後、部室で寛ぐ乃百合達の元に、大慌てで海香が飛び込んで来た。

    「大変大変ー!    面白い事が始まるよー!」
    「なんですか海香先輩。大変なのに面白いって」

     乃百合はラケットをケースに仕舞いながらツッコんだ。
     海香の表情からして大変なことではないと瞬時に悟り、やや対応が冷たい。

    「わっ子ちゃんとまっひーが決闘だってさー!」

    こんなにテンションの高い海香はいつ以来だろうか。目を輝かせて一緒に見に行こうと言わんばかりだ。

    「ええぇぇぇっ!?    ど、どこでですか!?」

     予想外の情報に乃百合も思わず食い付いた。乃百合の中に眠る野次馬根性が目を覚ます。

    「体育館で、三点先取のワンゲームマッチだってー!」
    「海香先輩!    急いで行きましょう!    ブッケンも、ほら行くよッ」
    「もう……止めなよ乃百合ちゃん。はしたないよぉ」
    「ブッケンだって観たいくせに」
    「そりゃ……まあ……観たいけど……」
    「ほらほらー!」

    結局、居合わせた部員全員で体育館に行く事になり、二人の対決を見学する事になった。
    体育館に着くと、桜が、こっちにおいでと手を挙げた。ギャラリーは多い方が良い、ということか。

    「ではこれより、わっ子ちゃんVSまっひーの試合を始めます」

    仕切りと審判は桜が行う。
    ルールは三点先取のワンゲームマッチ。
    いくら和子に武器があると言ってもまだまだその実力には天と地ほどの差がある。しかし、三点先取なら勝てる。桜はそう踏んでいた。
    そしてハンデとしてサーブは全て和子から行われる事になっており、デュースは無い。

    「わっ子、俺に挑んでくるとは成長したな。秘密の特訓ってやつの成果を見せてくれるのか?」
    「も、勿論です!    まっひー先輩に勝って、いっぱい褒めてもらうんですから!」

    まひるの表情は余裕に満ち溢れている。まさか卓球を始めて五ヶ月の和子に負けるはずが無いと思っているのだろう。

    「よし、ただの勝負じゃ面白くねぇから、俺が負けたらわっ子のお願いを一つだけ聞いてやるぜ」
    「ほ、本当ですか!?    もし私が負けたら……?」
    「わっ子には何も要求しねぇよ。俺は負けない。それくらい本気でやるからな」

     まひるは和子の気持ちをよく分かっている。和子は本気の勝負を望んでいる。それに応えるのが上級生の務めであり、部長としての役目──、

    「和子VSまひる。サービス和子、0-0ラブ・オール

   ──わっ子ちゃん、最初のサーブは台奥に下回転サーブを打つんだ。そしたらまっひーは多分ドライブで返してくるから、それをわざと浮き玉で返して──

    和子は桜に言われたアドバイスを思い出しながらプレーした。
    想定通りまひるはドライブで返してきて、和子はそれを浮き玉で返す。

    まひるは浮いた返球をチャンスとばかりにスマッシュで打ち返した。

   「っしゃあ!」

    まひるは得点を確信して声を上げたが、和子の姿が見当たらない。そして──、

    台下から突如上がってきたピンポン玉に気がついた。スマッシュは和子によって拾われていたのだ。

   ──最初のロビングは絶対に成功させる事。そして回転はなるべくかけずに、奥を狙って打つこと──

    高く高く舞い上がったロビングがまひるの元に返ってくる。そして着弾するなり再び天高く舞い上がった。

    ならばもう一発とばかりに、まひるは下がりながらスマッシュを打つためラケットを構えた。
    ロビングは山成で帰ってくる為、台で跳ねた後は嫌でもチャンスボールになってしまうのだ。
   だがそれこそが桜の狙い。対戦相手にまひるを選んだのはその為だ。恐らく、今の和子では乃百合にもブッケンにも勝てないだろう。
   相手がまひるだからこそ勝てる。そのカラクリとは────

    まひるの渾身のスマッシュがラケットに当たる。そしてボールは勢いよく飛んでいき、和子のコートに触れること無くオーバーアウトしてしまった。

    「ありゃ」

    【1-0】

    普通のショットは大抵真っ直ぐ飛んでくる。その為、スマッシュの様な横振りのスイングだと『線』で捉える事が出来るため、比較的コントロールしやすいものだ。しかし、大きく跳ね落ちてくるロビングの場合は、上から落ちて来る所をラケットで捕えなければならない為、必然的に『点』で捉えることになる。つまり、より繊細なコントロールが必要になってくる、という事だ。

    まひるは身体能力はずば抜けて高いが、繊細な卓球は不得意だ。そこを狙ってミスを誘った桜の作戦は見事に的中した。

   ──次のサーブも同じで大丈夫。だけど今度は最後のロビングだけ回転をかけて返球しようか──

    先程同様、やや後ろに下がった和子がまひるのスマッシュを床ギリギリの所で捉え、大きなロビングで返した。
    まひるは考えた。落ちてきたところがダメなら跳ね上がりを叩けばいい、と──、

    ロビングの跳ね上がりをまひるのラケットが捉えた。今度はしっかりと芯で捉え、角度もバッチリだった。筈なのだが──、
    まひるのスマッシュはまたもや相手コートのサイドに外れ、得点することは出来なかった。

    【2-0】

    今のロビングには横回転がかけられていたため、僅かに芯からズレ、その影響で弾道が逸れてアウトしてしまったのだ。

    「なるほどな。ロビングで攻めてくるか。考えたなわっ子。俺は嬉しいよ。でもな、ロビングだけじゃどこまで行ってもアタック側が有利だ。それだけじゃ俺は倒せないぜ」

    まひるの言う通り、スマッシュとは卓球における必殺技だ。いくら上手い選手でも、スマッシュを拾い続けることは現実的に不可能で、少しでも逆を突かれれば一気に抜かれてしまうだろう。

    ──最初の二点を取れたら百点満点だね。そっから先は『根性』で一点をもぎ取るんだ──

    「根性って言われても……」

    得点上は【2-0】で、あと一点取れば勝利という圧倒的に有利な展開。だが和子にはまだまひるに勝つイメージが湧いてこない。桜最後のアドバイスが『根性』ではどうにも心元無い。

    ──否、桜の見立てはそんなにズレていはいない。

    和子は知らないのだ。
    今の念珠崎チームはレベルが高いチームだということを──、
    毎朝朝練を欠かさずやっている人間が少ないということを──、
    毎日努力と研究を重ねて取り組んでいる人間が、この世にどれ程いるかということを──、

    念珠崎に入って初めて卓球を始めた和子にとっては、これが普通だと思っているかも知れないが、実はそうでは無い。全国にこれ程努力している卓球部員がどれ程居るだろうか。
    和子の成長スピードは早く、既に他の経験者を凌ごうという所まで来ている。

    実際まひるのスマッシュを床上ギリギリのロビングで拾うと言っても、それはかなりの技術が要求されるものだ。だが、和子はソレをやってのけたのだ。

    和子は自分で思っている程、下手では無い。

    「おおっ!    またまっひー先輩のスマッシュを返した!」
    「わっ子ちゃん、随分と上手くなったよねー」

    実は和子のいい所は他にもある。
    それは大好きなアイドルの映像を見て鍛えられたリズム感だ。歌とダンスを真似しているうちに、知らずのうちに養われたリズムとステップは、少なからず卓球にもいい影響を及ぼしている。

    「ああ……惜しい……でも今のステップ──、」
    「ねー。独特だよね。まるで踊っているみたいだよねー」

    【2-2】

    和子はまひるのプレーに必死に食らいついた。憧れのまひるに褒めて貰いたい。その一心でボールを追いかけ続けた。

   『歌うように。踊るように』

    今、この卓球が楽しくて堪らない。
    まるで自分がアイドルになってステージで活躍しているかのような──、

    まひるのドライブショット。勝負を決めに来たその一球を和子は床スレスレの所で拾い上げた。
    台下から突如現れた緩やかなボール。

    「またロビング──、」
    「いやー、これは……」

    今までのロビングより少し高さが足りない。これはロビングと言うより寧ろ……

    跳ねて落ちてきたところを狙い済ます為にまひるは距離を取った。慎重に、指先まで神経を行き渡らさせて、最後のスマッシュを打つために──、
  
    「えっ!?」

    だが和子の打ち上げたボールは、弾んだ後まひるの元に来るどころか、和子の方に戻っていく様な動きをみせた。

    バックスピンだ────

    ロビングの中でも最も打つのが難しいと言われる、下回転のショットを、和子は土壇場で決めてみせたのだ。
    ただ、高さが足りなかった分、打った本人の体制が整えきれていない。これを打ち返されたら和子の負けが決まってしまう。

    【3-2】

    まひるは最後のボールを打たなかった。そして倒れ込んでいる和子の元に歩み寄り手を差し伸べた。

    「俺の負けだ。強くなったな、わっ子」
    「まっひー先輩……」

    思わず和子の目が潤んだ。憧れ続けた先輩に遂に認められた。この瞬間、やっと自分が念珠崎チームの一員になれた気がした。

    最後のボールをまひるが触っていたらどうなっていたか、と憶測は絶えないが、ともあれ、師弟対決は和子の勝利で幕を下ろした。

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