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第十四話 ローブの人

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 ――GYAAAAAAAAAAAAAAAA!

 轟く魔物たちの呻き声。
 俺はそんなことなぞおかまいなしに魔物たちを焼き払う。

 最初は数十匹いた魔物は少しずつ減っていき、残り5匹、4匹、3匹と次々と俺の目の前から姿を消していく。
 ぼわっぼわっとまるで蝋燭の灯を吐息で消していくかのように魔物たちは蒸発していった。

「あれ? 思ってたより手応えがないな……」

 正直、もう少し苦戦すると思って色々と結界とか張って保険をかけておいたがその必要は全然なかった。
 魔物には少々縁があるから”あるいは”と思ったが、今の俺の実力の前では相手にすらならなかった。

「うーん……ちょっとだけりき入れて範囲魔法を使ってみたけど、やりすぎたか?」
『当然よ。あんなレベルの魔物相手に超強範囲魔法なんて使ったら倒すどころかオーバーキルよ。もうちょっと加減ってものを知りなさい」
「加減って言われてもなぁ……」

 自分の中では相当加減した……はずだったんだけどな。
 久しぶり過ぎて感覚は鈍ってしまっているのだろうか。

 ――バタッ

 だがその時、背後で何かが倒れる音が聞こえる。
 倒れていたのは……例のローブの人だった。

「だ、大丈夫ですか!?」

 俺はすぐさま駆け寄り、身体を揺さぶってみる。
 が、返答はなかった。

(マズイ、意識がない。とりあえず馬車に……)

 俺はそのローブの人を抱えて、静かに立ち上がる。
 
 だがその瞬間、突然吹いた風によってローブのフード部分がバサッと取れる。
 そしてそのフード部分で覆われていたローブの人の素顔が露わになり……

「ま、ままマジかよ……!」

 助けようとする意識の方が強すぎて完全に盲点だった。
 今の今まで一度も考えたことがなかったが俺は今、とんでもないことをしてしまっていた。
 
 そう、そのローブの中身は――

「お、女の子……だと!?」

 ♦

 俺たちは再び馬車に揺れながら目的地であるフィンラードへと向かう。
 あとざっと半日の旅だ。

「はぁ、まさかあんな出来事に直面するなんてな」
「旅というものは事件がつきものです。これも良い経験ですよ」
「そういうもんなのか?」
 
 あの後、たまたま反対方向から来た馬車によって負傷した馭者のおっちゃんは助けられ、ついでにこのことを近くの街のギルドに伝えてくれるとのことで事後処理を済ませることになった。
 
 そうして俺たちは引き続きフィンラードへ向けて馬車を進めることができたわけなのだが……

「にしても、どうしたものか……」
「どうしたものかとはどういうことですか?」

 ボソッと呟いた俺にカトレアが反応する。

「この女の子のことだよ。行き先が同じかもしれないっていう理由で馬車に乗せたのはいいけど……」
「ん、何かご不満がおありで?」
「いや、不満ってわけじゃないけど、その……驚かせないかなって」
「驚かせる? ああ、いきなり私たちを見て……ということですか?」
「うん」

 実際に自分がこの子の立場だったら少し怖い。
 想像してみろ。目覚めたらいきなり知らない人二人に囲まれているんだぞ?

「まぁでもさすがに襲ってきたりはしないと思うので大丈夫だと思いますよ。魔力欠乏による気絶なら当分このままでしょうし」
「……だといいんだが」
 
 カトレアが推測するに彼女が倒れた理由としては魔力欠乏による気絶という可能性が一番あり得るとのこと。
 
 恐らく体内にため込んだ魔力の急激な消費によって身体に負荷をかけすぎたのだろう。

 俺は一度も経験したことはないが、魔法を使いすぎるとたまにこういう現象が起こるらしい。

「とりあえず、今は様子を見ることにしましょう」
「ああ、そうだな」

 と、そんな会話をしていた直後だった。

「はっ! 魔物っ!」
「うおっ!?」
「あら」

 唐突にガバっと身体を起き上がらせる少女に驚き、声が裏返ってしまう。
 そしてキョロキョロと辺りを見渡すと、少女と目線がガッチリと合ってしまった。

「あ、あなた方は……?」
「あ、その……俺たちは……」
「怪しいものじゃありませんよ。あなた方が魔物に襲われているところに偶然通りかかったただの旅人です」

 ナイスフォローだ、カトレア!

 今更だが、俺は異性と面と向かって話したことが一度もない。
 というか、縁そのものがなかった。

 さっき彼女を抱えた時にも実は驚きのあまり、そのまま落としそうになって駆け寄ってきたカトレアに何とか救われるという醜態までさらしてしまった。

 ホント、情けない限りである。

 でも良かった。驚かれていきなり攻撃……なんてことにならなくて。
 
「あの……お二人がわたくしを助けてくださったのですか?」

 少女がカトレアにそう問うと、

「はい。ですが厳密にはあなたを助けたのは私ではなく、そちらにいるユーリ様です」
「ユーリ様……?」

 視線はカトレアから俺の方へシフト。
 その奥深さを感じさせる海色の瞳が俺を見つめてくる。

 綺麗な瞳だ。前世を含めて今までに会ってきた人物の中ではダントツである。
 その端正な顔立ちも相まってか、優雅さと可愛さを併せ持った美少女という感じだ。

「……」
「……」

 お互い見つめ合ったまま、何も言わない時間が続く。
 俺は完全にその瞳に取り込まれてしまい、何も喋ることができなかった。

 すると、

「あ、あの……」

 沈黙が続く中、先に口を開いたのは向こう彼女からだった。

「あ、は、はい! 何でしょう?」

 いきなり声を掛けられたからかぎこちなさが残る変な返答になってしまう。
 脇ではカトレアがクスッと笑っており、羞恥心に駆られる。

(クソッ……落ち着けオレ! 女の子と普通に話しているだけなんだぞ!)

 だが、身体は思うように動いてくれない。
 まさか、異性と全く関わってこなかった弊害がこんな形で表れるなんて……

 脳内で過去を悔やむ中、少女はバッと頭を下げる。
 そして一言、こう言った。

「助けてくださり、本当にありがとうございました。貴男様に助けていただけなかったら今頃どうなっていたか……」
「い、いや……俺は大したことは――」
「この恩は必ずお返し致します。ウィンチェスターの名に誓って必ず!」
「いや、だから俺は……」

 頭を下げ続ける彼女の耳には俺の声は届いていなかった。
 てか、ウィンチェスターってどっかで聞いたことがあるような……
 
「あっ、すみません。失礼ながら自己紹介がまだでしたね。私はフィアットと申します」

 胸に手を当て自己紹介をする少女。
 俺たちもそれに準じて、

「ユーリ・グレ……じゃなくてフリージアだ。で、そっちは……」
「付き人のカトレアと申します」

 自己紹介を済ませる。
 フィアットか。その美貌にぴったりの良い名前だ。
 
 ま、もちろんそんなことは本人には言わない(言えない)のだが。

「で、フィアット……さん?」
「フィアットで大丈夫ですよ」
「じゃ、じゃあフィアット。目覚めたばかりで悪いんだが、君もフィンラード行きということでいいんだよな?」
「あ、はいそうです。ですが、なぜそのことを……?」
「君が倒れたすぐそばにこれが落ちていたんだ」

 そう言って俺は一枚の乗車用チケットを見せる。
 行き先にはしっかりと『フィンラード』と記載されており、証明となる刻印もしっかりと押されていた。

「そ、それは私のチケット……」
「やっぱりそうか。良かった、もし違っていたらどうしようかと思ったよ」
「すみません。色々とご迷惑をおかけしてしまったようで……」
「気にするな。魔物の襲撃から生きて帰ってこれただけでも御の字だ」
「は、はい……あっ、そうだ」
 
 フィアットは何かを思いつくように懐から一枚の紙を取り出し、俺たちに渡してくる。

「これは……?」
「私の別荘の連絡先と住所です。今回の件のお礼をしたいのでお手間をおかけしてしまいますが、是非お越しいただけると嬉しいです」
「お、お礼だなんてそんなに気を遣わなくても……」
「いいえ、ユーリ様とカトレア様は私の命の恩人です。どんな形であれ、ご恩に報いなければ天罰が下ります」
「そ、そんな大袈裟な……」

 ……って言っても無駄なんだろうな。
 
 というのもこの子の目を見れば分かる。
 これは冗談ではなく、本気ガチで言っているということを。

「分かりました。では、ご迷惑でなければ後日お伺いさせていただきます」
「は、はい! お待ちしております」

 紙はカトレアが受け取り、一言礼を述べる。
 
 別荘ということは相当なお金持ちの家系なのだろうか? もしかして貴族家の人間だったり?

(確かに雰囲気はあるけど……)

 貴族家の人間に護衛もなしに一人旅させるかと言えばそれは9割方あり得ないこと。
 現に俺もこうしてカトレアが護衛兼監視役としているわけだし。

 ローブを着て身体全体を見せないように覆っているのも何か意味があるのだろうか?

「……ユーリ様? どうかなされました?」
「……え。ああいや、何でもない」

 いや、考えすぎか。
 そもそも貴族家の人間だったら一般の馬車で移動なんてことはないからな。

 大体は家が用意した専用の馬車で移動をするもんだ。もちろん、豪華な装飾で彩られているものがほとんどなので街を通り過ぎる度に注目の的になる。

 そういうのが嫌で俺はこうして一般人が使うような馬車を選んだわけ。
 それに、こっちの方が俺的には一番落ち着くしね(前世の経験から)。

 ま、とにかく無事で何よりだ。
 旅の初っ端から人が魔物に襲われてのたれ死んでいる悲惨な光景なんて見たくないからな。
 
 いやな思い出なんぞあっても何の役にもたたない。
 もうそんな思いをするのは散々だしね。

 かくして。道中事件は一人の死者も出さずに解決することができた。
 
 そして俺たちはまた、フィンラードへ向けて馬車を走らせる。
 
 いよいよ明日、俺はこの世界にきて新たな地に足を踏み入れる。
 屋敷の庭ではなく、本当の”外の世界”へ。

(こんな童心の帰ったかのような高揚感、何だか懐かしいな)

 こんな思いをしたのはいつぶりだろうか。
 俺の心には不安はなく、ただ期待と楽しみだけが残っていた。
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