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二章 「回想」

27.転移

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 眩しすぎるほどの日光が疲れ切った身体に追い打ちをかけてくる。
 今俺がいるのは約束の地であるアルスラーン大神殿の門前。集合時刻より5分ほど早く着き、二人を待っている所だった。

「家の片づけ、結構かかったな……」

 俺はメリッサ宅を去った後、自分の住む学寮に足を運び準備を済ませに行った。
 相変わらず散らかりを極めた自室を整理するのに時間と体力を浪費し、気が付けば集合時刻が迫っていたということで急いできたのはいいものの……

「誰もいないとは……もう5分前だぞ」

 大抵集合と言われたら10分前にその場所にいることが普通であり、常識のはず。
 少なくとも俺はそう思っていたが……

「遅くなってすまないのレギルス」

(ん? この声は)

 声のする方向に視線を向ける。
 すると、

「く、クソが……」

 目に入ったのはボロボロの身体でバル爺に担がれているボルの姿だった。
 その光景に瞬時に判断することができず、戸惑う。

「ば、バル爺、これは一体……」
「よし、これで二人とも揃ったな」

(おいスルーかよ!)

 平然な顔し、説明を始めようとする大賢者バルトスクルム。
 ボルがボロボロになっているのはおおよそ察しはつくが、そこまでするかというくらいの傷が身体に刻み込まれていた。

(ボルのことだから激しく抵抗したんだろうな、多分……)

 ボルは俺以上に異界転移の件について苛立ちを見せていた。
 バル爺によればその理由を聞きだすために夜の神殿に単身で乗り込んできたボルを、返り討ちにしたということらしい。

「神殿に勝手に入った罪は大きいぞボルゼベータ。他の大賢者が見ていたとなればその場で処刑という結果もあり得る話じゃ。勝手な行動は慎め」
「慎めだと? どうせ異界にこの”バカ”と一緒に放り出されるくらいなら死んだ方がましだ」
「おい、バカって誰のことだ」
「貴様しかいないだろう。このバカが」
「なんだと? もっぺん言ってみろ」
「ああ、何度でも言ってやる。このバカが」
「くっ!」

 あの決闘(デュエル)以来、ボルとの対立は激化するばかりだった。内容はともかく会話をするようになっただけでも進歩したと言えるべきだが逆に前より面倒なことになったのは言うまでもない。
 今までお互い面と向かって話してこなかったので気づかなかったが、話し始めてすぐに分かった。

 俺とこいつは根本的に相性が悪いと。

 ボルとの言い争いは続く。

「元はと言えば貴様が悪いのだ。なぜあの時に反論しなかった?」
「できるわけがないだろ。バル爺に盾突いているお前の方が問題だと思うがな」

 さらに激しさを増す言い争い。
 そんな様子をバル爺はじっと見つめると、

「コホン! お主ら、それくらいにしておくのじゃ」

 わざとらしい咳払いで俺たちの争いを止める。

「本当にお主らは仲が悪いの。もうちっと仲良くできんのかね」

「「無理!」」

 ほぼ同時に否定し、バル爺は困惑した顔を見せ溜息を吐く。
 仕方ないんだ。もうこれは理屈でどうにかなる問題じゃない。
 いわゆる生理的に無理ってやつだ。

「はぁ……とりあえずお前たちには転移先でそういう所も直してもらわないとな」
「転移先……じゃあ本当に」

 嘘だと信じたかった。
 だがバルトスクルムは真剣な顔をして、

「ん、まさか冗談だと思っていたか? ワシは嘘はつかぬよ。お前たちには転移先である試練を成し遂げてもらう」
「ある試練だと?」
「そうじゃ。まず手始めに準備を行うとしよう。二人とも手の甲をワシの手の下に差し出すんじゃ」

 バル爺は何も言わずに手を差し出すように要求してくる。
 俺はすんなりと手を出したが、ボルは中々その要求を呑まなかった。

「早くするのだボルゼベータよ。いつまで頑なになっておるのじゃ」
「何をする気だ。事によっては……」
「いいから出すのだ。危害を加えるようなことはせん」
「ちっ……」

 舌打ちをしつつもようやく手を差し出し、バル爺は何かの術式を唱えだす。
 するとなんということか。俺たちの手の甲に一つの紋様が浮かび上がり、煌びやかに光りだしてではないか。

「こ、これは……」
「賢者の刻印……だと?」

 その激しい光と共に現れるは一つの刻印。賢界ではメルツとも呼ばれている。
 本来は名誉の証として授かるはずのものなのだがこのメルツは雰囲気が少し違った。
 
「バル爺、このメルツは……」
「これは試練の刻印。通称『制約の刻印』と呼ばれているものだ。お前たちの知る名誉の刻印とはまた別のものだな」
「制約の刻印だと? どういうことだ、この刻印を押して我らを異界に飛ばしてどうするつもりだ」
「そう焦るでない。今から説明する」

 そういうとバル爺は異界に転移させる理由とこの刻印が指す目的について話し始めた。
 そして今まで謎に包まれていた真実が少しずつ明らかになっていく。

「……賢者会議で決議されただと?」
「他の大賢者様もそういったのですか?」

 俺たちの問いにバルトスクルムは首を縦に振る。
 バル爺の話を端的に説明するならば俺たちの異界転移は大賢者たちが集い、議論を交わす場である賢者会議によって決まったことだという。

 しかもその理由は単純で俺たちの精神的な水位が周りの賢者候補と比べて圧倒的に低いからということから決まったことらしい。
 なんでも大賢者になり得るほどの素質を持っているのにも関わらず精神的欠陥によって台無しにしているとかなんとか。
 
 あまりにも勝手な理由過ぎて納得どころかその場で異論を唱えたいくらいだった。
 
「もっと明確な理由があってのことかと思いましたがどうやらそうではないようですね」
「まぁお主たちからすれば納得のいかない点も多いことだろう。だが我々大賢者にとっては重要なことなのだ」
「なんでです? 俺たちを無理に教育せずとももっと有能な候補が……」
「それではダメなのだ」

 なぜか? という問いをする前にバルトスクルムが補足する。

「今の賢者候補たちは正直に言って力不足の者が多い。昔とは違い、賢者候補たちの質は落ちていくばかりだ。その点、お主らは底知れぬ潜在能力を持っている」
「……で? だからどうしたというのだ」
「だからこそ、お主たちのような力を持つ者には特別な授業を施すよう決めたわけじゃ」
「ふざけるな! それは貴様ら賢者たちの都合だ。我には関係はない」

 今回に限ってはボルの意見に共感。さすがに理由としては弱すぎる。
 納得しろと言われても厳しい。

「バル爺、いやバルトスクルム様、さすがにそれでは……」
「分かっとる。だがこれはもう決定事項なのだ。お主らも分かるだろう、賢者会議での取り決めは絶対だということを」
「……」

 確かに一度賢者会議で取り決めたことは決して下ろすことはできない。
 バル爺も実際の所はこの件については反対だったのだ。
 
 だが止めることはできなかった。
 
「言い訳をするのならこういうことじゃ。お主らには悪いことをしたと思っとる」
「……バル爺……」

 バル爺の目に嘘偽りはなかった。
 よくよく考えてみればこの人がそんな提案をするわけがない。
 
 するのは大賢者の中でも不動の地位を得ているものたち。俺たちのような見習いではお目にかかることすら困難な賢界で最高峰の力を誇る賢者たちだ。

 そしてこの手の甲に刻まれし刻印は次世代の賢者たちを育成するべく作られたもの。
 
 俺とボルはその賢者としての潜在能力の高さから実験台として選ばれたわけだ。

 もちろん精神的欠陥の改善という理由もあるらしい。

「すまん、二人とも。そして頼む、異界へいってこの刻印を消してきてくれ。顛末を聞けば納得がいかないかもしれないが逆に捉えてこの実験が成功すれば大賢者としての道が広くなる。デメリットばかりではないことだけ言っておこう。だから頼む!」

 非常に勝手だ。だが俺たちは責めることができなかった。
 あのボルですら黙ってぴくりとも動かなかったほどだ。

 そう、なぜなら目の前であの大賢者と呼ばれし御方が見習いごときに頭を下げてまで頼んでいるのだから。
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