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第一章【出会い編】
まるで子供
しおりを挟む地面を駆け抜ける影。かなり素早い。
この廃ビルに住み着く一匹の鼠が、恭を抑えていた警察官のズボンの裾から入り込む!
「うわっなんだなんだっ、うひゃっ!?」
それを助けようと銃を構えていた警察官が駆け寄るも、バナナの皮に滑って転ぶ!
「うおぁ、痛ぅ。おぉ痛ててて……何だってこんなところにバナナの皮が」
二人共とんだ災難だ。普段なら絶対に起きないであろうアクシデントが二人を襲ったのだ。
そして──
「あ、ハイ! 今すぐ行きます! ハイ! 申し訳ありません!!」
もう一人の警察官が無線で何やら連絡を取り合っているようだ。なんだかかなり恐縮しているようだが、一体どうしたのだろうか。
「皆聞いてくれ!『佐藤京』が女の子を人質に立て篭もっているらしい! 今すぐ来いって『鬼の所長』から連絡が入った!」
「お、鬼の所長!? ひえっ! 遅れたらただじゃ済まないぞ!?」
「佐藤京が立て篭もっている? じゃ、じゃあコイツは一体……??」
警察官達がお前は誰だとばかりに、一斉にこっちを見てくる。
それはこっちのセリフだってんだ。さんざん追いかけ回された挙句、拳銃まで向けられたんだ。ここは一発……
「あ、あの……俺の名前は、その『佐藤京』という男と同姓同名なんですよ、友達が勘違いして俺の事指さしちゃったもんだから、何だか大事になってしまって」
そう言いながら俺は学生証をポケットに入っていた財布から取り出し、警察官達に見せる。
「ほ、本当だ……漢字が違う……! こ、これは大変失礼致しました!!」
警察官達は急にビシッとして、綺麗に揃って敬礼をする。
「済まなかった……後で必ずお詫びに行くから許して欲しい! ただ今は急いで犯人逮捕に向わなければならないのだ……」
「別に大丈夫ですよ。早く言わなくて、逃げてしまった俺も悪いんですから。是非犯人逮捕の応援に向かって下さい」
鬼の所長がそんなに怖いのか、警察官達はスグに出発したいようだ。その姿を見てると何だか気の毒になってくる。
「すまない、それでは今日は行かせてもらう。本当に申し訳なかった」
そう言って廃ビルから駆け足で出ていく警察官達だったが、ビルを出た瞬間、蕎麦屋の出前の自転車にぶつかり辺り一面蕎麦まみれに……その後必死に謝る警察官達の姿は、見ていて本当に可哀想だった。
「はぁ……本当に朝からツイてねぇな」
俺はため息を漏らすと、サタコの方に目を向ける。この状況に陥ったのは、間違いなくサタコのせいなのだが、果たして俺を助けてくれたのもまたサタコなのだろうか──、
「なあ、あれはお前がやったのか?」
「そうだ。少しばかり運を刈り取ったのだ。その結果ああなった。しかし、どんな結果が待っているかは私にもわからない」
「俺を助けてくれたのか?」
「お前に死なれたら困るからな。それに、言ったはずだお前の命は私が守るとな」
コイツさらっと胸きゅんワード言ってくるな。
「とりあえず礼は言っておくけど、あの力は無闇矢鱈に使うんじゃねぇぞ。この世界ではそれがルールだ」
「何故だ? この力は私の特権だ。どう使おうと私の勝手ではないのか?」
「その力はこの世界では『ズル』に値する!魔女っ子マジョリんも言っていただろ? 私はズルは嫌いだって」
サタコは魔女っ子マジョリんを見て泣いていた。俺はマジョリんの言葉を借りて説得を試みる。
──ズキューンとサタコの胸を撃ち抜く音がした(気がした)
「マジョリん! わかった!! 私はズルはしない! なるべくしない!!」
マジョリんに対してはやけに素直なサタコさん。『なるべく』と保険を掛けてくる当たりが気になるが、こんなチート能力をバンバン使われたんじゃ迷惑千万、社会のバランスが崩れちまうだろう。
サタコは弱い魔王だと思っていたが、それはとんでもない誤解だった。人間に対してはチート級の威力を誇る、正しく『悪魔』だ。
「よし。それじゃあ俺は大学に行くけど、まさかまだついてくる気か?」
「大学にも行ってみたいが、今日はマジョリんの漫画とやらを読んでみようと思う。先に家に帰って待っておる」
おぉすげー! マジョリん様々だな!
俺はホッと息を漏らし、サタコを見送り大学へと向かった。
■■■■
俺の運も補充されてきたようで、その後すんなりと大学に来る事が出来たが、色々あったせいで時刻は既に正午過ぎ。仕方なく講義には午後から参加する事にしたが、その前に大吉とユキちゃんに朝の事を問い詰めねばならなかった。
二人を探して構内を歩いていると、早速廊下で立ち話をしている二人を発見した。俺の心は少し傷ついていたが、思い切って二人に声をかけてみる。
「いやぁ、酷い目にあったよ!」
まずは笑顔だ、笑顔で話しかける。そして警戒心を解く。そして事の真相を探るのだ。二人は俺の事を嵌めようとしたのか? からかっていたのか。
「おお、恭無事だったか! 気が気じゃなかったぜ」
「恭君、良かったぁ。心配してたんだよ?」
二人は振り向き、心配してたと言ってきた。俺にはその顔が、無事を心から願っていた様に見えた。
「お、おぅ。まあな。俺は別に無実な訳だし? 話したら分かってもらえたよ。俺の事心配してくれてたんだ?」
「当たり前だろ!? 俺達友達じゃねぇか!」
「当然だよ! 恭君に何かあったら私……」
友達……か。悪くない響きだ。この二人が友達なら俺はきっと幸せ者なんだろうな。思えば『さとうきょう』と言われたから指を指しただけなんだし、二人に責任なんて無かったのかもな。
「さ! お腹も空いたしご飯行かね? 午後の講義までまだ時間あるよな?」
「賛成だぜ! 昨日貸し付けた『カレーパン』今日払って貰うぜ」
大吉がニヤニヤしながらカレーパンを請求してくる。このタイミングで言うかね、と思ったがそれも大吉らしさであり、気が置けない仲である証拠なんだと思うと、なんだか笑えた。
「行く行く! 私もうお腹ペコペコ!」
ユキちゃんは可愛い顔してお腹ペコペコとか言うもんだから、もうそれはそれは萌な訳で、その天使な笑顔には毎度癒される。
こうして三人で仲良く昼食を取り、午後の講義を無事済ませると、午後は存分に勉学に励んだ。
全ての授業が終わると、三人で他愛も無い話しをした後、家路に着く。今日の出来事も、今となっては笑い話だ。
■■■■
家の玄関の前まで来ると、どっと疲れがこみ上げてきた。
朝から走り回り疲れたな……サタコの奴いい子にしてるかな? と頭の中を不安が駆け回る。
「ただいま」とドアを開け家の中に入った俺が目にした光景は──、
「なんじゃこりゃぁ!!」
部屋一面に散らかされた『漫画』『フィギア』『DVD』の数々。それらは俺の大切なコレクションだ……
「おかえり恭。遅かったな」
寝っ転がり漫画を読みながら出迎えてくれる魔王様。
「おかえり。じゃねぇよ! 短時間で散らかし過ぎだろ!!」
「そうか? それにしても『漫画』ってやつはどれも面白いな!」
サタコが珍しくテンション高めに目をキラキラさせて言ってくる。どうやらこの世界の『漫画』にドップリとハマったらしい。そのキラキラした表情があまりにも可愛く純粋な目をしていた為、俺はこれ以上怒る気になれなかった。
「サタコ、片付けるの手伝ってくれ。その後でまた漫画を読めばいいから」
「仕方がないな。本当に世話のかかる家畜だ」
くっ、コイツ……一瞬でも可愛いと思った俺のカロリーを返して欲しい。
──ピンポーン──
突然家のチャイムが響いた。引っ越したばかりで、まだ誰にも家を教えた覚えていないが無いのだが、噂に聞く新聞の勧誘だろうか。
「お。恭、この音はなんだ?」
「誰かお客さんが来たんだよ。ちょっと見てくるから、片付け続けてろよ」
サタコから目を話したくなかったが、玄関に向かいドアを開けると、今日俺を追いかけ回した警察官が立っていた。
「あの、どうしたんですか?」
「今日の事をお詫びしたくて訪ねてきた。本当に済まなかった。これはほんの気持ちだ」
そう言うと警察官は菓子折りを差し出してきた。高級そうな包に包まれた菓子折りはずっしりと重く、安物でない事が伝わってくる。
「そんな、気を使わないで下さいよ」
「それでは本官の気が治まらないのだ。遠慮しないで受け取って欲しい」
逆に申し訳なくなりながらも菓子折りを受け取ると、警察官は深く礼をして帰っていった。部屋に戻ると寝転がりならが漫画を読むサタコさんが出迎えてくれる。正直蹴飛ばしたい。
「恭。なんだそれは?」
「ああ、なんだろうな? お菓子みたいだけど」
早速包み紙を開け中を見ると、いかにも高級そうな『バームクーヘン』が沢山入っていた。
「おおぉぉ!!」
「なんだそれは?」
「これはバームクーヘンムと言ってな、この世界のお菓子さ。美味いぞぉ?」
包装を開けバームクーヘンを半分に割りサタコに手渡してみる。
「あれ? そう言えばサタコは食べ物食べるのか? 確かエネルギー源は『人間の運』だったよな? そもそも口から何かを摂取するなんて事あんのか?」
「馬鹿にするでない。栄養にはならないが、味覚位はちゃんとある。どれどれ……」
そう言ってサタコはバームクーヘンを一口。
───!!
「なんだ……これは……」
「どうしたよ、急に……」
「うまーーい! 美味すぎるぞ!! こんな美味い物がこの世にあったのか!?」
バームクーヘンがだいぶお気に召したようだ。サタコは目を輝かせながら感動を口にする。
「よかったな。もう一個やるよ、ホラ」
今度はバームクーヘンを丸々一個手渡すと、サタコは飛び跳ね大喜び! こうして見ると本当にただの子供だ。
その後、バームクーヘン効果もありサタコと仲良く部屋を掃除し、寝る準備を済ませ長かった一日が終わった。
まだ出会って間もないが、振り回され、運気は毎日低迷し散々な目に会ってはいるが、サタコの時折見せる子供の様な姿を思い出し、俺は少し緩んだ表情で眠りについた。
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