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悪霊と貴族と

袋小路

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 僕はアルを連れて、何事もなかったかのようにドアを開けた。もちろん、足音が止まったわけでもないし、ドアを開けた先に誰もいないなんてことも状況から考えるに可能性が低い。
 実際に、ドアを開けるとすぐに複数人の男たちに囲まれることとなる。

「誰だ!?」

 男たちの中でも一番大柄な男が、僕に向かって声を荒げた。
 そりゃそうだ、突然警備していた家の倉庫の中から見知らぬ人が出てきたら誰だって不審に思うだろう。僕だってそう思う。
 しかし、今なら彼らを誤魔化すことができるだろう。

「あなたたちこそどちら様ですかな?」

 なぜなら、彼らには僕がこの屋敷の執事にしか見えていないからだ。
 僕の変装魔法は限定的で、その場所にもっともゆかりのある人物にしか成り済ますことができない。だから、僕たちがいた部屋から一歩でも出てしまえば変装は解ける。もっとも、倉庫に一番ゆかりのある人物が、この屋敷の執事だとは思わなかったから、少し自分でも面喰ってしまったわけだ。
 執事といわれる人種とあまりかかわりを持ってこなかった僕にとっては、一番難しく、一番ごまかしがきかないいわば賭け事のようなものだが、僕はこの屋敷の執事のことは嫌なほどよく知っていた。

「俺たちはあんたのご主人様に雇われた傭兵だ。あんたはここで何をしていた」
「いやはや、あなたたちのような下民にも似たゴミのような人種を雇うとは嘆かわしい……」

 この男、執事は選民思想の持ち主だ。貴族以外には仕えず、彼自身もまた貴族である。そのためか、下民のことを毛嫌いしており、僕と同じで魔法を愛している。
 だから、平民がするよりもしたの行動、たとえば傭兵なんかは尋常じゃないほど嫌っているというわけだ。つまり、僕はこの姿がかなり嫌いだ。できることなら一秒たりともこの姿でいたくはない。誰かに頼めるなら委託したいほどだ。
 その点、彼ら傭兵たちと僕は気が合いそうだ。

「けっ! お前が魔法使いでも雇い主の持ち物でもなければ、すぐさまに……」
「すぐさまになんですかな?」
「すぐさまに、こんなところから出て行ってやるものを!」

 一番大柄な傭兵は、とっさに口から出そうになったであろう言葉を飲み込んで、強がりを言う。
 彼ほどの体格があろうと、魔法使いには勝てないというのがこの国での常識だ。もし仮に、彼が魔法に対抗しえる『武器』というものを持っていれば話は別だろう。だが、それもこの国には存在しない。貴族たちが持ち込みを禁止したからだ。
 それにしても、この男……って言っても僕なんだけど、こんな嫌みばかり言ってて疲れないのかな。

「それはありがとうございます。わたくしも、あなたたちが主人の客人でなければ今すぐにでも八つ裂きにして差し上げますよ。とにかく、ここには様々な貴重品がございますので、さっさと護るべき場所にお戻り願おうかな? もっとも、あなたたちごときには何も盗むことも、護ることもできませんがね」

 僕がそう言ったところで、ようやく傭兵たちは頭に来たようで、ぶつくさと何かを言いながら別々の方向へと去っていく。その様子を見送ってから、僕も不満を吐きつつ部屋を出る。

「流石貴族……」

 ずっと僕の後ろに隠れていたアルが、僕に対して微笑みながら嫌みを言った。
 僕も今までの自分の言動には嫌な気分しか感じていなかったので、別にその嫌みに対して何か思うところがあるわけでもない。むしろ、彼女がそう茶化してくれなければ、もっとストレスを感じていたことだろう。
 彼女に見えないように、僕は小さく息を吐いた。

「君も元貴族だろう……。ともかく、これでようやく行動に移せそうだ」
「とは言っても、これだけ広い屋敷。目的の場所はわかっていてもこれだけ警備が厳しいとね……」

 ある程度は、ジャンヌがフォローしてくれることにはなってはいるものの、アルの言うとおり警備が厳しい。それも国の兵隊ではなく私兵を使っているというのも厄介だ。
 いくらエリートなジャンヌがいたとしても、私兵までを動かすことは出来ないだろう。
 まあ、もう一度僕の魔法を使う手段がないわけではない。

「でも、僕の魔法は頼りにしない方がいいかも」
「そうね、便利な魔法だけどその分、リスクが大きからね。その魔法にばかり頼ってても、これからの作戦に支障が出るだろうし……下手に変装してばれて死傷なんて笑えないわよ」
「…………そんな思いついたような言葉遊びをされても、うまくもなんともないけど少しむかつくからやめてもらえるかな?」

 冗談もだけど、その内容も笑えたものではない。『死』なんて縁起でもないことを言わないでほしい。

「ともかく、私の魔法をいくつか使ってみるとしましょうか!」

 彼女は罰が悪そうに、僕の話をスルーする。ちなみに今のは冗談でも何でもない。スルーとするをかけているわけではない……言葉の性質上仕方ないことなんだ。そう誰に言われるでもなく、僕は言い訳をしたい。
 そんなことよりも、彼女の提案には同意しかねる。

「それは厳しくない? いつだれが来るかもわからないこんなところで、どうやったら魔法の使い方を勉強する時間があるというの?」
「時間ならあると思うけど、それよりも、今君らのすることは別だろう?」

 僕はいつの間にか背後に立っていた男の方に視線を向ける。
――全く次から次へと、暇しない場所だな。
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