しぇいく!

風浦らの

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第一章【挑】

薄まりゆく世界

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    「タイムアウトを取らないって、そんな……翔子先輩、あんなに苦しそうにしてるじゃないですか!」
    「じゃあ聞くが乃百合。苦しそうにしてるのは翔子先輩だけなのか?」
    「──────ッ」

    翔子は確かに苦しそうだ。呼吸が乱れ、明らかに脚にも来ている。しかし苦しいのは、同じだけ試合を続けてきた池花華もまた同じなのだ。

   「乃百合ちゃん。翔子はね、この練習を三年間ずーっと続けてきたの。この試合展開になるのは始まる前から分かっていた事だし、相手が強いのももちろん知ってる。でもね、必ず翔子はやってくれる。今タイムアウトを取ったら、翔子が今まで積み上げてきた物が全て無駄になっちゃうの。わかってくれるよね」

   長い試合の中盤、酸素の薄まったその世界で生き残るのは、傷ついた『雑草』かそれとも、美しい『花』か──、

    関翔子は勝利へのストーリーを思い描いていた。
    相手が疲れた後半、相手のミスが増えるのをただひたすらに待っている。

    動かされている翔子が不利にも思えるこの状況だが、実際疲労の度合いは逆だったりもする。

    その理由の一つに『慣れ』がある。翔子の試合はいつも忍耐の卓球で、練習も毎日がこの繰り返しである。その為、マラソンで乃百合やまひるに勝てない翔子でも、卓球の持久力ではその両者を圧倒する程動き続ける事が出来る。
   更に理由を付けるならば『精神力』だろう。初めからこの展開が分かって望んでいた者と、いくら打っても返って来る終わりの見えない試合に臨む者とでは、明らかに疲労の度合いが違う。
   そして生きてきた年月。この歳の二歳の差は精神的にもかなり大きい。

    【2-4】
    【4-5】
    【6-7】

    「池花選手の動きが……」
    「ええ、ミスが増えてきたわね」

    【8-8】

    そしてついに同点になる。
    それは、拾い続けた翔子の執念が身を結んだ瞬間だった。

     「頑張れ……頑張れ翔子……」

    【9-10】

    しかし先にマッチポイントを奪ったのは、奇しくも池華花の方だった。
    卓球エリートとして培った技術を遺憾無く発揮し、追いすがる翔子を突き放す。
    そしてサイドに大きく揺さぶった池華のスマッシュ──、

    ──これだけは絶対にとる!   お願い!    三年間一緒に頑張ってきた私の身体、こんなの無理とか言わせないから!──

    誰もが無理だと思われたその打球に、翔子のラケットが僅かに届いた。そして、ふわりと浮いたピンポン玉が、相手コートのエッジに当たってポトリと落ちた。

     「や……やった……」

   これでデュース、延長戦に突入────

    「サイド。【9-11】セットカウント【0-3】勝者、池花さん」
    「そ、そんな……」

    審判の判断は【エッジ】では無く【サイド】だった。
    卓球のルールでは【エッジ】つまり台の角に当たったボールは得点が認められ、台の側面【サイド】に当たったボールは相手の得点となるという決まりがある。
    今回の翔子の打球はサイド。つまり、この瞬間に翔子の敗北が決まったのだ。

 「「ありがとうございました」」

    互いに握手を交わし、それぞれのベンチへと下がっていく。
    その池華の足取りは重く、立ち止まった際は足が震える程に疲弊していた。
    更にはベンチ前でラケットを落としてしまう池華に、甘芽中の部長が声を掛けた。
 
    「華、お疲れ様。もう握力無いじゃん。ちょっと危なかったんじゃないか?」
    「はい……明日からはもっと練習しなきゃです……」

    結果的にはストレート負けだっが、あとワンセット、あと一点入っていたならばもしかして。そう思わせるには十分すぎる程の翔子の熱闘──
    それは見ていた誰もが感じた事だった。

     翔子が戻って来ると、いの一番に築山文は駆け寄った。そして声を震わせ翔子を労った。

「翔子……ありがとう……全部出し切ったの分かったよ。私には、ちゃんと伝わってたよ……ありがとうね」
「なーに泣いてんのよ。部長がそんなんじゃ示しがつかないでしょ」
「うん……でも……」
「それに、まだ終わってないよ。行くんでしょ、県大会」
「うん。行く。絶対に行く」

    それを囲むようにチームメイトが翔子に声を掛けていく。そしてこの試合を見ていた部員達の心に火がついた。
    地味な女の子の地味な卓球。それが皆を奮い立たせる燃料となる。

    「ブッケン、行こう!    次は私たちの番だ!」
    「うん。絶対に勝とうね、乃百合ちゃん」

    二人は互いにラケットをぶつけ、第三試合へと向かった。
    気持ちは最高潮、調子もいい。頭にはお揃いのヘアピンもちゃんと付けてある。

    ──いざ、第三試合──

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