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★ビギナーズラック炸裂!
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入場料を支払い、トイレ・売店の場所を田中さんに教えた。
目の前には海が広がり、一文字を歩いていく手前で全員救命胴衣を身に着ける。田中さんは一番慣れていないのでしっかりした肩掛けタイプのライフジャケットを着てもらって、僕たちはウエストタイプの手動膨張タイプを装着した。
一文字を沖の方へ歩き、適当な空のある場所、つまり人が等間隔で釣りをしているのだが、その間隔が「お互いの邪魔にならない大きなスペース」を見つけ、そこに落ち着く。海の内外は判断が難しいのだが、一応、北側がテトラエリアで南側がこちらはドン深絶壁ストレート。一文字を沖に行けば行くほど場所取りがシビアになり、釣りものんびりしたものからより、プロっぽい人らが多くなる。そうなるとやっていることが激しくしゃくりあげて重いルアーをかっ飛ばす。あるいは生きた小魚にそのまま針をつけて泳がせて大きい魚に食わせる「のませ」釣りをしている人らもいる。あまり近くには寄らないほうがいいのだ。逆に陸に近づけば近づくほどトイレや売店やちょっとした遊具施設が近くなるのでファミリー色が濃くなる。僕たちはちょうど真ん中ぐらいに陣取った。
歩きながら話す内容は変化してしまい、
樹里「なんか武道家がおったなあ」
僕「おったおった、武道家やったわ、『ホワーッ!!』って気合い入れてた」
「もうマジでやめてくださいね!何を手に乗せるんかと思えば!」
樹里と僕とに半分マジギレの半分笑いで言ってくる。
「え?パック越しやから大丈夫かなって」
「パック越しでもダメでしょ!もうめちゃめちゃキモイし。お金出して買ったもんだから投げるわけにもいかないし!」
「で、固まって『ホワーッ!!』なん?」
あの時の声と表情はおもしろすぎた。僕がサビキの針を出しながら笑いを堪えきれない。
「なるってアレ!アレなんですか??小さめのムカデやんかあ!」
「てか、あの手に持ったあと固まって目向きながらプルプル震えてたんが、めっちゃおもしろかった。お笑い芸人が目隠しされたあとに、何かキモいもん持たされていて目隠し外されるあれや。目剝いてキャーッ!みたいな。リアクションがプロやわプロ(笑)」
「もう樹里さん、ひどすぎるわ!」
「でもあいつがええ仕事するんやで。あいつこのテトラエリアに入れたら釣れる魚がおる」
樹里はそう言いながら、ロッドケースから二分割になった竿を取り出しジョイントさせる。
「あの、なんか私手伝うことあります?」
樹里にきく。
「うん?あにぃなんかやってほしいことある?」
「特にないなあ」先ほど買ったオキアミをクーラーボックスから出して
「ここ座っときいや」
僕のも樹里のも座れるタイプのクーラーボックスだ。
「え?この上いいんですか?」
「大丈夫。もうちょっと海に寄せて座ったら、座ったままでも釣りができるよ。また飲み物欲しいときにのいてもらうわ」
僕はサビキのサルカンに糸を通し、結び、リールのドラグを緩めて、
「んじゃあこの仕掛けの袋持ってて」と言って田中さんに持たせる。
あとはそのまま振り出し式の竿を伸ばしていく。
「袋離さんといてな」
パチンパチンパチンと弾けた音を立てて、針が次々と飛び出してゆく。
そして最後の一つが出たら、風にかご側のサルカンが舞う。このやり方が合っているのかどうかは知らないが、サビキの時はこうしてる。そしてそのサルカンを掴み、かごをセットする。あとは竿のガイドが正しくまっすぐ同じ方向に揃っているかを確認して、ドラグを締める。この竿は正直自分にとってどうでもいい竿のためリールごと地面に寝かせてティップだけは海側に出しておく。踏まれないためだ。どうせ樹里も使うだろうから、バッカンから使わない竿を立てかけられるようにできる竿置きを取り出し、組み立てる。
樹里は上手にルアーを空中で回しながら糸とアイを結んでいく
「そうやそうや、さっきなオーナーみたいな人に呼びかけられてさ」
「おう、遅かった件か」
「うん、あんた可愛いからこれあげるわって、ルアーとあんぱんもらってん」
僕と田中さんが失笑する。
――――ルアーとあんぱんて、どういう組み合わせ?
「でな、断りまくっててんけど、このルアーはここらではよう釣れるんやって、それがこれ」紙とプラスティックの容器に入った何の変哲もないルアー。しいて言うならなかなか良いところのブランドルアーだ。
「あんぱんはキモすぎるから断り切ったったけど、この辺でよう釣れると言われたらこれはもらってもうたわ」
『美人あるある』である。このルアーもそこまで高いものではないにしろ、普通に買えば2,二千円そこそこする。そんな儲かってんかあの店?にしても、おっちゃんやおにいちゃんがゴマすりなのか、何のあやかりもないのに美人にものをあげる行為。樹里が前に言ってたなあ、ルイヴィトンからパフェ倍盛まで・・・・海にくれば海でルアーもらえる、か。
「ちょっとこれ、田中さん用のルアーロッド一本これにしたってや」
「ベイト投げられへんやろうから、じゃあ僕のスピニングロッドにつけるわ」
「はい」
僕にそのルアーを手渡す。レッドヘッドミノーだ。
僕はさっそくもう一本ロッドケースからバスロッドを出してきた。バスロッドは一本ものを使っているためロッドケースには長すぎて入らない。なので実は来る途中も穂先だけはロッドケースから顔を出していて、その穂先はティップカバーでガードしてあった。二本持ってきていてその中の一本は勿論、僕の愛用ベイトロッド「一号」。
バスロッドはブラックバスを釣る専用のロッドではあるが、おそらく初心者には一番使いやすい汎用ロッドでもあると思う。バスロッドは今樹里がこれから使うであろうシーバスロッドに比べると一メートル近く短く、その分軽い。そのため振り抜くのも容易で下手に樹里のような長い竿よりも遠くに飛ぶ。振り抜く体力と技術力があれば長い方が飛ぶが、そうでなければ短くてティップの速度が早い方が確実に遠くに飛ぶしコントロールしやすい。テイクバックもとりやすく後ろに障害物があっても場合によっては問題ない。釣れた時には長い方が魚を誘導したり突撃してスリットに隠れようとするのをねじ伏せたりするのは楽だが、短かければ仕事する部分がそれだけ短いので大変になる。けど初心者はあまり釣れることを考えるより使いやすさをとったほうが僕は良いように思う。あとはとにかく遠くに飛ばして気持ちよくなることも大事だと思う。さらにティップに糸が絡みついてしまう現象は絶対に釣りをしていれば起きる。その時に短ければ竿先までアクセスしやすくて縺れを解きやすい。
リールのドラグを緩めガイドに糸を通し、スナップをもらいもののルアーのアイにつけて糸をダブルクリンチノットで結びつける。それで適度な「たらし」をとり、田中さんに「竿持って」とポーズをとる。
田中さんはそのままグリップをぎこちなく両手で持つ。
「あ、これがルアーですかあ、、、、小魚みたい?こんな頭の赤い魚いるのかな?」
「レッドヘッドは海釣りのルアーでは定番カラーやで」
「じゃあこれを投げて巻くだけで、小魚みたいな動きするんやね?」
「そうそう、投げて巻いたら分かるわ」
「はいはーい、ここから私が教えまーす」
樹里が手を挙げて寄ってきて、田中さんを誘導する。
「これはなあ、まずリールのベールをオープンにして糸を指の腹にのせて糸出るの止めるねんな。で、まだ振り上げないでほしいんやけど、振り上げると、ルアーの重みが伝わるところがあるねん・・・・・」
樹里が説明をしている間に僕はさきほど出したチューブタイプのオキアミの封をあけて、いつでもサビキ釣りができるように設定していく。
「で、投げたいほうを指さすように、糸を離す・・・・・そうそうそう」
さらに反転バケツで水を自分の分と樹里の分とをふたつ組む。ここでなかなか安物なのか年季が入っているのか反転しないバケツがあるのだ。ほんの少しだけ苦戦してしまう。
「あーなんかブルブルする~御堂くん言ってた通りやわ」巻きながら僕に田中さんは少し離れたところで声をかけてくれる。
「見えた、凄い!ホンマやわ、小魚みたい」
「はい、リフトアップ。巻いて巻いて。で、垂らしとって、さっきみたいに投げてみて」
「ええっと・・・・」
「リールのベールを外す、糸を指の腹でキープする、そうそう」
僕はまだ釣りはせずに、先ほど地面においたサビキ用の竿を竿たてにかけておく。あとは今は田中さんが立っているので、クーラーボックスからお茶と除菌ウエットティッシュを取り出し、お茶は一口飲み、除菌ウエットティッシュは先ほど汲み上げた海水の横に置く。
「右利きやんなあ、振りかぶった時に重さを後ろに感じたら、左手でグリップエンド、、その下側のグリップ、、、そうそうそこそこ。左手で持っておいて、手前にめいいっぱい引く。右手は道具持つだけの力でいい。せいのっ」
わずかに竿が空を切る音がした。
「お、いいね、ちゃんと投げれたやん。じゃあ今度な、、、」
一文字の場合、道の真ん中は人が通りやすいようにするのがマナーなので、ロッドケースの向きなどを気にする。
「クックッと竿を手前にさばくねん、クックッと」
トゥイッチに入れ方を教えているようだ。
「こうですか?・・・・・・・あ、あれあれあれあれ??」
シュッシュッと竿を最初に動かしたその瞬間だった。
離れて見ていたら、急に田中さんがいわゆる「へっぴり腰」になった。
「え?どしたん?」僕が駆け寄る。
「え?来たん?」樹里が近づいて海の方を見る
竿が、、、しなっている。
右手で堪えて、リールのハンドルを回し忘れている。
次の瞬間、ギーーーッというドラグ音がなった。
「あ、しまった。ドラグ締めてなかったわ」僕が糸出すときに忘れていた。
「もう!ちょっとそのまましておいてな」
樹里が竿のしたに手をもぐらせ、いっきにドラグを締め上げるが、
まだドラグ音は鳴る。鳴ったがさっきみたいにずっと出ることは無くなった。ギッという大きな音がなったかと思えば止まり、また鳴ったかと思えば止まる。これで逆に針はしっかりかかったんではなかろうか。
「竿立てて、そのまま堪えとき、そのままそのまま・・・・」
「これ、これって私釣ってるん??」
「いきなり来たなあ」僕が言う。
釣り道具屋のおっさんやるなあ。釣れるルアー当てとるやん。
「マジですか!マジですか!やた!やったあ!」
田中さんの顔が興奮とふんばりで赤くなってきた。
「まだこれからやで。ランディングしていかなあかん。短かいからこうなると頼りないよなあ」樹里が様子見ている間に僕はタモをとりに走る。
「うわ・・・・凄い力」
「あ、巻いて巻いて・・・・左手左手」
最初に大物が釣れた時、自分の左手がどこにあり、リールのハンドルがどこにあるのか位置関係が瞬間的に分からなくなったことがある。
「あ、また走った、止めて止めて竿立てて。リールは巻かなくていいから竿立てて」
樹里が手は出さずにあくまで田中さんに操作させて言葉で誘導する。
「だ、大丈夫ですかね」
「大丈夫やろ、さあ、また巻いて巻いて、おもいっきり巻いて」
左巻きのハンドルをぐんぐん回転させるが、またドラグが鳴りだす。走って逃げている証拠だ、つまり針から外れて逃がしてはいない。
タモはロッドケースに柄とサイドポケットに網とにわけてある。こんなに早く釣れてしまうとは完全に計算外だった。でもそんなこと泣き言言ってる暇もないのであわてて四つ折してたたんである網のフレームを一気に開けて柄にねじ込む。
「お、お、見えてきた見えてきた。。エラ洗いやエラ洗い!」
水面の上を体をくねらせながら人が二本脚で立って走るように魚が泳いだ。針を外そうと首を振り、エラを大きく蝶のように膨らませることをエラ洗いという。シーバス(鱸)やん。
すげー田中さん持ってるやん!
「あにぃシーバスやで。ボラやなくてよかったなあ(笑)」
樹里はいつの間にか偏光グラスを帽子からとってかけていた。
「ボラはいらーん」
ボラを差別するな、とかいう意見もあるが、、、巨ボラだったら大変だった。都会の海にもいるが六十センチオーバーのボラなんかになると引きのトルクが尋常じゃなく強く、バスロッドでやりとりするのは強敵。その上とにかく臭い。釣れて水辺で暴れているだけでも臭いがくる。そしてすくい上げたらタモが一日中非常に臭くなる。
「よっしゃよっしゃ・・・・きたきた。抜けそうかなあ・・・・あ、リールも小さいなあ、あにぃタモもういける?」
ギーーーツ!またドラグが泣く。
「うぉ!うぉーー!まだ逃げます!」
「ラストランやなあ」
手前で最後の抵抗を試みる。よくあることだ。この時のアタックが「まだこんな体力あったんか?」と言いたくなるぐらい強いもんだ。田中さんもそれに驚いたのだろう。
僕がタモを伸ばして魚を拾いにいく。海面の足元に来た頃、魚はクターッとなって上がってくるが、タモが近づくとまた逃げる。
「あ、あ、入らへん!どうしよ」竿をもっと僕のいる方に動かそうとするが、
「大丈夫大丈夫そのままそのまま」樹里が竿を止めて、
「リールももう巻かなくていいから」手を放す
やがて僕がタモを再び近づけてやったとき、
バシャンと、ひと暴れして、タモに納まった。
「よっしゃー!」樹里がガッツポーズを決める。
僕は「竿とかリールとかそのままなー」と言って、伸ばしたタモを縮めて持ち上げてくる。
「うわ、うわ、私釣った!釣ったー!」
竿を持ったまま小さく飛び跳ねて喜ぶ。
僕「田中さんもってるね」
樹里「二投目で釣ったもんね」
僕「そんな人あんまりいてないわ」
樹里「しかもまあまあなサイズやし」
上がってきてみたら、そこまでは大きくないもののなかなか太目のシーバスだ。
「うわーーーこれなんですか?」
「これはシーバス。鱸よ」
僕が答える。
僕のタモ網はルアー用ではないため、トリプルフックは外すのがなかなか大変である。時間がかかるが外れないことはないし、ルアー用の重たいのがあまり好きではない。
早くもたせてあげたいので、タモ網から出さずにそのままペンチで針から外す。たも網にルアーは引っかかったまま。
「はい」タモをどけてあげる
「ああーーすごい!きれいな魚!」
「どれどれ・・・・・五十五はなさそうやな」樹里がヒップバックからメジャーを取り出して測る。ちなみにフィッシングメジャーではなく、ただのロック機能付き工事用メジャーである。
「四十九、五十・・・・おまけの五十やな」
測り終わったあと、急に魚が跳ねだした。
「ああーー暴れたらあかん暴れたらあかんねんて」
気持ちは人間には分かるが、魚には分からん。
「おめでとう」
「ありがとうございます」
樹里は魚の口をつかみ、「持ってみ?」と田中さんに渡そうとする
僕はスマホを出してカメラを用意した。
「え?持てるんですか?」
「うん、シーバスは歯はほとんどないに近い。けど暴れるからまりっぺは両手で持ったほうがいいかも」
田中さんは樹里に言われた通り、シーバスの口をおそるおそる掴みにかかる。
その瞬間、また魚が暴れだした
「うわわわーーー、あば、あば、暴れたらあかんて」
魚に言っても聞いてもらえないって。でもしっかり握って離さなかった。
「はーい、田中さん」僕がスマホを向ける。
「よし、写真撮ろう」偏光グラスをとり、
樹里が田中さんの横に並んでピース、二人笑顔で写真に納まった。
目の前には海が広がり、一文字を歩いていく手前で全員救命胴衣を身に着ける。田中さんは一番慣れていないのでしっかりした肩掛けタイプのライフジャケットを着てもらって、僕たちはウエストタイプの手動膨張タイプを装着した。
一文字を沖の方へ歩き、適当な空のある場所、つまり人が等間隔で釣りをしているのだが、その間隔が「お互いの邪魔にならない大きなスペース」を見つけ、そこに落ち着く。海の内外は判断が難しいのだが、一応、北側がテトラエリアで南側がこちらはドン深絶壁ストレート。一文字を沖に行けば行くほど場所取りがシビアになり、釣りものんびりしたものからより、プロっぽい人らが多くなる。そうなるとやっていることが激しくしゃくりあげて重いルアーをかっ飛ばす。あるいは生きた小魚にそのまま針をつけて泳がせて大きい魚に食わせる「のませ」釣りをしている人らもいる。あまり近くには寄らないほうがいいのだ。逆に陸に近づけば近づくほどトイレや売店やちょっとした遊具施設が近くなるのでファミリー色が濃くなる。僕たちはちょうど真ん中ぐらいに陣取った。
歩きながら話す内容は変化してしまい、
樹里「なんか武道家がおったなあ」
僕「おったおった、武道家やったわ、『ホワーッ!!』って気合い入れてた」
「もうマジでやめてくださいね!何を手に乗せるんかと思えば!」
樹里と僕とに半分マジギレの半分笑いで言ってくる。
「え?パック越しやから大丈夫かなって」
「パック越しでもダメでしょ!もうめちゃめちゃキモイし。お金出して買ったもんだから投げるわけにもいかないし!」
「で、固まって『ホワーッ!!』なん?」
あの時の声と表情はおもしろすぎた。僕がサビキの針を出しながら笑いを堪えきれない。
「なるってアレ!アレなんですか??小さめのムカデやんかあ!」
「てか、あの手に持ったあと固まって目向きながらプルプル震えてたんが、めっちゃおもしろかった。お笑い芸人が目隠しされたあとに、何かキモいもん持たされていて目隠し外されるあれや。目剝いてキャーッ!みたいな。リアクションがプロやわプロ(笑)」
「もう樹里さん、ひどすぎるわ!」
「でもあいつがええ仕事するんやで。あいつこのテトラエリアに入れたら釣れる魚がおる」
樹里はそう言いながら、ロッドケースから二分割になった竿を取り出しジョイントさせる。
「あの、なんか私手伝うことあります?」
樹里にきく。
「うん?あにぃなんかやってほしいことある?」
「特にないなあ」先ほど買ったオキアミをクーラーボックスから出して
「ここ座っときいや」
僕のも樹里のも座れるタイプのクーラーボックスだ。
「え?この上いいんですか?」
「大丈夫。もうちょっと海に寄せて座ったら、座ったままでも釣りができるよ。また飲み物欲しいときにのいてもらうわ」
僕はサビキのサルカンに糸を通し、結び、リールのドラグを緩めて、
「んじゃあこの仕掛けの袋持ってて」と言って田中さんに持たせる。
あとはそのまま振り出し式の竿を伸ばしていく。
「袋離さんといてな」
パチンパチンパチンと弾けた音を立てて、針が次々と飛び出してゆく。
そして最後の一つが出たら、風にかご側のサルカンが舞う。このやり方が合っているのかどうかは知らないが、サビキの時はこうしてる。そしてそのサルカンを掴み、かごをセットする。あとは竿のガイドが正しくまっすぐ同じ方向に揃っているかを確認して、ドラグを締める。この竿は正直自分にとってどうでもいい竿のためリールごと地面に寝かせてティップだけは海側に出しておく。踏まれないためだ。どうせ樹里も使うだろうから、バッカンから使わない竿を立てかけられるようにできる竿置きを取り出し、組み立てる。
樹里は上手にルアーを空中で回しながら糸とアイを結んでいく
「そうやそうや、さっきなオーナーみたいな人に呼びかけられてさ」
「おう、遅かった件か」
「うん、あんた可愛いからこれあげるわって、ルアーとあんぱんもらってん」
僕と田中さんが失笑する。
――――ルアーとあんぱんて、どういう組み合わせ?
「でな、断りまくっててんけど、このルアーはここらではよう釣れるんやって、それがこれ」紙とプラスティックの容器に入った何の変哲もないルアー。しいて言うならなかなか良いところのブランドルアーだ。
「あんぱんはキモすぎるから断り切ったったけど、この辺でよう釣れると言われたらこれはもらってもうたわ」
『美人あるある』である。このルアーもそこまで高いものではないにしろ、普通に買えば2,二千円そこそこする。そんな儲かってんかあの店?にしても、おっちゃんやおにいちゃんがゴマすりなのか、何のあやかりもないのに美人にものをあげる行為。樹里が前に言ってたなあ、ルイヴィトンからパフェ倍盛まで・・・・海にくれば海でルアーもらえる、か。
「ちょっとこれ、田中さん用のルアーロッド一本これにしたってや」
「ベイト投げられへんやろうから、じゃあ僕のスピニングロッドにつけるわ」
「はい」
僕にそのルアーを手渡す。レッドヘッドミノーだ。
僕はさっそくもう一本ロッドケースからバスロッドを出してきた。バスロッドは一本ものを使っているためロッドケースには長すぎて入らない。なので実は来る途中も穂先だけはロッドケースから顔を出していて、その穂先はティップカバーでガードしてあった。二本持ってきていてその中の一本は勿論、僕の愛用ベイトロッド「一号」。
バスロッドはブラックバスを釣る専用のロッドではあるが、おそらく初心者には一番使いやすい汎用ロッドでもあると思う。バスロッドは今樹里がこれから使うであろうシーバスロッドに比べると一メートル近く短く、その分軽い。そのため振り抜くのも容易で下手に樹里のような長い竿よりも遠くに飛ぶ。振り抜く体力と技術力があれば長い方が飛ぶが、そうでなければ短くてティップの速度が早い方が確実に遠くに飛ぶしコントロールしやすい。テイクバックもとりやすく後ろに障害物があっても場合によっては問題ない。釣れた時には長い方が魚を誘導したり突撃してスリットに隠れようとするのをねじ伏せたりするのは楽だが、短かければ仕事する部分がそれだけ短いので大変になる。けど初心者はあまり釣れることを考えるより使いやすさをとったほうが僕は良いように思う。あとはとにかく遠くに飛ばして気持ちよくなることも大事だと思う。さらにティップに糸が絡みついてしまう現象は絶対に釣りをしていれば起きる。その時に短ければ竿先までアクセスしやすくて縺れを解きやすい。
リールのドラグを緩めガイドに糸を通し、スナップをもらいもののルアーのアイにつけて糸をダブルクリンチノットで結びつける。それで適度な「たらし」をとり、田中さんに「竿持って」とポーズをとる。
田中さんはそのままグリップをぎこちなく両手で持つ。
「あ、これがルアーですかあ、、、、小魚みたい?こんな頭の赤い魚いるのかな?」
「レッドヘッドは海釣りのルアーでは定番カラーやで」
「じゃあこれを投げて巻くだけで、小魚みたいな動きするんやね?」
「そうそう、投げて巻いたら分かるわ」
「はいはーい、ここから私が教えまーす」
樹里が手を挙げて寄ってきて、田中さんを誘導する。
「これはなあ、まずリールのベールをオープンにして糸を指の腹にのせて糸出るの止めるねんな。で、まだ振り上げないでほしいんやけど、振り上げると、ルアーの重みが伝わるところがあるねん・・・・・」
樹里が説明をしている間に僕はさきほど出したチューブタイプのオキアミの封をあけて、いつでもサビキ釣りができるように設定していく。
「で、投げたいほうを指さすように、糸を離す・・・・・そうそうそう」
さらに反転バケツで水を自分の分と樹里の分とをふたつ組む。ここでなかなか安物なのか年季が入っているのか反転しないバケツがあるのだ。ほんの少しだけ苦戦してしまう。
「あーなんかブルブルする~御堂くん言ってた通りやわ」巻きながら僕に田中さんは少し離れたところで声をかけてくれる。
「見えた、凄い!ホンマやわ、小魚みたい」
「はい、リフトアップ。巻いて巻いて。で、垂らしとって、さっきみたいに投げてみて」
「ええっと・・・・」
「リールのベールを外す、糸を指の腹でキープする、そうそう」
僕はまだ釣りはせずに、先ほど地面においたサビキ用の竿を竿たてにかけておく。あとは今は田中さんが立っているので、クーラーボックスからお茶と除菌ウエットティッシュを取り出し、お茶は一口飲み、除菌ウエットティッシュは先ほど汲み上げた海水の横に置く。
「右利きやんなあ、振りかぶった時に重さを後ろに感じたら、左手でグリップエンド、、その下側のグリップ、、、そうそうそこそこ。左手で持っておいて、手前にめいいっぱい引く。右手は道具持つだけの力でいい。せいのっ」
わずかに竿が空を切る音がした。
「お、いいね、ちゃんと投げれたやん。じゃあ今度な、、、」
一文字の場合、道の真ん中は人が通りやすいようにするのがマナーなので、ロッドケースの向きなどを気にする。
「クックッと竿を手前にさばくねん、クックッと」
トゥイッチに入れ方を教えているようだ。
「こうですか?・・・・・・・あ、あれあれあれあれ??」
シュッシュッと竿を最初に動かしたその瞬間だった。
離れて見ていたら、急に田中さんがいわゆる「へっぴり腰」になった。
「え?どしたん?」僕が駆け寄る。
「え?来たん?」樹里が近づいて海の方を見る
竿が、、、しなっている。
右手で堪えて、リールのハンドルを回し忘れている。
次の瞬間、ギーーーッというドラグ音がなった。
「あ、しまった。ドラグ締めてなかったわ」僕が糸出すときに忘れていた。
「もう!ちょっとそのまましておいてな」
樹里が竿のしたに手をもぐらせ、いっきにドラグを締め上げるが、
まだドラグ音は鳴る。鳴ったがさっきみたいにずっと出ることは無くなった。ギッという大きな音がなったかと思えば止まり、また鳴ったかと思えば止まる。これで逆に針はしっかりかかったんではなかろうか。
「竿立てて、そのまま堪えとき、そのままそのまま・・・・」
「これ、これって私釣ってるん??」
「いきなり来たなあ」僕が言う。
釣り道具屋のおっさんやるなあ。釣れるルアー当てとるやん。
「マジですか!マジですか!やた!やったあ!」
田中さんの顔が興奮とふんばりで赤くなってきた。
「まだこれからやで。ランディングしていかなあかん。短かいからこうなると頼りないよなあ」樹里が様子見ている間に僕はタモをとりに走る。
「うわ・・・・凄い力」
「あ、巻いて巻いて・・・・左手左手」
最初に大物が釣れた時、自分の左手がどこにあり、リールのハンドルがどこにあるのか位置関係が瞬間的に分からなくなったことがある。
「あ、また走った、止めて止めて竿立てて。リールは巻かなくていいから竿立てて」
樹里が手は出さずにあくまで田中さんに操作させて言葉で誘導する。
「だ、大丈夫ですかね」
「大丈夫やろ、さあ、また巻いて巻いて、おもいっきり巻いて」
左巻きのハンドルをぐんぐん回転させるが、またドラグが鳴りだす。走って逃げている証拠だ、つまり針から外れて逃がしてはいない。
タモはロッドケースに柄とサイドポケットに網とにわけてある。こんなに早く釣れてしまうとは完全に計算外だった。でもそんなこと泣き言言ってる暇もないのであわてて四つ折してたたんである網のフレームを一気に開けて柄にねじ込む。
「お、お、見えてきた見えてきた。。エラ洗いやエラ洗い!」
水面の上を体をくねらせながら人が二本脚で立って走るように魚が泳いだ。針を外そうと首を振り、エラを大きく蝶のように膨らませることをエラ洗いという。シーバス(鱸)やん。
すげー田中さん持ってるやん!
「あにぃシーバスやで。ボラやなくてよかったなあ(笑)」
樹里はいつの間にか偏光グラスを帽子からとってかけていた。
「ボラはいらーん」
ボラを差別するな、とかいう意見もあるが、、、巨ボラだったら大変だった。都会の海にもいるが六十センチオーバーのボラなんかになると引きのトルクが尋常じゃなく強く、バスロッドでやりとりするのは強敵。その上とにかく臭い。釣れて水辺で暴れているだけでも臭いがくる。そしてすくい上げたらタモが一日中非常に臭くなる。
「よっしゃよっしゃ・・・・きたきた。抜けそうかなあ・・・・あ、リールも小さいなあ、あにぃタモもういける?」
ギーーーツ!またドラグが泣く。
「うぉ!うぉーー!まだ逃げます!」
「ラストランやなあ」
手前で最後の抵抗を試みる。よくあることだ。この時のアタックが「まだこんな体力あったんか?」と言いたくなるぐらい強いもんだ。田中さんもそれに驚いたのだろう。
僕がタモを伸ばして魚を拾いにいく。海面の足元に来た頃、魚はクターッとなって上がってくるが、タモが近づくとまた逃げる。
「あ、あ、入らへん!どうしよ」竿をもっと僕のいる方に動かそうとするが、
「大丈夫大丈夫そのままそのまま」樹里が竿を止めて、
「リールももう巻かなくていいから」手を放す
やがて僕がタモを再び近づけてやったとき、
バシャンと、ひと暴れして、タモに納まった。
「よっしゃー!」樹里がガッツポーズを決める。
僕は「竿とかリールとかそのままなー」と言って、伸ばしたタモを縮めて持ち上げてくる。
「うわ、うわ、私釣った!釣ったー!」
竿を持ったまま小さく飛び跳ねて喜ぶ。
僕「田中さんもってるね」
樹里「二投目で釣ったもんね」
僕「そんな人あんまりいてないわ」
樹里「しかもまあまあなサイズやし」
上がってきてみたら、そこまでは大きくないもののなかなか太目のシーバスだ。
「うわーーーこれなんですか?」
「これはシーバス。鱸よ」
僕が答える。
僕のタモ網はルアー用ではないため、トリプルフックは外すのがなかなか大変である。時間がかかるが外れないことはないし、ルアー用の重たいのがあまり好きではない。
早くもたせてあげたいので、タモ網から出さずにそのままペンチで針から外す。たも網にルアーは引っかかったまま。
「はい」タモをどけてあげる
「ああーーすごい!きれいな魚!」
「どれどれ・・・・・五十五はなさそうやな」樹里がヒップバックからメジャーを取り出して測る。ちなみにフィッシングメジャーではなく、ただのロック機能付き工事用メジャーである。
「四十九、五十・・・・おまけの五十やな」
測り終わったあと、急に魚が跳ねだした。
「ああーー暴れたらあかん暴れたらあかんねんて」
気持ちは人間には分かるが、魚には分からん。
「おめでとう」
「ありがとうございます」
樹里は魚の口をつかみ、「持ってみ?」と田中さんに渡そうとする
僕はスマホを出してカメラを用意した。
「え?持てるんですか?」
「うん、シーバスは歯はほとんどないに近い。けど暴れるからまりっぺは両手で持ったほうがいいかも」
田中さんは樹里に言われた通り、シーバスの口をおそるおそる掴みにかかる。
その瞬間、また魚が暴れだした
「うわわわーーー、あば、あば、暴れたらあかんて」
魚に言っても聞いてもらえないって。でもしっかり握って離さなかった。
「はーい、田中さん」僕がスマホを向ける。
「よし、写真撮ろう」偏光グラスをとり、
樹里が田中さんの横に並んでピース、二人笑顔で写真に納まった。
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