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第九話 家庭教師
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――コンコン
扉の向こうからドアをノックする音が自室に響き渡る。
恐らく彼女が屋敷に到着したのだろう。
「ユーリ様、今よろしいでしょうか?」
「大丈夫だ。入っていいぞ」
「失礼いたします」
俺が扉の向こうにいる者に自室へ入る許可を下すと、ゆっくりと扉が開き、専属の使用人が入ってくる。
そして深々と一礼すると、早速要件を話し始めた。
「ユーリ様、ルナ様がご到着なされました」
「分かった。もう通していいぞ」
「かしこまりました。では――」
その時だった。
「ユーリくぅぅぅんっ!」
突然。
その声と共に使用人の影から人が勢いよく現れ、俺の元に飛びかかってくる。
もちろん俺はその行動に反応することはできず、そのまま彼女の胸元へと身体が吸い込まれていく。
「る、ルナ姉さん!?」
「久しぶりユーリくん! 元気にしてた?」
ギュッと身体全体を包み込むように抱きしめられ、そう言われる。
だが俺はそれどころではなかった。
俺の呼吸するための手段が完全に彼女のその豊満すぎる胸で遮断されてしまったからだ。
(く、苦しい……)
「もう! なんで最近呼んでくれなかったの? お姉さん、ユーリくんに会えなくて寂しかったんだよ?」
「※※※※※……!」
俺の顔は完全に埋もれてしまっているので話すことすら出来ない。
苦しい……とにかく苦しかった。
それに、前もこんなことがあったのような……
意識が段々と遠のいていく。
俺も何度かルナ姉さんに苦しいことをアピールするも、彼女は一人語りに夢中になっていて全然察してくれなかった。
(も、もう無理だ……俺は死ぬのか……おっぱいの中で……)
だがその時、救世主が現れた。
「あの、ルナ様」
「ん? どうしたの?」
「その……ユーリ様が死にかけていますよ」
「えっっ!?」
ルナ姉さんはすぐさま、俺を見ると泡を吹いて放心状態に陥っていることに気がつく。
「あわわっっ! ご、ごめんユーリくんっ!」
ルナ姉さんは速攻で身体から俺を引き離す。
そして俺の口内からは新鮮な空気が流れるように入って行き、徐々に血色を取り戻していく。
「はぁ……はぁ……はぁ……し、死ぬかと思った……」
「ご、ごめんね。久しぶりにユーリくんと会ったから嬉しくなっちゃって」
ルナはその場で猛省。
さっきまでの勢いは一気に失せ、俺に頭を下げてくる。
「い、いや全然大丈夫だ。気にしないでくれ」
「ほ、ほんとう?」
「あ、ああ……」
ルナ・アーヴェンガルド。彼女は俺の専属家庭教師である。
まぁ厳密に言うとこの人の仕事は家庭教師ではなく、正真正銘の学園教授。
知り合った経緯としては我がグレイシア家とアーヴェンガルド家が古くからの知り合いだったということでなんだかんだ言って10年以上もの付き合いになる。
学校に通わなかった俺にとっては唯一無二の指導者で一人っ子の俺からすれば姉のような存在だったのである。
ちなみに言語や文化等を教えてくれたのは全部この人だ。
ちょっと勢いに身を任せるようなところがある人ではあるが、その指導力は本物。
流石は教育界の権威と謳われるアーヴェンガルド家の娘と言えよう。
しかしながら久しぶりといえ、たった1年くらい会わなかっただけだ。
確かに前までは毎日のように教えてもらってたけど、最近は家の手伝い(政治的な)があって忙しかったから勉強する暇がなかった。
そして今日、ようやく手伝いがひと段落したので久々にルナ姉さんに家庭教師をしてもらうように頼んだわけだ。
「こちらこそごめんルナ姉さん。最近忙しくて……」
「ううん、大丈夫。話はおじさまから聞いているから。それにしても――」
「……?」
ルナ姉さんは唐突に俺の顔を凝視してくる。
そして何かに気付いたかのように頷くと、
「うん。やっぱりユーリくん、マジ美少女だわ。それに1年でさらにその美少女感に拍車がかかったような気がする」
「は、はぁ……?」
いや、どういうことだよ美少女感って。
というかオレ男だし、少女じゃないし。
「せめて美少年にしてくれないか? なんか悲しくなってくるんだけど」
「え! 別にいいじゃん! 私は全然ステータスだと思うけどなぁ……特に一部の人には大ウケ間違いなしだよ?」
「ステータス……しかも一部ってどの層にだよ……」
たとえそうであっても嬉しくはない。逆にコンプレックスが加速しそうだ。
それに俺はルナ姉さんと会うまで忘れてたよ。
彼女が無類の好事家であることを。
「ねぇねぇ、今度私の家でファッション――」
「いえ、結構です」
「えぇっ!?」
俺はすぐさま言葉を遮り、拒絶する。
もう先を聞かなくても何を言おうとしたのかは大体見当がつく。
どうせまた家に連れ込んで可愛い服やらぬいぐるみやらを持たせて撮影会をしようって腹だろう?
実際、俺は一回だけ彼女の誘いを受けて屋敷に行ったことがあるが、もう酷いこと酷いこと。
もう5年以上も前になるが、あの出来事のせいで俺の中性的容姿に対するコンプレックスをこじらせる原因を作ったと言っても過言ではない。
ルナ姉さんには感謝しているが、そういうところは勘弁してほしいと思うことが今までも多々あった。
「うーん……いいと思うんだけどなぁ」
残念ながら姉さん、それはあなただけだ。
俺は断じてごめん。というかむしろ俺はこの姿に嫌悪感を抱いているほどだ。
この15年間で何度男らしく生まれ変わりたかったと思ったことか。
そう思うと、前世の頃の姿はまだ良かったのかなと思う。
イケメンでもなければブサイクでもないパッとしない感じだったけど。
「ま、まぁルナ姉さん。そろそろ勉強に移ろうよ」
「そ、そうだね。ごめんね長々と話しちゃって」
話題転換。
とりあえず容姿のことから話をそらさないと姉さんの一人語りが始まってしまうので強引に。
それに、一緒に勉強をしている方が楽しいしね。
だけどルナ姉さんが俺を大事に思ってくれているということは凄く感謝しているし、会うたびにスキンシップこそ激しいが正直満更でもなかったりする。
だがその時だ。
ルナ姉さんは何かを思いつくように手のひらを拳でポンと叩き、
「あ、そうそう。その前にユーリくんに言おうとしていたことがあったんだっけ」
「え、言おうとしたこと?」
「うん!」
ルナ姉さんはおもむろに持ってきた仕事用の鞄から書類を取り出す。
そして俺の座る机の前にドサッと広げると、彼女は話し始めた。
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