鬼の縮命

風浦らの

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お風呂場に幼女

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「はい。はい、すみません。今週中にはなんとか完成させます……すみません。それではまた……」

 通話を切ると、スマホをベッドに投げ捨て、荒々しくソファーに座り天を仰ぐ──────
 最近俺は仕事が上手くいかずにイラついていた。

 暫く上を向いていたが、いつまでもそうしても居られず、気分を変えようとシャワーを浴びる事にした。
 
 今日は『立春』で、暦のうえでは春らしいのだが、この時期は息が白くなる程まだまだ寒い。通路を足早に駆け抜け、お風呂場のドアを開いた。
 まず始めに目に飛び込んできたのは、幼稚園児位の女の子。
 そう、お風呂と言ったら幼女だよな。

 ───────ッ!!

「いやおかしいだろ!!     ね、ねぇ君、何処から入ってきたのかな?!」

 俺の問いかけに幼女は動じる様子も無く、ごく普通に言葉を返す。

「玄関から。アッチだよ」

 そう玄関から。アッチね。うんうん。

「知ってんだよ玄関の場所なんざ。鍵閉まってただろ!    早く帰れ。さあ帰れ。きっと親御さんが探してるぞ。それにお前みたいな幼女が家に居ると、今の時代非常にマズいんだよ。しっしっ」

 俺は幼女を追い出そうと、ジェスチャーを交えお風呂場の入口の方へと追いやった。

「帰りたくない」
「いいから。ここは藤田さんの家なんだ。つまり俺の家!    お前の家じゃないの!──────うっ」

 少し強く言い過ぎたせいか、幼女が悲しそうな顔でこちらに視線を向けているのに気づいた俺は、堪らず深く溜息をついた。
 幾ら何でも酷すぎたか────
    見れば年端も行かない女の子だ。せめて理由くらい聞いてあげるべきだった。

「──────ッわかったよ。んで、なんで出てきたんだ?」
「今日は豆撒きだから」
「あぁ、そう言えば今日は節分か。でもどうして?    豆嫌いなのか?」
「うん。アレ当たると痛いから」

 ────ん?

「で、なんで俺の家に来たんだ?    お家、ここから近いの?」
「この家、豆撒きして無かったでしょ?    だから」
「いや答えになってねぇし。まぁいい。ここは寒いから、とりあえずリビングに来いよ。暖房つけてやるから」

 小さいく可愛い幼女の手を取り、リビングへと向かおうとした時気がついた。
 その手は、冷たい俺の手でも分かるほど冷たくなっていたのだ。
 寒いお風呂場に居たのだ、当然だ。こんなにも幼女の手が冷たくなっている事に気づけなかった自分が情けなかった。

 リビングに戻ると、さっきまで暖房がついていた為、かなり暖かい。幼女をソファーに座らせ、おやつとジュースを目の前に差し出した。

「わぁぁ」

 幼女は目を輝かせ、食べてもいいのかと確認するようにコチラを見てきた。その表情に、こちらまで何故かジーンとしてしまう。

「どうぞ。好きなだけ食っていきな」

 こうして眺めていると、子供は本当に可愛い。一つ一つの動きが覚束無くて、見ていて飽きない。俺にもこの位の歳の子供が居てもおかしくないだけに、なんだかしみじみしてしまう。

「それで、名前は?」
「わたし?    『ニーオ』」
「ニーオ?    外人さん?!」
「ガイジン?    鬼だよ」

 鬼?     確かに黒いTシャツに、虎柄のパンツ姿はいかにも鬼っぽい。今の子供達の間で流行っているのだろうか?    まぁいいや。

「じゃあニーオ。それ食べたらお家帰ろうか」
「お家?    ニーオのお家はここだよ?    今日からここがニーオのお家」

 ニコニコ顔に騙されそうになったが、流石にそういう訳にはいくまい。
 俺はニーオの頭に手を置き、宥めるように優しく言葉をかけた。

「ニーオ。お父さんとお母さん心配しているよ。お兄ちゃんが送っていくから。帰ろうぜ。なっ?」
「ニーオ、鬼だから自分のお家無いの。だから、住みやすいお家に住むの」

 子供の扱いって本当に難しい。一体どうしたら言うことを聞いてくれるのか。
 ニーオの頬は膨れて、明らかにご機嫌が傾いてきたご様子だ。

「お兄ちゃん、わたしが鬼だって信じてないの?」
「え、いや。信じてるよ!   ニーオは鬼なんだね。怖い怖い」

 俺の白々しい誤魔化しがバレたのか、ニーオは「見てて」と言ってソファーを飛び降り、テテテとヒヨコのような走りで部屋の窓によじ登った。

「お兄ちゃん、あそこを歩いている人を見てて。あの人、今から “ 死ぬ ” から」
「んな馬鹿な」

 俺の目線の先には、コートを羽織った割と歳のいったサラリーマンが歩いていた。
 普通に歩いているし、これから死ぬなんてとても思えない。子供の冗談にしても、もっと可愛い嘘をついて欲しいものだ。最近の子供は皆こうなのだろうか。少し心配になってしまう。

 そんな事を考えていた俺だったが、次の瞬間頭の中が真っ白になった。
 さっきまで普通に歩いていたサラリーマンが、急に胸を抑えるように倒れてしまったのからだ。

「え……」
「ね。本当だったでしょ」

 その後現場に居た通行人によって呼ばれた救急車でサラリーマンは運ばれていったのだが、このタイミングを当てずっぽうで言い当てる確率はどれ程だろうか?    予知能力と言われた方がまだしっくりくる。もしくは、──────鬼の仕業。とか。

「お、お前がやったのか?」
「そうだよ」
「嘘だろ……?」

 こんな小さくて可愛らしい女の子が、平然と人を殺したというのか……いや鬼か……

「本当 。あとね、ニンゲンの寿命もわかるよ」
「え?」
「お兄ちゃんの寿命はね。んーーー、あと3ヶ月丁度かな」
「いや、まて……今なんて──────」

 ────────。


「お兄ちゃんはね、3ヶ月後の『5月3日』に死ぬよ」



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