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第7話:まさかの……
しおりを挟むカーテンの隙間から差し込む光が俺を眠りの世界から解放する。
外は快晴。これほどいい天気はないと言った感じだった。
「もう朝か」
今日は運命の日、合格発表日だ。受験が終わり、数週間の時が経った。
波乱の実技試験を終え、俺はこの日までクールダウンに徹していた。
「毎日ダラダラと……少しは身体を動かしたらどうなんですか?」
コタツと呼ばれる異世界の魔道具の中に身を預け、お菓子を食べながらリリンは言う。
「そういうリリンこそ。悪魔大公爵の秘書官とは思えないくらい怠惰じゃないですか」
「私は普段頑張っているからたまには休まないと。秘書官も楽じゃないのよ?」
「それを言うならこちとら魔王やってるんだが……?」
かれこれこんなやり取りが続いて数日。初対面だった俺も何とか馴染めていた。
これから一緒に行動するパートナーだ。微妙な距離感でいても何のメリットはない。
リリンもそれを承知の上だったのか住みたての頃は積極的に話しかけてきた。
「そういえば今日、合格発表よね? 見に行くの?」
「もちろん。見に行かない理由がない」
「まさかの落第ってオチだったりして……落ちだけに」
はいはい。勝手に言ってなされ。
俺は何も言わず、無言のままコタツから出て着替え始める。
リリンは不満そうな表情を浮かべ、
「ちょっと、イブリス。何か言いなさいよ」
「ん? 何か言ったか? すまんな……俺の耳は都合の悪いことは聞こえない仕組みになっているんだ」
「子どもかっ!」
こんなやり取りもまぁ日常となりつつあった。魔界では上司と部下の関係だが、今は共に同じ住処を持ち、学園に入学したら先生と生徒という関係に逆転する。
魔王である俺の立場がガラリと反転するのはいささか腑に落ちないが魔界のためならば仕方がないことだ。
それにリリンは自身の部下でありながら俺よりもずっと大人の人格を持った人だ。一緒に住み始めて分かったのはその面倒見の良さ。対等な関係になった時に初めて感じたのはそういう彼女の母性本能というか、女性らしい一面だった。
この一面は上司と部下の関係では決して見られないものだ。
(ま、逆にうるさいと言ってしまえばそこまでなんだが)
俺は素早く着替え、受験関係の書類を持ち玄関へ向かう。
「じゃ、行ってくる」
「ええ。いい報告待ってるね」
その純粋で可愛らしい笑顔に少し照れてしまう。それはサキュバスとしての演技が反映されたものではなく本当に自然に作られた笑顔だった。
そんな彼女の笑顔を後押しに俺は学園へと走る。
正直、不安だった。受かれば天国、受からなければ地獄が待っているという分かりやすいもの。
いっそのこと人間どもをマインドコントロールして強制的に合格にしてもらおうとか考えることもあったが、そんなことをしては王国軍に嗅ぎまわされる上に大きな罪悪感が残ることだろう。
(魔王が罪悪感なんて気にする時点がおかしいけどな……)
ということで俺は正々堂々と勝負をかけた。
学園へはすぐに到着。結果の開示まではあと1時間ほど時間に余裕があった。
(あと1時間か……その間に学園内の散策でもしてみるか)
他に行くあてもないので開示時間まで時間を潰すことにする。
それに今のうちに土地勘を把握しておくのも大切だ。暇な時間が作れるのならそれは自身の目的のため最大限に活かしてきたい。
「さて……まずはどこから行こうか」
俺が辺りをキョロキョロし、行動も模索をしている時だった。
「ねぇ、ちょっといいかしら」
(う~んまずは一番人が多く来そうな場所を積極的にリサーチした方が……)
「ねぇ、聞いてる?」
(いや、観察スポットを探すのもいいな。今のうちに学園を一望できる場所を探すのも……)
「ねぇー!」
「うあっっ!?」
耳元で大声を上げられ、飛び跳ねるようにして驚く。そして気が付いた時には目の前に女の顔があった。
「やっと気が付いたわね」
「い、いきなりなんですか! 耳元で大声出して……」
「なんですかはこっちのセリフよ。私が呼びかけても返事しなかったからでしょ?」
「え? 呼んでたんですか?」
「はぁ……声すら届いていなかったのね」
呆れた顔をして話す一人の女性。見た目はかなり若々しい。年も人間換算で言うと同じくらいだろう。
「あのそれで、俺に何か?」
「ええ。ちょっとこっちに来てもらえるかしら」
「えっ、ちょ、ちょっとー?」
俺はそのままで腕を引っ張られ、誰も寄り付かないような狭い校舎裏へと連れていかれる。
「ここなら大丈夫わね」
「あの……そろそろ離してもらえないですか?」
凄く力強く引っ張られたためか袖の部分がシワになってしまっていた。
……これ一応俺の一張羅なのに。シワ取るの意外と大変なんだぞ!
まぁこの一言を初対面の相手に言えることはなく、心中に留める。
にしても強引な女だ。
一体俺に何の用が……
だが俺のその疑問はすぐに解決する。
彼女は腕を組みながら話し始める。
「早速だけど単刀直入に聞くわ。あなた……何者なの?」
「そりゃまお……やべっ!」
「まお……?」
危ない危ない。危うく正体を言ってしまう所だった。
「いや、何でもない。何者かって? ただの学生だ。厳密には合格すればの話だけど」
「合格すれば……? じゃああなたは今まで何をして生きてきたの?」
何をしてと言われてもなぁ……まったく見当がつかん。
ただ前にグシオンは人間界には子どもでも鍛冶の仕事を任せる風習があることを聞かされたことがある。魔界では鍛冶師の手伝い、または仕事は未成年の者では一切ことにあたることはできない。
グシオンから聞いた時は驚いたものだ。
(思いつくのはこれしかないな……)
「か、鍛冶師の手伝いをしていた」
俺は自身に人間界での設定を追加する。
「鍛冶師の手伝い……? あなた、鍛冶師の子どもか何か?」
「え? あ、ああ……まぁそんなところだ」
「ふぅーん。鍛冶師の子があんな戦闘ができるなんてね」
「戦闘? なんのことだ?」
「あら、もう忘れたの? 私は見てたのよ観客席から」
(観客席……? あっ……!)
そのワードで一気に記憶が蘇ってくる。そう、それはあの時、実技試験の時だ。
自分の試験前にちらっとみた実技試験の最中、この女はそこにいた。
印象深いあの黒髪、そして人間とは思えない驚異的な戦闘力。少し時間が開いてしまったのですぐに思い出すことはできなかった。
間違いない、こいつは……
「黒髪の……女剣士!」
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