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第十七話 出会いは唐突に
しおりを挟む黒歴史誕生から二日が経ち、とうとう登校初日を迎えた。
俺はようやくこの日が来たかと言わんばかりに早起きをしてしまい、出発予定時刻の三時間前に起床してしまっていた。
「おはようございます、ユーリ様。本日はお早いお目覚めですね」
もう既にリビングルームで掃除をしていたカトレアが会釈をしながら。
俺もカトレアに「ああ、おはよう」と一言だけ述べ、テーブルの上にポンと置いてあったパンを手に取る。
昨日の夜市で朝食用に買った少し甘めのパンだ。
これが中々に美味しいんだわ。
「今日は学園に着いたら……もぐもぐ……まず最初に……もぐもぐ……理事長室に……もぐもぐ……行けばいいんだっけ?」
パンを頬張りつつそう聞くと、カトレアは少しだけ表情を険しくさせ、
「ユーリ様、口に食べ物が入ったままお喋りになられるのは行儀が悪いですよ。せめて口の中を綺麗にしてから話してください」
ごもっともである。
今まで受けに受けてきた激甘教育のおかげでマナーなんて自分一人で学んできたからな。
前世も前世でマナーに対して無関心だったし。
やはりこうして考えてみると、そういう環境の中でのカトレアの存在はすごく大きかった。
ダメなことはダメだとちゃんと指摘してくれるし、貴族としての在り方も色々と教えてくれた。
もしカトレアがいなかったらあの甘々教育に飲み込まれて破綻した生活を送っていたかもしれない。
「……ごくっ、ごくっ……ぷはーーっ!」
頬張り過ぎたパンをこれまた昨晩の夜市で買った牛乳で全て流し込む。
そして改めて、
「それでさ、カトレア。今日のことをもう一度確認したいんだけど……」
「それでしたら先ほどユーリ様がおっしゃった通りですよ。学園に到着されましたらまず理事長室へ足をお運びください。ルナ様がそこで待っているとのことです」
「分かった。じゃあまず行くところは理事長室だな」
……という話をして、一時間ほどゆっくりして時間を潰す。
気がつけばもう出発の時間が迫っていた。
「じゃあ、そろそろ行くよ。カトレア」
「はい、行ってらっしゃいませ。くれぐれも道中にはお気をつけて」
「それくらい分かってるって! もう子供じゃないんだから大丈夫だよ」
実際は子供はおろかいい年を大人なんだけどね、と思いながら靴を履く。
そして最後に「行ってきます」とだけカトレアに言うと、俺は勢いよく玄関を出たのであった。
♦
朝日が昇り、人が少しずつ街に姿を見せるようになった都を俺は悠々と歩く。
天気はこれ以上ないくらいの快晴。
まるで俺の新しい旅立ちを祝福しているかのように雲一つない最高の天気だった。
「空気もいいし、街は綺麗だし、最高だね!」
気分は上々。
かつてこんなに心躍るような経験をしたことがあっただろうか。
多分、俺が記憶している限りでは一度もない。
生きているだけでもありがたや~と天に祈りを捧げるくらいだったからな。
まぁ、それでも当時は幸せだったんだろうけど。
だがしかし、今回は違う。
今日から学生として新たな生活が幕を開ける。
しかも貴族という肩書を捨ててね。
だから今の俺は決して他人に特別な目で見られることのないただの一般人。
貴族だからって贔屓されることもなければ特別扱いされることもない。
何者にも決して縛られることのない純粋なる学園生活が待っているのだ。
そんな状況下にあって気分が高まらないわけがない。
「ふふふ~ん♪」
特に曲名もない適当な鼻歌をし、ウキウキしながら学園へと向かう。
だがそんな時だ。
人だかりでき、沢山の人がざわついている様子が突如として目に入って来る。
「ん、何だろう。あれ」
朝っぱらからあの人だかりは少し不自然だ。
しかも何かを囲むようにして人だかりが出来ているっぽい。
「何かあったのか?」
気になってついその人だかりへと近づいてしまう。
時間もまだまだ余裕あるし、大丈夫だろうとそう思いながら。
すると、
「――おいおい、アレやばくないか?」
「――いや、やばいよ。結構泥酔しているし。ありゃ、たち悪いよ」
「――あの姉ちゃん、大丈夫か?」
所々から聞こえてくる心配や不安の声。
聞くところによると、人同士のいざこざでこの人だかりが出来ているみたいだった。
「んしょっと……」
真相を調べるべく、俺は人だかりの中へ。
男子としては少し小さめの身体を上手くつかって人をかき分けていく。
そして見える位置まで来ると、その人だかりの中央にいたのは……
「へいへい姉ちゃんよ~少しくらい付き合ってくれてもいいじゃねぇか~」
「嫌です! 私はこれから用事があるので貴方方に付き合って暇はありません」
「そう堅いこと言うなって~俺たちが今からすっげぇ楽しいところに連れていってやるからさぁ」
「絶対に嫌です! 断固拒否します!」
そんな会話を耳にしながらも、俺は人と人の隙間から様子を伺う。
どうやら女の人が酔った複数のおじさんたちに絡まれているようで、それを拒否しているってのが今の状況らしい。
しかもよく見てみると女の人の方はフィンラードの制服を着ていた。
「学園生かな? でも制服のライン部分の色が違うようだけど……」
まぁ、今はそんなことはどうでもいいか。
とりあえず今はあの女の人を――
「だから大人しくついてこいって言ってんだろうがよっ!」
うおっ!?
いきなり大声で怒鳴り散らす者が一人。
女の人の方ではなく、酒に酔った男の方だった。
「だから先ほどから何度言えばよろしいのですか? 私は嫌だと言っているんです」
「うるせぇ! なら力づくで連れて行くまでだ。へっへっへ」
俺が色々と考えている間、いつの間にか状況は深刻化。
さっきまで優しい声で接していた男の方が断り続けている女の人にしびれを切らしたらしく、怒りを露わにしていた。
(勝手がすぎるだろ……)
いい大人が……と、思わずため息が出てしまう。
しかしそれから男の方は容赦がなかった。
ドスドスと大きな音を立てながら、女の人の近づくと、腕を引っ張って無理矢理連れて行こうとしたのである。
「や、やめてください! は、離してっ!」
「うるせぇ! 黙って大人しくついてこいや!」
強引な手段に出た男に抵抗する女の人。
周りもいきなりのことで驚くばかりで誰も助けようと動く者はいなかった。
(くそっ、さすがにあれはまずいな)
俺は急いで人の渦中から抜け出し、カオスへと乱入。
女の人を連れ去ろうとする男の腕をガシッと掴んだ。
「おい、やめろよ。嫌がっているじゃないか」
「あ? なんだてめぇ」
男の視線は俺のほうへ。
周りの人たちの目線も一気に俺の方へと集中する。
「聞こえなかったか? 俺は止めろと言ったんだが」
ある程度威圧をかけつつ、男を睨みつける。
するとすぐ近くにいた取り巻きの男たちが、
「お、親分!」
「あ、なんだ?」
「この娘……よく見てみると中々の美少女ですよ!」
「はぁ?」「はぁ?」
残念なことに男と反応が被る。
だが男はそれを聞くと、俺の顔をマジマジと見つめ……
「ほう、確かに可愛い顔をしているな。ちょっと童顔で好みではないが……」
「じゃあ一緒に連れていっちゃいましょうよ! 俺、結構好みなんですよね。童顔美少女!」
「ま、宴は多い方が盛り上がるしな。そうするとしよう」
「やったぁぁぁ~!」
(お、おいおいおい! 何勝手に話進めてんだお前ら!)
女の子だと思われていることは慣れているので百歩譲って許してやることにしよう。
(だが好みじゃないってなんだよ、好みじゃないって!)
正直、好まれても全く嬉しくはないのだが、なぜだか腑に落ちない気持ちでいっぱいだった。
「では、そういうことだ童顔女よ。貴様も一緒に来るがいい」
「は? は?」
勢いのまま俺も腕を引っ張られる。
が、どうしたものか俺の無意識な自己防衛本能が発動してしまい、掴まれた方の腕を振り回し、そのまま男を投げ飛ばしてしまった。
「あ、やべ……」
男は宙を舞い、人だかりの中へ。
投げ飛ばされた親分に近くの取り巻きの男たちは、
「お、お前! 親分になんてことを!」
「い、いやこれは本能的行為というかなんというか……」
「うるさい! この落とし前はきっちりつけさせてやる。覚悟しろ!」
ええっ!? そんな理不尽な……
そう思いながら彼らを説得しようとするが、血が上った彼らが耳を傾けてくれるわけもなく……。
(やばいな。あんまり街中で手荒な真似はしたくないし……)
どうしよう、と頭の中で考える。
が、その時だ。
遠くから鎧のような重々しい音と共に、
「おい、そこで何をしている!」
……と言う声が聞こえてきた。
するとその声を聞くなり男たちは血相を変え、
「や、やばっ! 治安騎士か!」
「こりゃまずいぞ! 早く親分を回収して逃げるんだ!」
「あ、ああ! そうだな!」
そう話し合うと、男たちは無残にも俺に投げ飛ばされて気絶した親分を担ぎ、逃げるようにその場を去って行った。
「……あれ、どゆこと?」
唐突に終焉を迎えた一事件を前に俺はしばらく無言のまま立ち尽くしていた。
人だかりも徐々に消えていき、一気に沈黙と化す現場。
だがその沈黙を破る者が一人、俺のすぐ背後にいた。
「あ、あの……助けていただき、ありがとうございました」
「え? ああ……そのことならお気になさらず……ってあれ?」
「あっ……!」
女の人がお礼を言い、俺もそれに答えようと後ろを振り向いた瞬間だった。
俺はその見覚えのある顔に思わずある人物の名を上げてしまう。
「ふぃ、フィアット……?」
「ゆ、ユーリ様!?」
出会いというものは唐突に終わり、唐突に始まるものである。
昔、俺が好き好んでよく読んでいた小説の一文にそう書いてあったのをふと思い出す。
当時はこの意味がよく分からなかった。
でも、今はその意味が少しだけ分かったような気がする。
出会いっていうのは本当に突然終わりを迎え、そして……再び違う形となって新たな出会いが生まれるんだっていうことを。
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