上 下
115 / 119

★自分を卑下するのもダメ。

しおりを挟む
エレベーターが五階で開いた。二人はエレベーターホールを抜けて部屋に向かう。少し昼間より温度が下がり涼しくなってきた。僅かな隙間でこちらのお祭りの光程度が視界に入る。そんなに大きくないエリアで田園という坂道ばっかりのところでやっている神社のお祭りだ。
「あとは自信持って」
「ええ、、、それは無理だよ」
「無理でも持って」
「無理だってば」
「だから無理でも持ってって」
「こんな目にあったばっかだよ、持てるわけない」
「じゃあ明日から持って」
「いや、無茶それ」
キーボタンにタッチする。
反応音がなり、ロックが解錠された。ドアを開けて中に入る。人感センサーで自動的に玄関の照明が付く。まだモダン焼きのソースや海老、豚肉の焼けた香りがほんのり残っている。そして扉がドアクローザーのおかげでゆっくりゆっくり背後で閉まった。
「さっきも言ってくれたけど、そもそも自分の良いところなんて全然思いつかないよ。だから自信なんて持てるわけないじゃん?」
そう。これと言って自分ができることで特に凄く秀でていることなんて思い付かない。これが樹里なら数えきれないほど人に『凄い』と言わせることがたくさんあるのに。僕にはこれと言って無い。
「無いことないよ、そんなこと絶対ない」
「じゃあ何よ?」
「まず背が高いでしょ」
「いや、僕より高い奴なんていっぱいいるって」
「だからそこの考え方が違うんだって」
「?」
「背が高いのは十分にモテ要素。別に誰より高いとか関係ないの。他にも料理が上手い」
「いや、それも・・・・」
「それも上手いやつはいくらでもいる?そうじゃない。私が食べたいものを食べたいときに食べたい味付けで出せる。これが他人にもできたなら、きっとその人は凄く喜ぶ。プロの職人技みたいなことを誰も要求はしていない」
「・・・・・・・」
「他にも歌も上手い。ああ、それもって言わないでよ。別にプロやストリートミュージシャンで動画サイトに出て再生数何十万とか言ってる人と比較しようとしているんでしょ?違うって。そういうんじゃないから。でも明らかに上手いから」
まだ続く。
「まだまだあるわ。バイクの運転も上手いでしょ。勉強も凄く努力している。あと意外と異性とのコミュニケーションは上手だった。もっとコミュ障でダメダメかと思ったけど全然上手かった。あれだけできるんなら私が手助けなんてする必要はなかった。洗濯もキレイにしてくれるし、掃除も確かに手抜きだけどちゃんと要点は押さえている。陰キャだボッチだって言うけどちゃんと良いポジション取りしている。地味だけどちゃんとお洒落も知ってる。前髪被っているけど目もキレイ。実はイケメン。性格は抜群に優しくて穏やか。癒やし系。心がキレイ。もうこの点に関しては絶対に自信持って推せる。いや、推したくない。推して皆に知られたら嫌やもん。確かに少しマイナス思考が過ぎるけど、出過ぎた図太い奴らよりはよっぽど良い。他にももっともっと・・・・」
なんか・・・赤面してくる。樹里から熱を帯びた僕へのエールがどんどん「これでもかこれでもか!」と送られてきて胸が熱くなる。
「ありがとう、樹里」
「ううん、私本気で思ってるよ。あにぃは比較対象が凄い高いところにありすぎるんだよ。完璧主義・完全制覇なの。そこまで要求することってほとんど何もないわ。それに女子だって別に料理の腕がプロ級ですって言えばそれは凄いと言われるけど、かと言って必ずその人の好きなものを好きな味付けで出してくるかは別の話だし、それより一般的にできるぐらいです、でも充分嬉しいもんよ。ましてや好きな食べ物を知り尽くしてアレンジも相手好みに合わせてくれる気持ちは、何にも勝るわ。自分で自分を落としてしまう比較はしないで」
・・・・完璧主義、完全制覇。そんなつもりはなかったはずなのに・・・そうだね。僕はいつの間にかそういう比較の仕方をしていたかもしれない。もっと一般的に優れている、だけで十分なのに、百八十センチ以上ないからダメ、とかプロ級じゃないからダメ、とか、そんなことばかり思っていたかもしれない・・・・
「それにさ・・・」
力説していた樹里がスッと力を抜き、ヘルメットをパントリーの所定の棚にしまい、僕のも受け取ってくれて樹里の白いそれの横に置いた。
次の言葉には一拍も二拍も間があった。この間は引きとなり、注目を引きつけた。
「プッ・・・」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

男子中学生から女子校生になった僕

大衆娯楽
僕はある日突然、母と姉に強制的に女の子として育てられる事になった。 普通に男の子として過ごしていた主人公がJKで過ごした高校3年間のお話し。 強制女装、女性と性行為、男性と性行為、羞恥、屈辱などが好きな方は是非読んでみてください!

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

転職してOLになった僕。

大衆娯楽
転職した会社で無理矢理女装させられてる男の子の話しです。 強制女装、恥辱、女性からの責めが好きな方にオススメです!

女子に虐められる僕

大衆娯楽
主人公が女子校生にいじめられて堕ちていく話です。恥辱、強制女装、女性からのいじめなど好きな方どうぞ

【R18】快楽の虜になった資産家

相楽 快
現代文学
まとまった資産を得た中年が、快楽を追い求め、週変わりで魅力的な女性のサービスを受ける。 夕方は街に繰り出し、市井に潜む快楽のプロの技巧を味わいにいく日常系官能小説である。 コメントで、こんなシチュエーションが読みたい、とか、こういう作品(映像、小説、漫画等)を参考にして欲しい、とご教示頂けると、大変助かります。

タイは若いうちに行け

フロイライン
BL
修学旅行でタイを訪れた高校生の酒井翔太は、信じられないような災難に巻き込まれ、絶望の淵に叩き落とされる…

処理中です...