元英雄でSSSSS級おっさんキャスターは引きこもりニート生活をしたい~生きる道を選んだため学園の魔術講師として駆り出されました~

詩葉 豊庸(旧名:堅茹でパスタ)

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第4章 おっさん、祭りに参加する

第87話 過去のわたしと今のわたし(2)

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 私は死んだ。

 車に轢かれそうになったおばあちゃんの身代わりとして。
 その22年と言う一生に終わりが告げられたのだ。

 そう、私は死んだ……そのはずだった。







 身体が重い。なんか風邪ひいた時のような怠さに近い感覚だ。
 でも手足に感覚はある。動かせるし、特別痛みもなかった。
 
(あれ……わたし……)

 この時、私はすぐに異変に気付いた。
 
 自分は……死んだはず。なのに……
 感覚が……神経が通っているのを感じる。そして心臓の細かな鼓動がドクンドクンと強く脳内に響き渡る。

(やっぱり……おかしい)

 でも……

 生きていた時の鈍りはまだ残っている。

(少し不安……だけど……)

 私はその瞑った瞼をそっと開く。

 すると目に映ったのは見慣れない天井、そして私はキングサイズのベッドの上で一人ポツンと横になっていた。
 
(こ、ここは……)

 ゆっくりと身体を起き上がらせる。不思議だ、事故に遭ったはずなのに痛み一つない。
 傷も、それらしき痕跡も身体のどこを見ても見当たらなかった。
 
「私は……うっ、頭いたっ!」

 ただ少しばかりの頭痛が私を襲うだけ。それ以外は目立った外傷はない。
 
(一体……どういう)

 冷静に考え、一旦情報を整理してみる。

「私は確かあの時おばあちゃんを助けようとして……それで」

 撥ねられた。そしてそのまま意識を失ったのだ。
 もちろんそれ以後の記憶は微塵も残ってはいない。
 ただ今自分脳内にインプットされている記憶は老婆を助け、車に轢かれそうになる直前までのことだった。

「それにしてはここは日本……って感じの家づくりではないわね」

 かといって外国であるはずもない。もしかすると天国? と思ったりもしたが死者の世界にしてはリアルなのでそれはないと踏んだ。


 ああ、もうどうなってるのぉぉーーーー!


 段々頭の中が混乱し、情報の整理ができなくなってくる。

 ただ一つ分かるのは誰かに助けられた、ということだけだった。
 服もなんだかよくわからないどこかの民族衣装みたいなものに着せ替えられている。
 
「と、とりあえず今はここがどこかを調べないと……」

 身体を横に傾け、ベッドから出ようとしたその時だった。


 ―――コンコン

 
 扉をたたく音。誰かが部屋に入ってくるようだ。
 
「は、はーい……」

 さすがに無言はまずいかと思い、返事をする。

 
 すると返答と同時に扉がギギギっと開扉し、


「あら、もう目覚めていたのね」

 
 そう言って中へと入ってきたのは一人の女性の姿だった。
 サラサラとしてそうなライトブラウンの髪を後ろで一つに束ね、そのサファイアのように碧く澄んだ瞳は私を一瞬で虜にした。

(……き、綺麗な人……)

 今時の女優さんですらここまで美麗な人は見たことがなかった。たったコンマ何秒、その女性を見ただけで美しいという感性を一瞬で受け入れた。
 いつまで見ていても飽きない……そんな風に表現しても足りないくらいだ。
 
「気分はいかが?」

 その女性は私に尋ねる。

「あ、はははい! だだだ、大丈夫れす!」

 なぜか締め付けられるような緊張が私を襲い、一言言うだけで噛んでしまった。
 
(ああ、もう……なんやっているの私)

 恥ずかしくなり、赤面する私を見て女性はうふふと笑う。
 笑った姿ももちろん美人……というかどちらかと言うと可愛かった。

「ここは私の所有する屋敷の中だから気楽にしていて大丈夫よ」
「は、はい……」

 屋敷ってことはこの人は結構なお金持ちってことなのかな。
 確かにお金を持ってそうな雰囲気はあった。

 女性は窓際のカーテンを開け、日差しを部屋の中へ入れ込む。
 
「……それにしても驚いたわ。あんな所で気絶していたものだから」
「き、気絶?」
「ええそうよ。この近くにあるハーバーの森で倒れていたのよ。覚えてないの?」
「は、はい。全く……」

 私は首を縦に振り、頷く。

「ということは気絶する前の記憶もなかったりするの?」
「いや、それは。……あれ?」

 私はこの時、数分前の自分を疑った。


 記憶が……ない? 思い出せない!?

 
 さっきまで脳内に残っていたはずの記憶が綺麗さっぱり失われていた。もう何の記憶ですら覚えてはいない。
 ただ何か忘れているような……という不確定な感覚しか残っていなかったのだ。
 
(あれ……? おかしいな……記憶が)

「どうかしたの?」

 顔を覗き込みながら心配そうに見つめる女性を見てとりあえず「いいえ」と答える。
 でもどうしてなんだろう……さっきまで確かに残っていたはずのものがもう私の中から消えている。
 
 私……どうなっちゃったの……?

 自分の心に恐怖に近いような不安が募っていく。
 どこかも分からない場所で目覚め、記憶もない。知識も知恵もないまま真っ暗な暗闇の世界に放り出されたような気分だった。
 あまりにも無理がある表現だが他に言葉が見当たらない。

 次第に身体が震え、心が衰弱していく。
 
「あ、あなた大丈夫!? 身体が震えているけど……」
「は、はい……すみません、なんかいきなり怖くなって……」

 今の私は一人でいることすらも怖かった。そして本当の孤独というのはこういうものなのかと身に染みて実感する。
 すると、

 ―――ギュッッッ!


「……えっ」
 
 
 唐突すぎて肌と肌が触れ合うまで気づかなかった。
 女性は私の身体をいきなりギュッと強く抱きしめる。

「大丈夫……大丈夫よ」

 彼女はひたすらそう私に問いかけ、背中をそっと擦る。
 気が付いた時には私の目からは大量の涙で溢れていた。
 孤独と言う辛さ、そして言葉で伝えられないほどの暗く先の見えない苦しみ。それを一挙に抱きしめられたかのような安心感に満ちたこの感覚が私の弱った心をそっと抱擁する。

「……ん、んん……」

 私はひたすら泣いた。まるで生まれたての赤ん坊のように。
 でもそれは今の私にとってはこの上ない幸福だった。闇に閉じ込められた私を光が救ってくれたのだ。
 
 

 ■ ■ ■




「……すみません。取り乱してしまって……」
「気にすることないわ。記憶もなく路頭に迷っていた自分に恐怖を感じるのは恥ずかしいことではないわ」

 そういうと女性は優しく微笑みかける。
 
「……あ、そういえば自己紹介がまだだったわね。私はフィーネ。あなたは?」
「……ミ、ミキです」

 互いに自己紹介を済ませる。
 フィーネ……さんか。名前も可愛らしいなぁ……

「えっとあの……フィーネさん」
「フィーネでいいわよ」
「えっ……いやさすがに初対面に相手に呼び捨ては……」
「別に気にしないわ。私はお堅いお付き合いよりストレスのないお付き合いの方が好きなのよ」
「そ、そうなんですか……」

 その美貌だけじゃなく中身も私の理想とする人物そのものだった。寛大で人との関係に優劣をつけない。そしてこんな身元も知らない女を匿い、助け、砕けて接するよう言う器の大きさ。
 私はこの時に彼女への憧れが芽生え始めたのだ。

「あ、あのフィーネさん!」
「どうしたの?」
「あの……その、助けていただいたお礼に何かお手伝いをさせてくれませんか!」
「お手伝い……?」
「はい! なんでもします! 助けられたままじゃなんかスッキリしなくて……」
「あらそう? それなら……」

 と言ってフィーネは差し出してきたには一枚の薄っぺらい紙切れだった。
 
「こ、これは?」
「私が学園長を務める学園の講師と事務員募集の案内よ。今学園の事務員とどの分野の講師も不足していてね。困っているのよ」
「学園長って……フィーネさん先生だったんですか!?」
「ええ。まぁ先生と言っても学園長だから直接生徒に指導したりとかないんだけどね」

 なるほど……確かに先生というのはものすごく納得がいく。まさに教育の場の長を務めるにはもってこいの人材。
 まだたったの数十分足らずの関係だけどすぐにそう思う事ができた。

「それで……どうかしら? 人に教えるのが苦手なら事務係でも全然いいのだけど」
「や、やらせていただきます! その……私、医療に関しての知識はあるので!」

 私はすぐに決断へと至った。医療の知識……これはなぜだが分からないが頭の片隅にひっそりと残っていた。なぜ自分がこんな知識を持っているかは分からない。
 ただ……私がいま手元にあった唯一の財産はこの医療と言う名の知識だけだったのだ。

「あらそうなの? それなら医務室の専属講師をお願いできるかしら? ちょうど適任を探していたの!」
「も、もちろんです! 頑張ります!」
「それじゃ、話は決まりね」
「よろしくね、ミキ」
「は、はい。宜しくお願いします!」


 こうして私はフィーネの計らいで学園の医療講師に赴任した。
 この世界が異世界という自分の生きていた世界とはまた別の時空に存在する場所だと知ったのもそれからずっと後のことだった。

 そして現在。私はアロナードという大陸でも名の誇る大規模な総合魔術学園の医務室の番人として沢山の生徒たちの医療に携わっている。
 
 何も知らない世界、死んだはずの自分に新たな居場所を与えてくれたのは紛れもなくフィーネ学園長だった。
 数年ほど経った今でもそのことは鮮明に覚えている。
 多分一生忘れない……自分の人生の新たな道筋をくれたかけがいのない記憶として私の中に残り続けることだろう。

 私、ミキ・カルサワの一生の宝として。
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