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第一章【挑】
ダサい
しおりを挟む──第二セット──
築山文優勢のまま試合は進んでいく。
誰しもの予想を裏切る展開──
【7-6】
五十川紗江の強さの秘訣はサーブにある。
多彩でキレもあり、且つコースを狙ったサーブで揺さぶって試合を優位に運んでいく。サーブこそ紗江にとっての生命線。
だが、築山文はそのサーブを尽く跳ね返した。相手の癖とパターンからサーブを割り出し、待っていたところをドンピシャで打ち返した。
練習では、本来勝てるはずの無いまひる相手に連戦連勝出来るのも、築山文がまひるの癖を完全に把握しているからに他ならない。それ程癖を盗まれると言うことは、相手にとって脅威なことだ。
【9-8】
──イケるッ! このまま第二セットを奪って必ず海香ちゃんに繋げてみせる! 海香ちゃんなら最後は絶対に勝ってくれるから──
サーブを封じられた紗江のリズムは最早ガタガタで、チグハグな卓球が続く。そしてそれを立て直すこと無く──
【11-9】
「やった! 部長の連取ッ! これ本当に勝っちゃうかも知れませんね!」
「ああ。部長流石だぜ! やっぱり頼りになるよな」
念珠崎ベンチの盛り上がりとは対照的に、甘芽中ベンチでは普段見ることの無い部長の姿に、皆一様に固唾を飲んで見守っている。
そんな中、第三セットが始まる前に、紗江はタイムアウトを取った。今の状況を整理したい。気持ちをリセットしたい。そんな時間が欲しかった。
ベンチに戻った紗江の表情は明らかに困惑の色を浮かべていた。まさか自分がここまで追い詰められるとは──、
「紗江さん、出てるっすよ」
「何がだ?」
声を掛けてきたのは、第一試合でまひるに負けた水沢夏である。
彼女は、タイムアウト中にビンタを喰らったお返しとばかりに、部長である紗江に食ってかかった。
「下回転打つ時、打つ前から肘が下がってる。ナックルの時は一旦体重が後ろに傾く。ストレートで崩した後はクロス。セオリーだけどワンパターン過ぎやしないっすか? 見抜かれてるんすよ、癖」
「癖……だと?」
水沢夏は、捻くれ者だが馬鹿ではない。洞察力に優れ、相手の嫌がる事を見つけるのが上手い選手だ。当然、長く練習を共にした部長の事は熟知している。
「でもまぁ。癖を見抜かれたからと言って紗江さんがそう簡単に負けるとは思ってないっすよ。ただ、単純に相手の選手が強い──、いい加減認めたらどうなんすか? いつまでも「負けるはずがない」だの「格下相手に」とか思ってると本当に負けちゃうっすよ。そうゆーの、なんて言うか知ってるっすか?『ダサい』って言うんすよ」
水沢夏の言葉に、周りのメンバー達はなんて事を言っているんだと戦々恐々。またビンタが飛んでくるのではないかとハラハラしていた。だが、紗江の反応は意外なものだった。
「…………ダサい、か……ふふふっ。夏、試合が終わったらビンタだな」
水沢夏なりの激励に対した五十川紗江なりの返し。
このまま終わっていいはずがない。甘芽中は王者なのだから──
──一方の念珠崎チーム──
「部長! 凄いです! このまま押し切りましょう!」
「ありがとう乃百合ちゃん。自分でもビックリするくらい体が軽いの。でも、相手は甘芽中のキャプテン。このまま終わるとは思えないよ。それに、私ってここぞという時に運が無いから」
「そんな事ありませんって! この調子で頑張りましょう!」
「そうね。頑張って海香ちゃんに繋ぐからね。待ってて」
築山文はチームメイトの声援に後押しされて送り出された。部長ならきっとやってくれる──
──第三セット──
五十川紗江のサーブ。
──よく見て。重心が後ろに傾いた……来る、ナックルサーブ──
第二セット同様、紗江の癖を見抜きナックルに山を張った築山文。今回も難なく拾えるはずだった、が。
「よ、横回転!?」
紗江のサーブは手元で鋭く曲がって見せた。当然、ナックルで頭がいっぱいだった築山文は対応できず、サービスエースを与えてしまった。
続くサーブも、築山文の予想とは違ったボールが送られ、連続失点。
【0-2】
──偶然って訳じゃなさそうね。もうデータや癖に頼るのは無理かな……でも、あとワンセットで勝ちが手に入る。何がなんでも勝つんだ!──
その後、サーブでリズムを取り戻した紗江は、本来の強さを取り戻した。築山文は、それでもなんとか食らいつく。
【3-5】
「私達が目指しているのは『全国制覇』」
「え……」
「出来れば全国まで手の内を隠しておきたかったのだけれど、築山さん。あなたは強い。出し惜しみをしていれば私は負けてしまうだろう」
「…………?」
「ここからは本気で勝ちに行かせてもらう」
五十川紗江のサーブ。
いつもより大きく後ろに体重を乗せてからのアタック。いつもならナックルサーブが来るであろうそのフォーム。
──来たッナックル! でも速いッ──、──
ナックルをバックハンドで取りに行ったが、そのボールは今までとは比べ物にならない程の変化を見せ、築山文のラケットを掠めて後ろに抜けていった。
──な、なに……今の……あんなの見た事ない……──
何回も見返した五十川選手の映像。
何回も繰り返したシュミレーション。
何回も聞いた噂や情報。
そのどれにも今のボールは無い。
確かに今のはナックルだった。だが、ただのナックルではない。さっきのサーブ、築山文にはピンポン玉のロゴがハッキリと見えていた。
本来、ナックルは無回転とは言え多少なりとも回転しているものだ。しかし、紗江の放ったサーブは全くの無回転。加えてあのスピードで飛んで来る為、変化も大きい。
「海香、今のサーブって……」
「超無回転の高速ナックルって感じかなー。ブレ球とは言え、文さんが空振りするなんてそれ以外考えられないよね」
──こんなサーブが打てるなんて……でも。取れない球じゃない。次こそは拾ってみせるッ──
続くサーブも、紗江は高速ナックルを選択して来た。まるで生きてるかの様に手元で動くそのボールを必死に目で追い、築山文はラケットを差し込む。
──取れるッ──
だが、高速ナックルの本当に凄いところはこの先にある。
高速ナックルは無回転ボールだが、揺れて落ち、卓上に着いた瞬間にその性質が変わる。
台との摩擦で推進力がボールに伝わり、無回転から上回転へと変わるのだ。
つまり、ただラケットに当てただけのレシーブではボールが浮き上がってしまう。
「しまった……」
紗江は浮き上がったボールを見逃さず、相手コートに力いっぱい叩き込んだ。
【3-7】
元からある多彩なサーブに加えて高速ナックル。癖やパターンも変えてきて、本来の力の差が出始めた。
そしてなすすべ無く、築山文はこのセットを落とした。
【5-11】
──試合は第四セットへと向かう──
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