26 / 96
第一章【挑】
ツイてない女
しおりを挟む
──第四セット──
築山文は考える事が好きな女の子だ。
小さい頃から難しい問題に挑戦するのが好きだった。
それが自分に出来るかと言われれば分からないが、理論上可能であるとは言いきれる。そうやって卓球も日々研究してきたし、それが何よりの楽しみだった。
そして今──
──高速ナックルは一歩下がってループドライブで。普通のナックルは跳ね上がりを卓上ドライブ。下回転はツッツキ、上回転はブロックで、横回転は方向を見極めスライド……──
頭の中では全てのサーブを想定出来ている。後は体がついてこれるかどうかだ。
試される築山文、卓球人生の六年間──
五十川紗江の高速ナックル。
築山文の体がイメージ通りに動きだす。
ボールをよく見て、落ちてきた所を持ち上げるようにループドライブで返した。
──やった!──
弧を描くように相手コートに落ちたループドライブは、バウンドしたと同時に更に勢いを増して紗江に襲いかかった。
「このッ──」
紗江も負けじと返すが、ドライブの回転を抑えきれずに浮き玉の返球となってしまう。
【4-5】
緊張感と高揚感から来るアドレナリンの分泌が、前のセットで学習した点と点との繋がりが、築山文の可能性を引き出していた。
試合前、こんな展開になるとは、念珠崎チームを除いて誰が予想出来ただろうか。
「本当に強い……県大会でもこんなに強い選手は中々……」
これまでの戦いの中で、紗江は完全に築山文の事を認めていた。レシーブ技術もさる事ながら、その対応力には目を見張るものがあった。
【9-8】
そして第四セットの終盤、紗江は遂に逆点を許す。
それでも王者として負ける訳にはいかない。厳しい練習をして来たのは自分達も同じなのだから。
紗江の放った高速ナックル。ただでさえ難しい高速ナックルを、今度はコースギリギリを狙って打ち込んだ。
相手のレシーブを越えるサーブを打つこと、それこそが五十川紗江、最大の攻撃。
──コーナーギリギリ、アウト……いや、入るか……? 打たなきゃ!──
揺れながら落ちてきた高速ナックルは、運悪く卓球台のコーナーでチップして、僅かにコースが変わってしまった。それを慌ててラケットを軌道修正して追いかけた築山文。そして次の瞬間────
体育館に響き渡った鈍い音。
築山文は誤って、勢いよく卓球台のコーナーにラケットを打ちつけてしまった。
その衝撃でラケットは宙を舞い、築山文は右手を抑えてその場に蹲る。
「だ、大丈夫か、君! おい、救護班を呼んでくれ!」
慌てて駆け寄った審判が、大きな声で救護班を呼びだし一気に辺りは騒然とした。
「部長ッ!!」
念珠崎チームもベンチを飛び出し、築山文を囲んで心配そうに様子を伺った。
築山文の手は青紫色に変色し、腫れているようにも見える。表情は苦痛に歪み、ラケットを握れるようには到底見えない。
その後駆けつけた救護班の診察によると、折れているかもしれないとの事で、このまま試合を続けるのは無理との判断だった。
このまま棄権となれば、念珠崎チームの敗退が決定してしまう。が、今の部長に続けて下さいと言える訳もない。
仮に言う権利があるとするならば、それは築山文本人だ。
その本人の気持ちはと言うと──
「さ……さあ。試合の続きを始めましょう。なんかお騒がせしてすみませんでした。私ならもう……大丈夫ですから」
立ち上がり、なんでもなかったかのように振舞った。そして試合の続行を希望したのだ。
「そ、そんな事言ってもキミ! 指、折れてるんだよ!? 気持ちは分かるけど、このまま無理して続けても勝てる見込みは──」
「──っお願いします。どうしてもやりたいんです。このまま棄権で終わるくらいなら、最後まで皆の為に戦いたいんですッ! それにまだ諦めて無いんです。諦められないんです……諦める訳にはいかないんですッ!!」
築山文の気迫に止めようとしていた審判はたじろいだ。しかし、部員の中には部長を思っての棄権を勧める声も少なくない。
「部長、止めておきましょう。今無理して悪化したら……それにその指じゃラケットもまともに振ることが出来ないはずです」
「こればっかりは仕方が無いよ。指の方が大切だもの」
それでも築山文は諦めない。諦めきれない。
落ちていたラケットを拾い、卓球台の前に立った。
「お願いします。やらせて下さい!」
その行動に、困った様子を見せた大人達。そんな中、ただ一人築山文以外にも続行を希望する者が居た。甘芽中キャプテン、五十川紗江だ。
紗江は審判の前に来ると、深々と頭を下げた。
「私からもお願いします。どうか、築山選手に試合をやらせて上げてください。彼女はこの大会が、最後なんです。お願いします!」
「五十川……さん……」
黙っていれば勝ちが決まりそうな所、紗江は審判に頭を下げて続行を嘆願した。
「私からもお願いします! 部長に最後までやらせてあげて下さいッ!!」
「乃百合ちゃん……」
紗江から始まり乃百合達の心にも『部長に最後まで』の輪が広がり、部員達は次々と審判に対して頭を下げた。
そして遂にその熱意に押された審判は、仕方がないとばかりに続行を許可してくれた。
「但し、少しでも無理だと判断したら試合を止めるからね。あと、そのラケット割れてるから。新しいのと交換してね」
築山文のラケットは、木目に沿って真っ二つに割れてしまっていて、とても使えるような状態ではない。
卓球の試合では、ラケット交換は認められてはいないが、重度の破損や欠損が生じた場合のみ、交換が許されている為、審判はラケット交換を進言した。
あとたった二点取れば勝てるといった所での、まさかのアクシデント。築山文はここぞという時にツキが無い。どうにか再開されるとは言え、試合を再開したところで、ラケットをまともに振れない築山文にとっては重すぎる二点……遠すぎる二点。
攻撃がまともに出来ず、ただ来るボールを当てて返すだけで勝てる相手では無い。
ともあれ、ラケットが無い事には何も始まらない。築山文はラケットを借りる為にチームメイトを見渡した。誰からラケットを借りようか──、
とその時、ある人物が築山文の目に止まる。
──あ……あった……ラケットを降らずとも攻撃に転じられる、魔法のラケット……──
築山文は考える事が好きな女の子だ。
小さい頃から難しい問題に挑戦するのが好きだった。
それが自分に出来るかと言われれば分からないが、理論上可能であるとは言いきれる。そうやって卓球も日々研究してきたし、それが何よりの楽しみだった。
そして今──
──高速ナックルは一歩下がってループドライブで。普通のナックルは跳ね上がりを卓上ドライブ。下回転はツッツキ、上回転はブロックで、横回転は方向を見極めスライド……──
頭の中では全てのサーブを想定出来ている。後は体がついてこれるかどうかだ。
試される築山文、卓球人生の六年間──
五十川紗江の高速ナックル。
築山文の体がイメージ通りに動きだす。
ボールをよく見て、落ちてきた所を持ち上げるようにループドライブで返した。
──やった!──
弧を描くように相手コートに落ちたループドライブは、バウンドしたと同時に更に勢いを増して紗江に襲いかかった。
「このッ──」
紗江も負けじと返すが、ドライブの回転を抑えきれずに浮き玉の返球となってしまう。
【4-5】
緊張感と高揚感から来るアドレナリンの分泌が、前のセットで学習した点と点との繋がりが、築山文の可能性を引き出していた。
試合前、こんな展開になるとは、念珠崎チームを除いて誰が予想出来ただろうか。
「本当に強い……県大会でもこんなに強い選手は中々……」
これまでの戦いの中で、紗江は完全に築山文の事を認めていた。レシーブ技術もさる事ながら、その対応力には目を見張るものがあった。
【9-8】
そして第四セットの終盤、紗江は遂に逆点を許す。
それでも王者として負ける訳にはいかない。厳しい練習をして来たのは自分達も同じなのだから。
紗江の放った高速ナックル。ただでさえ難しい高速ナックルを、今度はコースギリギリを狙って打ち込んだ。
相手のレシーブを越えるサーブを打つこと、それこそが五十川紗江、最大の攻撃。
──コーナーギリギリ、アウト……いや、入るか……? 打たなきゃ!──
揺れながら落ちてきた高速ナックルは、運悪く卓球台のコーナーでチップして、僅かにコースが変わってしまった。それを慌ててラケットを軌道修正して追いかけた築山文。そして次の瞬間────
体育館に響き渡った鈍い音。
築山文は誤って、勢いよく卓球台のコーナーにラケットを打ちつけてしまった。
その衝撃でラケットは宙を舞い、築山文は右手を抑えてその場に蹲る。
「だ、大丈夫か、君! おい、救護班を呼んでくれ!」
慌てて駆け寄った審判が、大きな声で救護班を呼びだし一気に辺りは騒然とした。
「部長ッ!!」
念珠崎チームもベンチを飛び出し、築山文を囲んで心配そうに様子を伺った。
築山文の手は青紫色に変色し、腫れているようにも見える。表情は苦痛に歪み、ラケットを握れるようには到底見えない。
その後駆けつけた救護班の診察によると、折れているかもしれないとの事で、このまま試合を続けるのは無理との判断だった。
このまま棄権となれば、念珠崎チームの敗退が決定してしまう。が、今の部長に続けて下さいと言える訳もない。
仮に言う権利があるとするならば、それは築山文本人だ。
その本人の気持ちはと言うと──
「さ……さあ。試合の続きを始めましょう。なんかお騒がせしてすみませんでした。私ならもう……大丈夫ですから」
立ち上がり、なんでもなかったかのように振舞った。そして試合の続行を希望したのだ。
「そ、そんな事言ってもキミ! 指、折れてるんだよ!? 気持ちは分かるけど、このまま無理して続けても勝てる見込みは──」
「──っお願いします。どうしてもやりたいんです。このまま棄権で終わるくらいなら、最後まで皆の為に戦いたいんですッ! それにまだ諦めて無いんです。諦められないんです……諦める訳にはいかないんですッ!!」
築山文の気迫に止めようとしていた審判はたじろいだ。しかし、部員の中には部長を思っての棄権を勧める声も少なくない。
「部長、止めておきましょう。今無理して悪化したら……それにその指じゃラケットもまともに振ることが出来ないはずです」
「こればっかりは仕方が無いよ。指の方が大切だもの」
それでも築山文は諦めない。諦めきれない。
落ちていたラケットを拾い、卓球台の前に立った。
「お願いします。やらせて下さい!」
その行動に、困った様子を見せた大人達。そんな中、ただ一人築山文以外にも続行を希望する者が居た。甘芽中キャプテン、五十川紗江だ。
紗江は審判の前に来ると、深々と頭を下げた。
「私からもお願いします。どうか、築山選手に試合をやらせて上げてください。彼女はこの大会が、最後なんです。お願いします!」
「五十川……さん……」
黙っていれば勝ちが決まりそうな所、紗江は審判に頭を下げて続行を嘆願した。
「私からもお願いします! 部長に最後までやらせてあげて下さいッ!!」
「乃百合ちゃん……」
紗江から始まり乃百合達の心にも『部長に最後まで』の輪が広がり、部員達は次々と審判に対して頭を下げた。
そして遂にその熱意に押された審判は、仕方がないとばかりに続行を許可してくれた。
「但し、少しでも無理だと判断したら試合を止めるからね。あと、そのラケット割れてるから。新しいのと交換してね」
築山文のラケットは、木目に沿って真っ二つに割れてしまっていて、とても使えるような状態ではない。
卓球の試合では、ラケット交換は認められてはいないが、重度の破損や欠損が生じた場合のみ、交換が許されている為、審判はラケット交換を進言した。
あとたった二点取れば勝てるといった所での、まさかのアクシデント。築山文はここぞという時にツキが無い。どうにか再開されるとは言え、試合を再開したところで、ラケットをまともに振れない築山文にとっては重すぎる二点……遠すぎる二点。
攻撃がまともに出来ず、ただ来るボールを当てて返すだけで勝てる相手では無い。
ともあれ、ラケットが無い事には何も始まらない。築山文はラケットを借りる為にチームメイトを見渡した。誰からラケットを借りようか──、
とその時、ある人物が築山文の目に止まる。
──あ……あった……ラケットを降らずとも攻撃に転じられる、魔法のラケット……──
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。
さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。
許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。
幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。
(ああ、もう、)
やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。
(ずるいよ……)
リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。
こんな私なんかのことを。
友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。
彼らが最後に選ぶ答えとは——?
⚠️好みが非常に分かれる作品となっております。
サンタの教えてくれたこと
いっき
ライト文芸
サンタは……今の僕を、見てくれているだろうか?
僕達がサンタに与えた苦痛を……その上の死を、許してくれているだろうか?
僕には分からない。だけれども、僕が獣医として働く限り……生きている限り。決して、一時もサンタのことを忘れることはないだろう。
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!
うちでのサンタさん
うてな
ライト文芸
【クリスマスなので書いてみました。】
僕には人並み外れた、ある能力を持っていた。
それは『物なら一瞬にして生成できてしまう』能力だ。
その能力があれば金さえも一瞬で作れてしまう、正に万能な能力だった。
そして僕はその能力を使って毎年、昔に世話になった孤児院の子供達にプレゼントを送っている。
今年も例年通りにサンタ役を買って出たんだけど…。
僕の能力では到底叶えられない、そんな願いを受け取ってしまう…
僕と、一人の男の子の
クリスマスストーリー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら
瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。
タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。
しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。
剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。
瞬間、青く燃ゆ
葛城騰成
ライト文芸
ストーカーに刺殺され、最愛の彼女である相場夏南(あいばかなん)を失った春野律(はるのりつ)は、彼女の死を境に、他人の感情が顔の周りに色となって見える病、色視症(しきししょう)を患ってしまう。
時が経ち、夏南の一周忌を二ヶ月後に控えた4月がやって来た。高校三年生に進級した春野の元に、一年生である市川麻友(いちかわまゆ)が訪ねてきた。色視症により、他人の顔が見えないことを悩んでいた春野は、市川の顔が見えることに衝撃を受ける。
どうして? どうして彼女だけ見えるんだ?
狼狽する春野に畳み掛けるように、市川がストーカーの被害に遭っていることを告げる。
春野は、夏南を守れなかったという罪の意識と、市川の顔が見える理由を知りたいという思いから、彼女と関わることを決意する。
やがて、ストーカーの顔色が黒へと至った時、全ての真実が顔を覗かせる。
第5回ライト文芸大賞 青春賞 受賞作
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる