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第9話:始まりの朝
しおりを挟む別称魔王ことイブリス・エルタードは調査のため、王国が誇る超名門魔術学園、ホルン王立魔術学園を受験した。
そして―――
「イブリス、起きてください」
「んー、まだ無理……」
「あなた……今日何の日か分かっているの?」
眠い。いや、言葉にならないくらい。
身体が思うように動かない。その上少しだるさもあった。
「んー、今日は昼頃から幹部会がムニャムニャ……」
「なに寝ぼけてるの。今日は入学式の日でしょ!」
「はっっっ!」
身体が生き返るかのように自然に起き上がる。
そうだ、今日は新入生のための式典。人呼んで入学式の日だった!
俺はすぐさま時計を手にとり、時間を確認。
「うわっ、もうこんな時間かよ! どうして起こしてくれなかったんだリリン!」
「いや……何回も起こしましたよ。中々起きませんでしたけどね」
リリンは一時間ほど前から俺を起こしにきてくれていたらしい。
(くそッ! 昨日夜更かししたことが仇となったか!)
ベッドから飛び跳ねるように起き、すぐに洗面所へ。
高速で顔を洗い、歯を磨く。
いつもなら朝にシャワーを浴びてスッキリするのだが、今回は省略。
黒を基調として赤色のラインが入り、胸元の校章が煌めくそこそこカッコイイ制服に袖を通し、急いで玄関へと向かう。
「イブリス、朝ご飯は?」
「ちょっとキツいかも……新入生は早めにいかなきゃならないから」
「あら、そう。せっかく頑張って作ったのに……」
少し寂しげな顔するリリンを俺は慰める。
「ごめん。明日はしっかり食べるから。じゃ、行ってくる!」
「わかった、私も後からいくわ。バレないように魔王の覇気と角はしっかりと隠しなさいよね」
「分かってるって。じゃ!」
俺は勢いよく我が城から飛び出す。
今更だがイブリス・エルタードは学園に合格することができた。一番精を入れた筆記試験で躓いたのもあり、不安はあったが結果は恵まれることとなった。
嬉しい反面、ほっとした気持ちの方が少し勝っている。
(スタート地点にはなんとか立てた。後は計画通り進めるのみ!)
己に気合いを注入し、学園の正門前へと立つ。
正門前にはハンパない数の生徒が一同に門をくぐり抜けていく。
「ここが人間界の学園……こりゃすごいな」
人の多さだけじゃない。一番驚いたのは種族を超えて交流の場が設けられていることだった。
魔界では種族間交流については推奨しているが、教育機関にまで政策が行き届いているわけではない。
種族間ごとで学ぶことが異なるからだ。
「か弱い人間たちが繁栄し、魔族に対抗できるのもこういう政策が影響しているのかもしれないな」
俺はすぐさま必須アイテム、魔王覚書を取り出す。こういうことも魔界を統べるものとしては知っておきたいことだ。生態調査だけじゃなく政治的政策や財政的問題を知ることも軍や魔界自体を大きくする上で大きなヒントとなる。
「よし。じゃあ早速行くか」
そしてこの日、俺は学園生として初めてこの大きな正門をくぐりぬけたのである。
「さて、入学式が執り行われるのは南端にある大聖堂だったな」
この学園の大講堂は王国はもちろん大陸でも随一の大きさを誇る。なにせ毎年数千人近くの人間がこの学園に入学してくるのだ。ある程度大きい所でやらないと収容しきれない。
そしてこの数千という数字は初等部、中等部、高等部すべての入学者数を合わせた数字だ。その上この学園には大学部もあるので入学者数は他と比べても別格。まさに規格外な学園だ。
「規模だけじゃなく、かなりの魔力を持った強者も多いようだな……」
もちろん誇れるのは規模だけではない。生徒一人ひとりの質もかなり評価されている。
なんていっても熾烈な受験争いを勝ち上がってきた者たち。毎年の如く何万という志願者からたったの数千、学年ごとに言えば数百といったものしか入ることが許されない狭き門だ。
やはりそれなりのスタッツを持ったものしか学園に入ることができないのは紛れもない事実なわけで……
(よくもまぁ2日ほどの猛勉強で受かったもんだな)
今でも少しだけ信じることができない。
「やっぱり人多いな……目がまわりそうだ」
ちなみにだが俺は人生で一度も学校という場に足を踏み入れたことがない。サタニールの血統を持つものは専属の教育師がついており、わざわざ教育機関に行ってまで学ぶ必要など不要だったのだ。
(だから集団生活ってのも不安要素なんだよなぁ)
そんな不安を抱えつつ、講堂の前へと辿り着く。
「ん………あれは」
目の前には誰かを囲むようにして人集りができていた。
そして、
「……あら、あなたは」
さらに背後からは女の声。近くに誰もいなかったことから呼ばれているのは恐らく俺だ。
俺は後ろを振り向く。
「お久しぶりね。何週間振りかしら?」
「お前は……黒髪の女剣士!」
「え、なによその呼び方。私にはセレス・グラムレートっていう名前があるのだけど?」
セレスって名前だったのか……
あれだけ話した割に個人的な事は聞いていなかったことを思い出す。
そう。あの出来事、試験結果開示日から約数週間が経っていた。そして今日この日、再び彼女と今度はひとりの学園生として出会うこととなった。
そしてこれが、人生初めての学園生活初日の早朝の出来事であったのだ。
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