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第5章 おっさん、優勝を目指す

第110話 繋ぐ一手

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 アロン魔道技術祭決勝戦最終競技、総合競技の一試合目が歓声とともに始まった。
 先鋒戦。我々1年A組からはリーフ、そして3年A組からはベルニアという男が選出。両者とも初手からいきなり中位魔術を発動し、腹の探り合いはなしで激闘を繰り広げていた。

「≪ウインドシーカー≫!」
「≪アンチマジック【氷壁】!」

 風魔法を得意とするリーフに自衛魔術が豊富なベルニア、攻防戦はより激しさを増していた。

「さすがに守りが堅いですね……」
「ああ……見た目とは裏腹にな」

 彼の持つ聖剣デュランダルは強大な力を持ち、破壊力のみなら聖剣の中でも群を抜いた能力を持つとされている。
 だがベルニアとかいう聖剣使いはただひたすらに力任せに突っ走る野蛮人というわけではなかった。
 見た目だけで判断すればパワー型の戦士だと推測できるが、実際は聖剣に蓄えられている膨大な力によって生み出される防壁層を自在に操ることができる防御の名手。いわゆる盾役が彼の本業というわけだ。

「でもあの豪快な剣さばきで盾役って……信じられない」

 ハルカが不意にこう呟く。
 そう、彼の強みはただただ防御が手厚いだけじゃなく状況に応じて戦闘スタイルを変えることができるということだ。
 例えば相手が守りの姿勢に入り隙を見せた途端、誰もがあっと驚くような豪快な一振りを次々に見せたり、相手の力量などを図る時には自慢の守りを駆使しながらジワジワとダメージを負わせるという器用なこともできる。

 戦況に応じた臨機応変さ……これこそがあのベルニアという男の真の強みなのだ。

「相手としちゃ、かなり厄介だが……」

 それでも俺はリーフを信じていた。彼女も彼と同じように頭の冴えた戦闘スタイルをクラスの誰よりも得意とする。
 正直、リーフの繰り出す一撃一撃はそこまで驚異的なものじゃない。彼女は元々治癒系と支援魔術を専門に勉強していたからだ。
 唯一攻撃魔法として風属性、またはその派生の魔術を使えるだけで攻撃魔術を得意とはしていない。現に先ほどリーフが発動させた中位の属性魔術≪ウインドシーカー≫はそれなりに戦闘を得意とする者に対応するべく俺が直々に指導をした風魔術だ。

 戦闘能力だけで結論を出してしまうとすれば、リーフはあのベルニアという男には勝てない。
 だがリーフにはそれをカバーできるほどの”頭脳”がある。これは単純な頭の良さではない。
 ここぞという時に神業な対応を、しかもベストなタイミングでそれを行使できる才能が彼女にはあるのだ。

「大丈夫だ。お前ならきっと……」

 今の俺はただ見守ることしかできない。この日までの間に俺はできる限りの事はしてきたつもりだ。
 そして優勝できるポテンシャルを持ったクラスにまで近づけ、それを今実現しようとしている。
 聖剣使いという強大な相手を前に俺は、俺たちは試されているのだ。


 ■ ■ ■


「……くっ、攻撃が全然通らない!」

 リーフは苦戦を強いられていた。時には聖剣を、時には魔術と迅速かつ丁寧な対応をするベルニアに。
 
「もう終わりですか?」

 自分の身体以上に巨大な聖剣を片手に持ちながらリーフの元へと近づく。

「まだ……まだです! 私はまだやれる!」

 流れは完全にベルニアに向いていた。本来ならいるはずの仲間が今ここにはいない、そんな状況下でリーフは歯を食いしばっていた。
 自分の得意とする支援魔術は必要とされない一対一の決闘デュエル、今まで自分が経験してきた立ち回りとは桁違いに異なるものだ。

 それでも……

「勝ちたい……私は勝って、次に繋げたい!」

 力で押さえつけられても気持ちだけは決して潰されることはなかった。仲間を想う気持ちはクラスの誰よりも強かったのだ。

「……一撃ならダメなら手数で」

 リーフは属性魔術≪光輪の雨≫を発動。光の矢が次々とベルニアは襲い掛かる。
 だがベルニアは何も臆することなく聖剣を構え、光の雨を切り裂いていく。

「まだ……まだよ! ストレンジマジック≪聖母の慈愛≫!」

 魔術強化系の魔術を自信に付与、自分の持つ魔力を糧としつつも≪光輪の矢≫を絶え間なく詠唱する。
 それにより光の矢は強化、閃光の矢として再びベルニアを襲う。
 これにはさすがのベルニアも、

「くっ……身を呈してまで攻めに来ましたか。ならばデュランダル!」

 デュランダルの魔力を自身の周りに防壁として展開、一種のバリアを構築。完全にベルニアの動きは止まり、大胆な隙が出来た。
 
(動きが止まった。今なら!)

 リーフは突如として魔術詠唱を中断、移動強化魔術≪クイック≫を発動し一気にベルニアへと詰める。
 
「ま、まさか……!」

 唐突なリーフの行動に戸惑い、判断の鈍さが生じる。だが冷静さを取り戻した時にはもう既にリーフは自身の懐にいた。

「油断しましたね、動きが完全に止まりました」
「あなたは……待っていたのですか? 私が防壁を張るのを……」

 リーフはただ無言で頷き、杖をベルニアの腹部へと向ける。
 彼女は気づいていた。彼の絶対的な自衛能力の弱点を。そしてそれが自身の拘束、つまりは動けない代償としてデュランダルより絶対防壁を授かるというものだった。
 聖剣といえど完全な万能武具ではない。やはり何かの代償があって力というものは解き放たれる。

 リーフは短時間の間でそれを全て知った……ただそれだけのことだったのだ。

 静寂に満ちたこのアリーナでリーフは一人の男に杖を構える。
 そして静かに詠唱した。

 ≪ブローカーウィンド≫

 超近距離から放たれた風魔術はベルニアを宙高くへと吹っ飛ばし、そのまま場外送りにする。
 ほんの数秒の出来事だった。観客もバトルジャッジも何が起こったか分からないという顔を次々に並べ、ただ一つ理解できたことはベルニアが場外で横たわっていることくらいだった。

 そして一分ほど間が空き……

『しょ、勝者、リーフ選手----!』

 バトルジャッジの判定と共に歓声が蘇る。
 クラスの連中も大盛り上がりだ。

「あの聖剣使いを……すごい、すごいですよレイナード!」

 興奮を隠せないレーナ。そしてリーフはリング上から笑顔を俺の方へと向けてくる。
 俺も例の如く堅い笑顔で返し、勝者を迎える。
 
 こうして、総合競技先鋒戦は我々1年A組が勝利を収めたのだった。
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