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第1章 おっさん、魔術講師になる

第10話 突然の申し出

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 見覚えのない男にいきなり声を掛けられた。

 長身でブロンド髪のイケメン青年だ。
 服装から察するに……おそらく魔術講師だと推測できる。
 少し違うが、俺の魔術講師用の制服と似た物を着ていた。

「いきなりお声がけしてすみません。お隣、よろしいですか?」

 俺の嫌いなタイプの男がこちらに近寄ってくる。

「ちょっと待ってくれ」
「はい?」

 謎の男は首を傾げ、こちらを見てくる。

「悪いが、オレは君の事を知らないのだが……」

 そう言うと謎の男は驚きの表情を見せ、

「えっ!? ワタクシをご存じないと?」

 いかにもあり得ないみたいな表情をされたので試しにレーナにも聞いてみる。

「お、おいレーナ。彼のことは知っているのか?」
「え、ええ……もちろん……お隣の1年B組の担任講師、ラルゴ・ノートリウム先生よ」
 
 隣のクラスにもかかわらず全く認知していなかった。というか興味がない。
 レーナの喋り方に少し違和感があったが、知らない人ではないらしい。
 
 すると、そのラルゴという男は、

「そのとーり! ワタクシは1年B組担任の人気魔術講師、ラルゴ・ノートリウムその人であります!」

 かなり盛大な自己紹介をかましてきた。
 なるほど、レーナの喋りに少しばかりの戸惑いがあったのはこれだったのかと察した。

(というか、自分で人気講師とか言う時点でまともじゃないよなぁ……)

 心中ではこう思いながらも、ラルゴに何用か聞いてみる。

「それで、その人気魔術講師様がオレに何の用だ?」

 するとラルゴは『ふっ』と笑みを浮かべ、

「よくぞ聞いてくれました。レイナード先生!」

 いちいちリアクションがデカいのが腹立つ。
 会って数分だが、既に俺の気力と体力が無くなりつつあった。
 突っ込むのも面倒なのでとりあえず黙っておく。

 そしてラルゴは、

「レイナード先生、あなたはどのようにしてワタクシみたいな人気を得たのです?」
「は? どういうことだ?」
「貴方の魔術指導に関する噂は生徒や講師陣から常々聞いております。普段は怠惰でまともに授業などせず、自習しかさせない貴方がなぜそこまで人気を得ることができるのですか?」

(こいつ……)

 まったくその通りなのだが、なんか腹の立つ言い回しだ。
 特に最後の辺りとか軽く侮辱されている気がして気分が悪い。
 だが、俺はいい年をした大人だ。こんな若造の挑発に乗るほど廃れてはいない。
 怒りを押し殺し、彼の質問に答える。

「別に特別なことはしていない。勝手にあいつらが騒いでいるだけだ」

 しかし彼は信用できないのか真っ向から否定してくる。

「そんなはずはありません。何か秘密があるのでしょう? 今まで人気はワタクシの独壇場であったのにいきなり貴方が現れ、人気を奪い取っていくくらいなのですから」

(はぁ……面倒な奴だな)

 顔には出さないが、絡んでいて凄く疲れる。
 隣に座っていたレーナもさすがに苦笑いでさっきから一言も言葉を発していない。
 どうやら俺はとてつもなく面倒な奴に目を付けられたようだ。

「本当に何もない。魔術発動の感覚を少しだけ教えただけだ」

 というか正直、俺は人気などどうでもいい。ほしけりゃくれてやりたいくらいだ。
 毎日疲れるし、やっと得た休息の時間もこいつ含め、色々なやつに潰されるし、碌なことがない。

「そんな……たったそれだけでワタクシは人気を奪われたのですか……」

 ラルゴはその場で落胆する。
 まぁ確かに、不動な物だと思っていたものが突然奪われたらそうもなるだろう。
 俺には関係のない話だが。

 そうこうしている内に休息時間の終わりが迫ってきていた。
 講師は授業だけが仕事ではない。雑務やその他諸々の面倒くさいものが山ほどあるのだ。
 やりたくないのだが、やらないとフィーナが乱入してくるのでやらざるを得ない。
 俺は重い腰を上げながら、

「レーナ、そろそろ行くぞ。雑務が山のように残っている」
「あ、はい! 分かりました」
「というわけでラルゴ先生。またどこかで」

 俺とレーナが去ろうとするとラルゴは、

「お待ちください」
「ん? 今度はなんだ」

 俺とレーナは足を止める。
 ラルゴはゆっくりと身体を起こし、俺の目を見て話してくる。

「ワタクシと、勝負していただけないですか?」
「……は?」

 突然の申し出に俺もレーナも言葉が出てこない。
 そういえば学生時代に何度か勝負を挑まれたことがあることを思い出した。
 破格の能力を持っていた俺を快く思わない上級生たちが何度か勝負を持ち掛けてきたのだが、ことごとく返り討ちにしたのを薄らとだが覚えている。

 飛び級をしなかったのもそのためだ。
 講師には飛び級を強く薦められたが、上級生と一緒にいると常時面倒なことが起こりそうだったので断った。
 所詮、学生時代に習う魔術なんてたかが知れている。
 俺からすればお遊びに等しいものだ。飛び級をしたところで何も変わらない。

「悪いが、そんな暇はないんだ。勝負はできない」

 面倒なので丁重にお断りする。
 だが、彼は真剣な表情で再度懇願する。

「頼みます……! ワタクシと勝負してください」

 さっきとは全く違った態度に少しだけ動揺する。
 彼の眼を見るからに心の底から俺と勝負がしたいようだった。

「なぜそこまでオレと勝負がしたいんだ?」

 俺は理由を尋ねる。

「貴方が人気を博せる理由を魔術を介して知りたいからです。人気があるということはそれなりに理由があると思います。それを知りたいんです」

 ここでレーナが手を挙げ、言いたいことがあると伝える。

「どうした? レーナ」
「あ、はい。ラルゴ先生、貴方はなぜそこまで人気にこだわるんですか?」

 おお、さすがレーナ。いい質問だ。
 確かに俺も気になってはいた。
 さっきから執拗に【人気】というワードが出てくるからだ。

 この質問にラルゴは、

「ワタクシにとって人気は名誉なのです。自分から人気をとればワタクシに残る物は何もありません。講師として慕われなくなったら終わりだと思っています」

(そんな大袈裟な……)

 だが、理由は分かった。
 自分の名誉が傷ついたということでプライドが許せないのだろう。
 そう思えば俺はとことん被害者なのだという事がよく分かった。
 意図的にこいつのプライドを傷つけたわけでもないし、正直断りたい。

 だが、こいつの表情から察するに引き下がる気配も見当たらない。

 致し方ない。余計こいつのプライドが傷つくかもしれんが……。

「分かった。勝負を受けよう」
「ほ、本当ですか!?」
「ああ」

 嬉しそうな表情を全面に出すラルゴ。
 そしてすぐ準備するということで颯爽とその場を去っていく。

「はぁ……」
「ふぁ、ファイトですよ! 先生!」

 深い溜息をつく俺にレーナはいつものような明るい笑顔で鼓舞する。

「ああ……」

 
 彼女のその笑顔は、今の疲れきった俺にとって一つの癒しとなっていた。
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