しぇいく!

風浦らの

文字の大きさ
上 下
16 / 96
第一章【挑】

お仕置き

しおりを挟む
   どうにもまひるの怒りが治まらない。
   拳を固く握り歯を食いしばるその姿は、傍から見てもイラついているのは明らかだった。

   「クソッ!    あんにゃろう、ぶっ飛ばし──、」

    まひるが暴言を吐こうとしたその時、会場内に二発の乾いた音が響き渡った。
    一発目は、和子がまひるの頬を叩いた音だ。

    「ちょ、ちょっと和子ちゃん!?」

   気の弱そうな一年生が、気の強い二年生を殴るというあまりの出来事に、流石の築山文も困惑している。

    「今のまっひー先輩カッコ悪いですッ!    こんなの私のまっひー先輩じゃありません!    相手に挑発されて、勝手に熱くなって……この大会が最後の三年生だっているんですよ!?    どれだけ大切な試合か、分からないんですか!?    その感情、本当にチームの為のものなんですか?    違うんだったらそんなものさっさと捨てて下さいッ!」
    「……わっ子…………痛ぇ……」
    「あっ……す、すみません!」

    和子は殴った右手をあわてて左手で隠して隠して謝った。

     「そうじゃないよ。ごめん、わっ子。ありがとう」
     
    タイムアウトの時間は過ぎていて、審判に催促されるようにまひるはコートへと戻って行く。
    その姿を部員達は無言で見送った。

    まひるが左手で頬を擦りながらコートに戻ると、水沢夏も同じように頬を手で覆いながら帰ってきた。
    どうやら水沢夏もチームの部長にビンタされて来たらしい。さしずめ「王者の戦い方ではない」とお仕置きされたのだろう。

    「よう、大丈夫かよ」
    「そっちこそ」
 
    そして試合はまひるのサーブから再開される。

    ────。

    激しいラリー。
    さっきまでの二人とはまるで別人だ。
    力強い打球と軽やかなフットワークでまひるは攻め続けていた。

    ──何やってたんだ俺はッ。大切な後輩にあんな事させて。あんな顔までさせちまってよ。かっちょ悪いったらありゃしねー。流石に心が痛いぜ──

    「きたきたーっ!   まっひー先輩の三連続ポイントッ!」
    
    一時は【0-5】と一方的にやられていたまひるだったが、タイムアウト後から何とか立て直し【5-7】にまで迫ってきていた。
    このまま勢いに乗って逆転と行きたい所だが、相手は王者甘芽中のレギャラーを掴んだ選手。そう簡単にはいかない。
    少し甘く入った打球を、まひるがスマッシュで打ち返そうとしたその時だった──、

    「えっ……空振り……?」
     
    甘いボールだと思われたソレを、まひるは空振りしたのだ。運動能力の高いまひるにしては珍しい事だった。

    「今のって……海香ちゃんは見えた?」
    「まあ。文さんも分かったんですか?    水沢選手、打つ瞬間ラケットの表面と裏面を逆にしてましたね」
    「あの、先輩達。それって何か意味があるんですか?」

    この時乃百合にはそれがどういう意味か分からなかった。

  「多分、水沢選手のラケットは、赤い面と黒い面で全く性質の異なるラバーを使っているんだと思うわ。同じスイングで全く違うボールが飛んでくる。だからまっひーは空振りしたんだと思う。きっと今までバックを一度も使わかなったのは、赤いラバーに目を慣れさせる為だったのかも」
  「それって、なんかズルいんじゃ──、」
  「いいえ、ルールの範囲内で認められている『立派な戦術』よ。ウチの桜ちゃんだって裏にアンチラバーを貼ってるし」

    【シェイク異質型】
    
    水沢夏の戦型はそう呼ばれている。
    例えば、表面に玉離れの良い反発性のラバーを用い、逆に裏面は弾まないラバーを持ちいった場合、目が慣れている分、裏面の玉が凄く遅く感じたり、思わぬ回転で曲がってきたりするのだ。その逆もまた然り。
    そしてその組み合わせは様々で、使いこなすのにはそれなりの努力とセンスが必要だ。

    【5-8】
    【6-9】
    【7-10】

    その後は点の取り合いだった。
    まひるの運動能力を持ってしても、水沢夏の変化について行くのは至難の業だ。
    卓球とは、選手の距離が近く、高速で展開されるラリーに対し、瞬時に相手の回転を見極めなければ返球することすら出来ないスポーツだ。
    その為、目で見て判断するのでは間に合わず、ある程度の予測が必要になってくる。
    フォーム、スイングスピード、角度、それらを元に球種や速度を割り出している。そうしなければ間に合わないのだ。
   だが今のまひるにとって、その予測こそが最大の『敵』となって立ちはだかっている。

     結果的に、このセットも【8-11】で落としたまひる。次のセットを落とせば負けが決まってしまう。

    コートチェンジをする両者を見ながら、念珠崎チームのメンバーは、手を合わせ皆心配そうだ。が、当のまひるはと言うと、自分の置かれた状況にそれ程悲観はしていない。
   それは、プレーしているまひるにしか分からない感覚──、

    ──もうちょっとだ。やっとこのラケットの癖が掴めてきたんだ。わっ子、ありがとう。今の俺にはチームより大切な物なんてねーよな。──

    まひるは新品のラケットと向き合った。
    このラケットで、みんなで県大会に行く。

    『目指せ卓球アイドル!』

    ──だよな。未来の卓球アイドルの母校が、地区大会一回戦負けじゃあカッコわりーもんな。──

    「しゃあッ!」

    まひるは顔を叩き自分に気合を入れた。

    「どうした?   急に大きな声を出して。気でも狂ったんすか?」
    「水沢夏。散々やられちまったけど、こっからは俺のターンだ。お仕置きタイムだぜッ!」
    
    まひるの宣戦布告に、沈み気味だった念珠崎ベンチは一気に盛り上がりを見せた。

    「まっひー、もう大丈夫みたいね」
    「もうっ!    遅すぎですよ、まっひー先輩」

しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】

彩華
BL
 俺の名前は水野圭。年は25。 自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで) だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。 凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!  凄い! 店員もイケメン! と、実は穴場? な店を見つけたわけで。 (今度からこの店で弁当を買おう) 浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……? 「胃袋掴みたいなぁ」 その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。 ****** そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

仮想空間の鳥

ぽんたしろお
ファンタジー
現代ファンタジーの青春小説をお探しの方におすすめ。受験を控えた女子学生が主人公。スマホゲームを始めて謎のアバターと出会い、そして。 ペットを飼っている方、ペットを飼っていた方にもオススメしたい、ちょっと意外な展開が待っています。 読んだ後、心に残る何かを是非。 アバターを楽しむスマホゲーム「星の遊び場」。友人の美優の頼みで、入会した香奈。受験生だった二人は次第に「星の遊び場」から遠ざかった。高校生活も落ち着いてきた頃、「星の遊び場」で再び遊び始めた美優。香奈がログインしていないのは知っていたが、ふと香奈の「遊び場」を訪れた美優は、「u」という謎のアバターが頻発に訪れている痕跡に気が付いた。香奈と「u」に何か関係があるのか? 美優は香奈に連絡をいれた…。 表紙はミカスケ様のフリーイラストを利用させていただいています(トリミング) ツイッター@oekakimikasuke インスタグラム:https://www.instagram.com/mikasuke28/

もしもしお時間いいですか?

ベアりんぐ
ライト文芸
 日常の中に漠然とした不安を抱えていた中学1年の智樹は、誰か知らない人との繋がりを求めて、深夜に知らない番号へと電話をしていた……そんな中、繋がった同い年の少女ハルと毎日通話をしていると、ハルがある提案をした……。  2人の繋がりの中にある感情を、1人の視点から紡いでいく物語の果てに、一体彼らは何をみるのか。彼らの想いはどこへ向かっていくのか。彼の数年間を、見えないレールに乗せて——。 ※こちらカクヨム、小説家になろう、Nola、PageMekuでも掲載しています。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

処理中です...