しぇいく!

風浦らの

文字の大きさ
上 下
22 / 96
第一章【挑】

歯車

しおりを挟む
    ──第三セット──

   「こりゃちょっとヤベーな……」
   「うん。攻め方変えてきたねー」

    まひる達は、心配そうに二人の試合を見守っていた。第二セットに入ってすぐに、甘芽中コンビの攻め方が変わってからというもの、完全に流れが傾いてしまったからだ。
    ただ競り負けているだけならば、ここまで心配はしていないだろう。問題はその攻められ方にある。

    第二セット。甘芽中コンビは徹底的にブッケンを狙ってきた。
    乃百合のリターンでチャンスを作り、雪のドライブでブッケンを撃ち抜き続けた。
    乃百合に対しては多少甘くても確実に、ブッケンに対してはギリギリ一杯の勝負玉で挑む事を徹底している。

    その結果、第二セットの失点【11点】は、ブッケンのリターンミス、ミスショットと全てブッケンによるものとなってしまったのだ。
    初めのうちはまだ良かった。ミスをしても取り返すだけの力があった。しかし、それが次第に続くようになった頃、ブッケンの様子がおかしくなってきたのだ。
    ミスと失点を重ねたブッケンの心の中に『私のせいで』『足を引っ張っている』『また失敗した』と、ネガティブな感情が渦巻き始め、それは次第に心の闇へと変わっていき、守りだけならず攻めに対しても消極的になってしまっていた。

    焦り。不安。そして自信の喪失──、
    ダブルスとは二人で戦うスポーツだ。それは例えるならば、歯車に似ている。どちらか一方が欠けて壊れてしまえば、それは回ることの無い、ただのガラクタに過ぎない。

    【1-5】

    「ブッケンのやつ……まるで抜け殻か人形みてーに空っぽだぜ……」
    「そろそろタイムアウト取った方がいいのかなー?   部長はどう思います?」
     「そうね。でももう少し様子を見ましょう。ダブルスでやっている以上、乃百合ちゃんの判断に任せた方がいいのかも」

     【2-8】

    事態は思った以上に深刻だ。時間と共に広がる点差と、まるで素人のようにミスを連発するブッケン。
    乃百合もそんなブッケンを励ましながらも必死にボールを追いかける。
    あるいはシングルスでならば、この状況は無かったのかもしれない──、

    「これは……ちょっと……」
    「うん……見てられないよ」

    手と体が全く着いてこないブッケンの動き。そして何より、その動きには全くと言っていい程、心が感じられない。

    【3-11】

     そのまま第三セットを連続で落とし、これでセットカウントは【1-2】
    最早、修復不可能なまでにバラバラになってしまった歯車に、乃百合は第四セットが始まる前にタイムアウトを申告した。

    タイムアウト後、ベンチに戻りながら乃百合はブッケンに話しかけていた。

    「ブッケン、どうしたの?    何かあるなら言って?   調子、悪いの?」
    「…………」
    「なんで黙ってるの?    私、別に怒ってないよ?    ただ、心配してるだけだよ?」
     「私には……ない」

    そのまま ベンチに座り込み、ピクリとも動かなくなってしまったブッケン。その表情は氷のように冷たく、まるで生きているとは思えない程だ。

     「……なんて、言ったの……」
     「私には……取れない……」
     「なに……が?」
     「私には雪さんのドライブが取れないッ!」

    言葉と共に上げられたブッケンの顔を見て、乃百合は言葉を失った。鬼気迫る表情、そして頬を伝う一筋の水滴は、汗か、それとも……

    「あのね。ブッケン」
    「…………」

    乃百合はそんなブッケンを母親のように優しく抱きしめた。何故だか今は、こうする事が一番だと思った。

     「お願い。聞いてブッケン」
     「…………」
     「ブッケンなら出来るよ」
     「……ないよ」
     「できるよ!」
     「……りだよ」
     「できるよッ!    ブッケンなら絶対にできるよッ!」
     「なんで……そんな事……」
     「親友だから。親友以外にこんな無責任な事、言わないよ。私には分かる。ブッケンなら、あのドライブ取れるよ」
     「乃百合……ちゃん……」
       「取れるんだよ」
       「わたし……」

    過去にも同じ様な事があった。できない事が出来るようになった日。友達の為に頑張ろうと思えた日。世界が一回転したあの日──、

     「だから、戻ってきて。まだ試合は終わってないよ。見せつけてあげよう、私達のダブルス!」
     「うん……そう、だよね」

     ブッケンにとって乃百合とは、常に一歩前を歩いている存在だ。いつしかその横に立ちたいと願ったブッケン。歩みを止めてしまえば、その夢は永遠に叶わないだろう。今、ここで諦める訳にはいかない。

     壊れて動かなくなった歯車が、再び動き出す──、

    ──第四セット──

     「なんか様子変わったかな?」
     「そうかもね。でもまぁ。あの子、私のドライブは取れないみたいだから、このまま攻めようか」
     「おーけー」

     開始早々に雪のドライブが炸裂する。ただのドライブでは無い。コレは雪の最も得意とする【シュートドライブ】だ。ブッケンが今まで一度も相手コートに返すことが出来なかったそのボール。
  
     【シュートドライブ】とは【カーブドライブ】と同じ横回転のドライブだが、回転が逆にかけられている為に、曲がり方も逆になる。カーブドライブと合わせて使われると非常に取るのが難しいボールなのである。

     雪の逃げる様なシュートドライブに対して、目いっぱいラケットを伸ばしたブッケン。当たると同時に跳ね上がり、チャンスボールとなって相手コートに返ってしまう。──が、これでいい。
     例え綺麗に返せなくても、返す事に意味がある。
     
     ──当てるだけでいい。ただ触ればそれでいい。それなら出来る。向こうに返すだけでいいんだッ。だって一人じゃないから!    一番信頼出来るパートナーがいつも私の隣に居るんだからッ!──

    チャンスボールに対し、茉莉の狙い済ました強烈なフォアハンドスマッシュ──、
    それをスマッシュがコートで跳ねた直後に乃百合のラケットが捉えた。

    ──取れる!    ダブルスならこのスマッシュをこのタイミングで処理できるッ!   これが私の……私達の──、卓球ッ!!──

     バウンド直後を狙った打球は、ネットスレスレを通り越し、鋭く落ちるように相手コートを撃ち抜いた。

   「卓上ドライブ!?    しかもライジングの……」
   「ホントに伸び盛りだよね。見ていて飽きないよねー」

  【卓上ドライブ】普通のドライブは、回転力を出すため振りが大きい分、ある程度のタメと空間が必要になってくる。それ故に基本的には台より外で打つのだが【卓上ドライブ】は、よりコンパクトな振りで、卓上で上回転をかけてドライブを打つ技術である。
     
    【1-0】

    「「やった!」」

      久しぶりの得点に、乃百合とブッケンはラケットを合わせお互いのプレーを讃えあった。
     ダブルスは二人で一つ。どちらかが壊れればガラクタとなるが、どちらも輝けばその輝きは眩しいくらいの光を放つ──
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。

さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。 許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。 幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。 (ああ、もう、) やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。 (ずるいよ……) リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。 こんな私なんかのことを。 友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。 彼らが最後に選ぶ答えとは——? ⚠️好みが非常に分かれる作品となっております。

サンタの教えてくれたこと

いっき
ライト文芸
サンタは……今の僕を、見てくれているだろうか? 僕達がサンタに与えた苦痛を……その上の死を、許してくれているだろうか? 僕には分からない。だけれども、僕が獣医として働く限り……生きている限り。決して、一時もサンタのことを忘れることはないだろう。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

うちでのサンタさん

うてな
ライト文芸
【クリスマスなので書いてみました。】  僕には人並み外れた、ある能力を持っていた。 それは『物なら一瞬にして生成できてしまう』能力だ。 その能力があれば金さえも一瞬で作れてしまう、正に万能な能力だった。 そして僕はその能力を使って毎年、昔に世話になった孤児院の子供達にプレゼントを送っている。 今年も例年通りにサンタ役を買って出たんだけど…。 僕の能力では到底叶えられない、そんな願いを受け取ってしまう…  僕と、一人の男の子の クリスマスストーリー。

ハイブリッド・ブレイン

青木ぬかり
ミステリー
「人とアリ、命の永さは同じだよ。……たぶん」  14歳女子の死、その理由に迫る物語です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら

瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。  タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。  しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。  剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。

瞬間、青く燃ゆ

葛城騰成
ライト文芸
 ストーカーに刺殺され、最愛の彼女である相場夏南(あいばかなん)を失った春野律(はるのりつ)は、彼女の死を境に、他人の感情が顔の周りに色となって見える病、色視症(しきししょう)を患ってしまう。  時が経ち、夏南の一周忌を二ヶ月後に控えた4月がやって来た。高校三年生に進級した春野の元に、一年生である市川麻友(いちかわまゆ)が訪ねてきた。色視症により、他人の顔が見えないことを悩んでいた春野は、市川の顔が見えることに衝撃を受ける。    どうして? どうして彼女だけ見えるんだ?  狼狽する春野に畳み掛けるように、市川がストーカーの被害に遭っていることを告げる。 春野は、夏南を守れなかったという罪の意識と、市川の顔が見える理由を知りたいという思いから、彼女と関わることを決意する。  やがて、ストーカーの顔色が黒へと至った時、全ての真実が顔を覗かせる。 第5回ライト文芸大賞 青春賞 受賞作

処理中です...