57 / 65
55.レオスの指導
しおりを挟む「いいか? そもそも童貞ってのはなぁ……」
「お、おいレオス」
「ん、なんだ? 質問するにしちゃあまだ早いぞ」
「いや、そうじゃない。俺が言いたいのはそんなことを聞いて何のためになるんだってことだ」
こう言うのも俺は物事を合理的に考えてしまう癖があるからだった。
軍人のサガと言えばそれで話は終わってしまうのだが、具体的な理由を述べられば戦場では常に合理的かつ迅速な現場対応が求められるからである。
まぁ一言でいえば、不要因子を省いて必要因子だけを残す戦い方というものを軍人には求められるということ。
要するに戦場において目的にそぐわない行動は不必要だということである。
別に俺は性に関してまったく興味がないわけではない。
生物学上では俺も彼と同じ男性に属するものだし、前に相部屋だったとある男が軍に入る前にこっそりと持ち出してきた"卑猥な本"を見せてきて、情けないことに見入ってしまったという過去もある。
だから決して関心がないわけではないのだ。
それに、彼の言い分も少し理解できる。
何故なら我らが居る駐屯所には女性の軍人が誰一人もいなかったからだ。
性を持て余すとはよく言ったもので、時折どこからか嘆きの声が聞こえてくることもあった。
性的欲求に忠実なのは別におかしな話じゃない。
だがな、正直なところ……
(俺たちが今考えるべきことはそこじゃないだろ!)
……と、思うのが俺としての意見だった。
俺たちは常に死と隣り合わせの環境に身を置いている。
気を抜けば確実に死ぬのが俺たちの生きている世界なのだ。
それに、もう一つ俺が快く思わないことがあった。
それはこのレオスの発言がまるで生きる続けることを諦めたかのように聞こえたからだ。
いつ死んでもおかしくないから生きている内に童貞を捨てたい。
詰まるところ、彼はこのような考えのもとで童貞喪失願望を言っていると推測できる。
が、それは同時に生きることを諦めたとも捉えることができる。
俺の考え方が堅いのか分からないが、たとえ冗談でもそういう風に反応してしまう。
コミュニティーが崩壊したあの日から、俺は生に関して敏感になっていた。
戦争が終わり、生き残って帰れたのなら女を抱く機会なんていくらでもある。
なのにお前は生きることよりも性的欲求を優先するのかって、そう思ったからこその発言だったのだ。
……と、こんな思惑が俺の脳内を駆け巡っている時にレオスは、
「な、何のためって。そりゃあもちろん、今後のお前のためさ」
「俺のため?」
「ああ、そうだ。さっきの反応を見る限り、お前は自分の置かれている立場を理解できていない。このままじゃヤバイとも知らずにな」
「な、なんだと?」
余計なお世話だと言えば話の決着はつくのだろうが、何か含みがあるように言われてしまうと先が気になってしまう。
確かに俺は他人と比べれば性の知識は乏しいさ。
だけどそれが俺の今後と何の関係が……
「ふん。その顔だとなぜヤバイかすらも理解できていないようだな。まったく、お前はエロスを何だと思っているんだ」
「いや、別に何とも思っていないんだが……」
「ま、俺は親切な男だ。今回だけは特別に教えてやる。何も知らぬ者に知恵を与えるのも知識人の役目だからな」
(む、無視かよ。しかも自分のことを知識人って……)
「じゃ、早速だがお前にはエロスがどういうものかを知ってもらおう。それを知らないと童貞であることがいかに罪深きことなのか理解できないからな」
「……そ、そうなのか?」
「そうに決まってんだろ! まずエロスがなければ生命は誕生しないんだから」
「は、はぁ……」
適当に聞き流し、適当に返答する。
もう何だかいちいち反応するのも疲れてきた。
ここはいっそ諦めて彼の話を聞くことにする。
(はぁ……なんか熱く語り始めたし、長くなりそうだな)
その予測は見事に的中し、俺はこの後、完全に日が落ちる時まで彼の熱弁に付き合うこととなった。
で、長々と彼に性的知識を教え込まれ数時間後。
「――という理由があるから童貞であることは罪なのだ。どうだ、少しは自分の立場の危険性を理解したか?」
「あ、ああ……した、かもな」
すまん、レオス。全く理解できなかった。
むしろ眠気の方に気を取られて話が全然入ってこなかったし。
だがレオスは満足そうな笑みを浮かべて俺の肩をバシバシと叩く。
「そうかそうか。ならばこれでもうお前は大丈夫だ。これからは気に病むことなく生きていくことができるだろう」
「お、おう……そうか」
別に初めから気に病んでなどいないのだが……というツッコミはしないようにする。
また面倒なことになりかねないし。
「……にしても、お前は何でそこまで童貞を捨てるのに拘るんだよ。別に今じゃなくてもいいだろ」
溜息を漏らしながらそう聞いてみると彼は突然、
「そりゃあ夢だからに決まってんだろぉぉぉ!? 恥ずかしいこときくなよっ!」
唐突に大声で性的な願望を求める理由をまき散らすレオス。
生憎周りには人は誰もおらず、第三者に聞かれることはなかったが、なんかすごく恥ずかしい気分になった。
俺は彼の一言にすぐに反応し、
「は、はぁ? 夢だと?」
「おうよ。俺には20までには童貞を捨てたいという夢があるんだ。それ以上でもそれ以下でもない」
自信満々に胸を張りながらそういうレオス。
だが俺からすればあまりにも中身のない夢に少し驚いてしまった。
まさか性的欲求を満たすことだけのことを夢と称すなんて……
「お前、夢って……。しかもこんな時によくそんなことを大声で口にできるよな」
「悪いかよ。男なら当然だろ?」
「当然って……」
もう、なんか何を彼から学ぼうとしていたのかすらも分からなくなってきた。
ただ、少なくとも俺は”当然”だとは思っていない。
これだけは言える。
「俺は絶対に相手を見つけて童貞を捨ててみせる。だからレオス、お前も俺と一緒に童貞を捨てる努力をしようぜ! な?」
「あ、ああ……そうだな」
もうこの時の俺の返答には何の意味もない。
ただただ、相手に合わせて言葉を発しているだけだった。
(はぁ……この意欲を目の前のことに向けてくれれば助かるんだけどな)
そう心の中で思いながら、俺は彼の話を頷きながら聞き流す。
こうして、俺はレオスと共に童貞を捨てる努力をすることとなった。
多分この環境から抜け出さない限り、未来永劫そんな日はこないだろうと、そう思いながらも。
0
お気に入りに追加
2,553
あなたにおすすめの小説
システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。
大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった!
でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、
他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう!
主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!?
はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!?
いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。
色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。
*** 作品について ***
この作品は、真面目なチート物ではありません。
コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております
重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、
この作品をスルーして下さい。
*カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。
転生したらチートでした
ユナネコ
ファンタジー
通り魔に刺されそうになっていた親友を助けたら死んじゃってまさかの転生!?物語だけの話だと思ってたけど、まさかほんとにあるなんて!よし、第二の人生楽しむぞー!!
幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~
朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ
お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。
お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない…
そんな中、夢の中の本を読むと、、、
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――
王女の夢見た世界への旅路
ライ
ファンタジー
侍女を助けるために幼い王女は、己が全てをかけて回復魔術を使用した。
無茶な魔術の使用による代償で魔力の成長が阻害されるが、代わりに前世の記憶を思い出す。
王族でありながら貴族の中でも少ない魔力しか持てず、王族の中で孤立した王女は、理想と夢をかなえるために行動を起こしていく。
これは、彼女が夢と理想を求めて自由に生きる旅路の物語。
※小説家になろう様にも投稿しています。
元34才独身営業マンの転生日記 〜もらい物のチートスキルと鍛え抜いた処世術が大いに役立ちそうです〜
ちゃぶ台
ファンタジー
彼女いない歴=年齢=34年の近藤涼介は、プライベートでは超奥手だが、ビジネスの世界では無類の強さを発揮するスーパーセールスマンだった。
社内の人間からも取引先の人間からも一目置かれる彼だったが、不運な事故に巻き込まれあっけなく死亡してしまう。
せめて「男」になって死にたかった……
そんなあまりに不憫な近藤に神様らしき男が手を差し伸べ、近藤は異世界にて人生をやり直すことになった!
もらい物のチートスキルと持ち前のビジネスセンスで仲間を増やし、今度こそ彼女を作って幸せな人生を送ることを目指した一人の男の挑戦の日々を綴ったお話です!
ボッチの少女は、精霊の加護をもらいました
星名 七緒
ファンタジー
身寄りのない少女が、異世界に飛ばされてしまいます。異世界でいろいろな人と出会い、料理を通して交流していくお話です。異世界で幸せを探して、がんばって生きていきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる