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第一章【挑】
ツイてない女
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──第四セット──
築山文は考える事が好きな女の子だ。
小さい頃から難しい問題に挑戦するのが好きだった。
それが自分に出来るかと言われれば分からないが、理論上可能であるとは言いきれる。そうやって卓球も日々研究してきたし、それが何よりの楽しみだった。
そして今──
──高速ナックルは一歩下がってループドライブで。普通のナックルは跳ね上がりを卓上ドライブ。下回転はツッツキ、上回転はブロックで、横回転は方向を見極めスライド……──
頭の中では全てのサーブを想定出来ている。後は体がついてこれるかどうかだ。
試される築山文、卓球人生の六年間──
五十川紗江の高速ナックル。
築山文の体がイメージ通りに動きだす。
ボールをよく見て、落ちてきた所を持ち上げるようにループドライブで返した。
──やった!──
弧を描くように相手コートに落ちたループドライブは、バウンドしたと同時に更に勢いを増して紗江に襲いかかった。
「このッ──」
紗江も負けじと返すが、ドライブの回転を抑えきれずに浮き玉の返球となってしまう。
【4-5】
緊張感と高揚感から来るアドレナリンの分泌が、前のセットで学習した点と点との繋がりが、築山文の可能性を引き出していた。
試合前、こんな展開になるとは、念珠崎チームを除いて誰が予想出来ただろうか。
「本当に強い……県大会でもこんなに強い選手は中々……」
これまでの戦いの中で、紗江は完全に築山文の事を認めていた。レシーブ技術もさる事ながら、その対応力には目を見張るものがあった。
【9-8】
そして第四セットの終盤、紗江は遂に逆点を許す。
それでも王者として負ける訳にはいかない。厳しい練習をして来たのは自分達も同じなのだから。
紗江の放った高速ナックル。ただでさえ難しい高速ナックルを、今度はコースギリギリを狙って打ち込んだ。
相手のレシーブを越えるサーブを打つこと、それこそが五十川紗江、最大の攻撃。
──コーナーギリギリ、アウト……いや、入るか……? 打たなきゃ!──
揺れながら落ちてきた高速ナックルは、運悪く卓球台のコーナーでチップして、僅かにコースが変わってしまった。それを慌ててラケットを軌道修正して追いかけた築山文。そして次の瞬間────
体育館に響き渡った鈍い音。
築山文は誤って、勢いよく卓球台のコーナーにラケットを打ちつけてしまった。
その衝撃でラケットは宙を舞い、築山文は右手を抑えてその場に蹲る。
「だ、大丈夫か、君! おい、救護班を呼んでくれ!」
慌てて駆け寄った審判が、大きな声で救護班を呼びだし一気に辺りは騒然とした。
「部長ッ!!」
念珠崎チームもベンチを飛び出し、築山文を囲んで心配そうに様子を伺った。
築山文の手は青紫色に変色し、腫れているようにも見える。表情は苦痛に歪み、ラケットを握れるようには到底見えない。
その後駆けつけた救護班の診察によると、折れているかもしれないとの事で、このまま試合を続けるのは無理との判断だった。
このまま棄権となれば、念珠崎チームの敗退が決定してしまう。が、今の部長に続けて下さいと言える訳もない。
仮に言う権利があるとするならば、それは築山文本人だ。
その本人の気持ちはと言うと──
「さ……さあ。試合の続きを始めましょう。なんかお騒がせしてすみませんでした。私ならもう……大丈夫ですから」
立ち上がり、なんでもなかったかのように振舞った。そして試合の続行を希望したのだ。
「そ、そんな事言ってもキミ! 指、折れてるんだよ!? 気持ちは分かるけど、このまま無理して続けても勝てる見込みは──」
「──っお願いします。どうしてもやりたいんです。このまま棄権で終わるくらいなら、最後まで皆の為に戦いたいんですッ! それにまだ諦めて無いんです。諦められないんです……諦める訳にはいかないんですッ!!」
築山文の気迫に止めようとしていた審判はたじろいだ。しかし、部員の中には部長を思っての棄権を勧める声も少なくない。
「部長、止めておきましょう。今無理して悪化したら……それにその指じゃラケットもまともに振ることが出来ないはずです」
「こればっかりは仕方が無いよ。指の方が大切だもの」
それでも築山文は諦めない。諦めきれない。
落ちていたラケットを拾い、卓球台の前に立った。
「お願いします。やらせて下さい!」
その行動に、困った様子を見せた大人達。そんな中、ただ一人築山文以外にも続行を希望する者が居た。甘芽中キャプテン、五十川紗江だ。
紗江は審判の前に来ると、深々と頭を下げた。
「私からもお願いします。どうか、築山選手に試合をやらせて上げてください。彼女はこの大会が、最後なんです。お願いします!」
「五十川……さん……」
黙っていれば勝ちが決まりそうな所、紗江は審判に頭を下げて続行を嘆願した。
「私からもお願いします! 部長に最後までやらせてあげて下さいッ!!」
「乃百合ちゃん……」
紗江から始まり乃百合達の心にも『部長に最後まで』の輪が広がり、部員達は次々と審判に対して頭を下げた。
そして遂にその熱意に押された審判は、仕方がないとばかりに続行を許可してくれた。
「但し、少しでも無理だと判断したら試合を止めるからね。あと、そのラケット割れてるから。新しいのと交換してね」
築山文のラケットは、木目に沿って真っ二つに割れてしまっていて、とても使えるような状態ではない。
卓球の試合では、ラケット交換は認められてはいないが、重度の破損や欠損が生じた場合のみ、交換が許されている為、審判はラケット交換を進言した。
あとたった二点取れば勝てるといった所での、まさかのアクシデント。築山文はここぞという時にツキが無い。どうにか再開されるとは言え、試合を再開したところで、ラケットをまともに振れない築山文にとっては重すぎる二点……遠すぎる二点。
攻撃がまともに出来ず、ただ来るボールを当てて返すだけで勝てる相手では無い。
ともあれ、ラケットが無い事には何も始まらない。築山文はラケットを借りる為にチームメイトを見渡した。誰からラケットを借りようか──、
とその時、ある人物が築山文の目に止まる。
──あ……あった……ラケットを降らずとも攻撃に転じられる、魔法のラケット……──
築山文は考える事が好きな女の子だ。
小さい頃から難しい問題に挑戦するのが好きだった。
それが自分に出来るかと言われれば分からないが、理論上可能であるとは言いきれる。そうやって卓球も日々研究してきたし、それが何よりの楽しみだった。
そして今──
──高速ナックルは一歩下がってループドライブで。普通のナックルは跳ね上がりを卓上ドライブ。下回転はツッツキ、上回転はブロックで、横回転は方向を見極めスライド……──
頭の中では全てのサーブを想定出来ている。後は体がついてこれるかどうかだ。
試される築山文、卓球人生の六年間──
五十川紗江の高速ナックル。
築山文の体がイメージ通りに動きだす。
ボールをよく見て、落ちてきた所を持ち上げるようにループドライブで返した。
──やった!──
弧を描くように相手コートに落ちたループドライブは、バウンドしたと同時に更に勢いを増して紗江に襲いかかった。
「このッ──」
紗江も負けじと返すが、ドライブの回転を抑えきれずに浮き玉の返球となってしまう。
【4-5】
緊張感と高揚感から来るアドレナリンの分泌が、前のセットで学習した点と点との繋がりが、築山文の可能性を引き出していた。
試合前、こんな展開になるとは、念珠崎チームを除いて誰が予想出来ただろうか。
「本当に強い……県大会でもこんなに強い選手は中々……」
これまでの戦いの中で、紗江は完全に築山文の事を認めていた。レシーブ技術もさる事ながら、その対応力には目を見張るものがあった。
【9-8】
そして第四セットの終盤、紗江は遂に逆点を許す。
それでも王者として負ける訳にはいかない。厳しい練習をして来たのは自分達も同じなのだから。
紗江の放った高速ナックル。ただでさえ難しい高速ナックルを、今度はコースギリギリを狙って打ち込んだ。
相手のレシーブを越えるサーブを打つこと、それこそが五十川紗江、最大の攻撃。
──コーナーギリギリ、アウト……いや、入るか……? 打たなきゃ!──
揺れながら落ちてきた高速ナックルは、運悪く卓球台のコーナーでチップして、僅かにコースが変わってしまった。それを慌ててラケットを軌道修正して追いかけた築山文。そして次の瞬間────
体育館に響き渡った鈍い音。
築山文は誤って、勢いよく卓球台のコーナーにラケットを打ちつけてしまった。
その衝撃でラケットは宙を舞い、築山文は右手を抑えてその場に蹲る。
「だ、大丈夫か、君! おい、救護班を呼んでくれ!」
慌てて駆け寄った審判が、大きな声で救護班を呼びだし一気に辺りは騒然とした。
「部長ッ!!」
念珠崎チームもベンチを飛び出し、築山文を囲んで心配そうに様子を伺った。
築山文の手は青紫色に変色し、腫れているようにも見える。表情は苦痛に歪み、ラケットを握れるようには到底見えない。
その後駆けつけた救護班の診察によると、折れているかもしれないとの事で、このまま試合を続けるのは無理との判断だった。
このまま棄権となれば、念珠崎チームの敗退が決定してしまう。が、今の部長に続けて下さいと言える訳もない。
仮に言う権利があるとするならば、それは築山文本人だ。
その本人の気持ちはと言うと──
「さ……さあ。試合の続きを始めましょう。なんかお騒がせしてすみませんでした。私ならもう……大丈夫ですから」
立ち上がり、なんでもなかったかのように振舞った。そして試合の続行を希望したのだ。
「そ、そんな事言ってもキミ! 指、折れてるんだよ!? 気持ちは分かるけど、このまま無理して続けても勝てる見込みは──」
「──っお願いします。どうしてもやりたいんです。このまま棄権で終わるくらいなら、最後まで皆の為に戦いたいんですッ! それにまだ諦めて無いんです。諦められないんです……諦める訳にはいかないんですッ!!」
築山文の気迫に止めようとしていた審判はたじろいだ。しかし、部員の中には部長を思っての棄権を勧める声も少なくない。
「部長、止めておきましょう。今無理して悪化したら……それにその指じゃラケットもまともに振ることが出来ないはずです」
「こればっかりは仕方が無いよ。指の方が大切だもの」
それでも築山文は諦めない。諦めきれない。
落ちていたラケットを拾い、卓球台の前に立った。
「お願いします。やらせて下さい!」
その行動に、困った様子を見せた大人達。そんな中、ただ一人築山文以外にも続行を希望する者が居た。甘芽中キャプテン、五十川紗江だ。
紗江は審判の前に来ると、深々と頭を下げた。
「私からもお願いします。どうか、築山選手に試合をやらせて上げてください。彼女はこの大会が、最後なんです。お願いします!」
「五十川……さん……」
黙っていれば勝ちが決まりそうな所、紗江は審判に頭を下げて続行を嘆願した。
「私からもお願いします! 部長に最後までやらせてあげて下さいッ!!」
「乃百合ちゃん……」
紗江から始まり乃百合達の心にも『部長に最後まで』の輪が広がり、部員達は次々と審判に対して頭を下げた。
そして遂にその熱意に押された審判は、仕方がないとばかりに続行を許可してくれた。
「但し、少しでも無理だと判断したら試合を止めるからね。あと、そのラケット割れてるから。新しいのと交換してね」
築山文のラケットは、木目に沿って真っ二つに割れてしまっていて、とても使えるような状態ではない。
卓球の試合では、ラケット交換は認められてはいないが、重度の破損や欠損が生じた場合のみ、交換が許されている為、審判はラケット交換を進言した。
あとたった二点取れば勝てるといった所での、まさかのアクシデント。築山文はここぞという時にツキが無い。どうにか再開されるとは言え、試合を再開したところで、ラケットをまともに振れない築山文にとっては重すぎる二点……遠すぎる二点。
攻撃がまともに出来ず、ただ来るボールを当てて返すだけで勝てる相手では無い。
ともあれ、ラケットが無い事には何も始まらない。築山文はラケットを借りる為にチームメイトを見渡した。誰からラケットを借りようか──、
とその時、ある人物が築山文の目に止まる。
──あ……あった……ラケットを降らずとも攻撃に転じられる、魔法のラケット……──
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