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第29話:勇者と護衛4
しおりを挟む「走るわよセレス!」
「は、はい!」
私たちに残された選択肢は一つしかなかった。
それがただひたすら逃げるのみ。まともに戦って勝てるような相手ではないことは早々に理解していた。
「どう? あいつはまだ追ってくる?」
「は、はい。まだ足音が聞こえるので追ってきているかと……」
何せ暗くて視界の悪い場所だ。少し離れてしまえばたとえドラゴンであろうが姿かたちが一切見えない。
「出口は分かっているのセレス!」
「い、いえ……でもとにかく今はあの黒竜から離れないと」
戻ってきた道を戻ろうとするも途中から訳が分からなくなってくる。
ここまで来たときにいくつかの分岐点が存在したがもちろんどこから来たかは覚えていない。
でも今はただひたすらに逃げる、私にはそのことしか頭になかった。
だがその逃げた先にあったのは……
「……こ、ここって」
「も、戻ってきた……?」
たどり着いた先は先ほどまでいた勇者たちの墓である聖墓があった場所。
どうやら逃げた先は戻っていく通路と繋がっていたらしく同じ場所に戻ってきてしまった。
そしてこの後何度も他の道を試したが結果は同じ。迷宮に入った際に一番気に留めておかなくてはならないことである無限ループに私たちは引っかかってしまったわけだ。
『モウオイカケッコハオワリカ?』
「せ、セレス!」
「……!」
追いかけてきた黒竜がセレスたちの前に立ち塞がり、威圧ある形相で二人を睨みつける。
竜の眼差しはとんでもない威圧を相手に与えるというがそれは本当で見ただけで身震いが起こるくらいだった。
「や、やばいわね……このままじゃ」
「……」
「セレス? ねぇセレスどうしたの!」
「……こ、こ……」
「こ?」
怖かった。物凄く怖かったのだ。
この時の私が今でも鮮明に覚えている。あの竜のとんでもない力を秘めた眼差しを。
最初は身震い程度だった。だが目を合わせていく内に次第にそのただの身震いは恐怖の身震いへと転換し、弱い私を襲った。
「セレス、しっかりして!」
「ハッッ! サーシャ……?」
サーシャの必死な声に反応し、我を取り戻す。
だが手の震えは依然として止まることはなかった。
そんな私の姿を見るとサーシャはとんでもないことを言いだした。
「セレス、あなたはこれを使って逃げて!」
「えっ……こ、これは」
「『宣告の抜け穴』という高位マジックアイテムよ。それを使えばどんなに複雑な迷宮でも抜け出すことができる。特殊な結界さえも潜り抜けられる優れものよ」
「で、でもそれだとサーシャは……」
「私なら大丈夫。なんとか時間くらいは稼げるから!」
勇敢な彼女はそう言うとマジックアイテムを震えた手にそっと乗せた。
「さぁ早く! 私なんかの魔法じゃ数秒しか持たないけどそれくらいあれば十分よね?」
「で、でもサーシャはどうするの!? むしろサーシャが生き延びないと……」
「私なら気にしなくていいわ! こんなスリル二度と味わえないしね」
スリルなんかで片付く話じゃないことくらい私にも分かる。
このまま見捨てて逃げれば間違いなくサーシャは殺されるだろう。
だが、当時の私は自分の事ばかりで手一杯だった。
まだ死にたくない。この生命のやり取りが行われている現場で私は自分の欲求を抑えることはできなかった。
『オハナシハオワリカ? ワルイガワタシモヒマデハナイ。ソウキュウニカタヅケサセテモラウ』
死への宣告。
黒竜が戦闘態勢に入るとサーシャは、
「早くいきなさいセレス! ここであなたまで死んだら……私の立場がなくなる」
「う、うぅぅぅ……」
泣きそうになる私にサーシャは未だかつて見せたことのない怖い顔で、
「早く! もう時間がないのよ!」
催促するサーシャは私はただひたすら……
「ごめん……ごめんなさい!」
私は泣きながら貰ったマジックアイテムを発動。目を焼き尽くすような激しい閃光が私を包み込み、気が付けばホルン山の入り口に横たわっていた。
「……そ、そと?」
ただ一つ分かったことは自分は助かったということだけ。恐怖が一気に無くなり、我に返るとすぐさま思い出したのはサーシャのことだった。
「さ、サーシャ……」
自分の身を犠牲にしてまで助けてくれた彼女のことを思い出し、涙が止まらなくなる。
「サーシャ……サーシャ……」
辛すぎて立てなくなるほどだった。自分のせいで彼女は死んだ……この紛れもない真実が命拾いした私に強くのしかかってきたのだ。
当時まだ心も身体も子供だった私には許容を越えた感情だった。とにかく辛すぎて辛すぎて他の事を考える余裕さえもなかった。
そして私は今までの精神的疲弊と身体的疲労によっていつの間にか気を失ってしまった。
■ ■ ■
―――数日後
「ん、んん……」
「あっ! お目覚めですかお嬢様!?」
「あれ……私は……」
気を失ったはずの私が最初に見たのは見慣れた天井。そしていつも私をよくしてくれる使用人の姿だった。
「せ、セレス! 大丈夫か!?」
「お、おとう……さま?」
「おお……神よ。良かった……」
私の小さな手を握り、涙を流す父。
(ここは……私の屋敷?)
初めは夢かと思った。でもそれはどうやら違うようでそれに気づいたのは握った父の温かみのある手のぬくもりだった。
「わ、私は一体……」
「わ、分からないのか? 自分がなぜあそこにいたのか」
「う、うん……」
父が説明するにあの後私はホルン山の前で気絶していた所を偶然その周辺の調査をしていた冒険者に拾われ、保護されたとのこと。
その後数日間はまったく目を覚まさず、医者も原因不明と診断結果を出したことから父は鬱になってしまい、自室に籠りきった生活を送っていたという。
だからこそ目覚めた私を見るとすぐさま抱き、大粒の涙を流した。
「本当に……本当に良かった」
「ご、ごめんなさい……心配をかけてしまって」
私も父に謝罪をし、共に泣いた。
だがその時、私の脳裏にもう一つの現実が蘇る。
「……サーシャ。お、お父様、サーシャは!?」
「さ、サーシャ様? サーシャ様なら庭に……」
そう聞くと私はすぐさまベッドから飛び降り、庭の方へ走っていく。
いきなりの出来事でポカンと口を開ける父を差し置き、全力で駆ける。
サーシャ……サーシャ!
もし生きているのならそうであってほしい。その真相は庭に着くとすぐに分かった。
「はぁ……はぁ……サーシャ?」
「ん……? せ、セレス?」
庭にはただ一人。豪勢な花壇で植えられた花を見ていた少女の姿が私の目に映る。
「サーシャ……なの?」
「せ、セレス? あなたいつ目覚めて……」
「サーシャ……!」
歓喜のあまり私はサーシャに抱き着く。そしてはしたないまでに大きな鳴き声をあげ、ただひたすら彼女を抱きしめた。
「……良かった、良かったよぉ……」
「な、泣きすぎよ……恥ずかしい……」
顔を赤らめるサーシャはただひたすら泣いて抱き着く私の背中を優しく擦る。
「……で、でもどうして。あの後一体……」
「いや……私もあまり良く分かっていないんだけど。色々あってね……」
後々彼女から話を聞くと私がマジックアイテムを使用し逃げた後、サーシャは決死の想いで杖を構え戦おうとしたという。
だがその時いきなり謎の黒いローブを被った者がサーシャの目の前に現れ、その姿を見た黒竜は何もいうことなくその場を去ったという。
ギリギリの精神で我を維持していたサーシャは助けられた途端に気を失い、気が付けば屋敷のベッドの上だったとそう語った。
ちなみに目覚めたのはほんの二日前のことでこれが彼女が未だ残る記憶の中の全てだという。
でも当時の私にはそんなことはどうでもよかった。ただサーシャが無事だったというだけで他に求めるモノはなにもなかったのだ。
そしてこの出来事を通して自分の無力さ、精神的弱さが痛いほど理解することとなった。
自分自身の無能さが立証された瞬間だったのだ。
(……強くならなきゃ。私がこの人を……サーシャを守れるように)
この事件以来、私は心にそう誓った。
そしてこの強く心に誓った想いが、今の私を作りだす決定的な要因になったのだ。
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