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秘し隠し
しおりを挟むライラは休日を利用して市場へ来ていた。薬草や、それに関わるものが数多く揃う専門的な一角だ。
専門的な知識が無くとも、薬草を使った茶葉なんかも置いてある。
あと心が落ち着く物は…とライラもあれやこれやと見て回っていると、店の主人と親しげに離す壁のようなのっそりした男が居た。
『ライラ様』
盛り上がっている所に声を掛けてはいけない様な気がして、ライラはそっとその場を離れようとした。
レイモンドは店の主人と挨拶を交わすと、ライラの方へやってくる。
「奇遇ですね、このような所でお会いするとは」
レイモンドは幾つか薬草が入っているであろう布袋を背中に回す。
「本当に。お休みだったんですね」
ライラも頷き、レイモンドを見上げた。
「休みの日はこうしていろいろ見て回るのです。本当に、この国にはいろいろな物が集まってますから、面白くて」
レイモンドはトロメイでも目をキョロキョロと動かして、興奮していた。目新しい物に好奇心は刺激され続けているのだろう。
「先日はありがとうございました。お陰で母も暫しの間は静かにしてくれます」
どうやら魔女はレイモンドとライラの仕事に満足したらしい。
あの魔女、フォーサイス夫人の暫し、は普通の感覚より短い。彼女の忙しい毎日は瞬く間に流れるだろう。
次の依頼も、きっと直ぐだ…
「そうだ…レイモンド様、気を鎮めるのに聞く薬草などご存じですか?お茶などだと嬉しいのですが、出来れば飲みやすくて、若い女性も好きそうな…」
ここまで言ってしまえば誰の事か分かってしまうだろうと思ったが、致し方ない。
「…それこそデュマン様に頂いた乳香はいかがですか?成分を抽出して香水にする事も出来ますし…」
以前デュマンから貰った乳香の半分以上は断るレイモンドを押し切って受け取って貰った。
ライラにとってはそれ以上に感謝や御礼の気持ちがレイモンドにあったからだ。
レイモンドが居なければ、どうなっていたか…本当に救世主の様な働きで、皆を導いてくれた。
「乳香…はなんだかミリアム殿下にとっても新鮮じゃないかなぁと。物が悪いわけでは決して無く、ただこちらの貴族達や皇族にはよく使われてたりする品物に思えるのです」
相手は皇族、最高級で最新のの物ばかり手元にある。
「では…」
レイモンドは飲みやすい茶葉を数種類と、東の方では一般的だと言う匂い袋の事を教えてくれた。
匂い袋なら、香水程キツくも無く、衣服のポケットなどに忍ばせられるので一興があるのではないかと。
確かに…とライラもその提案に乗って、レイモンドの勧める物を買い求める。
「袋は小さな物で大丈夫です。若い女性がお好きな装飾を施せば、携帯しやすいかと思います」
本当に気の利くマメな男だ…とライラは感心してしまった。あの兄と血が繋がってるいるのかさえ疑わしい。
それから2人は当ても無く、なんとなく市場を一緒に歩き回る。他愛も無い話をして、ライラも気晴らしになった。
次はあそこに行きましょう、とライラが指差した時、レイモンドは不意に立ち止まり、さっとライラの前に立ち塞がる。
レイモンドは首に巻いていた茶色いストールを解くと、すぐにライラの頭にそれを被せ、フードの様にして首に軽く巻き付けた。
『すみません、汗臭くて不快かもしれまんが…』
レイモンドは早口で小さくそう言うと、ライラの顔を隠す。
なぜ…と聞くまでも無く、レイモンドの背後から、王国の礼装を身につけた20人ほどの集団が歩いて来た。
人数が多いだけに、周りの視線を集めている。
耳を澄ませれば、王国の連中が話している内容は、大した事では無い。
レイモンドは壁になる様にして、ライラをその一団の視線から遮る。
『すみません、親しい振りをして。暫くご辛抱下さい』
レイモンドとライラの距離は近い。
まるで夫婦か恋人のように映るだろう。
ライラはそんな事は一向に気にならなかった。フードとレイモンドの腕の隙間から、その一団をチラッと視線を向ける。
数人は官僚の様で、残りは…軍人と騎士団の正装だ。
あの正装に、ライラは見覚えがある。
強く、目に焼きついている。
ほんの一瞬だけ、頭ひとつ分高い銀色髪が、太陽を反射して煌めいているように見えた。
いや、まさか…
と思わずライラは目を逸らした。
一団が通り過ぎると、レイモンドもライラに落としていた視線を上げて、周りを注意深く見渡す。
『…既に先発隊は入っていると聞きました。使者も含め、かなりの人数です。事前準備があるので当然ではありますが。 これから暫くは、外出も気をつけた方が良いですね…』
レイモンドの言葉に、ライラはコクっと頷いた。
変装の方法を、レオは教えてくれるだろうか…
大丈夫だとどこかでたかを括っていた自分の足下が、急にふらつく。
暫くの間、気が抜けない…レイモンドのストールをライラはギュッと握りしめた。
「なーにやってんですか、こんな所で」
屈強な肉体の男が、背を小さく小さく丸めて露店の商品を吟味している。
「いや、我が妻は異国品が好きだからな、少しでも土産物は多い方が良いんだ」
赤毛を後ろで束ね、北方民族独特の色や刺繍が施された服を着た男がそう言った。
「妻って…結婚式はまだ先ですよ。それに、そんな成りではぼったくってくださいと言ってるようなものです。後日そういった時間は設けますから、今は勘弁してください、ガスリー卿」
ガスリー卿と呼ばれた男は、露店の店主と身振り手振りで値段の交渉をするが、
余り上手くいっていない。
「…全く、嫁殿が居ればこんな苦労もせんのに」
「嫁殿?…あぁ、アイヴァン様の。エルメレの言葉に明るかったそうですね…」
露店の商品を隣で見ながら、お付きの男は気まずそうにそう返す。
「嫁殿が居れば、万事上手く運んだだろう。こんな事なら本当に第二夫人にしとけば良かったと思う程だ。
ロシーンもやっと元気になった…
あれほど泣き暮らすとは思わなかったが…。ロシーンは嫁殿が気に入っていたんだ。アイヴァンと愛人との騒ぎから気が滅入っていたが、ここは嫁殿に似た風貌の者が多い。連れてくれば慰めになったかもしれんな」
ガスリー卿は両手を腰に当てて辺りを見渡す。
「また笑えないご冗談ばかり…。私の口なぞからフェルゲイン侯爵家の事は恐れ多く何も申し上げられませんが。
ああも夫が好き勝手していれば、妻にしたら例え政略結婚でも嫌なもんですよ。 我等の土地なら、妻に斧を振り下ろされます」
ガスリー卿と同じ歳くらいの赤毛の男は、露店の商品を1つ手に取る。
簡単な作りの髪飾りだが、色彩が鮮やかで美しい。
話の内容から、故郷に居る妻の事を思わず考えてしまった。
「はははっ!確かにな、我等の土地の女は物静かで我慢強く辛抱強いが、怒った時は凄まじい。しかし、ロシーンをあんなに悲しませたのだ…俺は許せん」
「…許せんて、アイヴァン様をですか? それともフェルゲイン侯爵?」
ガスリー卿の声色の変化に、お付きの男が、その表情を伺う。
「ガスリー卿!…ガスリー卿!っドゥガル様!」
慌ててきた同じ様な服装の男に、2人は目をやる。
「もう船が出ますよ!お早く!」
「あぁ、今行く。行きますよ、ガスリー卿」
お付きの男が商品を戻し、ドゥガルを促した。
「…手土産は持ってきたつもりだ。一体誰が出てくるか。出て来ないなら引っ張り出してやろうじゃないか…」
ドゥガルは交渉決裂した品物を戻し、その身を翻す。
船へ向かう足を一歩一歩力強く踏み出した。
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