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第三章【陰陽師編】

憧れのラノベ作家

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 ■■■■

    某日。

    俺達は普段の生活に戻り、平和な日常を過ごしていた。平和すぎて、悪の組織の事等忘れてしまう程に。

 最近のサタコのマイブームは『ラノベ』だ。一日中俺の携帯にかじりつき、お気に入りの小説家さんの小説を読んでは、お腹を抱えて笑ったり、時には涙を流したりしている。
     それに飽き足らず、俺が買ってきたラノベを片っ端から読み込み、いつしか俺よりラノベ好きになっていた。そんなある日──、

「ほれ、『夢野雫ゆめのしずく先生』の新刊出たから買ってきてやったぞ」

 俺はサタコの大好きな夢野雫先生の書いた小説をサタコに手渡した。
    サタコは「うひゃー」「うほー」と歓喜を口にし、早速パラパラと読み始める。

 実はサタコにラノベを与えておくと、めちゃくちゃ静かなる事が最近分かっていた。これは俺の日常を守る為の必要経費だ。俺自体も後から読むため、全くの無駄な出費ではない。

「恭ぉぉぉぉぉお!!!」

 そうでもなかった。
 本を読んでいた筈のサタコが勢いよく突っ込んで来て、頭から俺のお腹にダイブして来る。
    そのまま勢い余って倒れ込むも、馬乗りになったサタコさんの勢いは止まらない。

「恭ぉ!   恭ぉ!!    見ろ!     見ろこれ!」
「痛ってぇ──、何だよこれ?」

 あまりにも五月蝿いものだから、サタコの持っていた紙に目を通すと、その気持ちがよく分かった。

『夢野雫先生サイン会開催!!』

「ええぇぇ!    マジかよこれ!?   ば、場所は──、品川!?    会える……夢野雫先生に会えるぞ!」
「凄いな恭ぉ!    是非連れていってくれ!」

 どうやら、初回限定盤の小説だけにサイン会のチラシが入っていたようだ。
    俺もサタコも夢野雫先生の大ファンだった為、行くことはすぐに決まった。

「日にちは──、今日!?    マジかよ、十五時からってあと三時間後か!     おいサタコ!     すぐに支度しろ!」

 俺達は支度もそこそこに、急いで品川に向かった。

    ■■■■

 サタコも夢野雫先生に会いたい気持ちが強いのか、終始いい子を演じてくれたお陰で、滞りなく品川に到着した。
    時間が迫っていた為、俺達は会場であるデパートの本屋さんへと真っ直ぐ向かう。

「恭。凄い数の人間がいるな」
「そりゃそうさ。夢野雫先生と言えば今やラノベ界のプリンセスだぜ?    しかも今回“顔出し初”ってんだから、この人だかりは仕方がねぇよ」

 会場は本を片手に持ったファン達でごった返していた。
    無理も無い。噂では、夢野雫先生は『美少女高校生ラノベ作家』として有名で、一目見ようと集まるファンは少なくない。勿論、俺達もその一部である。

 俺はサタコとはぐれないように、ギュッと手を繋いだ。ここまで来て迷子とかになられても正直困る。

    ────、

 一時間程並んだだろうか。いよいよ俺達の番が近づいて来た。列が進むにつれて、俺の胸は緊張で張り裂けそうになった。

    夢野先生の代表作は『僕にとってのお姫様は、妹なんです。』というタイトルの、兄妹物のラブコメだ。
    血の繋がっていない高校生で天才作家の妹と、それを応援する妹大好きな大学生の兄の物語。

    本を片手に、こんな素敵な作品を一体どんな人が書いているのかと、考えれば考える程俺のテンションは上がっていった。そして──、

「次の方どうぞー」

 ──きた!

 俺達は係の人に促され区切られたパーテーションの中に入る。夢野先生特設会場だ。
    入った瞬間わかった。明らかに外と中とでは空気が違う。そしてその容姿たるや、俺の想像を裏切る事を知らなかった。

「うわ……可愛い……」

 夢野雫とはよく言ったものだ。まるで夢の世界から飛び出してきたかのような可愛さと、可憐さを兼ね備えた少女がそこに居た。

「は、初めまして!    俺達、夢野雫先生の大ファンなんです!」
「うふふ。こちらこそ読んでくれてありがとうございます!」

 夢野先生が笑うと、まるでそこに花が咲いたかのような華やかさが生まれる。
    それだけではなく、礼儀正しさまでも備えた、まさに完璧美少女。天は二物を与えないどころか、与えられ過ぎて溢れだしている。

    しかしその後、事態は意外な方向へと発展していく。

 俺達をチラリと見るや、夢野先生が係の人に何やら伝えると、係の人は部屋を出て行ってしまい、何故だか俺達と夢野先生だけの空間が作られた。

「あ、あの……これは?」
「ちょっとあなた達とお話がしたくて、少しの間だけ外してもらいました」

 申し訳なさそうに説明しているが、全く事態が呑み込めない。嬉しいは間違いないのだが、何故夢野先生は俺達と話したいのかと疑問が湧いてくる。

 机を挟んだ夢野先生は、近くに寄るようにコイコイと手招きをした。
    俺達が釣られて近くに身を寄せると、夢野先生は机に手を付くように前に乗り出し、小声で話しかけてくる。
    誰も居ないのを確認している姿がまた可愛い。

「あなた達は兄妹なのですか?」
「あ、えと、まぁそうですね」

 俺とサタコの関係は『兄妹』という事になっている為、これは嘘ではない。

「あなた達、歳はおいくつなのですか?」
「十八歳の大学生です」
「十五歳だ」

 サタコは先生の前だからと見栄を張っている。サタコの容姿はせいぜい中学生がいいところだ。

「大学生と高校生!?    あわわゎ……」

 何だか夢野先生の様子がおかしい。作家には変わり者が多いと聞くが、夢野先生もその類なのだろうか。

 夢野先生は、続けて今度はサタコに向けて質問してくる。

「お、おに、おにーちゃんの事好き?」
「ん?    まぁ。好きだな」
「ひぃぃぃ、あああ、あの、失礼ながら血は繋がっているんでしょうか!?」

 急にどうしたというのか。どう考えても様子がおかしい。
    夢野先生は言葉が震え顔も赤い。更には体もカクカク震えているようにも見えてくる。

「私と恭は、血は繋がっていないぞ」

 サタコのその一言に顔の赤さがヒートアップ!    擬音語を付けるなら“ボン!”だ。

 尚も夢野先生の質問は続く。

「ふ、ふふ、普段は一緒に寝てるのですか!?」
「そうだな」
「お兄ちゃんとは、普段どこに遊びに行くのでしょうか!?」
「動物園、図書館、原宿、秋葉原、プール、海、無人島、あとは──、ラブホにも行ったな」
「ララララブホォォォ!?」

 後ろに椅子ごと倒れ込む夢野先生。机の脚を支えに立とうとするも、弱りきった様子で上手く立つこともままならない。それでも好奇心が勝った夢野先生の質問は続く。

「ふふふ、二人は、そ、その、禁断の恋なのでしょうか!?」
「え?」

 夢野先生は俺達の手を指差している。
 はぐれない様に入口で握った俺達の手は、今尚しっかりと握られていた。どうやらこれを見て、兄妹でありながら恋人同士と勘違いされていたらしい。

 ダメだ。これは完全にダメなやつだ。変わり者どころか、ラノベの書きすぎで妄想が暴走している。早くこの暴走を止めなくては──、

 しかし尚も続く夢野先生の暴走!!

「二人は離れられない関係なのでしょーかぁぁあ!?」

    立てない足腰で、机の下を潜りくぐり這うように俺達に近づいてくる夢野先生。
    正直怖い。

「そうだな。私と恭は絶対に離れられない関係だ。もし恭が居なくなったら私は死んでしまうだろう」
「ンマ!!    ななななんて深い愛なんでしょうかぁぁあ!!」

 全部嘘ではないが、完全に間違って伝わっている。というかサタコももう喋らないで欲しい。

「あ、あの、夢野先生?    ちょっといいですか!?」
「ハイ!    お兄さんどうぞー!!」
「こんなチンチクリンと俺が恋人だなんて有り得ないですよ。完全なる誤解ですから」

 誤解を解くために言った俺の言葉だったが、一言余計だった。
『チンチクリン』というワードが、“大好きな夢野先生の前で馬鹿にされた”と、サタコの怒りに触れたのだ。

 サタコはフルフルと震え、鎌の切っ先を俺に突き立てる。そして鎌を引き、俺の喉元を切り裂いた。

「いきなり何しやがんだっ」
「ふふん。私に恥をかかせるとこうなるのだ。さてと」

     サタコはワンピースのポケットから油性ペンを取り出すと、俺から夢野先生の本を奪ってサインを貰いに出向いた。

「おっと……」

    サタコさんが油性ペンを落としてしまった。それを追いかけて行った先でペンを踏み、体が宙を舞った。

「あぶねぇ!」

    俺は咄嗟に体を動かし、床に落ちてくる前にナイスキャッチした。

「なにやってんだ。気をつけろって」
「恭……ありがとうな。なんだ、その。悪かったな」

 それを見ていた夢野先生の顔は真っ赤になった。最後は「ご馳走様でぇぇっす!!」と言い残し、目を回して気を失ってしまった。

 俺達は、慌てて係の人を呼びに行ったが、サイン会はそこで中止となってしまった。


「一体なんだったんだ。兄妹物のラブコメ作家だから、勘違いして興奮してたのか?     どうやったら俺達が恋人同士に見えるのか……」

 俺は急に意識しだして、隣のサタコに目を落とした。

「恭ぉぉぉぉぉ!    サイン、サインもらってなぁぁぁい!!」

 いやぁ……無いわぁ……無い無い。

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