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一章 「二人の少女」
13.屋敷
しおりを挟む「お~い帰ったぞ。ん……?」
夕暮れ。俺たちは帰途で食事を済ませてきたので少し遅い帰りとなった。
そしていつもの如く宿屋の二階へと上がっていき、自室の扉を開けると大量の荷物を纏めるボルの姿があった。
「やっと帰ったか。貴様も早く支度を済ませろ」
「はい? 支度ってなにさ。それにこの荷物は……」
ボルは俺の顔を見るなりふぅーっと深く息を吐き、
「……撤去だ」
「え?」
「聞こえなかったか? 今すぐ撤去だ。先ほど宿の主から命令が下された」
「は、はぁ? お前撤去って……宿代は?」
俺はここ数日、諸々の理由で宿代を代わりに支払っておくようボルに言いつけてあった。
お金も十分なくらいの額を渡し、ボルに任せていた。
のだが……
「おいボル、一応聞いておくが渡した金はまだ手元にあるんだよな?」
「……」
「おーい」
「……」
そう聞いてもボルは何も言わない。おまけに目線まで俺から逸らし始めた。
どう見ても怪しい。
「おいまさか……」
俺はすぐさま物置部屋(ボルの書斎でもある)を見に行く。
扉を開き、真っ先に目に入るのは山積みになった大量の書籍たち。
しかもその数が前より増えていたことで俺の予想は確信へと変わった。
「ボルゼベータさんよ、これは一体どういうことですかね」
「どういうこととは?」
「お前この期に及んでシラを切るつもりか? なんだよこの本の山は! 前より増えているじゃないか!」
「ふん……それのどこが悪いと言うのだ。たまたま街を歩いていたら素晴らしい本たちに出会ってしまった、他に理由はあるまい」
「はぁ、それで解決すると思っているお前に脱帽だよ。本が増えても住処を失っちゃ意味ないだろうが」
こう強く言ってもボルは目を逸らしたまま動かない。
確かにこの男は住処だろうがなんだろうが何より優先するのは本に関連することだけだ。その次に来るのはプライドか自らの目的といったところか。
悪いように言えばひん曲がりの癖の強い性格の持ち主であるといえるがいいように言えば自らの信念はどんなことであろうと貫くという厳格な性格の持ち主でもある。
でもさすがに宿代の支払いくらいは真面目にやってくれているだろうとは思っていた。
だがそんな信用は見事に打ち砕かれ、もはや呆れてしまうほどだった。
「これからどうするつもりだよ。まさか野宿とか言わないだろうな?」
「それは問題ない。代わりの場所はある」
「代わりの場所?」
「ああ、俺がこの街へ来てからよく使っている場所だ」
(よく使っている場所だと……?)
思い当たる節はない。基本的に行動を共にしている俺たちは互いの情報はできるだけ共有しようという運びで日々を過ごしている。
こんなボルでも俺に隠し事は一切しない。必ず何かしらのメッセージを残してどこかへと消えていく。
「とりあえず付いて来れば分かる。早く支度を済ませろ、外にいる」
ボルはただその一言だけを述べ、大きな布で纏められた荷物を持つ。
そして俺とすれ違う時、ボルは小声で一言。
「おいレギルス、そこにいる女二人も連れてこい。いいな?」
そう言い放つとボルは部屋から颯爽と出て行った。
(ボルが他の人間も連れてこいだなんて……珍しいな)
ボルは基本的に人との関わりを避ける。真の理由は分からないが、前にちょこっと聞いた時には「不要だからだ」の一点張りだった。
だいぶ前にパーティーメンバーを部屋に呼ぼうとした時なんか頑なに拒絶したくらいだ。
そんな男が初めて人を連れてこいと言ったのだ。
それと、これはあくまで俺の推測なのだが昨日辺りからずっとボルはメロディアの方を見ていたような気がする。
何か首を傾げ、気になるような素振りを見せていた。
(まさかボルはメロディアのことを……?)
いやいやあいつの限ってそれはないな。断じて!
人との関わりすら避ける男が恋愛のことに意識を持っていくとは到底考えられない。
「―――何かあるのは間違いなさそうだな」
俺はボルの言う通り、二人についてくるよう伝える。
その後、すぐに支度を済ませ宿屋を後にした。
♦
「おいおいマジかよ……」
「す、すごく大きい……」
「豪邸ですね……」
日も落ち辺りが暗くなった頃、俺たちは一軒の豪邸の門前にいた。
ここは都ゼヴァンから少し離れたコレア平原という地帯。かなり広い平原でよく探索クエストなんかで訪れたがこんお屋敷があったというのは知らなかった。
「こんな場所にこんなもんがあったとは……驚きだ」
「しかもかなり年期が入ってますね。誰かが住んでいるような様子もないですし……」
「なんか不気味な気配があるわねこの屋敷……」
確かに不気味……というか外観は幽霊屋敷その者と言った感じだ。
まぁ時間帯が夜だっていうのもあるし、古さが際立っているからこそそう見えるのだが。
(というか勝手に入っていいのか?)
まず疑問に思ったのはそこだ。もしかしたら立ち入り禁止区域っていうのもあり得る。
だがボルはそんなこともお構いなしに、
「おい貴様ら何をしている。早く入れ」
まるで自分の家であるかのようにズケズケと屋敷の中へと入って行く。
「お、おい待てよボル!」
俺たちもその後を追うように中に入る。
すると、
「あれ……電気が点いている?」
「外で見た時は電気点いていなかったわよね?」
中に入るとその外観に似合わない豪勢な装飾品で彩られた景観が目に映る。
内装は外装とは違い、廃れている様子はあまりなく放置されてあるのが不思議なくらい綺麗に整備されていた。
「結界か?」
「ああ、外に光が漏れないように光彩を遮る結界を一帯に張った。ついでに人払いの結界も」
「徹底してるな……」
こう見えて用心深いのもボルの良い所と言える。日常生活を送ることに関してはてんで合わないが、戦闘時には心強い相棒として頼りになる存在だ。
(戦闘時のみでなら……の話だけど)
とりあえず荷物を……っと思ったその時ボルの口から、
「レギルス、ちょっと来い」
「ん……?」
小声で誘引。メロディアたちの目を盗んで階段裏へと誘い込まれる。
「いきなりどうしたんだ? 俺はこの荷物を……」
「貴様は気がついていないのか?」
「は? 何を?」
俺にこの問いにボルは目の色を変え、息を吐く。
そして数秒ほど間を開け、こう話す。
「あのメロディアとかいう女の首元にある……あの刻印の存在を」
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