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53.作戦変更

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「全く……こんなところで堂々とサボりとはいい度胸をしているな」

「「……」」

 俺たちはただ無言で地に伏しながら男を見上げる。

『見つかった』

 俺たち二人の脳にはこの事実だけが深く刻まれていた。

 しかも実に最悪なタイミングだ。

 あともう少しで脱出成功というところまできて、見つかってしまうなんて……
 
 それに、全く気配も感じなかった。
 
 後ろへの視界が完全になかったとはいえ、近づく者がいれば足音ですぐに分かる。

 特に俺はそういう”音”関連には敏感な方なので、気づくのも早い部類に入る。
 
 だがこの男の気配は……全く掴めなかった。

(くっ、ここまで来て見つかるなんて……)

 俺の頭脳は脱出のことよりも、この状況をどう打開するかに全てを注ぎ込んでいた。

(どうする? 今なら逃げられるか? いや、それはさすがにリスクがあるか……)

 変装をしていても怪しまれたらそこで全てが終わる。
 ここでもし無言で逃げ出せば、後はもう敵兵との追いかけっこ。

 無事に振り切れれば問題はないが、逆に捕まれば死は免れない。

 要はこの選択が俺たちの生死を分ける。

 だからこそ、下手な手を打つことはできないのだ。

(くそ、どうすれば)

 唇を噛みしめ、険しい表情を浮かべながら策を考える。
 
 と、その時。
 
「おい、いつまでそこに突っ伏しているつもりだ。早く立て」

 男が早く起き上がるよう、指示を出してくる。
 俺たちは何も喋らず、身体を起き上がらせて軍服についた砂をパッパと払った。

 すると男は続けて、

「お前ら、どこの隊の所属だ?」

 口を開き、出てきた言葉は所属する分隊の確認だった。
 所属を聞いてくるということはまだ怪しまれていないということ……なのか?

「いや、自分たちは隊に所属しているわけじゃ……」

 質問に対し先に口を開いたのはレオスだった。
 少しだけ喋り方にぎこちなさがありつつも、表情は一切変えなかった。

「ん、隊に入っていないだと? ということは単独兵か?」
「ま、まぁそういうことになりますかね。あはは……」

 レオスが何とか誤魔化そうと必死になってくれている。
 俺も何か喋らなければ……とは思ったが、中々言葉が詰まって出てこない。

 すると男の目線は急に俺の方へシフトし、

「お前もそうなのか?」
「えっ、俺……ですか?」

 いきなり話を振られ、少し戸惑う。

「俺ですかって……この場で他に聞く相手って言ったらお前しかいないだろう」
「あ、そ……そうですよね! すみません……」
 
(あーもうなに言ってんだオレは……!)
 
 脱出を成功させるために常に頭をフル回転させていた俺の脳は今の出来事を許容できずにいた。
 
 一言で言えばパンク寸前だということ。

 普段の戦場では決められた任務を決まられた行動でこなすだけなので、頭をフルに使うような場面がそうない。

 だから俺にとっては初めての感覚だった。

 気がつけばもう次の一手を考え始めている。

 今もそうだ。

 この状況を変えるにはどうしたらいいかとさっきからずっと無意識に考え込んでいた。
 
 人間の情報処理には限界がある。

 脳では分かっていてもすぐに言葉として出てこない時があるのはその限界点を越えているためだ。

 そして俺は今まさにそんな状況に陥っていたわけ。

「ま、今はそんなことはどうでもいい。それよりお前ら、いきなりで悪いが少し手伝ってもらいたいことがある。一緒に来てもらおうか」
「えっ、それって……」

 唐突な命令に首を傾げるレオス。
 すると男は頭をポリポリと掻きながら、

「野営用のテントを立てるのに人手が足りないそうなんだ。今日は全員、ここで野宿することになっているからな」
「の、野宿!? な、なんで……」
「補給物資を積んだ馬車の損傷が思った以上に激しくてな。今日中に森を抜けることは困難だと判断したためだ」
「じゃ、じゃあ今日はここで一晩を過ごすわけですか?」
「まぁ、そういうことになるな」

 その後も淡々と説明を受け、聞くところによると既に戦闘は終わっているようだった。

 さっきまで戦場と化していた場所に悠々とテントを立てるってことは、もう他の連中は……

「くっ……!」

 レオスもそのことに気がついたのか唇を噛みしめ、表情を険しくさせる。

(いやでも待てよ? この状況……もしかすれば)

「……てなわけで、お前たちにはテント張りをお願いしたい。こんなところにいたということはどうせロクな任務も与えられなくて暇だったんだろう?」
「い、いや……俺たちはそんな――」
「いえ、まったくもってその通りです」
「ッ……!」

 一つだけが案が浮かび、ついに俺は口を開いた。

 俺はレオスの肩を軽くポンと叩き、言葉を遮る。

 そして俺は一歩前に出ると、

「俺たちはただ戦況を確認せよとの命令しか受けていませんでした。ですが現場に着いた時はもう既に戦闘は終了しており、帰還命令が出るまでここで待機していたというわけです」
「ふむ……。では、今は誰の管轄下にも入っていないと?」
「はい。一応上官には任務を完遂した後、帰還命令が出るまで現場の指揮に従えと言われております」

 適当にそれっぽいことを言って、相手との話の筋を合わせる。

 そしてレオスにだけ分かるように目元を少し歪ませ、意思疎通を図る。

(頼むレオス、気づいてくれ。今はこいつの言う通りにするのが最善なんだ!)

 今の状況、下手に逃げようとするより従った方が後々逃げられるチャンスも増える。
 それに、相手の口ぶりからして相手は俺たちのことを怪しんでいる気配はない。

 完全に味方兵だと思い込んでいる。

 ならその騙しているという状況を上手く使い、敵の輪の中に上手く溶け込むことができれば……

(より脱出がし易くなる……!)

 という寸法である。

 だが俺の必死のアピールも虚しく、レオスは「何してんだ?」みたいな目でこちらを見てくるだけだった。
 
「ぜ、ゼナリオ……おま――」
「よし! なら話は早い。今すぐ野営部隊と合流だ。ついてこい!」
「了解です」
「ちょっ……!」

 男が先導し、俺は少し距離を開けてその後についていく。
 
 レオスも少し戸惑いを見せつつも、俺たちの後ろをトボトボと歩く。

 すると彼はすぐに俺の耳元まで駆け寄り小声で、

「ぜ、ゼナリオ。どういうことだ、何をしようとしている」
「……いいから、今はこいつに従うんだ。この恰好のおかげで生憎、俺たちは完全に味方だと思われているっぽいからな。その状況を逆手に取る」
「な、なるほど。さっきのサインあれってそういう意図だったんだな。まったく分からなかった……」
「だがくれぐれも怪しまれないように気をつけろよ。一歩間違えれば大惨事になりかねん」
「わ、分かった……」

 レオスはコクリと頷き、俺の耳元から離れる。
 
 作戦変更。俺たちは今の状況を利用し、別の方法からの脱出を試みることにした。
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