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第一章【挑】
お仕置き
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どうにもまひるの怒りが治まらない。
拳を固く握り歯を食いしばるその姿は、傍から見てもイラついているのは明らかだった。
「クソッ! あんにゃろう、ぶっ飛ばし──、」
まひるが暴言を吐こうとしたその時、会場内に二発の乾いた音が響き渡った。
一発目は、和子がまひるの頬を叩いた音だ。
「ちょ、ちょっと和子ちゃん!?」
気の弱そうな一年生が、気の強い二年生を殴るというあまりの出来事に、流石の築山文も困惑している。
「今のまっひー先輩カッコ悪いですッ! こんなの私のまっひー先輩じゃありません! 相手に挑発されて、勝手に熱くなって……この大会が最後の三年生だっているんですよ!? どれだけ大切な試合か、分からないんですか!? その感情、本当にチームの為のものなんですか? 違うんだったらそんなものさっさと捨てて下さいッ!」
「……わっ子…………痛ぇ……」
「あっ……す、すみません!」
和子は殴った右手をあわてて左手で隠して隠して謝った。
「そうじゃないよ。ごめん、わっ子。ありがとう」
タイムアウトの時間は過ぎていて、審判に催促されるようにまひるはコートへと戻って行く。
その姿を部員達は無言で見送った。
まひるが左手で頬を擦りながらコートに戻ると、水沢夏も同じように頬を手で覆いながら帰ってきた。
どうやら水沢夏もチームの部長にビンタされて来たらしい。さしずめ「王者の戦い方ではない」とお仕置きされたのだろう。
「よう、大丈夫かよ」
「そっちこそ」
そして試合はまひるのサーブから再開される。
────。
激しいラリー。
さっきまでの二人とはまるで別人だ。
力強い打球と軽やかなフットワークでまひるは攻め続けていた。
──何やってたんだ俺はッ。大切な後輩にあんな事させて。あんな顔までさせちまってよ。かっちょ悪いったらありゃしねー。流石に心が痛いぜ──
「きたきたーっ! まっひー先輩の三連続ポイントッ!」
一時は【0-5】と一方的にやられていたまひるだったが、タイムアウト後から何とか立て直し【5-7】にまで迫ってきていた。
このまま勢いに乗って逆転と行きたい所だが、相手は王者甘芽中のレギャラーを掴んだ選手。そう簡単にはいかない。
少し甘く入った打球を、まひるがスマッシュで打ち返そうとしたその時だった──、
「えっ……空振り……?」
甘いボールだと思われたソレを、まひるは空振りしたのだ。運動能力の高いまひるにしては珍しい事だった。
「今のって……海香ちゃんは見えた?」
「まあ。文さんも分かったんですか? 水沢選手、打つ瞬間ラケットの表面と裏面を逆にしてましたね」
「あの、先輩達。それって何か意味があるんですか?」
この時乃百合にはそれがどういう意味か分からなかった。
「多分、水沢選手のラケットは、赤い面と黒い面で全く性質の異なるラバーを使っているんだと思うわ。同じスイングで全く違うボールが飛んでくる。だからまっひーは空振りしたんだと思う。きっと今までバックを一度も使わかなったのは、赤いラバーに目を慣れさせる為だったのかも」
「それって、なんかズルいんじゃ──、」
「いいえ、ルールの範囲内で認められている『立派な戦術』よ。ウチの桜ちゃんだって裏にアンチラバーを貼ってるし」
【シェイク異質型】
水沢夏の戦型はそう呼ばれている。
例えば、表面に玉離れの良い反発性のラバーを用い、逆に裏面は弾まないラバーを持ちいった場合、目が慣れている分、裏面の玉が凄く遅く感じたり、思わぬ回転で曲がってきたりするのだ。その逆もまた然り。
そしてその組み合わせは様々で、使いこなすのにはそれなりの努力とセンスが必要だ。
【5-8】
【6-9】
【7-10】
その後は点の取り合いだった。
まひるの運動能力を持ってしても、水沢夏の変化について行くのは至難の業だ。
卓球とは、選手の距離が近く、高速で展開されるラリーに対し、瞬時に相手の回転を見極めなければ返球することすら出来ないスポーツだ。
その為、目で見て判断するのでは間に合わず、ある程度の予測が必要になってくる。
フォーム、スイングスピード、角度、それらを元に球種や速度を割り出している。そうしなければ間に合わないのだ。
だが今のまひるにとって、その予測こそが最大の『敵』となって立ちはだかっている。
結果的に、このセットも【8-11】で落としたまひる。次のセットを落とせば負けが決まってしまう。
コートチェンジをする両者を見ながら、念珠崎チームのメンバーは、手を合わせ皆心配そうだ。が、当のまひるはと言うと、自分の置かれた状況にそれ程悲観はしていない。
それは、プレーしているまひるにしか分からない感覚──、
──もうちょっとだ。やっとこのラケットの癖が掴めてきたんだ。わっ子、ありがとう。今の俺にはチームより大切な物なんてねーよな。──
まひるは新品のラケットと向き合った。
このラケットで、みんなで県大会に行く。
『目指せ卓球アイドル!』
──だよな。未来の卓球アイドルの母校が、地区大会一回戦負けじゃあカッコわりーもんな。──
「しゃあッ!」
まひるは顔を叩き自分に気合を入れた。
「どうした? 急に大きな声を出して。気でも狂ったんすか?」
「水沢夏。散々やられちまったけど、こっからは俺のターンだ。お仕置きタイムだぜッ!」
まひるの宣戦布告に、沈み気味だった念珠崎ベンチは一気に盛り上がりを見せた。
「まっひー、もう大丈夫みたいね」
「もうっ! 遅すぎですよ、まっひー先輩」
拳を固く握り歯を食いしばるその姿は、傍から見てもイラついているのは明らかだった。
「クソッ! あんにゃろう、ぶっ飛ばし──、」
まひるが暴言を吐こうとしたその時、会場内に二発の乾いた音が響き渡った。
一発目は、和子がまひるの頬を叩いた音だ。
「ちょ、ちょっと和子ちゃん!?」
気の弱そうな一年生が、気の強い二年生を殴るというあまりの出来事に、流石の築山文も困惑している。
「今のまっひー先輩カッコ悪いですッ! こんなの私のまっひー先輩じゃありません! 相手に挑発されて、勝手に熱くなって……この大会が最後の三年生だっているんですよ!? どれだけ大切な試合か、分からないんですか!? その感情、本当にチームの為のものなんですか? 違うんだったらそんなものさっさと捨てて下さいッ!」
「……わっ子…………痛ぇ……」
「あっ……す、すみません!」
和子は殴った右手をあわてて左手で隠して隠して謝った。
「そうじゃないよ。ごめん、わっ子。ありがとう」
タイムアウトの時間は過ぎていて、審判に催促されるようにまひるはコートへと戻って行く。
その姿を部員達は無言で見送った。
まひるが左手で頬を擦りながらコートに戻ると、水沢夏も同じように頬を手で覆いながら帰ってきた。
どうやら水沢夏もチームの部長にビンタされて来たらしい。さしずめ「王者の戦い方ではない」とお仕置きされたのだろう。
「よう、大丈夫かよ」
「そっちこそ」
そして試合はまひるのサーブから再開される。
────。
激しいラリー。
さっきまでの二人とはまるで別人だ。
力強い打球と軽やかなフットワークでまひるは攻め続けていた。
──何やってたんだ俺はッ。大切な後輩にあんな事させて。あんな顔までさせちまってよ。かっちょ悪いったらありゃしねー。流石に心が痛いぜ──
「きたきたーっ! まっひー先輩の三連続ポイントッ!」
一時は【0-5】と一方的にやられていたまひるだったが、タイムアウト後から何とか立て直し【5-7】にまで迫ってきていた。
このまま勢いに乗って逆転と行きたい所だが、相手は王者甘芽中のレギャラーを掴んだ選手。そう簡単にはいかない。
少し甘く入った打球を、まひるがスマッシュで打ち返そうとしたその時だった──、
「えっ……空振り……?」
甘いボールだと思われたソレを、まひるは空振りしたのだ。運動能力の高いまひるにしては珍しい事だった。
「今のって……海香ちゃんは見えた?」
「まあ。文さんも分かったんですか? 水沢選手、打つ瞬間ラケットの表面と裏面を逆にしてましたね」
「あの、先輩達。それって何か意味があるんですか?」
この時乃百合にはそれがどういう意味か分からなかった。
「多分、水沢選手のラケットは、赤い面と黒い面で全く性質の異なるラバーを使っているんだと思うわ。同じスイングで全く違うボールが飛んでくる。だからまっひーは空振りしたんだと思う。きっと今までバックを一度も使わかなったのは、赤いラバーに目を慣れさせる為だったのかも」
「それって、なんかズルいんじゃ──、」
「いいえ、ルールの範囲内で認められている『立派な戦術』よ。ウチの桜ちゃんだって裏にアンチラバーを貼ってるし」
【シェイク異質型】
水沢夏の戦型はそう呼ばれている。
例えば、表面に玉離れの良い反発性のラバーを用い、逆に裏面は弾まないラバーを持ちいった場合、目が慣れている分、裏面の玉が凄く遅く感じたり、思わぬ回転で曲がってきたりするのだ。その逆もまた然り。
そしてその組み合わせは様々で、使いこなすのにはそれなりの努力とセンスが必要だ。
【5-8】
【6-9】
【7-10】
その後は点の取り合いだった。
まひるの運動能力を持ってしても、水沢夏の変化について行くのは至難の業だ。
卓球とは、選手の距離が近く、高速で展開されるラリーに対し、瞬時に相手の回転を見極めなければ返球することすら出来ないスポーツだ。
その為、目で見て判断するのでは間に合わず、ある程度の予測が必要になってくる。
フォーム、スイングスピード、角度、それらを元に球種や速度を割り出している。そうしなければ間に合わないのだ。
だが今のまひるにとって、その予測こそが最大の『敵』となって立ちはだかっている。
結果的に、このセットも【8-11】で落としたまひる。次のセットを落とせば負けが決まってしまう。
コートチェンジをする両者を見ながら、念珠崎チームのメンバーは、手を合わせ皆心配そうだ。が、当のまひるはと言うと、自分の置かれた状況にそれ程悲観はしていない。
それは、プレーしているまひるにしか分からない感覚──、
──もうちょっとだ。やっとこのラケットの癖が掴めてきたんだ。わっ子、ありがとう。今の俺にはチームより大切な物なんてねーよな。──
まひるは新品のラケットと向き合った。
このラケットで、みんなで県大会に行く。
『目指せ卓球アイドル!』
──だよな。未来の卓球アイドルの母校が、地区大会一回戦負けじゃあカッコわりーもんな。──
「しゃあッ!」
まひるは顔を叩き自分に気合を入れた。
「どうした? 急に大きな声を出して。気でも狂ったんすか?」
「水沢夏。散々やられちまったけど、こっからは俺のターンだ。お仕置きタイムだぜッ!」
まひるの宣戦布告に、沈み気味だった念珠崎ベンチは一気に盛り上がりを見せた。
「まっひー、もう大丈夫みたいね」
「もうっ! 遅すぎですよ、まっひー先輩」
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