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第十三話 道中事件

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 あれから時を重ね、屋敷を出発してから早三日。
 俺たちは中継となる街で最後の乗り継ぎを終え、フィンラードへ向けて着々と進むことができていた。

 のだが……

「つ、疲れた……まさかここまで身体に負担が来るなんて……」

 俺は完全にくたびれていた。
 
 なんか身体は重いし、頭はぼーっとするし、時折眩暈はするしで散々だ。

「ユーリ様、もう少しの辛抱です。明日にはもうフィンラードに着いていますよ」
「あ、ああ……」

 返答する気力すらでてこない。
 情けない話だが、本当に辛いのである。

(ああ……こうなるんだったら宿でしっかりと休んでおくべきだったなぁ……)

 今思い返すと後悔が絶えない。
 そう、俺たちは此処に来るまで一回も休憩を取っていないのである。

 普通、長旅となる場合は宿を取って休みながら少しずつ目的地へ向かうというのが定石なのだが、あの時の俺は期待に胸を膨らませすぎて調子に乗ってしまい、そんなことは考えもしていなかった。

 なので途中で何度か通った街でも宿は取らず、そのまま馬車を乗り継いで夜は馬車の中で寝て過ごすといった悪環境の中で旅を続け、今に至るというわけだ。

 何度かカトレアにも「休んだ方がいいのでは?」と忠告を受けたが……

(素直に聞いておくべきだった。ちくしょう……)

 調子に乗っていた過去の自分に一発くらわせたいくらいだった。というか一発やらせろ。
 
「はぁ……早く着かないかな」

 まぁ、結局自業自得なので仕方ない。
 気持ちは前向きでも身体は正直者であるということが今回のことでよく分かった。
 
 だがその代わりに目的地には予定より早く着くことができるらしく、悪いことばかりというとそうでもなかったのが唯一の救いだった。
 
「はぁ……」

 さっきから何度溜息をしたことだろう。もう数えきれないほどしている。
 するとそんな俺を見たカトレアが、

「ユーリ様、あまり溜息をするのはよろしくないですよ」
「ん……? なんで?」
「幸せが逃げてしまうからです。溜息をつく人間には幸運が来なくて不幸ばっかりが訪れるんですよ」
「なんだそりゃ? 初めて聞いたぞ、そんなこと……」

 というかもう既に不幸なことが起きている。
 今更そんなこと言っても――

「お、お客さん!」

 そんな時だ。
 突然馭者のおっちゃんが御者台から顔を突きだし、俺たちを呼んだ。

「どうしたんですか?」

 カトレアがすぐに返答。
 すると馭者のおっちゃんは顔を青ざめながら、

「人が……人が魔物に……!」

 人が魔物に……?

 あまり言っている意味がよく分からなかったので俺は御者台と荷車を繋ぐ布からちょこっと顔をだし、前方を確認する。
 と、目に入ってきたのは……

「ば、馬車が横転している!?」

 煙を上げ、無残にひっくり返っている馬車。

 その上近くには数匹の狼のような魔物が目を光らせ、馬車諸共襲っている真っ最中だった。
 しかもよくよく見たらその近くに誰かが横たわっているではないか。

「ど、どうしますお客さん。このままじゃ我々も……」

 どうしますって……そりゃ目の前であんなの見せられたら助けるほかないだろ。
 
 俺は馭者のおっちゃんにすぐ馬車を止めるように要求。
 流れるように馬車から下車しようとすると、

「ユーリ様、どうなさるおつもりですか!」
「助けに行く。お前はここに残っていろ」
「助けにって……ダメです、危険です!」
「でも見捨てるわけにもいかないだろ! こういう時こそ俺のような人間が立ち上がるべきなんだ」
「で、ですが……!」

 止めようとする我が使用人。だがすまない、カトレア。
 俺はもう……止まれない。

 民衆を守る。
 国を支える。
 世の中をよりよくする。

 貴族というのは本来はそうあるべき存在。
 低い身分の者を自分の地位や権力で甚振ったり、自分たちの私利私欲のためにその力を使うんじゃないんだ。

 目の前で人が、守るべき存在が窮地に立たされている。
 そんな時、貴族であり力を持つ俺が動かずして誰が動くのか。

 臭い正義感や偽善者などと言われてしまえばそこまでだが、俺にとっては関係ない。 
 俺はただ――

(自分という存在がそうであるべきだと思っているからそうするんだ!)

「カトレア、こっちの方は頼んだ」
「ゆ、ユーリ様!?」

 俺は勢いよく馬車から降り、現場へと駆けつける。
 目視だけで確認してみても事態はそこまで深刻化していなかった。

 恐らく襲われてからまだほとんど時間が経っていないと推測できる。

 俺はすぐさま倒れている人の方へと駆け寄った。
 
「大丈夫ですか!?」
「き、君……は……?」

 横転した馬車の近くで倒れていたのは中年のおじさんだった。
 その身なりからして馭者の人だろう。
 
 でも良かった。見たところそこまで身体に傷害ないようだ。
 切り傷や打ち身が数か所あるくらいだった、

「立てますか? 急いでここを離れないと!」

 俺がそう問いかけるとおじさんはしゃがんだ俺の肩に手を置きながら枯れかけた声で、

「い、いや……待ってくれ。まだ俺より先にあのお客さんを……」
「……お客さん?」

 おじさんは震えながら腕を上げ、馬車の裏側を指さす。
 そしてその指先の方を見てみると、その意味が判明した。

 横転した馬車で死角だったので見えなかったが、おじさんの他にもう一人の人の姿があった。
 
 身体全体をローブで覆った人の姿。
 そして現在魔物と交戦中のようで数十匹の魔物と群れと対峙している様子が伺えた。

(そうか。被害がそこまで出ていないのはあの人のおかげってことか)

 そのローブの人は魔法を駆使し、次々と魔物たちを蹴散らしていく。
 その巧みな魔法捌きは目を見張るものがあり、数十匹の魔物相手にも全然引けを取らないほどのものだった。

(やるなぁ、あの人……)

 多分、熟練の冒険者か何かなのだろう。
 動きが常人のそれとは全然違った。

(俺の出る幕はないか……?)

 ならば俺ができることは倒れているおじさんを安全地帯まで運ぶことくらいだ。
 あの様子じゃそう簡単に負けやしない……だろうと思っていた。
 
 が、その時だった。
 そのローブの人が突然どこか苦しむ様子を見せ、片膝を立ててしまう。
 と、同時に反撃すらしなくなってしまったではないか。

「な、なんだなんだ? 何が起きた?」

 その現状に唖然としてしまったが、事態は一気に悪方向へ変化。
 魔物もまだ攻撃を受けても尚、しぶとく生き残っており、まだ数は先の半分も減っていなかった。

 その上ローブの人も苦しそうにただ身体を小さくするだけで逃げようともしなかったのである。

(マズイ。このままじゃあのローブの人が……!)

 どうやら俺の出番が来たようだ。
 だがどうしたものか。
 もし今俺が舞台せんとうに出てしまえばおじさんの身が――

「ユーリ様!」
「……カトレア!?」

 ちょうどその時、カトレアが俺の名を呼びながら走ってきた。
 まさにグッドタイミングである。

「申し訳ありません。どうしてもユーリ様の身が心配で……」
「……いや、逆にナイス判断だよカトレア」
「えっ……?」

 俺は速攻で事情を説明。
 おじさんをカトレアに託すことに。

「頼む。あれを片付けたらすぐに戻るから」
「ほ、本当に大丈夫なのですか? できれば私もお手伝いを……」
「いや、カトレアは残っていてくれ。万が一ってこともあり得るからな」
「わ、分かりました。ですが……!」
「分かってる。ピンチになったらローブの人あのひとを連れてしっかり逃げてくるさ」
「……はい。どうかご無事で」
「ああ!」

 俺は何とかカトレアを説得し、戦闘の許可を得ることができた。
 これで気兼ねなく戦える。

 今にもローブの人の襲いかかろうと牙をむき出しにする魔物の集団。
 だがそうはさせない。

 俺はよいしょと腰を上げ、戦闘態勢へ。
 片膝をつくローブの人の元へと歩み寄る。 

「さて、久々の魔法だ。デル、お前は手出し無用な」
『はいはい。でも無理はしないでよ? 魔法を使うこと自体が久々なんだから」
「ああ、分かってるさ」

 俺は瞬時に詠唱を完了させ、魔力を両手に集中させる。
 と、魔物たちめがけて静かに範囲魔法を放った。
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