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第二章【能力者狩り編】

エピソード瑞

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天神瑞てんじんしるし九歳】

    瑞は宮司を務める真面目な父と、美人で人当たりの良い母とのあいだに産まれた女の子だ。
    何不自由無くこの歳まで育った瑞は、とにかく両親の事が大好きだった。

「おかーさーん!    早く早くー!」
「もう、瑞ったらそんなに走ったら危ないですよ」

    瑞は六歳の頃から、母の勧めで剣道を始めた。母は若い頃剣道で名を馳せたらしく、結婚した今は町の道場で剣道教室を開いている。
    強く、凛として礼儀正しい母に瑞は憧れていた。

    努力の甲斐もあって、瑞はメキメキと上達した。ただ単純に剣道が好きと言うのもあったが、うまく出来た時、母に褒められる事が何よりの原動力だった。

    元々可愛く、運動もできる瑞は学校に行っても人気者だった。男女問わずいつも周りには友達が居て、笑顔に溢れていた。大好きな家族と友達に囲まれ、これが幸せなんだと僅か九歳にして実感していた。

    そんなある日──、

    小学校で午後の授業を受けていた時だった。

「瑞さん、ちょっといいですか。お婆ちゃんが迎えに来ています」
「お婆ちゃん?」

    学校にお婆ちゃんが来るのは初めての事だった。
    何故、これから家に帰らなければならないのか不思議でしょうがなかった。でもそれは違った。瑞がお婆ちゃんに連れられてやって来たのは、家では無く病院だったのだ。

    言葉少ないお婆ちゃんに手を引かれ病院の中に入ると、お父さんの姿があった。

「瑞、いいか。よく聞くんだよ」
「なぁに、お父さん──、」

    この日、瑞の母は亡くなった。
    家族を見送った後、買い物に出かけた時に交通事故に巻き込まれたらしい。
    即死だった。

    瑞は涙が枯れ果て出なくなっても、尚泣き続けた。
    しかし、いくら泣いても気分は晴れず、母は帰って来なかった。

    次の日から瑞は家の神社で、毎日お願い事をする事にした。

「早くお母さんが帰ってきますように。神様お願いだから、お母さんを返してください」

    毎日毎日。学校に行く前、学校から帰ってきてから。欠かさずにお祈りをした。

    そしてある日、事件は起きた。
    いつもの様にお祈りを済ませ、願掛けのつもりで引いた“おみくじ”を見て瑞は震えた。

    そのおみくじには、神社で生まれ育った瑞でさえ見た事も無い『最凶』の文字が書いてあったからだ。
    凶さえ引いた事の無かった瑞は途端に怖くなり、思わずそのおみくじを草むらに投げ捨ててしまった。

    すると、草むらがあっという間に白い煙に包まれた。あまりの出来事に腰の抜けた瑞は、その場を離れる事が出来なかった。願わくば、何事も無く時が過ぎてほしいと思いながら。

    煙の中から声がする。
    低く、威圧的な男の声だ。

「俺様を呼び出したのはお前か?」

    瑞は呆気に取られていた。それと言うのも、その声の持ち主が明らかに子猫だったからだ。

「あ、あかちゃん……?」
「あ?    何言ってんだよ──、え、嘘……俺の身体……」

    子猫は自分の姿を見て驚いた様子だったが、瑞にはそれが可愛く見えた。

「子猫ちゃん。どこから来たの?    もしかして迷子?」
「お前が呼び出したんだろ!   さぁ、さっさと願いを言え。俺様はこんな体我慢できねーぜ」
「願い?」
「早く言え。こっちは帰りたくてしょうがねーんだよ」

    願いという言葉に、瑞はハッとした。
    瑞の願い。それは一つしかない。

「私の願いは、お母さんを取り戻すこと!    過去に戻ってお母さんを助けるの!」
「そうかい。じゃー俺様じゃ役不足かもしれねーな。でも、折角来たんだしお前さんに力を与えてやるよ。うまく使えば色々な願いが叶っちまう、スペシャルなやつだ」
「力──、欲しい!    私、お母さんを助けるの!」

  ────、

    その後、瑞はケット・シーによって未来視の力を得た。

    未来視の力は絶大だった。
    身の危険を回避する事は勿論、友達が危ない時も瑞は率先して力を使った。
    しかし──、

「ねぇ、天神さんって少し怖くない?」
「ちょっとおかしいよねー」
「気持ち悪い」

    瑞は力を使い過ぎた。
    噂はあっという間に広がり、親友だと思っていた雪水でさえ離れ、僅かな期間で独りぼっちになった。

    時を同じくして、瑞は剣道の大会に出ていた。母が教えてくれた剣道は、あれからもずっと続けていた。剣道で活躍すれば、“きっとまた母が喜んでくれる”。そう思っていた。

    だから瑞は勝ち続けた。
    全国レベルの上級生をバッタバッタと薙ぎ倒し、圧倒的なまでの強さを示した。それもその筈。瑞には未来が見えるのだから──、

    身体を半歩動かせば、いとも容易く攻撃を躱せ、タイミング良く打ち込めば必ず一本を取れた。

    そして遂に決勝まで辿り着いた。もしこの大会で優勝すれば、母はきっと──、

    ふと母を思い出し我に返った。
    瑞の母は、どんな相手に対しても礼儀を忘れない女性だった。気高く、思いやりのある人だった。
    こんな勝ち方をして、母が喜んでくれるだろうか?    自分の事を誇ってくれるのだろうか──、と。

    否。母は望んで等いない。きっと叱りつけてくるだろう。もしかしたら泣いてしまうかも知れない。

「お母さん──、」

    決勝戦。
    瑞は一歩も動くこと無く負けた。

    母と友達、剣道を失った瑞の心は荒れに荒れた。
    何度もコンパスで自分の目を突き刺そうとも思ったが、その度にケット・シーに止められた。

    瑞は、いつしか目を半分しか開かなくなっていた。
    それはまるで、見たく無いものを見ないようにしているようでもあった。
     眠そうな目と揶揄される事もあったが、関係無かった。
    そして、誰に対しても敬語で接する事を心がけた。母に少しでも近づける様に──、と。

    ■■■■

    それから九年後──、

    ある日、自分と同じ契約者と出会った。
    彼は、凶運体質でありながら運を吸い取られるという残念な体質を持っていた。しかし彼は自分とは違っていた。
    能力と向き合って、困難に立ち向かい乗り越えていく強さを持っていた。
    理解者であり同じ境遇を持つ彼に、瑞の心は次第に惹かれていき、気がつけば想いは恋に変わっていた。
    顔や見た目が好きとかではなく、その生き方や人柄が大好きだった。

    友達も出来た。
    騒がしいが、芯の強い友達だ。
    自分が能力者だと知っても、彼等なら理解してくれる。そんな自信を与えてくれるような、そんな人達。

    瑞は能力の弊害で、今となっては九年前のことを覚えてはいない。それどころか、母を失った時の苦しみや悲しみさえも、その心の中には残っていなかった。
   
    それでも──、

    それでも瑞は、分かり合える仲間達と共に、輝く様な『今』を生きている。
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