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第十話 家族会議
しおりを挟むルナ姉さんが屋敷へ訪問してきた次の日の昼下がり。
俺は両親にあることを相談するべくダイニングルームに呼んでいた。
「お忙しい中お呼びたてして申し訳ありません。父上、母上」
「いやいやそんなとんでもない! ユーリから我々に用があるなんて滅多にないことだからな」
「そうそう。そんな時に悠々とお仕事なんてしている暇はないわ!」
いや、仕事はしてくれよ。頼むから。
相変わらずの親バカっぷり。
でもそれが俺にとっては良い方向に働いているのかなと思うことはあった。
規律やマナーに厳しい貴族社会ではたとえまだ子供であってもそれ相応のモノが要求される。
どこの貴族家も皆、自分たちの家柄や信用を守るためにどこの家よりもよく見せようと尽力する。
貴族同士で集まる社交パーティーなんてそれの典型みたいなものだ。
だからこそ、貴族に生まれた子供は幼少期から常人の倍以上の規律やマナーを叩きこまされる。
貴族家の人間として誰よりも有能であれと習い事も死ぬほどやらされる。
それが普通……いや当たり前なのが貴族としての生き方だった。
だが俺はそうした教育は一切受けてこなかった。マナーや規律も教えられたことないし、習い事もとくにしたことはない。
むしろマナーや規律に関しては自分から習いに行ったくらいだ。
貴族の暮らしの『く』の字も分からなかった俺にとってはこれが普通で「なんだ平民とあまり変わらないじゃないか」と思っていたが、それは全然違った。
以前、両親の用事でとある伯爵家の屋敷に同行した時にそうした風景を実際に見てしまったことで考えがガラリと変わった。
そう思うと、俺にとっては恵まれた環境に生まれたのだとつくづく感じた。
何事にも縛られない自由奔放な生活。
まさしく前世で夢に描いたような暮らしだった。
その代償としてなのか両親があんな感じだけど……
「で、用とは一体何なのだユーリよ」
父上であるクロースがそう俺に問う。
俺はすぐに懐から一枚の紙を取り出し、二人に見えるようにポンと置いた。
「こ、これはなんだユーリ」
「はい、それはフィンラード学園の入学案内書になります」
「ふぃ、フィンラード学園? あの産業都市フィンラードにある魔法学校のことか?」
「そうです。自分はそのフィンラード学園に入学したいと思っています」
「ゆ、ユーリが学校に……?」
「な、なんと……!」
二人ともどうやらかなり驚いているようだ。
ま、今までそんな素振りを見せてこなかったし……というか両親に相談したことすらなかったから当然と言えば当然の反応である。
……で、なぜ俺が急にこんな話を持ち掛けたのかというと、それはざっと昨日にまで遡る。
『学校?』
『そう! ユーリくんさえ良ければの話だけどうちの学園に来てみない?』
『い、いきなりだな……どうして?』
『うーん、まぁ一言でいうと今のままじゃ勿体ないなって思ったの』
『勿体ない? 何が?』
『何がって……もちろんユーリくんの持つ才能だよ。君には勉学の才能がある。飲み込みも速いし、理解力もあるし、実践力も常人とは比にならないくらい。だからこそこんな感じで細々と学ぶよりももっと大きな舞台に場所を移して学んだ方がいいんじゃないかなって思ったんだよ』
『場所を移して学ぶ……か』
『それに、貴族たるもの人脈を作るのも大事だからね。それも平民だろうが貴族だろうが関係なしに。人より権力と地位を持つ者にとっては必要なものだよ』
『……』
……とまぁこんな会話を交わし、俺は一晩そのことについて悩んでいた。
ルナ姉さんの言っていることは間違いないだろう。ああ見えてあの人は教育のプロフェッショナルだ。 信用は十二分にある。
俺も学校にいくことに抵抗はなかった。
実際、憧れだったし前世でも学校になんて通ったことがなかったから一度くらいは経験したいと思っていた。
外の世界もどうなっているのかこの眼で見てみたいしね。
だが問題は両親がそれを許すかどうか。
知っての通り、二人は呆れるほど俺を溺愛している。
一度は考えた通学プランだが、あの二人のことだ。
反対してくる可能性は大いにあるだろう。
仮にOKを貰えたとしても親同伴が条件だ! とか言いそうで怖い。
俺は悩みに悩んだ。それも寝る間も惜しんで。
そして考えに考えた末、俺は一つの結論を下した。
で、今俺はその結論を伝えるべくダイニングルームにいるというわけ。
「ど、どうでしょうか? 父上、母上」
「「……」」
二人は考え込んでしまった。
特に父上は眉間にシワを寄せて何かに悩んでいるようであった。
(……やはり、いきなりすぎたか?)
雰囲気的にはあまり良くないように思えた。こんなこと初めてだ。
今まで毎日のように和気あいあいとした雰囲気がデフォルトだったのが今は沈黙のみが支配する無の空間と化していた。
(くっ……)
その時間は数分間続いた。
時間が経つにつれて身体はどんどん膠着していき、緊張感が増していく。
鼓動が速くなり、不安のみが募る。
だが次の瞬間、父上がいきなりガバッと立ち上がり――
「そ、そ、それは本当なのかユーリよ!」
「へ?」
「嘘じゃない!? 嘘じゃないわよね!?」
「はい?」
二人のテンションがガラリと変化。何やら涙まで流して何かを喜んでいる感じだった。
「そうか、そうだったのかユーリっ! お前も独り立ちをしたいと思う日が来たのだな! 俺は……父さんは嬉しいぞぉぉ!」
「ううっ……良かった……本当に良かった……」
え? どゆこと? てか今どういう状況?
全く把握ができない。
ただ分かるのは二人がアホみたいに喜んでいるということ。
「良かった……いつかそう言ってくれる日を願っていて良かった!」
「あ、あの……どういうことでしょうか?」
「ああ、悪いな取り乱してしまって。実は――」
この後、父上と母上はあることを話してくれた。
それは二人が俺を学校に入れるべきかずっと悩んでいたこと。
そして俺が家庭教師を自ら選んだのは学校には行きたくないという意思表示ではないかと思っていたとうことだ。
「本当はもっと早く言うべきだった。このまま屋敷にいてくれるのは我々からすれば嬉しいことだが、ユーリの今後を考えたらいかがなものかと思ったのだ。だがお前の方から良い家庭教師を探してほしいと提案受けた時に我々はその機会を逃してしまった」
「は、はぁ……」
いやいやいや、むしろ俺はその逆だったんだが?
なに、二人も俺を学校に通わせたいと思っていたわけ?
「ごめんね、ユーリ。もっと早く貴方に伝えることができなくて……」
ぎゅっ。
(ちょ、ちょっと!?)
いきなりの母上からの抱擁。とても暖かく懐かしい感じが俺を包み込む。
だが同時に恥ずかしさもこみ上げてきた。
「ユーリよ、お前が望むなら我々も力を尽くしたいと思っている。お前もグレイシア家の人間として立派な大人にならなければならないからな」
「父上……」
そうか、勘違いしていたのは俺の方だったわけか。
俺は二人の本当の愛に正面から向き合っていなかった。
溺愛されるという抵抗を感じて、いつしか距離を置いていたんだ。
(ごめん……父さん、母さん)
そしてこの瞬間、俺の意思は確固たるものになった。
学校に行く、いや行きたい!
その気持ちは徐々に強くなり、俺の心の中を満たしていく。
そして……
「父上、母上。俺は行きたい、学校に!」
「ああ、いいとも。ルーリックも異論はないな?」
「ええ、もちろんよ」
母上も同意。これで俺の学園への入学は確実なものとなった。
「ありがとうございます。父上、母上!」
「ああ! ではそうと決まれば我々も準備をせねばな!」
「ええ、そうね!」
二人は勢いよく席から立ち上がると、そう言いだす。
(……え? 準備? 何の?)
嫌な予感が一瞬だけ脳裏を過る。
俺は一応二人に、
「あ、あの父上、母上。準備とは一体何のことで?」
「ん? 何って決まっているだろ。我々も一緒にフィンラードに移住するのだ」
……はぁ?
「あら、言ってなかったかしら? 私たちも貴方と同行するのよ」
「え、それはなぜですか……?」
全く状況が読めないので質問。
すると、
「だ、だってあなた一人であんな大きな都市に連れて行くことなんてできないもの!」
「そ、そうだぞユーリ! もし道中で蛮族にでも襲われたらどうするのだ!」
……えぇぇぇぇぇぇぇ!?
独り立ちとは一体何のことだったのか。
それに……
「や、屋敷はどうするのです? この場所はグレイシア家を象徴する場なのですよ?」
「んなものお前と比べたら些細なものよ。畳んで他の者に譲り渡すつもりだ」
「え!? じゃあ領主の件は……」
「近くのベクター伯爵にでも領主の座を売り渡すことにしよう。今からでも遅くはない」
……はぁぁぁぁぁぁぁぁ!?
正気か!? そんなことしたらグレイシア家の存亡に関わってくることだぞ?
しかも理由がたった一人の息子のためって……
「あなた、早くしないと間に合わないわ」
「ああ、そうだな! ということだユーリ。お前も出発日までに準備しておけよ。向こうでは恐らく借家暮らしになるからな」
「あっ、父さん、母さん!」
行ってしまった……
これはマズいことになった。
やはり俺の推測は正しかった。あの二人はガチの親バカだった。
それも思っていた以上に重症。医師に要相談レベルだ。
「と、とにかくこうしちゃいられない。今はあの二人を止めないと!」
俺はすぐに席を立ちあがると、二人の元へと急ぎ足で向かうのだった。
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