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第十一話 別れの時
しおりを挟む両親に学園入学のことについて相談を持ち掛けてから七日後。
俺は学園のある都市フィンラードへ向けて出発の準備をしていた。
「ほ、本当に我らも一緒も行かなくて良いのか?」
「そ、そうよユーリ。外の世界は怖いのよ? 貴方に万が一のことがあったら――」
「だ、大丈夫ですよ父上、母上。俺はもう子供じゃないんです」
フィンラード行きの馬車に荷物を詰め込んでいる最中、二人が目を潤わせながらそう言ってくる。
例の家族会議終了後、俺は全力で二人への説得を敢行した。
それも出発予定日の前日まで続くという長期戦にまで縺れ込むことになり、大変だったのは言うまでもない。
結果、辛くも説得には成功したものの、護衛は絶対に連れて行かなければダメだという結論に至り、屋敷の専属メイドが同行することになったというわけだ。
「ご主人様、奥様。ご心配には及びません。ユーリ様はこの私、カトレアが責任を持ってお守り致します。なのでどうか、どうかお静まりを……」
専属メイドの一人であるカトレアが必死に二人を宥めている。
彼女は俺がまだ生まれて間もない時から屋敷の使用人をしている古参者だ。
基本的に身の回りのことは全てカトレアがやってくれており、数居る使用人の中では最も関わりがある上、俺が一番信用を置いている人物でもある。
そんなカトレアが今、俺の両親の相手をしてくれている。
もうどっちが奉仕する側かされる側か分からないなこりゃ。
「ぐすん……頼んだわよカトレア……ぐすん」
「ユーリを……あの貧弱で触ったらすぐに折れてしまいそうな我が息子を……頼んだ……!」
「はい。お任せください」
何一つ表情を変えずに深々とお辞儀をするカトレア。
というか何だよ今の頼み方! 特に父上!
『ぷっ、貧弱ですって。あのおじさまも結構言うわね。あはははっ!』
「なに笑ってんだデル」
『あら、ごめんなさい。つい我慢できなくて』
デルまで俺をバカにし始めた。
確かに酷い言われようなのは認めよう。
だけどあそこまで言うか? 俺ってそんなに貧弱!?
……というやり取りが少しの間続く中、出発の準備を進めていく。
そして……
「よし、これで荷物は最後っと。忘れ物も……うん、なさそうだな」
カトレアが両親の相手をしてもらっている中、俺は淡々と準備を済ませていた。
で、ようやく全ての荷物を馬車に乗せ終え、出発の準備が整った。
(さて、後はカトレアを呼ぶだけだな)
「おーい、カトレアー! もう行くぞーー」
未だ二人の相手をしてくれているカトレアを呼ぶべく、俺は声を張り上げる。
するとカトレアはすぐに反応し、
「ゆ、ユーリ様! まさかあの荷物を全部積んでくださったのですか!?」
「あ、ああ……なんか長くなりそうだったからな」
「も、申し訳ございません! 本当は私がやるべきことだというのに……」
「いや、これくらい自分でやるよ。それにカトレアにはこれから先、迷惑をかけることになっちゃうしね」
(あと、両親の相手をしてくれたってこともあるし……)
あの二人の相手をするくらいだったら荷物積みに徹した方がマシである。
「で、ですがやはり使用人としてはあるまじき行為。次はこのようなことにならないよう最善の注意を――」
「わ、分かった! 分かったからそんなに頭を下げないでくれ」
ペコペコと頭を下げるカトレアに顔を上げるように言う。
やはり貴族として生活をするにあたってこういう所は未だに慣れたもんじゃない。
自分がやらなくても他人が勝手に全部やってくれるという環境は確かに新鮮ではあるが、あまり良い気持ちはしない。
今までがその真逆的な生活だったからそのスタイルに慣れてしまっているのが原因だろう。
でもカトレアからすればそれは立派なお仕事になるわけなので複雑な心境である。
(そもそも普通の人からすれば、家に使用人がいるってこと自体が可笑しいしな)
と、そんなことを考えている内に出発の時間が迫っていた。
「お嬢ちゃんや。もう準備はできたのかえ?」
御者台に座る馭者のおっちゃんが首だけをこちらに向け、そう言ってくる。
”お嬢ちゃん”というところにツッコミを入れたいところだが、今は無視することにしよう。
俺は「はい」とだけ返事をして、先に馬車に乗っておいておくようカトレアに伝えると、すぐに両親のもとへと駆け寄った。
「父上、母上。そろそろ時間なので」
「あ、ああ……」
「ぐすん……」
いつまで泣いてるんだよ母さん……。
でもこうして改めて面と向かって話すのは当分の間ないんだよなと思うと感慨深いものがある。
過保護に育てられたとはいえ、感謝すべきことは山ほどあるんだ。
いつかきちんと親孝行できるようにしっかりと外の世界で経験を積んでこないといけないな。
俺は最後に深く礼をすると、一言だけ二人に、
「父上、母上……行ってきます」
もっと他に言いたいことはあるのだが、これ以上言うとまだ面倒なことになりかねないので控えることにした。
すると何を思ったのか父上が俺を思いっきり抱きしめ、
「うぉぉぉぉぉぉ、ユーリぃぃぃぃぃぃ! 頑張れよぉぉぉぉぉぉ!」
「ちょ、父上!?」
今まで感情を溜めに溜めてきたのか、滝のように涙を流して豪快に泣き始める。
息子としては応援してくれるのは大変嬉しい。
嬉しいが……
(頼むからあまりデカい声で泣かないでくれ。馭者のおっちゃんがすっげー目で見てるんだけど!)
こっちまで恥ずかしくなってくる。
ていうかこんなとこで親バカを発揮させるなよホント……。
「ユーリ、ちょっと手を出してみて」
「……え、母上?」
今度は母上が俺に何かあるようで、突然手を出すように言ってくる。
俺は頷き、手を差し出すとその上にポンと一つのペンダントを乗せてきた。
「母上、これって……」
「私が大切にしていたペンダント。お守りとして持って行って」
「い、いいのですか?」
「ええ」
母上の目にはもう涙はなかった。
むしろニッコリといつもと変わらぬ笑顔を見せ、俺を送ろうとしてくれていた。
「ユーリ様、そろそろ……」
「ああ、分かった。では父上と母上も、お元気で」
この言葉が俺が両親と別れる前に放った最後の言葉だった。
そして最後に二人とハグを交わすと、俺は馬車へと乗り込んだ。
俺は……貴族があまり好きではない。
前世は奴らのせいで惨めな想いをして生きてきた。
それは今でも深く心の傷として残っている。
だからこうして貴族の子として生まれ変わったことに抵抗を持っていた。
でも、今なら思える。
俺はこの家に……グレイシア家に生まれて本当に良かったなって。
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