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第一巻

★代えがたいもの

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うう、な、何だったんだ?
テトラの上で突き飛ばすって危ないやんか。
もう・・・・まあいいや。
樹里も咄嗟の出来事に怖くてパニくっただけだろう。
ささ、僕も我に返って、、、
あ、樹里の帽子と偏光グラスが落ちてる。そいつを拾ってと。
『一号』を探すとすぐに見つかったのだが、、、

「あ、あ~あ・・・・」

ティップがなくなっている。
3番ガイドから穂先方面が、ない。

・・・・・・・・・・・・・・つまり、折れた。

愕然。。。
ああ、父さんからもらったベイトロッド。。。
僕は何気にエンドグリップを見る。バス釣り界最高峰のブランドロゴが入ったモデル。
これ、、、お下がりだけどめっちゃ貴重な最高のやつだったんだけどなあ。。。

でもまあ、樹里が無事だったんやからいいや、それで。
父さんも樹里を危ないことから守って折れたと言えば、別に怒ることもないし。
竿は買えばいいんだし。これはもう古いもんだし。
すぐに気分を変えることができた。

無くならないと次は手に入らないんだ。


僕もテトラから一文字へと戻った。
戻ったらすぐに田中さんが本日の二度目の快挙を報告してくれた。
「やりましたよー」
田中さんがガッツポーズをしてみせる。
かかっていたのは、尺はないと思われるがぶりぶりに太ったガシラだった。
「おお、でかい!あっちで釣ったん?」
「うん。普通にぼーっと青イソメ垂らしていたら、急にグングングーン!って」
樹里がプライヤーで針を外しにかかっているが、おそらく僕が戻ってきてもまだ外せていないということは、結構苦戦している?しかし、
「飲み込みかけ、ぐらいやったなあ。もうちょっと早く合わせたほうがええわ」
針がでてきた。
「そうですか」
ニコニコで先生の指導を聞き、イメージトレーニングで竿を上下させている。
「今度早く合わせるようになるやろ、そしたらすっぽ抜け現象が起きるねん」
「ええ!難しいんですね、合わせって」
樹里はその間僕と目を合わせずに黙々とハサミで脳天を刺して締め、組んでおいた海水のバケツのところまで持っていき、またエラらへんを切って漬けた。
「合わせって魚がなにかにも寄るよ。ガシラとかさっきのシーバスとか来たと思ったら思い切り合わせたらええんとちゃうかな。黒鯛はタイミングが微妙な気もするけど」
「へぇー」
「カワハギなんて合わせ命やで」
「難しいん?」
「別名エサ取り名人」
「ハハッ、なにそれ!」
「このあたりにもいるよ。おちょぼ口のやつ」
「ええ、そんな難しいんなら釣ってみたい!」
自信がついてきたようだ。
「ツンツンってきたら、もう次ぐらいのタイミング逃したら餌ないで」
「えーっ、シビアやんね、そんなん、、、ツンツンで?」
「そうそう」
ツンツンで、、と言いながら竿を上に軽くしゃくって、またイメージトレーニングをしている。
樹里はバケツのところにしゃがんで、たまにこちらをチラ見するけど、その場から動かない。
・・・・やっぱよっぽど怖かったのかなあ。
背なかでも摩ってあげたほうがいいのかなあ。
けどさすがに田中さん居てるしなあ。
うちのところは兄妹スキンシップが多い方のようには思っているけど
ずっとこんな感じで来てるし。
まあでも今回は田中さんが居てるし、控えさせてもらう。

ようやく樹里は魚をワニグリップで掴み取り、僕があげたクーラーボックスに入れた。
そしてまだ戻らずに、僕のクーラーボックスをあけて、そこにあるペットボトルのお茶を豪快にぐいぐい飲み始めた。ずっと飲み続けて、いっきに500mlが半分ぐらいになったときに、やっと口からペットボトルを離した。

まるで自分に火がついてしまって、その火を鎮火させるように見えた。

ライジャケ持っているから落水は問題ないし、樹里は泳ぎは上手だが、やはりあの高さから落ちてテトラはコンクリート群だからそこで打ち付けると体のダメージは大きい。
僕は樹里が目を逸らして遠方を眺めながらペットボトルを持って立っているところに、
「大丈夫?」
と近づいていった。
一瞬、ピクッとなった気がしたが、
「これ、落としてたぞ」
僕が帽子を渡す。帽子には偏光グラスも、ヘッドライトもちゃんとそのままついている。
「あ、、、どうも」
どうもって(笑)
すごく小声で、風の音にもかき消されそうな発声だった。

え?なにか怒ってる?面倒くさいやつ?
そんなことはないと思うけど。

樹里はあまり「拗ねる」ということはない。ケンカはほとんどしないが、そうなるとどちらかといえば言ってくるし立ち向かってくる感じだから。
親とケンカしている最中に僕が間に入ったら、僕に向かって来るときもあったかな・・・・

でも今はやはり様子がおかしい。帽子を手に取ったが被らず、僕に対して正面を向かず、テトラエリアではない方の海の方を見ている。そして風が出てきたので、なびく髪をかき上げて、
「あ、、、、あれ、私・・・・帽子被ってなかったんだ」
何を言っとるか(笑)
「じゃあ、これはなんやねん(笑)」
「・・・・フフ、そうね(笑)」
やっとちょっと溶けた感じで「困ったな」という表情を見せてくれた。

「樹里さん、イソメもらいますよ」
田中さんがこちらにやってきて、餌差箱のイソメを取る。
もう慣れたようだ。
ただ、上手につけられてはいないようで、うまい人ならタックルを股で挟むか、動かないところを探しておくか寝かして、糸だけをだして長さで余裕をとるのだが、慣れない人は短い垂らしのまま付けようとしてしまう。自分も立って、タックルも立てて、短い垂らし糸を掴んで、その力だけでタックルを支えて、それで針に餌をつけようとしたから、案の定タックルは倒れてしまった。
「ああ・・・」
「フフフ、そういうときはな」
僕がタックルを拾い、ベールを倒して糸をひとひろほど出し、ブラクリを引っ張り、垂らしを十分に取って、
「もういいから、竿寝かしておき。で、このまま青イソメつけて」
「あ、はい、、、、ごめんなさい、竿とかリールとか、、、大丈夫でしたか?」
「うん、気にせんとやって。大丈夫やから」
マズいことしちゃった・・・・という不安の表情から、安堵と喜びが広がる笑顔になる。
「・・・・ありがとう」
田中さんは青イソメを装着して、再び水辺へ向かった。

「ちょっと、、あにぃ、それって」
樹里が不安そうな声で僕に問いかけた。
「え、なに?」
「竿、、、、折れてるやん」
自分がここまでタックルを握りしめていたこと、自分もやはり冷静そうで、冷静でなかったことを悟った瞬間だ。

ざまあ、ないね。

「それ、おとんのやつやろ」
さっき一瞬緩んだ顔にまた、不安と緊張の色が広がる。
「あ、う、うん、そうだけど、、、いいねん」
「・・・・いや、良くないやろ」
「いや、ええよ」
「え?」
「それでおまえが助かったんだから、、、」
僕はそう言って笑って見せた。

確かに竿が穂先からポキンと折れたのは嫌だが、僕からしたらそれが本心だ。
もし樹里の顔に一生残る傷でもついたら、一緒に行ってた僕の監督責任のほうが辛い。
「・・・・・・・・・・・」
何も言わず、表情を変えず僕を見つめる。少し口元は開いて、わずかにキレイな並びの良い歯が見える。
「こんなもんはさ、、、いつか折れるよ。こんなに細いんだもん」
「・・・・・・・・・」
「形あるものはいつか無くなるよ。そしてまた使いたければ買えばいい。そうやろ」
「・・・・・・・・・時間かかるけど、弁償する」
「いいよ、しなくていい」
「で・・・でも」
父親のお下がりだから使っていただけで、とても高校生で弁償できる額じゃないし、それで樹里にバイトさせるのは絶対嫌だった。
「樹里がここで怪我しちゃったら・・・・ひょっとしたらそれは買い替えが利かないことになるかもしれへんやん」
「・・・・・・・・・」
「だから僕はそっち防げてよかったなって、そう思っているよ」
少し、、ほんの少しだけ、静寂な時が流れる。
僕はその静寂の中に、ひとつの閃きが頭をよぎった。

「『一号』、魚は居(お)らんかったのに、折った(居った)なあ・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
シリアスな樹里の顔が、白目を向いて後ろに倒れそうになっていた。
「なかなか良くなかった?」
「罪の意識が半減したわ」
樹里が笑顔になってくれた。けど申し訳なさの影はまだ色濃く、

「あ、それ・・・リールも傷いってるやん」

良く見ればベイトリールのボディも大きな傷がいき、塗装が剝げ落ちている。
少し僕は笑った。
「こんなの、、、、いつか必ずこうなるもんよ」
また、笑って見せた。

多分樹里も使っているタックルは親から買ってもらったもので、結構な値段がするものだし、愛用しているタックルでロッドとリール合わせたら十万超えているはず。だから「これは釣り人にとって『とても大事なもの』なんだ」ということがよく分かってる。

それが分かってくれていてのやりとりだから、僕はもう十分だった。
自然と笑顔になれた。
スッと海からの風が僕たちを通り過ぎた時、
「・・・・・・ごめんなさい」
樹里が小さな声で、ほんの少しだけ頭を下げた。
太陽は少し傾斜をはじめ、西の空にある薄曇りの空が淡く金色に染まりだした。
「何言ってんねん、もう・・・」
笑いながら頭を少し撫でる。
田中さんがいるけど、釣りに集中してるし、そうしたくてたまらなかったんだ。

「さあ、もうちょっと釣りしよう。テトラゾーンはもうやめよう」
「うん。でも、今日は少し早く終わって」
さっきの謝罪よりははっきりとした声になった。
「どうしたん?どっか筋でも違えたか?」
「いや、おかげさまで何処も痛くないよ。その・・・靴・・・買い換えたいわ、駅前のモールのところで・・・・あるから」

・・・・・・下を見る。

変色した、過去は真っ白だったであろう、汚れて所々に茶色に変色してしまってもう色は戻らない通気穴のあるスポーツサンダル。

・・・・・・多分すり減って底地がツルツルなんだ。
これか、滑った原因。
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