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12話 旅立ちの朝

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 朝は生きている限り、誰にだってやってくる。
 一日の始まりを告げるその瞬間は、怠惰な俺からすればあまり好きなものではないのだが、今日だけは違った。

 今日の朝は、俺にとっては特別な朝なのだ。

「アリシア、登録申請書は昨日の内に出しておいた。後はギルドに行って、カードの発行をしてもらえれば手続きは終わりだ」

「ありがとう、父さん。色々と頼んでごめん」

「気にするな。我が子が今後の人生を決する大きな決断をしたんだ。親にはその決断を支える義務があるからな」

「アリシア、朝ごはんはどうするの~?」

「もちろん、食べるよ。まだ出発まで時間があるし」

 朝から繰り広げられる家族との会話。
 今までは当たり前のようなことだったけど、今日から当分なくなると思うと、少し寂しくなってくる。

 俺はいつものようにテーブルの方へ行くと、新聞を読む父さんの対面に座る。
 父さんは毎日出勤前に新聞を読むのが日課だ。

 父さん曰く、世の中を知るためには新聞を読むのが一番いいんだと。

 いつもは新聞を読むことに夢中で朝食を取る前はあまり会話がないのだが、今日はいつもより早く新聞をテーブルの上に置くと、俺の方へ目線を向けてきた。

「アリシア、単刀直入に言うが……本当にいいんだな?」
 
 いつにも増して真剣な顔で。
 一変たりとも表情を変えずに、父さんはそう言ってくる。

 俺は迷わず首を縦に振った。

「うん。もう決断したからね」

「高等部に行くという選択肢もあったのだぞ? こういうことを言うのもあれだが、お前はまだ子供だ。独り立ちをしたいのだったら、高等部卒業からでも遅くないと思うのだが……」

 独り立ち。
 俺が決めた大きな決断とは、冒険者となり、旅に出ることだった。

 俺はあのアルゴとの一戦のあと、自分なりに考えたのだ。
 
 自分の今後を考えて、どの選択が一番いいか。

 高等部に行って引き続き、学生として過ごすか。
 冒険者となって、旅に出るか。

 楽に過ごしていきたいのなら、迷わず前者を選ぶ。

 でも、俺は知った。
 
 自分の持つ能力の一片を。

【経験力】

 この恩恵は新しいことを経験していく度に自分の能力として吸収できる異質なものだ。

 まだこの恩恵がどういうものかは把握しきってはいないけど、今後俺が成長するにはこれを最大限活用する必要がある。

 と、なれば必要なのは経験。
 自分の可能性を広げてくれるプラットフォームが必要だ。

 高等部に行ってたとしても、ある程度の経験は得られるだろう。
 でもそれ以上に色々なことを教えてくれるのはこの世界そのものだ。

 この世の中にはまだ俺の知らないことが数えきれないほどある。
 
 前にレイヤさんが言っていた通り、経験はより人を強くすることができる。

 であるなら、どっちを選べばいいかなんて考えるまでもない。

 今の俺が次のステップに行くには、より多くの経験を積むことができる後者を選ぶほかないのだ。

「確かにもう少し学生でいたいという気持ちはあるけど、それ以上にこの世の中をもっと知りたいんだ。自分が成長していくためにね」

「……そうか。お前はそこまで言うなら止めはしない。が、慣れるまで辛い道のりになるぞ。冒険者といっても全員が全員満足の行く暮らしができているわけじゃない。中には生きていくだけで精一杯の者もいるんだ。学生たちからすれば、冒険者という職業は美化されがちだが、実情は甘くないぞ」

 現役のギルド職員からそう言われると、より一層重みを感じる。
 多分これは脅しでもなんでもなく、本当のことなのだろう。

 冒険者と言ってもピンキリだ。

 良い暮らしができている人もいれば、一定水準以下の暮らししかできない人もいる。

 でも一度決めたことは曲げたくない。
 
 どんな困難があろうとも俺は――

「まぁまぁその辺にしなさい、あなた。アリシアが自分で考えて決めたなら、それでいいじゃない」

 朝食の用意を済ませた母さんが料理をテーブルへと運んでくる。
 
「だ、だが……」

「貴方も親なら覚悟を決めなさい。親には我が子の決断を支える義務があるんでしょ?」

「ぐ、ぐぬぬ……」

 母さんに言いくるめられる父さん。

 父さんの言っていることは決して間違ってはいない。
 父さんの言う通り、俺はまだつい最近中等部を卒業したばかりの子供だ。

 決断するにはまだ早い時期だろう。
 
 でも息子としては非常に嬉しいことだ。
 それほど俺のことを想ってくれている、ということだからな。

「ほらほら、そんな怖い顔してないで朝ごはんにしましょ」

「あ、ああ……」

 渋々受け入れる父さん。
 そんな父さんを後目に母さんがウインクしてくる。

 そして全ての準備が整い、母さんも椅子に座ると。

「さぁ、みんな手を合わせて……いただきます!」

「「いただきます!」」

 手を合わせ、挨拶をすると。
 いつもと変わらない、賑やかな朝食が始まった。

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 次回で短編版は完結になります!
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