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第一章【挑】
歯車
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──第三セット──
「こりゃちょっとヤベーな……」
「うん。攻め方変えてきたねー」
まひる達は、心配そうに二人の試合を見守っていた。第二セットに入ってすぐに、甘芽中コンビの攻め方が変わってからというもの、完全に流れが傾いてしまったからだ。
ただ競り負けているだけならば、ここまで心配はしていないだろう。問題はその攻められ方にある。
第二セット。甘芽中コンビは徹底的にブッケンを狙ってきた。
乃百合のリターンでチャンスを作り、雪のドライブでブッケンを撃ち抜き続けた。
乃百合に対しては多少甘くても確実に、ブッケンに対してはギリギリ一杯の勝負玉で挑む事を徹底している。
その結果、第二セットの失点【11点】は、ブッケンのリターンミス、ミスショットと全てブッケンによるものとなってしまったのだ。
初めのうちはまだ良かった。ミスをしても取り返すだけの力があった。しかし、それが次第に続くようになった頃、ブッケンの様子がおかしくなってきたのだ。
ミスと失点を重ねたブッケンの心の中に『私のせいで』『足を引っ張っている』『また失敗した』と、ネガティブな感情が渦巻き始め、それは次第に心の闇へと変わっていき、守りだけならず攻めに対しても消極的になってしまっていた。
焦り。不安。そして自信の喪失──、
ダブルスとは二人で戦うスポーツだ。それは例えるならば、歯車に似ている。どちらか一方が欠けて壊れてしまえば、それは回ることの無い、ただのガラクタに過ぎない。
【1-5】
「ブッケンのやつ……まるで抜け殻か人形みてーに空っぽだぜ……」
「そろそろタイムアウト取った方がいいのかなー? 部長はどう思います?」
「そうね。でももう少し様子を見ましょう。ダブルスでやっている以上、乃百合ちゃんの判断に任せた方がいいのかも」
【2-8】
事態は思った以上に深刻だ。時間と共に広がる点差と、まるで素人のようにミスを連発するブッケン。
乃百合もそんなブッケンを励ましながらも必死にボールを追いかける。
あるいはシングルスでならば、この状況は無かったのかもしれない──、
「これは……ちょっと……」
「うん……見てられないよ」
手と体が全く着いてこないブッケンの動き。そして何より、その動きには全くと言っていい程、心が感じられない。
【3-11】
そのまま第三セットを連続で落とし、これでセットカウントは【1-2】
最早、修復不可能なまでにバラバラになってしまった歯車に、乃百合は第四セットが始まる前にタイムアウトを申告した。
タイムアウト後、ベンチに戻りながら乃百合はブッケンに話しかけていた。
「ブッケン、どうしたの? 何かあるなら言って? 調子、悪いの?」
「…………」
「なんで黙ってるの? 私、別に怒ってないよ? ただ、心配してるだけだよ?」
「私には……ない」
そのまま ベンチに座り込み、ピクリとも動かなくなってしまったブッケン。その表情は氷のように冷たく、まるで生きているとは思えない程だ。
「……なんて、言ったの……」
「私には……取れない……」
「なに……が?」
「私には雪さんのドライブが取れないッ!」
言葉と共に上げられたブッケンの顔を見て、乃百合は言葉を失った。鬼気迫る表情、そして頬を伝う一筋の水滴は、汗か、それとも……
「あのね。ブッケン」
「…………」
乃百合はそんなブッケンを母親のように優しく抱きしめた。何故だか今は、こうする事が一番だと思った。
「お願い。聞いてブッケン」
「…………」
「ブッケンなら出来るよ」
「……ないよ」
「できるよ!」
「……りだよ」
「できるよッ! ブッケンなら絶対にできるよッ!」
「なんで……そんな事……」
「親友だから。親友以外にこんな無責任な事、言わないよ。私には分かる。ブッケンなら、あのドライブ取れるよ」
「乃百合……ちゃん……」
「取れるんだよ」
「わたし……」
過去にも同じ様な事があった。できない事が出来るようになった日。友達の為に頑張ろうと思えた日。世界が一回転したあの日──、
「だから、戻ってきて。まだ試合は終わってないよ。見せつけてあげよう、私達のダブルス!」
「うん……そう、だよね」
ブッケンにとって乃百合とは、常に一歩前を歩いている存在だ。いつしかその横に立ちたいと願ったブッケン。歩みを止めてしまえば、その夢は永遠に叶わないだろう。今、ここで諦める訳にはいかない。
壊れて動かなくなった歯車が、再び動き出す──、
──第四セット──
「なんか様子変わったかな?」
「そうかもね。でもまぁ。あの子、私のドライブは取れないみたいだから、このまま攻めようか」
「おーけー」
開始早々に雪のドライブが炸裂する。ただのドライブでは無い。コレは雪の最も得意とする【シュートドライブ】だ。ブッケンが今まで一度も相手コートに返すことが出来なかったそのボール。
【シュートドライブ】とは【カーブドライブ】と同じ横回転のドライブだが、回転が逆にかけられている為に、曲がり方も逆になる。カーブドライブと合わせて使われると非常に取るのが難しいボールなのである。
雪の逃げる様なシュートドライブに対して、目いっぱいラケットを伸ばしたブッケン。当たると同時に跳ね上がり、チャンスボールとなって相手コートに返ってしまう。──が、これでいい。
例え綺麗に返せなくても、返す事に意味がある。
──当てるだけでいい。ただ触ればそれでいい。それなら出来る。向こうに返すだけでいいんだッ。だって一人じゃないから! 一番信頼出来るパートナーがいつも私の隣に居るんだからッ!──
チャンスボールに対し、茉莉の狙い済ました強烈なフォアハンドスマッシュ──、
それをスマッシュがコートで跳ねた直後に乃百合のラケットが捉えた。
──取れる! ダブルスならこのスマッシュをこのタイミングで処理できるッ! これが私の……私達の──、卓球ッ!!──
バウンド直後を狙った打球は、ネットスレスレを通り越し、鋭く落ちるように相手コートを撃ち抜いた。
「卓上ドライブ!? しかもライジングの……」
「ホントに伸び盛りだよね。見ていて飽きないよねー」
【卓上ドライブ】普通のドライブは、回転力を出すため振りが大きい分、ある程度のタメと空間が必要になってくる。それ故に基本的には台より外で打つのだが【卓上ドライブ】は、よりコンパクトな振りで、卓上で上回転をかけてドライブを打つ技術である。
【1-0】
「「やった!」」
久しぶりの得点に、乃百合とブッケンはラケットを合わせお互いのプレーを讃えあった。
ダブルスは二人で一つ。どちらかが壊れればガラクタとなるが、どちらも輝けばその輝きは眩しいくらいの光を放つ──
「こりゃちょっとヤベーな……」
「うん。攻め方変えてきたねー」
まひる達は、心配そうに二人の試合を見守っていた。第二セットに入ってすぐに、甘芽中コンビの攻め方が変わってからというもの、完全に流れが傾いてしまったからだ。
ただ競り負けているだけならば、ここまで心配はしていないだろう。問題はその攻められ方にある。
第二セット。甘芽中コンビは徹底的にブッケンを狙ってきた。
乃百合のリターンでチャンスを作り、雪のドライブでブッケンを撃ち抜き続けた。
乃百合に対しては多少甘くても確実に、ブッケンに対してはギリギリ一杯の勝負玉で挑む事を徹底している。
その結果、第二セットの失点【11点】は、ブッケンのリターンミス、ミスショットと全てブッケンによるものとなってしまったのだ。
初めのうちはまだ良かった。ミスをしても取り返すだけの力があった。しかし、それが次第に続くようになった頃、ブッケンの様子がおかしくなってきたのだ。
ミスと失点を重ねたブッケンの心の中に『私のせいで』『足を引っ張っている』『また失敗した』と、ネガティブな感情が渦巻き始め、それは次第に心の闇へと変わっていき、守りだけならず攻めに対しても消極的になってしまっていた。
焦り。不安。そして自信の喪失──、
ダブルスとは二人で戦うスポーツだ。それは例えるならば、歯車に似ている。どちらか一方が欠けて壊れてしまえば、それは回ることの無い、ただのガラクタに過ぎない。
【1-5】
「ブッケンのやつ……まるで抜け殻か人形みてーに空っぽだぜ……」
「そろそろタイムアウト取った方がいいのかなー? 部長はどう思います?」
「そうね。でももう少し様子を見ましょう。ダブルスでやっている以上、乃百合ちゃんの判断に任せた方がいいのかも」
【2-8】
事態は思った以上に深刻だ。時間と共に広がる点差と、まるで素人のようにミスを連発するブッケン。
乃百合もそんなブッケンを励ましながらも必死にボールを追いかける。
あるいはシングルスでならば、この状況は無かったのかもしれない──、
「これは……ちょっと……」
「うん……見てられないよ」
手と体が全く着いてこないブッケンの動き。そして何より、その動きには全くと言っていい程、心が感じられない。
【3-11】
そのまま第三セットを連続で落とし、これでセットカウントは【1-2】
最早、修復不可能なまでにバラバラになってしまった歯車に、乃百合は第四セットが始まる前にタイムアウトを申告した。
タイムアウト後、ベンチに戻りながら乃百合はブッケンに話しかけていた。
「ブッケン、どうしたの? 何かあるなら言って? 調子、悪いの?」
「…………」
「なんで黙ってるの? 私、別に怒ってないよ? ただ、心配してるだけだよ?」
「私には……ない」
そのまま ベンチに座り込み、ピクリとも動かなくなってしまったブッケン。その表情は氷のように冷たく、まるで生きているとは思えない程だ。
「……なんて、言ったの……」
「私には……取れない……」
「なに……が?」
「私には雪さんのドライブが取れないッ!」
言葉と共に上げられたブッケンの顔を見て、乃百合は言葉を失った。鬼気迫る表情、そして頬を伝う一筋の水滴は、汗か、それとも……
「あのね。ブッケン」
「…………」
乃百合はそんなブッケンを母親のように優しく抱きしめた。何故だか今は、こうする事が一番だと思った。
「お願い。聞いてブッケン」
「…………」
「ブッケンなら出来るよ」
「……ないよ」
「できるよ!」
「……りだよ」
「できるよッ! ブッケンなら絶対にできるよッ!」
「なんで……そんな事……」
「親友だから。親友以外にこんな無責任な事、言わないよ。私には分かる。ブッケンなら、あのドライブ取れるよ」
「乃百合……ちゃん……」
「取れるんだよ」
「わたし……」
過去にも同じ様な事があった。できない事が出来るようになった日。友達の為に頑張ろうと思えた日。世界が一回転したあの日──、
「だから、戻ってきて。まだ試合は終わってないよ。見せつけてあげよう、私達のダブルス!」
「うん……そう、だよね」
ブッケンにとって乃百合とは、常に一歩前を歩いている存在だ。いつしかその横に立ちたいと願ったブッケン。歩みを止めてしまえば、その夢は永遠に叶わないだろう。今、ここで諦める訳にはいかない。
壊れて動かなくなった歯車が、再び動き出す──、
──第四セット──
「なんか様子変わったかな?」
「そうかもね。でもまぁ。あの子、私のドライブは取れないみたいだから、このまま攻めようか」
「おーけー」
開始早々に雪のドライブが炸裂する。ただのドライブでは無い。コレは雪の最も得意とする【シュートドライブ】だ。ブッケンが今まで一度も相手コートに返すことが出来なかったそのボール。
【シュートドライブ】とは【カーブドライブ】と同じ横回転のドライブだが、回転が逆にかけられている為に、曲がり方も逆になる。カーブドライブと合わせて使われると非常に取るのが難しいボールなのである。
雪の逃げる様なシュートドライブに対して、目いっぱいラケットを伸ばしたブッケン。当たると同時に跳ね上がり、チャンスボールとなって相手コートに返ってしまう。──が、これでいい。
例え綺麗に返せなくても、返す事に意味がある。
──当てるだけでいい。ただ触ればそれでいい。それなら出来る。向こうに返すだけでいいんだッ。だって一人じゃないから! 一番信頼出来るパートナーがいつも私の隣に居るんだからッ!──
チャンスボールに対し、茉莉の狙い済ました強烈なフォアハンドスマッシュ──、
それをスマッシュがコートで跳ねた直後に乃百合のラケットが捉えた。
──取れる! ダブルスならこのスマッシュをこのタイミングで処理できるッ! これが私の……私達の──、卓球ッ!!──
バウンド直後を狙った打球は、ネットスレスレを通り越し、鋭く落ちるように相手コートを撃ち抜いた。
「卓上ドライブ!? しかもライジングの……」
「ホントに伸び盛りだよね。見ていて飽きないよねー」
【卓上ドライブ】普通のドライブは、回転力を出すため振りが大きい分、ある程度のタメと空間が必要になってくる。それ故に基本的には台より外で打つのだが【卓上ドライブ】は、よりコンパクトな振りで、卓上で上回転をかけてドライブを打つ技術である。
【1-0】
「「やった!」」
久しぶりの得点に、乃百合とブッケンはラケットを合わせお互いのプレーを讃えあった。
ダブルスは二人で一つ。どちらかが壊れればガラクタとなるが、どちらも輝けばその輝きは眩しいくらいの光を放つ──
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