しぇいく!

風浦らの

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第一章【挑】

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    ──第四試合──

    築山文つきやまふみ。三年生、念珠崎女子卓球部の部長。
     文は部長でありながら県大会の出場記録が無い。彼女の卓球を一言で現すならば『真面目』だろうか。
    文は取り分け卓球のセンスがある訳でもなく、ましてや運動能力が高い訳でもない。それを補う為、彼女は相手の研究を怠らない。相手の癖、戦型、弱点を洗い出し、弱い自分がいかに有利に戦えるかに重きを置いている。

    ──五十川紗江いらがわさえ。強豪甘芽中のキャプテン。確か戦型は【前陣攻守型】。サーブで揺さぶり、卓上の早いラリーから最後はスマッシュ。攻撃にもブロックにも強いスタイル。正直私には雲の上の存在だけど、負ける訳にはいかない!──


     「念珠崎には要注意人物が二人いる」
     「なっ……」
     「一人は天才、原海香。そしてもう一人は興屋まひる。この二人以外目立った選手は居ない」
      「そ、そんな事!」
      「だがそんな事は無かった。あなた達は予想以上に強かった。だから私も楽しませて欲しい。築山さん宜しくね」
     「くっ……」

     王者の風格。
     文の心に押し寄せる重苦しい圧力。

     ──ダメ……戦う前から負けてちゃダメだよ!    やってみなきゃ分からないんだ。私だって三年間頑張ってきたんだ。この日の為に、やるべき事はやって来た。あとはどこまで通用するか──

    最初のサーブは紗江からだ。
    紗江のボールがラケットにインパクトする瞬間、文は瞬時にそのサーブがどのコースに、どんな回転で来るかを見抜いた。

    ──いきなり来た!   データ通り得意のナックルサーブ。私の正面。深い位置──

    文がブレ玉の起動を見極め難なく返球すると、紗江は得意のラリーへと持ち込んだ。

    ──右、次はクロスで、最後はスマッシュ──、見える……手に取るように分かる!──

    【1-0】

    頭で思い描いた通りに全てが運び、文は先取点をもぎ取った。更に──

    【2-0】
    【4-2】
    【6-5】

    文は新人戦で県大会ベスト4まで進んだ紗江相手に全く負けていなかった。
    目に穴が空くほど頭に叩き込んだ紗江のデータが、役立っていると言うのものもあるが──

    ──あれ……私ってこんなに出来る子だったっけ……こんな早いラリーについていけるんだっけ……?──

    紗江と渡り合っている自分に驚いた。これは夢か幻か。否、これは紛れもない文本人の力。三年間の集大成。

    皆さんには、出来なかった事がある日突然出来るようになった、という経験があるだろうか?     時に人間はそういった場面に出くわすことがある。それは、ただの偶然ではない。奇跡でもミラクルでも無い。それは──
    努力の『成果』なのだ。
    練習やデータ集めが一つの点だとするならば、文は三年間、芽が出なくともその点をめげずに毎日集めて来た。毎日、毎日、少しずつ。そしてようやく今になって、その点と点が繋がった。ただ結ばれるのが少し遅かっただけで、築山文の積み重ねてきた物は、確かにそこにあったのだ。

    ──肘が下がった!    右下回転のボールが来る!    そして五十川選手の苦手なコースは……──

     文の放ったバックハンドスマッシュは、紗江の逆を突く美しいフィニッシュとなった。

     【9-7】

    「ちょっとまっひー先輩!    部長が凄いんですよ!   部長がぁぁぁ!」
     「わかった、分かったから落ち着け乃百合!   俺も見てる!」
     「文さん、遂に覚醒したかなー。相手の五十川選手、かなり強いって評判なんだけどなー」

      【10-8】

      ──落ち着け私。こんな時こそ落ち着いて。相手はトップ選手。気を許したらやられるッ──

     築山文は舞い上がらない。その感情が足元を救われると知っているからだ。強豪の足元を救おうと、常に考えてきた弱小チームの部長ならではの思考回路。だから手を緩めない。このまま一気にこのセットを奪いにかかる。

    ────ッ!!

    築山文のスマッシュが相手コートで弾けたと同時に、第一セットの終わりが告げられた。

    【11-8】

    息を切らし、顔を紅潮させた築山文に対し、何が起きたか分からず驚き顔を青くさせたのは五十川紗江。
    紗江にとっては、こんな事はありえない事だった。強豪甘芽中のレギュラーであり、部長にまで登りつめた紗江が、弱小チームの無名選手にセットを先取される等、あってはならない事。

    あっという間の第一セット。

   築山文、本日絶好調────
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