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第5章 おっさん、優勝を目指す
第115話 信じぬくココロ
しおりを挟む俺は今まで他の誰かを信じるということを知らなかった。ただ己の力だけを信じ、今までを生きてきたのだ。
だが俺はアロナードに入って、そして、レイナード・アーバンクルスという一人の魔術講師と出会ってから今までの考えが少しずつ覆されていった。
それはいい意味でも、悪い意味でもだ。
でも……悪い気はしなかった。
仲間を信じ、仲間のために自分の力を使う。
その時に得られる達成感や称賛された時にそこはかとなく湧き出てくる嬉しさという感情。
いつしか俺はそんな感情に身を委ね、仲間意識というものが少しずつであるが芽生えていったのだ。
恐らく半年ほど前の入学したての時の俺からすれば想像もつかないことだっただろう。
だけどそれはもう過去の話。
今は、ただ俺と言う男を信じてくれる仲間とそれを教えてくれた一人の魔術講師のために力を振るうだけ。
そして真っ向から立ち向かうんだ。目の前で堂々と余裕をかまして仁王立ちする”聖剣使い”ってやつに……
♦
「バリアを張ったか。だがその程度の防壁では……」
「ああ、貴様の一撃は食い止めきれないだろうな。だが……俺はそう簡単に負けるつもりはない。最後の最後まで足掻いてやるさ」
鋭い眼でバトスを睨み付け、威嚇。
それを見るとバトスは高笑いしながら、
「そうかそうか、それは結構なことだ。だがいくらタフなお前でもこれをまともに受ければ塵一つ残らないぜ?」
「覚悟はある。だからこその防御策だ」
こうは言っても俺は初めから負けるつもりはない。ただ、これは大きな賭けになる。
下手すれば……
「本当に塵一つ残らないかもな」
だがそこまでを覚悟と賭けをしなければこいつには到底勝てない。
実力だけで言えば次元の違いってやつが明らかだった。
だからこその決死の策。
俺の固有能力を最大限に活かした博打の一撃。
これに全てを賭ける。
バトスは無数の魔法陣に囲まれ、ただ俺を卑下するように見下ろす。
「中々楽しかったぜ、”普通”の人間にしては」
「……」
沈黙。ただ俺はその一瞬、勝つための最善の一手を打つことだけに集中していた。
そしてその行為に対を成すかのようにバトスは余裕そうな笑みを浮かべ、魔力を完全開放する。
「……じゃ、これで終いだ。くたばれぇぇぇ!」
発動。無数の魔法陣から照射型のビームが次々と俺を襲う。
「くっ……!」
なんて重い一撃。俺たちは今までこんな奴らと戦ってきたのか?
その脅威から放たれる一撃を真向から受け、身を持って痛感する。
「だけど……俺は!」
覚悟は決まった。俺は勝つために全力を尽くす。
そう、俺を信じてくれている全ての人の為に。
「……術式、解除!」
俺は自らの身を守る全ての防壁を解除。全方位より放たれるビームを身体ごと受ける。
「ッッ!? ビームを身体ごとだと? お前……死ぬぞ!」
俺のまさかの行動にバトスは動揺を隠せなかった。
だけどそれこそが俺が望んでいた契機。
そして待ってましたと言わんばかりの行為だった。
「耐えてくれよ、俺の身体!」
固有能力『吸収転換』がフルに発動。バトスの一撃を全て吸収する。
「バカな……俺の魔法を吸収しただと!」
身体が暑い。まるで業火の炎に焼かれているような感じだった。
今にも暑すぎて身体の内側から壊れてしまいそうな……それほどの魔力が俺の体内で踊り続ける。
「根性を見せろよ俺。勝ちたいんだろ?」
自己暗示し、自分の身体に鞭をうつ。
そして重い身体を歯を食いしばりながらも支え、拳を握る。
「今度はこっちの番だ……いくぞぉぉぉぉ!」
地が割れるほど蹴り上げ、上空にいるバトスへと一気に距離を詰める。
「なにっ!?」
「お前は俺の力を過小し過ぎた。そして、お前の一番の敗因は……」
拳に吸収した魔力を全て込める。
そしてその莫大な魔力を込めた拳を振り上げながら、
「俺の戦意を、最後まで見抜けなかったことだ」
振り下ろす拳。
その一撃はバトスの腹部に命中し、そのまま一直線に地面へと殴り落とされる。
なすすべもなく地面へと叩きつけられ、バトスはこう一言呟く。
「そうか……これが」
リング外へと突き落とす豪快な一撃は地に穴を開けるほどだった。
会場内が一瞬だけ静寂の空間と化す。
そして数秒経った時、そっと司会者が口を開き始め勝敗のジャッジを下す。
『じょ、場外! ガルシアの勝利です!』
会場は再び盛り上がりを取り戻し、それと同時に勝ったという達成感が心の底から湧き上がってくる。
クラスメイト達もすぐにリング上にいる俺の元へと駆け寄り、絶え間ない祝福が俺の心を満たしていく。
俺は……あいつに勝ったんだ。
その真実だけが俺に説得性を与える。
俺は今まで他の誰かを信じることを知らなかった。
でも今は違う。今日この日、次元を超えた勝利を手にしたことで俺は自らの心の変化に確信を持てるようになった。
自分のみならず人を信じるココロを持つこと。
この体験は俺にとってかけがえのないものとなるだろう。
そして、これからもこの出来事を忘れることはない。
俺が、後に多くの人を守る魔術師となって誰かのために力を振るい、その生涯が尽き果てるその時まで。
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