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62.依頼
しおりを挟む「いきなりすまないな。こんな時間に押しかけてしまって」
「いえ。それよりもお二人とも揃って何かあったんですか?」
場所は客間へと移る。
アルバートさんとレイムさんが隣同士で腰をかけ、その向かい側のソファに俺がいるという配置だ。
それも今回、アルバートさんたちが訪問したのは俺に用があるとのことで、ソフィアとイリアには席を外してもらった。
その内容はまだこれからだが様子を見る限り、重大なことっぽい。
「今日我々が屋敷に訪問したのは例の一件でランス殿に協力してほしいことがあってな」
「協力? 何かあったんですか?」
「うむ。この話は数日前に国の諜報機関が極秘に入手したものなんだが、この王都のどこかに帝国のスパイがいるようなのだ」
「す、スパイ!? ってあのスパイですか?」
「そうだ。しかもその目的が王国と帝国の戦争を促すためらしい」
おいおいおいちょっと待て。
話のスケールがいきなり大きすぎてついていけないんだが?
「え、えっと……マジですか?」
「マジだ」
真顔で「マジだ」とアルバートさん。
隣のレイムさんに目を合わせると、彼女も無言でコクリと頷く。
どうやらこの話は嘘でも何でもなく本当のことらしい。
「で、でも一体なんで戦争を? 帝国と王国ってそんなに仲が悪かったんですか?」
「仲が悪いというか、元々帝国と我が王国は5年前の戦争以後から少々張り詰めた関係でな。今は大陸間戦争の時に交わした大陸国家平和条約で何とか体裁は保っているが……」
「向こうも痺れを切らしたのかもしれない。今の在位している帝王閣下は特に反王国の思想が強いみたいだからな」
5年前の大戦争か。
正直、俺は勉強嫌いだったから政治とかに関心が全くない。
戦争についても木の机の上で教授が言ったことをただノートに書き記して、その知識を覚えた程度だ。
でもこうして真面目にそんな話を突き付けられると、考えたくなくても深く考えてしまう。
今の俺はもう立場だけでいうなら一般人の枠を超えている。
地位などの不透明なところから見れば俺はただの一般王国民に過ぎないが、透明なところを見れば国側の人間なんだ。
政治や国自体に興味がなくとも、そっぽを向くことはできない。
というか多分、それは今の俺が許さない。
だってこの国を心の底からよりよくしたいと考えている人がそばにいるから。
そして俺はその人のパートナーとして、ここにいるのだから。
「国はどうするつもりなんですか? そのスパイを捕まえる算段を立てているとか?」
「実は、まだ我々はその件に関して動いていないんだ。いや、厳密に言えば”動けない”んだが」
「動けない? なぜです?」
首をかしげる俺にレイムさんが口を開いた。
「証拠が不十分なのだ。そのスパイがいるという情報も不透明なことが多くてな。諜報機関の情報も不審な動きをする集団がいたというだけで、正直今は噂程度にしかなっていない」
「な、なるほど……」
不審な動きをしただけでスパイ扱いか。
その不審な動きの程度にもよるが、いきなりそんな判断を下すのは中々手厳しいな。
国の諜報機関ってのは常日頃から王都内を監視しているらしいから、俺も下手なことをしないように気をつけないとな。
無実でそんな罪を被されたらたまったもんじゃない。
ただでさえ、俺の傍にはソフィアがいるんだし。
「お話はよく分かりました。ですが、俺に協力してほしいことって一体何なんですか?」
聞いた感じ、俺にできることなんてない気がする。
でもこんな時間に国の重要人物二人が失礼を承知の上で乗り込んできているのだ。
俺にしかできないこと……と言えば少し嫌味な感じになるけど、実際そうなのかもしれない。
「ランス殿。ソフィア様の護衛を務める貴殿に折り入って頼みがある」
俺の質問にアルバートさんは真剣な表情で話し始めた。
一瞬たりとも俺の目から視線をそらさず、その鋭い目つきから真剣さが強く伝わってくる。
俺はその目つきにゾクゾクしながらも目を合わせ、「はい」と少し掠れた声で返事をすると、
「貴殿のその類稀なる魔法で、そのスパイを見つけ出してもらえないだろうか?」
アルバートは一言一句噛むことはなく、前に聞いた通りの太く低い声でそう言った。
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