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第三章【陰陽師編】

手作りバレンタイン

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 二月中旬。

「恭。明日まで帰らないからな。では行ってくる」

「ちょっと待てぇぃ、どこに行くんだよ。それに帰らないってなんだよ?」

 急にどうしたと言うのだ。まさか家出か?理由も言わずに出て行かれたんじゃ、心配するだろ。

「はっは~ん、さては恭。寂しいのだな?」

 と、流し目でからかってくるサタコさん。

「馬鹿言え、問題が起きた時に誰が面倒を見ると思っているんだよ」

「安心しろ、心配は要らない。それでは行ってくる」

「え、ちょ、待てって……」

 俺の心配を他所に、真冬の外へと出ていくサタコ。

 ったく、どこに行くんだよ……


 ───。


 夜になれば帰って来る。そう思っていたのだが、何時になってもサタコは帰ってこなかった。俺は眠れぬ夜を過ごしていた。そして遂にそのまま朝を迎えてしまう事に……




 サタコの奴、本当に帰って来なかったな……流石に心配だぜ。本当にどこに行っちまったんだよ。

 サタコの居ない部屋がこんなに広いとは、一人で過ごす時間がこんなに長く静まり返っていたとは、俺は知らなかった。いや、今までが賑やか過ぎて、忘れていただけなのか。


「サタコ……」


 正直寂しい。このままサタコが帰って来ないんじゃないか?ある日突然現れた異世界からの魔王様。ある日突然居なくなっても、なんらおかしくなど無い。


 ピンポーン。


 静まり返った部屋に、突如鳴り響くチャイムの音。


「サタコ!!」


 俺は慌てて玄関に向かい、勢いよくドアを開けた。


「あ、あなたは……」

「すみませーん、新聞の勧誘なんですけど」


 くそっ、なんてタイミングで勧誘に来るんだ。

 ガッカリしながら俺は「いりません」とキッパリ断り、ドアを閉める。


「せめて理由くらい聞いとくべきだった」


 異世界からやって来た魔王様との生活。この十ヶ月、まるで夢でも見ていたかの様に、不思議で有り得ない時間だった。もしかしたらその全てが『嘘』で、朝目覚めたら「なんだ、夢だったのか」って事になったりして……


 そんなの……そんなのって……



 嫌だ!!



 帰って来い、サタコ!!



 ──。



 俺はベッドの上に腰をかけ、サタコの帰りを待っていた。あれから時間は過ぎて、もう夕方の五時を回っていた。


 不安と苛立ちの中、ガチャッと玄関のドアを開く音がした。俺はすぐにその音に反応し、玄関へと向かう。

 そこには、

「おぉ、下僕よ。健気にお出迎えか?    可愛いやつよ」

 いつもと変わらぬサタコの、ふてぶてしい姿がそこにはあった。

「ば、人が来たら玄関に来るのが普通だろ!」

 何故人間は素直になれない生き物なのだろうか。本当は帰ってきてすげぇホッとしている筈なのに。

「はっは~ん、さては泣いておったな?」

 当然泣いてなどいなかったが、その言葉に思わず目を擦る。その姿を見たサタコさん、更に調子に乗ります。

「フハハハッ、しょうがない奴め。今日はお友達を連れてきたぞ」

 くっ、いざ目の前にするとやっぱり腹立つ……あと友達って誰を連れてきたんだよ。


「入っていいぞ」とサタコが呼びかけると、「お邪魔します」とシルシルが入って来た。

「えっ、シルシル?    もしかして、サタコってシルシルの家に泊まっていたのか!?」

「そうですけど、凶さん知らなかったんですか?」

 なんだサタコの奴。別に隠すような事じゃねぇだろ。一体何がしたかったのか。まさかわざと心配させたかったのか?

 とりあえず、立ち話をしていても寒いだけだと、二人を中に招き入れる。

「それで、なんで隠してまで黙ってたんだよ、俺がどれだけ心配したか分かってんのかよ!?」

「はっは~ん、心配してくれたのか。それは済まない事をしたな」

 くっ、「はっは~ん」がやけに耳について鬱陶しいな。そしてその流し目!    いい女気取りか!    二十年早いわ。二十年後に成長してるか疑問だけどな!


「これからはちゃんと……」

「まぁまぁ凶さん、サタコちゃんをそんなに責めないであげて下さい」

「え?」

「そうだぞ恭。これが欲しくないのか?」

 サタコは持っていた袋から、何やら包み紙に包まれた平たい箱を取り出した。何かのプレゼントっぽいが……

「なんだよこれ」

「まぁ開けてみろ」

 言われるがままに、包を開けると中に入っていたのは……ナニコレ?初見ではそれが何か分からなかった。

 黒い板に小さな足型が押された……なんだよコレ。サタコの成長記録か?

 俺がその正体を予想していると、「まぁ食べてみろ」とサタコさん。


 これ食べ物なのぉぉぉ!?


「いや、待ってくれ!    これ食べられるの!?    明らかに足型が付いてて、食欲を阻害されるんですけど……」

「だ、大丈夫です凶さん。私ちゃんと見てましたから。しっかり少しだけ浮いてました」


 いや、そういう問題じゃ……


「恭。私からのバレンタインチョコレートだ。世界に一つだけの手作りだぞ、 嬉しいだろ?」

 チョコレート!?    そうか今日はバレンタインデーか。俺を驚かせようと内緒で作ったって訳か。泣かせてくれるぜ。ただ、手作りと言うより、足作りなんだよな……何がどうしてこうなった。百歩間違えたってそこは手形だろうよ。


 しかしここで食べなかったらサタコはどう思うか?運は無くても心まで無い俺じゃ……


 俺は決心を決めて、恐る恐る足型チョコレートを口に運ぶ。



 パキッと一口。こ、これは──




 塩っぱい!!    物凄く塩っぱいんですけどぉぉぉぉ!!このビジュアルでこの塩っぱさとか、もうあれじゃねーか!


「どうだ?    美味いか?」


 目を輝かせて感想を求めてくるサタコさん。


「あ、ああ……とっても美味しいよ……」


「ウッハー」と両手を上げて喜ぶサタコを見て、これでいいのだと自分を戒める。しかしこれ、本当に食べ切れるか……


「凶さん、私からもチョコレートのプレゼントです」

 と、シルシルからも袋に入った可愛いチョコレートを貰った。

「ありがとうシルシル、早速頂くよ!」

 口直しに丁度いいな。ナイスタイミングだぜ。流石シルシル!

 袋から一粒取り出し、口に運ぼうとしたその時!

「やっぱりあげません!!」っとチョコレートを強奪されてしまった。一体なんだと言うのだ。

 見ればシルシルが青白い顔をして、チョコレートの袋を大事そうに守っているではないか……



 三秒後の俺に何があったんですかぁぁぁ!!?


 そんな楽しいバレンタインデーでした。



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