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第一章【挑】
地区大会当日
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■■■■
──地区大会当日──
乃百合達の住む山形県は四つの地区に別れている。最上、置賜、村山、そして乃百合達の参加する庄内地区。
地区大会と言えどその範囲は広く、乃百合達の住む町から電車で一時間以上かかる場所にその会場はある。
「うわぁ。雰囲気が凄いですね……」
乃百合は初めて見る中学生の大会を前に自然と口が動いた。
小学生の時とは比べ物にならない程の圧力と、自分よりもちょっと大人な選手達の集まりにしばし圧倒されていた。
「部長、みんな県大会を目指してここに集まって来てるんですよね」
「そうね。乃百合ちゃんも負けていられないね」
「でもなんか私たちの周り、やけにザワついてません?」
「ああ、ええと、それは海香が──、」
確かに乃百合達、念珠崎チームの周りでは他チームの選手達が何やらヒソヒソと話をしている。
こちらを伺い、明らかに何かを言っているのだ。よく耳を傾けてみれば、どうやら海香の事を話しているらしい。
「海香先輩がどうかしたんですか?」
「去年大暴れだったからかな」
部長の話では、去年の海香は一年生でありながら個人戦で優勝候補を次々となぎ倒し、東北大会まで上り詰めたという。
弱小チームの無名選手に夢を絶たれた各チームのエースは数しれず、その海香を一目見ようと集まってきたのだ。
「そうなんですね。分かっていたんですけど、海香先輩ってそんなに凄い選手だったんですね!」
「ふふっ、そうね。頼もしいよね」
部長と話をすると乃百合は不思議と落ち着く。
築山文の持つ独特の落ち着きが一緒に居ると安心感を与えてくれた。
控え室までやって来くると、顧問の先生が点呼を取り、これからの流れを説明しだした。
「えーと、私達の試合は第四試合だから、十一時からだな。今が九時半だから、あと一時間半ある。アップを済ませたら十時から練習台を借りられる事になってるから、第二体育館に全員で習合だ。わかったかー?」
「「ハイッ!!」」
卓球台を使えるまでの間は、全員でストレッチをし体をほぐす。
徐々に近づく本番を前に、みんなの緊張感が高まっていき、やや口数も少ない。他のチームからは時折笑い声が聞こえてくるも、その多くの表情は真剣そのものだ。
そんなピリついた空気のなか、十時五分前になると築山文が指示を出した。
「皆、そろそろ第二体育館に移動だよ! 全員ラケットとボールを持って集合!」
こんな時でも築山文はしっかりしている。キチンと時間を見て、指示を出しみんなを纏める力があった。対して──、
「あああああああぁぁぁぁっっ!?」
突然大きな声を出すのは興屋まひるだ。
「ど、どうしたのまっひー!?」
「忘れた…………」
「な、何を!?」
「ラケット…………家に…………忘れてきました…………」
「「えええええええッッッ!!」」
空っぽのラケットケースを広げ、まひるの顔は真っ青だ。
卓球選手の命でもあるラケットを、大事な大会に忘れできたのだ。当然である。
だが、今はそんなまひるを責めている場合では無い。この状況を何とかしようと、それぞれが知恵を出し合った。
「今から戻って取りに行くとか?」
「無理よ、往復で二時間はかかるもの」
「じゃあ家の人に持ってきてもらうとか!」
「今日ウチ法事で家に誰も居ないっす……」
「しょうが無い。誰か他の人のラケットを──、あっ……」
築山文は、“ 合わないかもしれないが、他の人のラケットを借りて参加すれば ” と提案しようとしたが、大事な事に気づいて言葉を止めた。
卓球のラケットは大きくわけて二種類に分類されている。
一つは握手をする様に握って使う【シェイク・ハンド】もう一つは、ペンを持つように握る【ペン・ホルダー】だ。
基本的にどっちを使っても問題無いが、使い慣れていないと力が全く発揮できないのは言うまでもない。
そしてここからが問題だ。
今の卓球界の主流は【シェイク】で、そのシェアは八割近くにも登るという。
当然、念珠崎卓球部もその例外ではなく、その多くの選手はシェイクを使っている。と言うより【ペン】を使っているのはチームでまひる『ただ一人』だ。
つまり、誰もペンホルダーを持っていないのだ。
「そんな……一体どうすれば……」
「あの……」
「他のチームの人に借りる……とか」
「そんな事、できねーよ」
「あの……」
「最悪メンバー変更も……今ならまだ間に合う筈だし……」
「あのーッ! ちょっといいですか!」
あーでもないこーでもないと頭を抱えるメンバー達に、大きな声で割って入ったのは和子だ。
「あの、私、持ってます。ペン・ホルダー、持ってます!」
「えええええええっ!?」
和子は自分のラケットケースを開けると、中から新品のペン・ホルダーを取り出した。
「これ、実は昨日買ってもらったばかりなんですけど、良かったらまっひー先輩に使って欲しいです」
その言葉に一同驚いた。
確かに今まで和子はシェイクを使っていたはずで、昨日急にペンを買って、実際今日持ってくるとは誰が予想出来ただろうか。
「わっ子……いいのか?」
「勿論です! 寧ろ先輩の役に立てて、私とても嬉しいです!」
「ありがとう! わっ子! それにこれ……」
「あ、やっぱり気づきました? 実はそのラケットとラバー、まっひー先輩が使ってるのと同じやつなんですよ」
「す、すっげー……」
「えへへー」
まひるに感謝された和子はとても嬉しそうだ。
そして実はこの話には裏話がある。
合宿中、まひるに優しくしてもらった和子は、まひるに強い憧れを抱くようになり、あんな人になりたい、憧れのまっひー先輩に近づきたい。そんな想いから、合宿が終わったあとに親に “ 新しいラケットが欲しい ” と、おねだりをしたのだ。
和子の両親は、ラケットは買ったばかりだと思ったが、和子の初めてのワガママと真剣な顔に負けて買ってあげたのだった。
「あれ、グリップの所に何か書いてあるよ?」
乃百合は、まっひー先輩の持つペンホルダーに書かれた文字に気がついた。
それは油性ペンで書かれた和子の文字。
『目指せ卓球アイドル!』
「うん。わっ子、ありがとう。俺、絶対勝つから」
「はいっ」
■■■■
一悶着はあったが、残りの時間で本番前の練習をこなし、さし迫る時間の中、顧問の先生の下最後のミーティングが始まった。
「よし、全員居るな。じゃあ初戦ののオーダーを発表する」
一番『興屋まひる』
二番『関翔子』
三番 『常葉乃百合&六条舞鳥』(ダブルス)
四番 『築山文』
五番 『原海香』
「以上! 選ばれてない者も気を抜くなよー。何があるか分からないからな!」
「ハイッ」
そして部長の鼓舞する伝統の掛け声──、
「みんな行くよーっ! 駆け上がるぞ念中ーッ」
「「オーーッ!!」」
──地区大会当日──
乃百合達の住む山形県は四つの地区に別れている。最上、置賜、村山、そして乃百合達の参加する庄内地区。
地区大会と言えどその範囲は広く、乃百合達の住む町から電車で一時間以上かかる場所にその会場はある。
「うわぁ。雰囲気が凄いですね……」
乃百合は初めて見る中学生の大会を前に自然と口が動いた。
小学生の時とは比べ物にならない程の圧力と、自分よりもちょっと大人な選手達の集まりにしばし圧倒されていた。
「部長、みんな県大会を目指してここに集まって来てるんですよね」
「そうね。乃百合ちゃんも負けていられないね」
「でもなんか私たちの周り、やけにザワついてません?」
「ああ、ええと、それは海香が──、」
確かに乃百合達、念珠崎チームの周りでは他チームの選手達が何やらヒソヒソと話をしている。
こちらを伺い、明らかに何かを言っているのだ。よく耳を傾けてみれば、どうやら海香の事を話しているらしい。
「海香先輩がどうかしたんですか?」
「去年大暴れだったからかな」
部長の話では、去年の海香は一年生でありながら個人戦で優勝候補を次々となぎ倒し、東北大会まで上り詰めたという。
弱小チームの無名選手に夢を絶たれた各チームのエースは数しれず、その海香を一目見ようと集まってきたのだ。
「そうなんですね。分かっていたんですけど、海香先輩ってそんなに凄い選手だったんですね!」
「ふふっ、そうね。頼もしいよね」
部長と話をすると乃百合は不思議と落ち着く。
築山文の持つ独特の落ち着きが一緒に居ると安心感を与えてくれた。
控え室までやって来くると、顧問の先生が点呼を取り、これからの流れを説明しだした。
「えーと、私達の試合は第四試合だから、十一時からだな。今が九時半だから、あと一時間半ある。アップを済ませたら十時から練習台を借りられる事になってるから、第二体育館に全員で習合だ。わかったかー?」
「「ハイッ!!」」
卓球台を使えるまでの間は、全員でストレッチをし体をほぐす。
徐々に近づく本番を前に、みんなの緊張感が高まっていき、やや口数も少ない。他のチームからは時折笑い声が聞こえてくるも、その多くの表情は真剣そのものだ。
そんなピリついた空気のなか、十時五分前になると築山文が指示を出した。
「皆、そろそろ第二体育館に移動だよ! 全員ラケットとボールを持って集合!」
こんな時でも築山文はしっかりしている。キチンと時間を見て、指示を出しみんなを纏める力があった。対して──、
「あああああああぁぁぁぁっっ!?」
突然大きな声を出すのは興屋まひるだ。
「ど、どうしたのまっひー!?」
「忘れた…………」
「な、何を!?」
「ラケット…………家に…………忘れてきました…………」
「「えええええええッッッ!!」」
空っぽのラケットケースを広げ、まひるの顔は真っ青だ。
卓球選手の命でもあるラケットを、大事な大会に忘れできたのだ。当然である。
だが、今はそんなまひるを責めている場合では無い。この状況を何とかしようと、それぞれが知恵を出し合った。
「今から戻って取りに行くとか?」
「無理よ、往復で二時間はかかるもの」
「じゃあ家の人に持ってきてもらうとか!」
「今日ウチ法事で家に誰も居ないっす……」
「しょうが無い。誰か他の人のラケットを──、あっ……」
築山文は、“ 合わないかもしれないが、他の人のラケットを借りて参加すれば ” と提案しようとしたが、大事な事に気づいて言葉を止めた。
卓球のラケットは大きくわけて二種類に分類されている。
一つは握手をする様に握って使う【シェイク・ハンド】もう一つは、ペンを持つように握る【ペン・ホルダー】だ。
基本的にどっちを使っても問題無いが、使い慣れていないと力が全く発揮できないのは言うまでもない。
そしてここからが問題だ。
今の卓球界の主流は【シェイク】で、そのシェアは八割近くにも登るという。
当然、念珠崎卓球部もその例外ではなく、その多くの選手はシェイクを使っている。と言うより【ペン】を使っているのはチームでまひる『ただ一人』だ。
つまり、誰もペンホルダーを持っていないのだ。
「そんな……一体どうすれば……」
「あの……」
「他のチームの人に借りる……とか」
「そんな事、できねーよ」
「あの……」
「最悪メンバー変更も……今ならまだ間に合う筈だし……」
「あのーッ! ちょっといいですか!」
あーでもないこーでもないと頭を抱えるメンバー達に、大きな声で割って入ったのは和子だ。
「あの、私、持ってます。ペン・ホルダー、持ってます!」
「えええええええっ!?」
和子は自分のラケットケースを開けると、中から新品のペン・ホルダーを取り出した。
「これ、実は昨日買ってもらったばかりなんですけど、良かったらまっひー先輩に使って欲しいです」
その言葉に一同驚いた。
確かに今まで和子はシェイクを使っていたはずで、昨日急にペンを買って、実際今日持ってくるとは誰が予想出来ただろうか。
「わっ子……いいのか?」
「勿論です! 寧ろ先輩の役に立てて、私とても嬉しいです!」
「ありがとう! わっ子! それにこれ……」
「あ、やっぱり気づきました? 実はそのラケットとラバー、まっひー先輩が使ってるのと同じやつなんですよ」
「す、すっげー……」
「えへへー」
まひるに感謝された和子はとても嬉しそうだ。
そして実はこの話には裏話がある。
合宿中、まひるに優しくしてもらった和子は、まひるに強い憧れを抱くようになり、あんな人になりたい、憧れのまっひー先輩に近づきたい。そんな想いから、合宿が終わったあとに親に “ 新しいラケットが欲しい ” と、おねだりをしたのだ。
和子の両親は、ラケットは買ったばかりだと思ったが、和子の初めてのワガママと真剣な顔に負けて買ってあげたのだった。
「あれ、グリップの所に何か書いてあるよ?」
乃百合は、まっひー先輩の持つペンホルダーに書かれた文字に気がついた。
それは油性ペンで書かれた和子の文字。
『目指せ卓球アイドル!』
「うん。わっ子、ありがとう。俺、絶対勝つから」
「はいっ」
■■■■
一悶着はあったが、残りの時間で本番前の練習をこなし、さし迫る時間の中、顧問の先生の下最後のミーティングが始まった。
「よし、全員居るな。じゃあ初戦ののオーダーを発表する」
一番『興屋まひる』
二番『関翔子』
三番 『常葉乃百合&六条舞鳥』(ダブルス)
四番 『築山文』
五番 『原海香』
「以上! 選ばれてない者も気を抜くなよー。何があるか分からないからな!」
「ハイッ」
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