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★樹里のキャスト
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さすがに魚体が大きすぎるので、田中さんにあげる安物のクーラーボックスには入らず、本人もこれはちょっと、ということだったので持ち帰りはせずに逃がした。「ルアーフィッシング」が気に入ったのか、サビキのことは忘れて二人で一文字の沖の方へ行ってしまった。行くときに青イソメをパックから餌箱に半分以上移し、あと使ってくれていいと言って置いていってくれた。
「今日は、僕が餌釣りかあ」
意外過ぎる展開だった。こうなるんだったら僕ももうちょっとルアーロッド持ってくるんだった。というかサビキもルアーロッドでやろうと思えばできる。和竿でルアーは
「やろうと思えばできるけど・・・・」
そういう類の竿もあるけど、この安物のリールセットは店の前で売られているようなものでやる気にならない。やはり今日はこいつでサビキと残ったベイトロッドで落とし込みの釣りかあ。
それにしてもあんなことってあるんだな。鬼のようなビギナーズラック。二投目で釣れるって。でもそういえば自分がチヌを釣った日は狙っていたわけじゃないけど、現場到着して青イソメ落とし込んだその瞬間に釣れた。「釣りってそういうとこあるよね~」独り言を言いながらクーラーボックスに腰をかける。
曇天ではあるがそこまで暗い曇天ではなく、雲は薄い。だから視界は明るく局所的に光が差し込んで明るいのではない。ぼんやりと十分に明るいのだ。風も特になく、時折潮の香りを含んだ優しい風が頬を撫でて行ってくれる。波の音、穏やかで今日はほとんどベタ凪。でも時々、消波ブロックにあたって中に入ってきた時に「トポン」といった感じの不思議な音を出している。嫌な音じゃなくゆっくりとした癒し系の音だ。
ゆっくりしすぎそうな自分がいる。田中さんは樹里と二人で沖のほうにいった。ということは樹里はなにかしら田中さんに仕掛けをするに違いない。僕の役割はいったん休止、かあ。
「朝早かったら寝てるなあ・・・・」
田中さんらが帰ってきて寝ていたら失礼なので、まさかの「田中さんの気を引くど本命の釣り」だったサビキ釣りを僕がはじめることにした。
★樹里の視界
「よし、この辺やったら投げれそうやな」
そう言ってロッドケースから出してきた二本のうち、まだ準備していないもう一本のタックルを地面に置く。田中さんには身軽なほうがいいと思って、お出かけバックもあにぃのところに置いて行ったらと提案した。何分にもショルダーのない手提げだから釣りにはまったく向かない。
(少しは分からないかな・・・・)
内心、この子の状況を推測する能力を疑う。
アウトドアなんだから手提げでショルダー無しの鞄なんかで来たらダメかもしれないということが想像できていないのか、それともこちらの連絡不行き届きとするべきなのか、判断を迷う。
(いや、それぐらい想像で分かってよ)
「スマホも・・・置いておきましょうか」
「釣れたらまた写真撮りたいやろ」
「あ、そうですね」
スマホはデニムのお尻ポケットに差し込まれた。
結構先端向かって歩いたがまだまだ先はある。
おそらく先は青物狙いの釣りをしている豪傑どもたち。釣り豪傑は大概大きい鉄の塊のようなルアーをぶん投げている。「ジグ」というものだ。めちゃくちゃ飛ぶけど正直後ろとか通るときは声をかけないと危ない。当たったら失神流血もの。それか釣った小鯵を泳がせて大型の魚に「飲ませ」て釣る方法か。どちらにしろ人がそばにいるとマズい。
あともう一つ、たまたまなのだろうか。思い込みなのだろうか、ジグをやっているときの釣り人は殺気立っていきり返っている奴が多い気がする。めちゃくちゃ上から物言うように声をかけてきて、私は正直気分が良くないことが多い気がしている。あと、「飲ませ」をしている人らも、正直魚が餌の魚を咥えてくれるまでは暇なのだろう。これまた声をかけてくる輩がいる。
どうも釣りをしていると同じことをしている人との心理的ハードルは低くなるようだ。
今回はそれを利用している。
「もう投げれる?」
「あ、はい・・・・ええっと」
ゆっくりではあるが言われた順番を守り、まだぎこちないフォームだがちゃんと前に投げた。
「体が前行ってるで」
「ハハハハ」
リールのハンドルを回しながら照れくさそうに笑う。
「右腕はほぼなんもせんでええから、左手でグリップエンド持って、右ひじに向かって返すだけで相当飛ぶから」
「はい」
私も投げようか。。。
ルアーは同じくミノー。トリプルフックの三つ目をSICガイドのフット部分に引っかけていたのを取り外す。糸をあえてロッドに巻き付けていたものをルアーを逆に振り回すことで取り去る。いきなり思いっきり投げたらPEラインが高ギレしたり、ライントラブルが起こりかねないので、まずは水になじませるように優しくキャスト。
艶消しの漆黒のリールから糸が出る。それは規則正しい巻き付けからは狂いの無い正確な糸の放出が行われ、大自然の中で、スローで見ればある種のアートを感じる。
試し投げだったので、軽く放った。釣るつもりもないのでハイスピードで回収する。
「凄い飛びますね」
田中さんが感嘆してくる
「いや、そんなことないで。まだ本気で投げてないし」
ルアーが水面から跳ね上がってきた。ベールを外し指の腹で糸をキープ。垂らしを自分の好みの長さにとり、テイクバック。重心が後ろにかかりティップがベリーまで曲がった感覚を感じたとき、左手を手前におもっきり引く。右腕はサポート程度。糸をキープしていた指を放す。
「うわ・・・・・・見えなくなるぐらい飛んだ」
田中さんがポカーンと口を開けていた。
「ルアーもそれより大きいし、中に重心移動用のウエイトも入ってるし、竿も堅いから」
リールと合わさった艶の無い漆黒のロッド。
田中さんも投げる。先よりうまくなっているが、どうもまだ右腕で投げる動作が出ている。あんまり最初から言っても仕方ないかな。でも十分飛んでるから、楽しめるはず。何しろ一匹良いの釣ったし。
「今日は、僕が餌釣りかあ」
意外過ぎる展開だった。こうなるんだったら僕ももうちょっとルアーロッド持ってくるんだった。というかサビキもルアーロッドでやろうと思えばできる。和竿でルアーは
「やろうと思えばできるけど・・・・」
そういう類の竿もあるけど、この安物のリールセットは店の前で売られているようなものでやる気にならない。やはり今日はこいつでサビキと残ったベイトロッドで落とし込みの釣りかあ。
それにしてもあんなことってあるんだな。鬼のようなビギナーズラック。二投目で釣れるって。でもそういえば自分がチヌを釣った日は狙っていたわけじゃないけど、現場到着して青イソメ落とし込んだその瞬間に釣れた。「釣りってそういうとこあるよね~」独り言を言いながらクーラーボックスに腰をかける。
曇天ではあるがそこまで暗い曇天ではなく、雲は薄い。だから視界は明るく局所的に光が差し込んで明るいのではない。ぼんやりと十分に明るいのだ。風も特になく、時折潮の香りを含んだ優しい風が頬を撫でて行ってくれる。波の音、穏やかで今日はほとんどベタ凪。でも時々、消波ブロックにあたって中に入ってきた時に「トポン」といった感じの不思議な音を出している。嫌な音じゃなくゆっくりとした癒し系の音だ。
ゆっくりしすぎそうな自分がいる。田中さんは樹里と二人で沖のほうにいった。ということは樹里はなにかしら田中さんに仕掛けをするに違いない。僕の役割はいったん休止、かあ。
「朝早かったら寝てるなあ・・・・」
田中さんらが帰ってきて寝ていたら失礼なので、まさかの「田中さんの気を引くど本命の釣り」だったサビキ釣りを僕がはじめることにした。
★樹里の視界
「よし、この辺やったら投げれそうやな」
そう言ってロッドケースから出してきた二本のうち、まだ準備していないもう一本のタックルを地面に置く。田中さんには身軽なほうがいいと思って、お出かけバックもあにぃのところに置いて行ったらと提案した。何分にもショルダーのない手提げだから釣りにはまったく向かない。
(少しは分からないかな・・・・)
内心、この子の状況を推測する能力を疑う。
アウトドアなんだから手提げでショルダー無しの鞄なんかで来たらダメかもしれないということが想像できていないのか、それともこちらの連絡不行き届きとするべきなのか、判断を迷う。
(いや、それぐらい想像で分かってよ)
「スマホも・・・置いておきましょうか」
「釣れたらまた写真撮りたいやろ」
「あ、そうですね」
スマホはデニムのお尻ポケットに差し込まれた。
結構先端向かって歩いたがまだまだ先はある。
おそらく先は青物狙いの釣りをしている豪傑どもたち。釣り豪傑は大概大きい鉄の塊のようなルアーをぶん投げている。「ジグ」というものだ。めちゃくちゃ飛ぶけど正直後ろとか通るときは声をかけないと危ない。当たったら失神流血もの。それか釣った小鯵を泳がせて大型の魚に「飲ませ」て釣る方法か。どちらにしろ人がそばにいるとマズい。
あともう一つ、たまたまなのだろうか。思い込みなのだろうか、ジグをやっているときの釣り人は殺気立っていきり返っている奴が多い気がする。めちゃくちゃ上から物言うように声をかけてきて、私は正直気分が良くないことが多い気がしている。あと、「飲ませ」をしている人らも、正直魚が餌の魚を咥えてくれるまでは暇なのだろう。これまた声をかけてくる輩がいる。
どうも釣りをしていると同じことをしている人との心理的ハードルは低くなるようだ。
今回はそれを利用している。
「もう投げれる?」
「あ、はい・・・・ええっと」
ゆっくりではあるが言われた順番を守り、まだぎこちないフォームだがちゃんと前に投げた。
「体が前行ってるで」
「ハハハハ」
リールのハンドルを回しながら照れくさそうに笑う。
「右腕はほぼなんもせんでええから、左手でグリップエンド持って、右ひじに向かって返すだけで相当飛ぶから」
「はい」
私も投げようか。。。
ルアーは同じくミノー。トリプルフックの三つ目をSICガイドのフット部分に引っかけていたのを取り外す。糸をあえてロッドに巻き付けていたものをルアーを逆に振り回すことで取り去る。いきなり思いっきり投げたらPEラインが高ギレしたり、ライントラブルが起こりかねないので、まずは水になじませるように優しくキャスト。
艶消しの漆黒のリールから糸が出る。それは規則正しい巻き付けからは狂いの無い正確な糸の放出が行われ、大自然の中で、スローで見ればある種のアートを感じる。
試し投げだったので、軽く放った。釣るつもりもないのでハイスピードで回収する。
「凄い飛びますね」
田中さんが感嘆してくる
「いや、そんなことないで。まだ本気で投げてないし」
ルアーが水面から跳ね上がってきた。ベールを外し指の腹で糸をキープ。垂らしを自分の好みの長さにとり、テイクバック。重心が後ろにかかりティップがベリーまで曲がった感覚を感じたとき、左手を手前におもっきり引く。右腕はサポート程度。糸をキープしていた指を放す。
「うわ・・・・・・見えなくなるぐらい飛んだ」
田中さんがポカーンと口を開けていた。
「ルアーもそれより大きいし、中に重心移動用のウエイトも入ってるし、竿も堅いから」
リールと合わさった艶の無い漆黒のロッド。
田中さんも投げる。先よりうまくなっているが、どうもまだ右腕で投げる動作が出ている。あんまり最初から言っても仕方ないかな。でも十分飛んでるから、楽しめるはず。何しろ一匹良いの釣ったし。
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