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正体不明の
買い物
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朝食の片づけも終わり、僕はアルと一緒に街に出ることにした。というのも、朝食に食材を使いすぎために食料がつきかけているからだ。だが、街に出る前に一つだけしておかなければならないことがある。
それは、腹八分目を超大幅に超越してしまった僕たちには、少しの休息が必要だ。
「休んでいる暇なんかないわよ」
アルは僕の考えなど気にも留めず、今すぐにでも買い物に行きたいようで、僕の手をぐいぐいとつかんで離さない。
僕は少しだけげんなりしながらため息を吐いた。
……最近ため息ばっかだな。幸せが逃げなきゃいいけど。
ともかく、僕は出かける準備をして、アルに引っ張られるままに家を出た。
「ちょっと……もう少しゆっくり歩こうよ」
いつものことながら、アルの強引さに僕はかなり参ってそう言い聞かせては見るものの、結局のところ、それに意味がないことなんて最初からわかっている。
なぜなら、彼女はいつも同じことを言うからだ。
「急がなきゃ、楽しむ時間が無くなるでしょ?」
「別に楽しみにいくわけじゃないだろう? ただ食料の買い出しに行くんだし」
どうせ彼女は買い物のことになると僕の意見を聞かない。良くも悪くも彼女は買い物に盲目で、難聴だ。ほかのことは見えなくなるし、人の話を聞けなくなってしまうのだ。とはいえ、それは大体の人が何かに対して持つもので、たまたま彼女は買い物に対してそうなのだ。
だからこそ、僕は彼女を責めることもできないし、できることといえば彼女の買い物に付き合うことぐらいだろう。
しかし、僕は彼女と違って買い物は手短に済ませるものだという感情が強い。ある意味では彼女ほど盲目にはなれない。彼女ほど現実を直視できていないということでもある。僕は下民と呼ばれる人たちの扱われ方に対しての耐性というものがあまりない。
今だって、貴族によって意味もなく拷問にかけられている人たちがいる。僕の視界の隅に入り込んでいる。
そんな日常はアルの目にだって入っているはずだ。今までもこれからも、貴族として生きていくであろう僕よりも、彼女の方が現実を目の当たりにしているのだから。
「不快ね……」
ほかの誰にも聞こえないように、僕の耳元で彼女は囁く。僕もそれに同意して、小さくうなずいた。
通常の神経を持ち合わせていれば、誰だって、他人が理不尽な目に会っていることに心を痛め、人によっては手を差し伸べるのだろう。でも、この国は腐っている。腐った国では誰も手を差し伸べないし、大多数の人間はその理不尽さを楽しむ。
今までこんな現状を体験してきた人々にとってはそれが当たり前で、下民にとっても仕方のないことなのだ。――僕たちがどう思おうとお構いないしだ。
「手を出しちゃだめだよ?」
僕は彼女が一瞬だけ見せたごみを見るような目つきに、今にも恐ろしいことをしでかしてしまうのではないかという不安を募らせ、思わずそう返した。
彼女は冗談めかしく笑いながら「今は何もしないわよ」と言った。
きっと僕は、このときの彼女の表情を忘れることは出来ないだろう。美しくもはかないその笑顔を生涯忘れることはない。
ともかく、今は彼らに何かしらの手助けをできるわけでもない。手を出してしまえばそれですべてが台無しだ。僕は貴族の地位を剥奪されるぐらいで済むかもしれないが、貴族ではないアルはそうはいかない。
この国では貴族が絶対だからだ。
「いいから……行きましょう」
彼女は僕の手を引っ張って市場の方角へと足を進めた。
それは、彼女ことアルが僕にこれ以上は惨状を見せまいという意思なのか、それとも自分が見たくないという意思なのかはわからない。それでも、彼女がしっかりとした自分の意思を持って、僕の手を引いていることは、手を握っていた僕が一番よくわかった。
しかし、いつまでも手を引かれているのも小恥ずかし。初々しい馬鹿なカップルでもあるまいし、これだけはどうにかならないかといつも思う。
それは、腹八分目を超大幅に超越してしまった僕たちには、少しの休息が必要だ。
「休んでいる暇なんかないわよ」
アルは僕の考えなど気にも留めず、今すぐにでも買い物に行きたいようで、僕の手をぐいぐいとつかんで離さない。
僕は少しだけげんなりしながらため息を吐いた。
……最近ため息ばっかだな。幸せが逃げなきゃいいけど。
ともかく、僕は出かける準備をして、アルに引っ張られるままに家を出た。
「ちょっと……もう少しゆっくり歩こうよ」
いつものことながら、アルの強引さに僕はかなり参ってそう言い聞かせては見るものの、結局のところ、それに意味がないことなんて最初からわかっている。
なぜなら、彼女はいつも同じことを言うからだ。
「急がなきゃ、楽しむ時間が無くなるでしょ?」
「別に楽しみにいくわけじゃないだろう? ただ食料の買い出しに行くんだし」
どうせ彼女は買い物のことになると僕の意見を聞かない。良くも悪くも彼女は買い物に盲目で、難聴だ。ほかのことは見えなくなるし、人の話を聞けなくなってしまうのだ。とはいえ、それは大体の人が何かに対して持つもので、たまたま彼女は買い物に対してそうなのだ。
だからこそ、僕は彼女を責めることもできないし、できることといえば彼女の買い物に付き合うことぐらいだろう。
しかし、僕は彼女と違って買い物は手短に済ませるものだという感情が強い。ある意味では彼女ほど盲目にはなれない。彼女ほど現実を直視できていないということでもある。僕は下民と呼ばれる人たちの扱われ方に対しての耐性というものがあまりない。
今だって、貴族によって意味もなく拷問にかけられている人たちがいる。僕の視界の隅に入り込んでいる。
そんな日常はアルの目にだって入っているはずだ。今までもこれからも、貴族として生きていくであろう僕よりも、彼女の方が現実を目の当たりにしているのだから。
「不快ね……」
ほかの誰にも聞こえないように、僕の耳元で彼女は囁く。僕もそれに同意して、小さくうなずいた。
通常の神経を持ち合わせていれば、誰だって、他人が理不尽な目に会っていることに心を痛め、人によっては手を差し伸べるのだろう。でも、この国は腐っている。腐った国では誰も手を差し伸べないし、大多数の人間はその理不尽さを楽しむ。
今までこんな現状を体験してきた人々にとってはそれが当たり前で、下民にとっても仕方のないことなのだ。――僕たちがどう思おうとお構いないしだ。
「手を出しちゃだめだよ?」
僕は彼女が一瞬だけ見せたごみを見るような目つきに、今にも恐ろしいことをしでかしてしまうのではないかという不安を募らせ、思わずそう返した。
彼女は冗談めかしく笑いながら「今は何もしないわよ」と言った。
きっと僕は、このときの彼女の表情を忘れることは出来ないだろう。美しくもはかないその笑顔を生涯忘れることはない。
ともかく、今は彼らに何かしらの手助けをできるわけでもない。手を出してしまえばそれですべてが台無しだ。僕は貴族の地位を剥奪されるぐらいで済むかもしれないが、貴族ではないアルはそうはいかない。
この国では貴族が絶対だからだ。
「いいから……行きましょう」
彼女は僕の手を引っ張って市場の方角へと足を進めた。
それは、彼女ことアルが僕にこれ以上は惨状を見せまいという意思なのか、それとも自分が見たくないという意思なのかはわからない。それでも、彼女がしっかりとした自分の意思を持って、僕の手を引いていることは、手を握っていた僕が一番よくわかった。
しかし、いつまでも手を引かれているのも小恥ずかし。初々しい馬鹿なカップルでもあるまいし、これだけはどうにかならないかといつも思う。
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