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第一章【挑】
私じゃないの?
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次の日──、
「のゆり~、今日は練習試合でしょ? そろそろ起きないと遅刻するんじゃないの?」
「……行かない。今日は部活休む」
起こしに来た母親に対し、乃百合は布団を被ったまま答えた。
「行かないって、なんでよ? 具合でも悪い?」
「うん。風邪引いた。先生に休むって連絡入れておいて……」
「そう。わかった。あとで栄養のある物作ってあげるから、少し寝てなさい。土日にしっかり治すのよ」
「……うん」
母が心配をしながらも部屋を後にすると、乃百合の中に少しだけ罪悪感が芽生えた。
今まで一度だって学校を休んだ事の無かった乃百合。母に嘘をついて初めて休んだ部活。その葛藤が胸を締め付けた。
そのまま布団を被り昼過ぎまで寝ていたが、健康体である乃百合は眠り続ける事に限界が来ていた。
起きていても考える事はブッケンの事ばかり。それと言うのも、ブッケンは乃百合にとっては言わば『格下』的な存在だからだ。だから尚更悔しいし、納得がいかなかった。
小学生の頃、乃百合は何をやらせてもそつ無くこなし、覚えも人一倍早かった為、周りからチヤホヤされていた。
ブッケンを卓球に誘ったのも乃百合だった。
覚えの悪いブッケンに対し、手取り足取り教えたのも乃百合。
男子にからかわれて泣いているブッケンを助けるのは、いつも決まって乃百合。
決断の出来ないブッケンを導いてあげるのも、乃百合の役目だった。
それなのに──、
「あのブッケンが……なんで……」
考えれば考える程に心が歪んでいくのがわかる。
ただの八つ当たり。
素直に応援できない自分が悪い事も分かってる。
それでも──、
「のゆり~、入るわよ」
母親がお粥と林檎を持ってきてくれた。
気づけば時刻は二時になろうかというところ。今頃卓球部は練習試合の真っ只中だろうか。
「のゆり。学校で何かあったの?」
「なんで? なんもないけど」
乃百合はめんどくさくなり、林檎を頬張りながら適当に答えたが、母の方が一枚上手だった。
「風邪を引いたなんて嘘ね。その顔は何か悩んでる時の顔だもん」
「え……」
「分かるわよ。伊達に十二年母親やってないんだから。お母さんに出来ることなら相談に乗るから。あんまり悩み過ぎないようにね」
「……うん」
母はそれ以上詮索することなく、部屋から出て行ったきり、食事を部屋の前に置くだけで乃百合の部屋に来る事はなかった。
■■■■
そして日曜日の夕方──、
「お母さん。今日、夕飯一緒に食べてもいい?」
「勿論よ」
「お母さん」
「なあに?」
「わたし、月曜日はちゃんと学校に行くから」
「そう」
母には敵わないと乃百合は思った。
こんな人間になりたい。
広く大きな心を持った人間に。
まだ中学一年生の乃百合には、今日は一段とその背中が大きく見えた。
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