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第一話 とある弱者は静かに目を閉じる
しおりを挟むなぜ世の中は平等ではないのか。
これを聞いた者は何を当たり前なことを……と嘲笑するかもしれないが、俺は本気でその事実に疑問を感じていた。
特に≪身分≫というものは不平等さが顕著に出る典型的な例であろう。
身分というのは生まれついたその環境で決まってしまうものだ。
それが貴族なのか、農民なのか、はたまた奴隷なのかは生まれたばかりの赤子には分からない。
でも、それで自分の今後が決まってしまうのは紛れもない事実。
そして年齢を重ねるごとにその事実は重くのしかかって来る。
皮肉なものだが、身分に中身は関係ない。
どれだけ善人であろうが、悪人であろうが、身分に対する真実は変わることはないのだ。
だから大衆の見る目はいつだって高位の身分を持つ者の方へ注目が浴びせられる。
そして低位の身分を持つ者は蔑みの対象とでしか見られることはない。
どんなに努力して足掻いても、一度張り付けられた運命という名のレッテルは決して剥がれることはない。
運命に逆らうことなんて……絶対にできないのである。
♦
「こんにちは、今日も薬草採取の依頼ですか?」
「ああ、はい。そうです」
「分かりました。いつもいつもご苦労様です」
受付のお姉さんが半笑いでそう言いながら、こちらを見てくる。
もう、見慣れた光景だ。
どうせ、心の底でバカにでもしているんだろう。
俺はその対応に何の感情も抱かず、ただ淡々と手続きを済ませていく。
ここはとある大都市の冒険者ギルドだ。
年間で何千万人もの冒険者がこの場に集い、性別身分関係なしのコミュニティとして一つの社会が形成されている。
そしてこの俺もその社会の一部。一人の冒険者として金を稼ぎ、細々と生活をしていた。
「これで手続きは全て完了です。それではお願いしますね」
「はい。ありがとうございます」
俺は気力の抜けたような返答し、受注証明書を腰に付けた小ポーチにそっとしまう。
そしてそのまま何も言うことなく、後ろを振り返り、その場を去った。
すると……
「――おい、見ろよあれ。あの様子じゃまた雑草狩りの依頼を受けたみたいだぞ」
「――ぷぷぷっ、マジかよ。毎日毎日よくもまぁ飽きずにできるもんだよな」
「――おいおいかわいそうなこというなよ。万年F級の奴にはあれで精いっぱいなんだよ」
「――あっ、そうか! そりゃあ悪いこと言っちまったな」
「「「「「――あははははははっ!」」」」」
ヒソヒソどころかわざと聞こえるように言っているようにしか思えない盛大なる侮辱。
最後の笑い声がそれらを大いに物語っていた。
(勝手に笑ってろよ。冒険者かぶれのクソ貴族どもが)
それに雑草狩りじゃなくて薬草狩りという歴とした依頼だ。バカにすんな。
心でそう悪態をつきながらも俺は足早にギルドを後にする。
冒険者と言えば他のどの職よりも稼ぎが良くて、多種族間による交流も盛んな人気ある職業の一つとして数えられる。
身分も貴族だろうと奴隷階級だろうと関係なしにライセンスが取れて、貴族以外の身分を持つ者でも手軽に冒険者になれるというのがこの職の利点の一つだった。
これは種族間、身分差別が横行する世の中ではかなり珍しく、生活設計のための基盤として冒険者を志す者はもちろんのこと、同種族や多種族との人脈を広げるために冒険者を目指す者も多くいる。
俺は人脈など作る気なんてさらさらなかったので前者の理由に該当するが、もはや冒険者という職業はモンスターや魔獣などを狩る以外の目的や機能を持った唯一無二の職として人々から認知されているわけだ。
だかしかし。俺から言わせればそれは表面上の事実に過ぎない。
外見こそ魅力で溢れているようにみえる冒険者稼業であるが、本当は裏で多数の貴族たちが支配する完全身分制社会というのが冒険者という人気職の実態だった。
さっき俺を小バカにしていた連中ももちろん貴族。
それどころかこの場にいる殆どが貴族や士族の血を持った者ばかり。それも本家から分家出身まで様々だ。
要するにこの冒険者という職は言いかえれば貴族たちの馴れ合いの場であり、あくまで身分関係なしというのは建前でしかなかった。
真実を語れば俺のような農村出身かそれ以下の低身分の冒険者は不遇を強いられ、そして蔑まれながら生きていくというのがさも当たり前のようになっていたのである。
「本当にクソみたいな世の中だ」
何度、こんな世界なんて消えればいいのにと思ったことか。
俺は「ちっ」と舌打ちをしつつもいつもの場所へと足を運ぶ。
いつものというのは俺が薬草採取をしている森のことを指す。
とにかくたくさん取れて出来高制が基本となる冒険者にはうってつけの場所だった。
「今日もたくさん取らないとな」
でないと生活が危うくなる。今月も結構ピンチで焦っていた。
だったらもっと報奨金の高い依頼を受ければいいのでは? と思うかもしれないがそれができたら苦労なんてしない。
報奨金の高い依頼というのは基本的に難度も相応に比例してくる。
余裕を持って生活できる額を手にするにはそれらの依頼を毎日こなすことが最低条件となるわけだ。
だがそれらの依頼には決まって条件というものが存在する。
それはパーティー参加必須という条件だ。
まぁ一言で言えば『ソロ冒険者はお断り』ということである。
俺には人脈もなければ人望もない。だから仲間を集めようにも全て一からスタートすることになる。
それにだ。言っての通り、ギルドは貴族たちで溢れかえっている。
俺の住む国では貴族や商人などの高中階級に属する者は胸元に家紋章のバッチをつけることが義務付けられており、低階級との差別化が図られている。
なのでバッチのない者は一発で低階級の身分だとバレてしまうわけだ。
それに、パーティーも殆どが同じ身分の者たちで編成され、唯一違うところを挙げれば種族が異なるくらい。
そんな中で俺のような低階級の身分の者を迎えてくれるパーティーなんかあるのだろうか?
もちろん、答えはNOだ。
逆に罵倒されて追い返されるのが関の山だろう。
だから俺はソロでも比較的楽チンで収入もそこそこ得られるクエストを探そうと決めた。
で、ようやく見つけたのがこの薬草採取の依頼ってわけだ。
ちなみに冒険者になってから薬草採取しかしていないため、冒険者ランクは晩年最底辺のF級認定だった。
そのため周りからは身分も一人の冒険者としても”最弱の男”として瞬く間に注目を集めることになった。
なのでさっきのような皮肉交じりの罵倒は日常茶飯事で、もう慣れ切っていた。
なんせ冒険者稼業を初めてもう3年にもなるんだ、当然といえば当然である。
「ホント、冒険者でなかったら今頃死んでたな。オレ……」
今の世の中は低賃金・長時間労働は当たり前でどれだけ働いても貯蓄額が増えることはまずない。
前に精肉加工工場で働いていた時はまさにそうだった。
だからこそ俺は稼ぎの良い冒険者をしているってわけ。
だって冒険者稼業と加工工場で働くのとでは一か月分だけでも相当な給与の差が出てくるんだ。
(まぁそれでも生活はギリギリなんだけど……)
この世の中は身分が一種のステータスのようなものだった。
高い身分を持つ者には莫大な富と権力、そして地位が与えられ、低い身分の者は割に合わない仕事を延々とやらされ、ゴミを見るような目で見られ、扱われる。
最底辺の奴隷階級に属する者なんて言うまでもない。
嫌でも生きるためなら我慢して泥を啜っていかなければならない。
それが俺たちのような底辺が生きていくための唯一の術であり、定められし運命なのだ。
「……んしょっと。よし、今日はこれぐらいにしておくか」
籠一杯に摘まれた薬草をよいしょと担ぎ、俺は来た道を戻っていく。
気がつけば空はもう茜色に染まっており、ムクドリの鳴き声が高らかに聞こえてくる。
「今日も大量だ。これで今月も何とかなりそうだな」
ホッと一安心しながらも、いつものように森から都市部へと続く一本道を歩いていく。
と、その時だ。
「あれ? おかしいな。いつもならこの辺は……」
なんだかいつもと違う森の雰囲気に戸惑っていた。
この時間帯は動物たちが群れを作って巣穴に帰っていくところを見られるはず。
だけど、今日はおかしなことに動物一匹すらも見当たらない。
かなり静かだ。
「変だな。何か嫌な予感がする……」
そう思い、辺りをキョロキョロと見渡していたその時だった。
背後からドスドスという重い足音と、耳を裂くような鋭い咆哮が聞こえてくる。
俺はまさか……と思い、後ろを振り返った。
すると――
「……う、嘘だろ。なんでこんなところに魔物が!?」
しかも一匹じゃない。いつの間にか俺を包囲するように狼型の魔物が睨み付けていたのだ。
数だけでも20はいる。
この森は安全地帯だったはずなのにこの魔物の数は異常だった。
(くそっ……どうなってんだ!)
その眼はやはり飢えた魔物如く赤く隆起しており、口から大量のヨダレが流れ出ていた。
もう、食す気満々と言わんばかりのその風貌に俺は身体が動かなくなる。
(こ、このままじゃ俺は……死ぬ!)
に、逃げないと……!
だがそう思った時にはもう遅かった。
俺はいつの間にか一匹の魔物に接近を許し、そのまま腹部をその鋭く尖った狼爪で切り裂かれる。
「……ぐはっっ!」
俺は切り裂かれた時の衝撃でかなり遠くへと吹き飛ばされる。
そして後から追ってくるあまりの痛さにその場で悶えた。
「な、なんだよこれ。痛い……痛すぎる……」
腹部を抑えていた右手は瞬く間に赤一色に染まり、血が体内から大量に流れ出ていくのを感じる。
(俺は……死ぬのか? こんなところで……)
まだやりたいことなんて山ほどある。
恋人だって作ったことなかったし、旨いメシですらたらふく食ったことがない。
いつかは旅に出て色んな世界を見てみたいという願望もあった。
考えれば考える程、やりたいことが浮かんでくるというのに俺の精力はもう底をつこうとしている。
ホント、とことん恵まれない人生だった。
神ってもんがこの世の中にいるんだったら一発殴ってやりたいくらいだ。
「くそ……意識が……もう……」
俺の身体はもう限界にきていた。
気がつけば襲ってきた狼型の魔物は俺の周りから姿を消していた。
俺の貧乏臭い匂いが鼻にでもついたのだろうか?
でも良かった。これで魔物たちのエサにならずにあの世に逝けるのだから。
(ふっ……もし第二の人生というものがあるのなら恵まれた家庭に生まれて、誰にもバカにされない力を権力を地位を……手に入れた人生を送りたい、な)
死の間際、俺が望んだ最後の願い。
口はもう少ししか開かず、声も枯れきっていた。
視界も段々定まらなくなり、真っ白になっていく。
「……父さん、母さん……今、行くからね」
これが俺の人生最後の言葉だった。
俺は誰にも看取られることはなく、静かに目を閉じた。
こうして、最弱と呼ばれ蔑まれた男は25歳という若さでその生涯に幕を閉じたのだった。
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