上 下
111 / 119

★やはり樹里が前に言った「そんな扱いを受ける男」の方だったようだ。

しおりを挟む
気が付けば樹里に抱きしめられていた。抱きしめられていたといえば恋愛要素が大であるがそうではない。一時的に怒りと悲しみでトリップした僕がどうもかかって行きそうになっていたみたいで、僕を立ったまま抱き着いて止めていた。それで僕のきっと愚かで間抜けな怒った形相を隠して、向こうに気づかれないようにしてくれていたのだろう。少しでも僕のプライドをきれいに守ったんだと思う。

正気が戻ってきた当たりから、頭から血の気が引いていく感覚とともに、胃の上部が何か悪魔にでもゆっくりゆっくりしかも強力に掴まれていく感触が身体を突き抜けていく。
「う・・・・うう・・・」
僕は苦悶して呻きながら・・・身体が折れていく
「あ、、、、あにぃ、今度はあれ(PTSD)か。ちょっと、、、ベンチあけて!」
座っていた亜子さんが「何??」と驚いたようになっているが、急変をすぐ理解したのかサッと避けた。
「どうしたん?・・・お兄さん顔・・・真っ青やん」
「にんたま大丈夫?」
「御堂くん、そこの会館の休憩所入ろうか。うわ、、ホンマや、え?救急車呼んだほうがいいか?」
僕は樹里の身体を叩いて気づかせた。
「いや、樹里。。。皆に見られたくない」
「ええ?」
「まだ初期段階やから、、、今のうちに誰もおらんところへ」
「誰もおらんところ・・・?」
「あれやったら、、、僕一人でうろついてくるわ・・・・」
「んなことできるわけないやろ!」
樹里の真剣な声色に周囲が過敏に反応する。
「え?御堂君どうしたん?」
「食あたりとかかな?」
何も事情を知らないクラスメイトたちも寄ってくる。
「あの、今日もう、、帰るわ」
樹里が横に回り、僕の肩を組んだ。
「あ、大丈夫?休んでいかないの?いける?」
「うん、、、本人ももう帰りたいみたいやし・・・」
「ああ、そうか。分かった」
辻本君が頷いた。
「え?お兄さん意識あるの?ホンマ大丈夫なん?」
亜子さんも寄ってきて背中に手をあててくれるが、僕はこの皆のいる状況からいち早く逃げたかった。
「これ、神宮東公園のほうってこの通りじゃなくて表からいける?」
「ああ、そっちから行った方が近いよ」
電車通り以外は蛇行していてよく分からなかったのだが、どうやら公園脇には表通りから行くほうが近いようだ。その方が助かる。下手にさっきの集団に僕や特に樹里が近づいて田中さんに気づかれてもあかんし、あんな調子に乗った集団だったら樹里をその場でナンパしかねない。そうなるともうひとつややこしい。
「これそこの角を曲がってぐるっと行くんやな?」
コの字を書いていくかの確認。
「そうやなあ、そこはそれしか抜け道がないわ」
「分かった、ありがとう。あにぃ行こう。みんなごめん、帰るわ!」


本当はしゃがみ込みたかった。頭を心臓より下にして血液を脳に送りたかった。
けど周りに人が多すぎてそんなことしたらただ事じゃないと思われてしまう。とりあえずその場から逃げたかった。一人か樹里と二人だけになりたかった。ショックな出来事で再発するPTSDを知られたくなかった。
コの字に回り込むまで僕なりに大丈夫、ちょっとした腹痛みたいなもん、というふりをしていたが、亜子さんに指摘された通り顔色は隠せなかった。
けど踏ん張っていたんだ。
回り込みきったとたん、ダメダメだった。一旦膝をついて四つん這いになってしまった。樹里もいけるのかな?と僕の演技に力を抜き油断していたみたいだったが、慌てて「戻るか?ここで休むか?」と聞いてきた。僕はまだ会館から近いので嫌だった。もう見られてはいるが百パーセントは見せたくないし、同世代の女の子たちも居てる。田中さんの行動で傷ついてショック状態になり、PTSDから胃痙攣を起こしましたなんて知られたらどうよ?黒歴史すぎる。

どうにか神宮東公園まで行ってそこで休みたい。あそこならベンチがあるし、あんまり人影がない。
樹里に肩を抱えられながら胃の上部の搾り上げられるような痛みと貧血に堪えながらなんとか立ち上がって歩く。
樹里が僕のおでこに手をやる
「めちゃ冷たいやん・・・・」
こうなると僕の体温は三十四度台になる。顔が冷たく頭頂部に氷を埋め込まれたみたいだ。視界にはなにやら小さな光の粒が飛び交い、油断すると真っ白になってこけてしまう。
「急ぎたいん分かるけど、ゆっくり行こう、ゆっくり・・・・」
左肩から抱えてくれている樹里は、優しくもあったが力強くもあり、着実に前に進んだ。
「うう・・ああ・・・いてぇ・・・・」
汗が地面に滴り落ちる。熱さによるものではない。血の気が引いた冷汗だ。
「ゲホゲホゲホ・・・・ウェッ」
「吐きそうか?」
「いや、、、吐きはしないけど、、、ちょっとえづきそうになる」
「そっか、じゃあもうちょっと行こうか。吐きたかったら吐いてしまえ」

樹里に身体を支えられながら思った。
あそこにいた遊び人たちはきっとこんな僕みたいなことにはならないだろう。
好きだった人が他のもっと遊んでいる人らと楽しそうに歩いているところを見て、PTSDを発症して胃痙攣を起こして悶絶し、えづきながら気絶しそうになっている。
こんなこととはきっと縁遠い太い人種なんだろう。勝ち組だ。おそらく彼らは田中さんにそれほどのお金をかけることはないだろう。ひょっとしたら恋愛上手なら田中さんからお金を引き出す側に回っているかもしれない。きっと田中さんを容易く笑顔にするのだろう。現にもうしていた。ひょっとしたら田中さんのことがお目当ての男子がいて、いや、確実にいるだろうなあ、きっと何の抵抗もなしに口説くだろう。ひょっとしたらその後はあっさり抱かれてしまうんだろう。自分はどうだ?なんて細かく無駄ばかりの自分なんだろう。なんでもっと上手に女の子を口説く才能や神経のほうは発達しなかったんだろう。なんでそういう環境に恵まれてなかったんだろう。それを金や樹里の力を使ってカバーして何とか大きく見せかけて、案の定仮面を剝がされたら召使いのような扱いを受けて、真人間らしい言葉をメッセージアプリでかけてくれてからの、これ。。。思いを伝えることも出来ず手で触れることもできず、当然唇で触れることも抱くこともできず。。。

自分はやはり樹里が前に言った「そんな扱いを受ける男」の方、負け組だったんだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

校長先生の話が長い、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。 学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。 とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。 寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ? なぜ女子だけが前列に集められるのか? そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。 新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。 あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。

彼女に振られた俺の転生先が高校生だった。それはいいけどなんで元カノ達まで居るんだろう。

遊。
青春
主人公、三澄悠太35才。 彼女にフラれ、現実にうんざりしていた彼は、事故にあって転生。 ……した先はまるで俺がこうだったら良かったと思っていた世界を絵に書いたような学生時代。 でも何故か俺をフッた筈の元カノ達も居て!? もう恋愛したくないリベンジ主人公❌そんな主人公がどこか気になる元カノ、他多数のドタバタラブコメディー! ちょっとずつちょっとずつの更新になります!(主に土日。) 略称はフラれろう(色とりどりのラブコメに精一杯の呪いを添えて、、笑)

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

就職面接の感ドコロ!?

フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。 学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。 その業務ストレスのせいだろうか。 ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

処理中です...