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三章 「刻印消し」

35.破滅の兆し

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「にしても風呂だけでこんなに種類があるとはなぁ」
「くだらん、やはり愚族の考えることは理解不能だ」
「それはいいすぎだろ……」

 俺たち一行は都にある温泉施設へと来ていた。クローネのお墨付きでやってきたこの施設だがとにかく広い。
 人も多いし、逆に疲れがたまりそうな感じだった。

「メロ、次はあのお風呂に入ろ~!」
「あっ、ちょっとクロ。待ってよぉ~」
 
 でも彼女たちはご満悦な様子。久々に二人の素の笑顔が見れて少しホッとした。

「どこかへ行ってのんびりするなんていつぶりだろうな」
「……」
「なぁボル。ってお前……」

 話しかけても返答がなかったので視線を向けるとボルは当然のように本を片手に持ち、黙読していた。

「ここまで来て本かよ……お前すごいな」
「……」

 ああ、ダメだ。完全に自分の世界に入ってしまっている。
 にしてもこいつの本への愛情はとんでもないものだな。悪霊にでも憑りつかれているんじゃないか?
 
 今に始まったことではないが、毎度毎度その姿を見ると溜息が出てしまう。

「二人とも何しているんですかーーー? 次に行きますよ~~」

 遠くからクローレが俺たちに呼びかけている。
 俺はよいしょと腰を上げて、返答。

 ボルにも声をかける。

「ほら、呼び出しだ。行くぞ」
「……ちっ」

 やっぱりクローレの呼びかけには応じるんだな……
 もはやもうクローレにこいつの世話をしてほしいくらいだ。

「二人ともはやく~~~~」
「今行くから待ってろー」

 でも、いい傾向なのは間違いない。
 一匹狼ならぬ一匹竜人族のボルが他人に心を開くってことはね。

 俺は内心、安心しつつも彼女たちと共に温泉を満喫した。

 ♦

「あー、気持ちよかったあ!」
「でしょ! また来ようよ」
「うん!」

 時刻は夕暮れ時。俺たちは帰途を辿っていた。
 俺は人混みによる人酔いでヘトヘト。
 ボルはなんともない感じだったが、ずっと俺の方を睨んでくる。

「実に無駄な時間だった。後で覚えておけよ」
「なんでだよ。行くって言ったのはお前じゃないか」

 女性陣二人が温泉の余韻に浸っている中、俺たちは例の如くいがみ合っていた。
 でもそうは言ってもなんだかんだでボルも最後まで付き合ってくれた。

 勝手に帰るんじゃないかとか思っていたから少し驚きだ。

「どうだ? 魔力は回復したか?」
「とうにしている」
「なら明日からでも出発できそうだな。あの二人もだいぶリフレッシュできたみたいだし」

 この前メロディアが言っていた最果ての神殿とやらがどういう所かは分からない。
 あの二人の刻印と俺たちの刻印についての手掛かりがあればいいんだが……

「そういえばレギルスさん。例の神殿にはいつ出発するんですか?」
「明日からでも出発しようと思っていたが、厳しそうか?」
「いえ、私は大丈夫ですよ」
「私も問題ありません」
「よし、なら決まりだな。恐らく屋敷(ここ)に戻ってくるのは当分先の話になるだろうからしっかりと準備しておいてくれ」

「はい!」と二人は元気よく返事をする。
 
 俺も今日中に魔道具の整理と準備をしないと――

「おいレギルス」
「なんだよ――ん?」

 ボルに声をかけられると共に一瞬だけだったが、不吉な感覚が脳裏を過る。
 
(なんだ、この悪寒は……)

 感じたことのない気配、しかも複数。
 これは――囲まれている?

「メロディア、クローレ。ちょっと待て」
「……はい? どうかしましたか?」

 俺はすぐに前方に歩く、二人に止まるように指示を出す。
 そしてボルと共に二人の前方に出て、周囲を見渡す。

「やはり、誰かいるな」
「ああ、しかもかなりの数だ。前に来た雑魚魔術師共と同じ匂いがする」

 未だにクローレとメロディアは気が付いていない様子。
 理由は恐らく、認識低減の特殊魔法を施しているからだろう。

 かなり極限にまで気配を消している。俺たちでなければ誰も奴らに気づくことはできないだろう。
 
「二人とも一応戦闘態勢を整えておけ」
「せ、戦闘態勢? なぜですか?」
「誰かに見られている。恐らく前に屋敷を襲撃した奴らの仲間だろう」
「そんな……でも周りには誰も……」

 でも現実に俺たちは複数の目でじっと見られている。
 俺たちには分かる。どんなからくりを施そうが賢者候補たる我らには効果は為さないのだ。

「二人とも下がっていろ。メロディアは念のため、リフレクターを発動できる状態にだけはしておくんだ。できるな?」
「は、はい! 大丈夫です」

 よし、なら後はコソコソと小癪な真似をする阿呆共を火焙りに――

「あーあ、どうやら気づかれてしまったようですね」

「……誰だ?」

 声のした方向は俺たちのいる所から左やや前方。
 そこの木陰から白いローブに身を包んだ一人の男が姿を現す。

「お前か。俺たちを陰から見ていたのは」
「ああ、そうさ。でも驚いたよ、まさか聖女の加護が通じないなんてね」

 聖女の加護? こいつは何を言っているんだ?

「聖女の加護ってまさか……」
「知っているのか?」
「はい。でもあの組織は壊滅したはずじゃ……」

 壊滅? どういうことだ?
 
 話が全然読めない。だがクローレの青ざめた顔を見る限り、只者ではない様子。
 
 それに、奴からは不穏な匂いがプンプンしてくる。
 前に来た魔術師とはワケが違うほどにだ。
 
「ボル、行けるか?」
「余裕だ。あんな雑魚、速攻で塵に変えてくれる」
「あまり油断はするなよ。何を仕掛けてくるか分からない」

 油断は禁物。たとえ相手が格下であろうが関係ない。
 力量が分からないうちはたとえ俺たちであっても下手な行動は慎む。

 賢者候補たる者、油断はすることなかれ。
 
 バル爺の言っていた言葉がふと脳内に蘇ってくる。

 だが奴らは一行に攻撃をする気配がない。
 むしろその逆、なんだか時間を稼いでいるかのような感じだった。

(どういうことだ、なぜ攻撃をしてこない?)

 ボルもおかしいと感じのかあえて攻撃をしなかった。

 すると、白ローブを着た男のすぐ背後にいた魔道兵が彼の耳元で何かを囁く。
 それを聞くと、男はニヤリとしながら俺たちを見てきた。

「お待たせしました。これより皆さんをとある場所はご案内したいと思います」
「おい、それはどういうことだ。お前たちは何者だ? 目的はなんだ?」
「それは後で存分に説明しますよ。まずはあなた方を我が地母神元へと迎え入れなければなりません」

 その時だ。突如周りに大きな魔法陣が現れ、俺たちを包み込む。
 
「何、この光……きゃあっ!」
「……転移魔法か!」
「ちっ……」

 光は激しさを増し、目を眩ませるほどまでに。
 そして白ローブの男は不吉な笑みを浮かるとこう言い放った。

「あなた方を招待致します。この世界に蔓延るあらゆる万物が眠る場所……」

 そう、最果ての地にね。
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