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★バク転勝負

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いつもなら人気が少ないこの講堂裏。今日は樹里がきたせいなのか、なんとなく講堂裏の真裏とでも言おうか。荷物の搬入経路あたりにチラホラ、いや、まあまあに人が多い。
湿っぽい水はけの悪いグラウンド、プリーツスカートの女子は座れない階段を除けば、講堂裏はロケーション的にはきれいなところだ。植え込みには青々としたつつじの葉っぱが生い茂り、アジサイが咲いている。花は詳しくない。それぐらいしか分からない。あとは灌木というのだろうか、背の低い木々が植えられている。植え込み部分は立ち入り禁止。そこをくねくねと蛇行した石畳の道と、真っすぐの什器搬入経路用のアスファルトの道がともに階段のところで合流している。
「あ、大成っち!おーい!」
急に樹里が大きな声で呼び止める。てか、この付近にいたんだ。下からは見えないけど…あ、見えてきた。僕と江藤さんも何気にお茶だけ持って上に上がった。そしてちょっとだけ離れた、声は聞き取れる距離にいた。
大成くんと誰かもう二人ほど男子がいる。挨拶してなにやらちょっとした世間話でもしているようだ。
「てか、なんで下ジャージなん?」
大成君が嘲笑いながら指差した。
「うん、とうとう検挙されたわ。谷本に!」
「うわ、教頭かよ、最悪やったなあ」
「ホンマやで、ばっしーん!きたわ」と言って手で叩く真似をした。
「うわ、どつかれたん?可哀想~」
「うん、容赦なしやで。てか、おかしない?絶対私よりこの子らのほうが短いって!そう思いませんお二方も??」一緒にいる男子にも話を振る。
亜子さんとらんちゃんを激しく指差すが四人からは完全に笑われている
「樹里ちゃん悪目立ちしすぎや」
大成君ごもっとも。しかし本人は納得しないだろうけど。

「ちょ、せっかくこの恰好やからな、こないだ言ってたやん、大成っち。勝負しようや」
「え?なんの?」
「バク転よバク転」
「バク転の勝負って、こないだ言ってたなあ。え?あれ冗談ちゃうん?まさかできるのん?」
「できるって言ってたやんか。けどスカートやからようせんて言っただけ。今日ならできる!」
「おー、じゃあお手並み拝見としよか」
「ちょ、そっちが先やってーや」
「うん、ええで。じゃあ、、、ここから、そこでしようか」
什器搬入経路のアスファルトの道を陣取った。
なんかえらいことしようとしとるなあ、昼下がりに。怪我しなやーと言いたいところだが。大成君は軽くステップを踏み、

側転からの、、、
バク転
バク転
バク宙

でピタリと着地した。

しばらくの静寂のあと、
「うぁー」
亜子さんや田中さん、らんちゃんから歓声が上がった。
そこだけでなく、遠巻きに見ていた女子等も、
「うわーっすごいことしてる」
「格好いいなあ」
と黄色い歓声が飛んだ。
側転入ってからのスピードが、あんなの普通絶対出せないと思うような体のキレと柔らかさで回転していた。さすが元体操部。あれでまた女子何人か惹きつけたなあ…
気が付けば見に来てる生徒がポツポツ・・・いや結構増えてきた。人が人を呼び寄せる現象のようだ。
「じゃあ、あっし行くわ」
手首をほぐし、つま先を立てて足首を回しながら。
「はーい、怪我しなやー。無理せんとな」
手を上げた樹里に大成くんも手を上げて、いいよ、の合図を送る。

ダッとすごいトップスピード。大成君より早くて長い助走。
走り出したかと思えば、

側転
バク転
バク転
バク転
バク転
バク転
からの、
身体は丸めず、両手を大きく左右に開き、背中をそのまま後ろに手がつくのではないかと思うほど反り返り、しかし高さのあるジャンプで、膝と身体を伸ばしきったまま、空中で回転させた。着地に入る前に腰で回転力を上げて足から着地した。
・・・・威力がありすぎて、足が後ろにタタタ…と後ずさったが、転びはしなかった。

「うっへー!!ねーたま、すげー!」らんちゃんが叫ぶ。
それと同時に周囲から歓声と拍手が巻き起こる。
「樹里、格好良すぎ!もう・・・」
田中さんは空いた口が塞がらない様子で拍手している。
「あれなに?あれなに?両手広げて顔がこの辺にあって身体回転したよ!!」
江藤さんが興奮してお腹らへんで顔を両手で現したかのような仕草をした。

「うぉー!すげーロンダートバク宙…テンポ宙やんかあ!」
そんな意味のわからないことを言いながら大成くんは樹里のそばに寄っていった。
「あかん、勝ちたかったから勢いつけすぎて着地止まらんかったわ」
「体操部?体操部やんなあ」
「いや、全然違うよ」
「え?独学?」
そう、僕は知っていた。ああいうことができるのを。そしてどうしてできるようになったのか驚愕の理由を。
「うん、中坊のときに、悪い連中らと警察から逃げるときに格好良く逃げる方法考えていたら、ああなった」

聞こえた人々、空いた口が塞がらない。。。

「…ありえへん、マジでありえへん。ちょ、これ、凄すぎるし、僕が手抜き過ぎた!元体操部の名にかけて、がむしゃらにもう一回僕やるわ」
大成くんが気合の入った表情で再度こちらに向かって技を披露するためのスタートに入ろうとしたときには、まるで花道のように女子らが、一部男子等が群がった。

さあ、いくぞ!
ってときに、

「こらーーーッ!そんなとこでバク転とかしなーーい!」
と大人の女性の声が。

あ、ジャージ姿の女子体育の先生でもとアマチュアレスリングを大学でやっておられた先生、林先生だ!

うちの学校の怖い教師部門の女性部門トップのお方で、僕も見たことあるのだが、踏み台昇降運動をふざけてちゃんとしなかった男子に後ろから首元引っ張って引きずりおろして倒してたからなあ。
(ということはうちの学校の脅威、本日は二本建てやな…かわいそう樹里)
うわっちゃーって顔して頭抱える大成くん。人だかりもすぐ脅威の存在にすぐにバラけだした。
「なにしてんよ、あんたらー!」
二人共ビンタでもしそうな勢いで林先生が詰め寄る。
「あ、私がバク転しようって誘って、私からしました。大成くんはなんもしてません」
詰め寄る林先生の前に向かうように一歩出る。
「えー?」
林先生がうそ?そんなことないやろ、と言いたそうな疑問の声を出した。
「いや、そんなことはないです。僕もやりました」
すぐさま大成くんも一歩出て樹里の報告を覆す。
「いや、もうええって」
「良くないわ、僕もしたんやし」
「誘ったんは私からなんです!」左手で自分のいう意思表示の現れで胸に手を当てる。
「もう二人ともそんなかばい合いしなさんな!こっちおいで、こんなアスファルトの上で怪我したらどうすんの?!」
言葉の語尾は連れられて遠のいていくので聞き取りにくくなった。
二人はそのまま講堂の裏口から中に入れられ、林先生も入り、パタンと扉は閉められた。

「あ~大成くん格好良かったなー」
「樹里さん格好良かったなー」
「あの子あんなことまでできるんやあ」
「大成くん運動神経抜群やなあ」
「樹里様すごいわー」
「あのバク転の回転見たー?手足伸ばしたまま回ってたで」
「大成くんいいなあー」
「やっぱ樹里さんに告白する!私抱かれたい!」

ええ?しかも今の女子の声やったで…どんな子やろと思わず見回す。

周囲はちょっとした祭りが終わり、ぼちぼちと人が捌けていく。
僕たちのこの一時的なチームは、誰も動こうとはしなかった。

「にんたま、今日ねーたまツイてないデーですね」
「ホンマやな(笑)」
「そうかなあ、またファン増えたで多分。増やすんええねんけどな、私とか、らんもそうやけどお兄さんも大変でしょう?」
「まあ、もう昔からやからなあ(苦笑)」
「慣れですか(笑)」
「やんちゃしぃやからなあ、しゃーないわ。首に紐くくっておくわけにもいかないしね~(笑)」


★亜子の視界


「首に紐くくっておくわけにもいかないしね~」
あ、今の樹里兄さんの顔、、、すごく良い顔した。

大好きなものが元気で自由に羽ばたいているところを見たような目だった。
ふーん・・・・性格すごく良さそう。今私が求めている感じに近いかな・・・・
良い友達になれそうね。


★亜子の視界 終了


しかし、その後少しだけ気持ちが良くなかった。
樹里の自由感と僕の自由感はいったいどれだけの違いがあるのだろう…僕はバク転もできないし、そんなキャーキャー言われるような特技なんてない。せいぜい少し人より勉強ができて手抜き料理振る舞ってちょっとの女子に少しだけ喜ばれるだけ。
それに比べて大成くんもだけど、樹里が一度体を動かせばこれだけ多くの女子や男子を惹きつけて、黄色い喝采をもらう。こんなフツーはあんまり人すら来ないところですらあの有り様。自分は何なんだろう。あいつとの差ってどんなんなんだろう。。。
能力がかけ離れすぎていて妬む気などはサラサラない。むしろ後方支援の方が自分は好きだ。しかし、こないだから三原の話が引っかかっている。
一年で三十人の女を抱く同年代がいる。自分は一人すらままならない。樹里や大成君はこれだけ多くの人を一瞬で魅了する能力を持っている。自分はなにもない。
この差ってどうしてなんだろう。。。

そして自分の中に凄く嫌なモヤモヤ感が生まれつつある。どんなものかは分かっているが、これは絶対に言ってはいけないことだ。

その時、閉められた講堂の裏口が開いた。
「んじゃ、ちゃんと教頭先生に言われた反省文と、スカートの丈戻してくるんやで!」
林先生の声だ。一番先に出てきて、後から樹里が続く。
「はーい」
「はーいちゃうねん、しばくぞアンタ!ええ加減にしいや!」
「はい!」
直立して返答したものの、すぐに(まあまあ、そんなに怒らないで)みたいなポーズを両手でとる。
「ほんならもう戻ってええわ」
「はい、すみませんでした」
大きい声で合わせたかのように二人で叫んだ後、先生の前を足早に離れた。

「ごめんなー大成っち」
「いや、ええよ、こんな人だかりできるとは思わんかったし(笑)それより変な庇い立てするなよ」
「いやあ、あっしが誘ったし、大成っちのは多分見られてなかった思うしなーそれで」
「あんなん僕そばにおるのにどう考えてもバレてるって」
「ハハハ。そっか。で、」
「で?」
「今日はあっしの勝ちでいい?」
「ハハハ、ええよもう。まさか体操部でもないのに、あんな技できると思ってなかったし。でも常識の範囲内にしてな(笑)」
「クレープ奢ってや。駅前のモール内の」
「あ、ええなあ、僕も食べたい!あっこのクレープ屋さんやなあ。分かった」
樹里は振り返る。そして、
「じゃあ、今日友達も連れて行くわ」
「ええ?と、友達?」
「心配しな、奢ってもらうのは一枚やから。そっちも何人か連れてきてもええで」
「あ、ああ。そう、、、かあ。う・・・うん、ええよ!」
何かしらの期待が外れたけど、全拒否するのは得策ではない、といった感じだろうか。
「んじゃ放課後な」
手を振り見送ったあとに僕等のところにきて、
「らん、亜子、放課後いける?」
「特に問題なし」
「あー三十分ぐらいなら私はいけるかな」とらんちゃん。家のお手伝いがあるんだろうなあ。
「無理せんでいいよ。誰か他誘うから」
「ねーたま、酷いわそれ!」
「まりっぺは今回はごめんやけど、ちょっとパスしてな」
「私は、大丈夫です。ちょうど行かないと行けないところありましたし」
「んじゃそろそろ戻ろか」
僕達は騒がしかった夏になる前の昼休みを解散した。
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