転生伯爵令嬢は2度死ぬ。(さすがに3度目は勘弁してほしい)

七瀬 巳雨

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好奇

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 さすが王国一の魔女が用意しただけある…
 
 ライラは興味の無い振りをしながらも、チラチラと王国の小物に目をやるミリアムを見て感心していた。
 
 だが、そうでなければ連日連夜寝不足になった甲斐が無い。
 
 緻密な絵柄の陶器で出来た小物入れ、化粧品、刺繍、王国風の髪飾りや、ドレスカタログ…女性なら手に取って眺めたいものばかりだろう。年頃なら、尚更…
 
 
「どうぞ、お手に取ってご覧ください、ミリアム殿下」
 ライラがそう言うと、ミリアムはライラを睨みつける。
 
 全く可愛い顔して本当に素直じゃない…
 
 だが、ライラが言ってる事はよく理解しているようだ。
 
 ライラへの反抗心からミリアムはライラの言う事に従わない事に心血を注いでいる。故に、言ってることも理解し始めている。
 
 
 皮肉にも本人が気付いているかいないかは別にして、これはこれで成果にはなっている。
 

「これは…」 
 とライラが刺繍を手に取った時、扉がコンコン、とノックされた。
 
 ライラが返事をすると、ミリアムの使用人が顔を出す。
 ライラは少し首を傾げると、使用人はいそいそとミリアムの側に駆け寄り、何かを耳打ちした。
 途端にミリアムの顔がパッと明るくなり、笑みを浮かべる。
 
 
『すぐお通しして!』
 ライラの許可も無くミリアムがそう言うと、使用人はライラに少し気まずそうな視線を一瞬寄越して、退室する。
 
 ライラは呆れて目をぐるりと一周させた。
 
 
 
『失礼します…』
 
 だが、その声はライラの知っているものでは無い。
 
『お兄様…!』
 ミリアムが振り返る先にいたのは、黒髪に黄金色の目を持った、麗しくも線の細い高貴な少年、いや男性だった。
 
 お兄様…と言うことは…
 
 第三皇子バイラム殿下…?
 
 ライラは直ぐに恭しく頭を下げる。
 
 
『そんなに固くならないで。
 ミリアムが最近王国の事を勉強し始めたと聞いて、僕もちょっと興味が湧いたんだ。邪魔してすまない』
 バイラムは両手を胸の前で小さく掲げて、ライラにそう言った。
 
『バイラム第三皇子殿下にご挨拶申し上げます』
 
『王国から来たそうですね。ラティマの家に居たとか…あそこの人間は皆面白いでしょう?特に、イルデブランド様は…』
 バイラムはそう言いながら笑みを隠すように口元を押さえる。
 
『…大爺様、イルデブランド様には驚かされるばかりでした。ですが、とても博識で聡明な方でいらっしゃいます』
 確かに、大爺様を思い浮かべれば誰にも笑みを浮かべるだろう。種類は様々あるだろうが…バイラムの笑みは悪い意味では無い。
 
 
『頭が良すぎるというのも、中々…凡人には理解できぬことですからね』
 バイラムはくっくっと肩を揺らした。
 
 
『僭越ながら、ミリアム殿下に王国の手解きをさせていただいております、…っ』
 ライラは名乗ろうと思ったが、その後が続かない。名はあるが、家名はなんと名乗ればいいか迷ったからだ。
 マルガリテス…?いや、トロメイ…?
 だが、トロメイを名乗るのは…と腰が引ける。
 
 
『バイラム殿下、先ほどお話ししたライラ殿です。ライラ殿はトロメイの遠縁にあたります』
 バイラムの後ろに、一段と背の大きな人物が音もなくスッと控えた。
 
 ミリアムが小さく甲高い悲鳴を、短く上げる。
 
 
 
 あの日以来だ…とライラは思わず頬が紅くなりそうになった。
 
 だが、今はそうしている場合では無い。
 
『トロメイの?王国からいらした上にエルメレでも有数の貴族と血縁があるとは…』
 バイラムは目を見開いてライラを見た。
 
『敬称が付いておられないので、確かに遠縁でいらっしゃいます。エルメレの民ですが…王国で過ごされた期間が長いのです』
 
 レオの言い方は、なんとも上手く真実を誤魔化している。だが、確かに嘘は言っていない。
 
『トロメイの女性は勇ましいと聞く。確かに聡明で、ご立派だ』
 バイラムは優しい笑みを浮かべた。
 
 
『レオ様も今日はこちらに?なんと嬉しいご訪問でしょう!』
 ミリアムがキャッキャとして、椅子を揺らす。その様子は年相応の素直で可愛らしい動作だった。
 
 
 
「ミリアム殿下…キアラ様からのご命令で私がミリアム殿下にお話しする折は王国の言葉を使うように、と仰せ使って参りました。何卒、ご容赦ください」
 レオは少し気まずそうに、そしてゆっくりとミリアムにそう言う。
 
 ミリアムも意味を半分程理解したのか、顔を歪めてなぜかライラを見た。
 
「…」
 慌てて否定しようと思ったが、ライラの後ろにキアラが付いてると思われた方が都合が良いので、ライラはわざとらしく目を泳がせてみる。
 
 
『ミリ、何事にも学びはある。真面目に取り組む事だ。姉様は意味の無いことはなさらない。ただ、オナシス卿の時のようにはいかないぞ。相手はトロメイの女性なのだから』
 バイラムがニッと笑みを浮かべると、オナシス卿の名を出されてミリアムは顔を気まずそうに逸らし、少し小さくなった。
 
 
「…王国のものですか?手の凝った、素晴らしい品々ですね…」
 レオがミリアムの机に広がる品物に目をやると、ミリアムが何かドギマギと言葉を返した。
 
 その時、レオは一瞬だけライラに視線を移した。
 
 目が合うと、ライラはビクッと肩を震わせてしまう。
 それが可笑しかったのか、レオはミリアムと言葉を交わしながら、柔らかな笑みを浮かべてあくまで自然に表情を誤魔化した。
 
 
 
『ミリアムの相手は大変でしょう?世話を掛けます』
 
 バイラムがライラの隣にやってきて、小声でそう囁く。
 
『恐れ多い事です。この上無い名誉です』
 ライラの声のトーンが低いのは嘘をついてる訳では無い。決して…
 
 
 
『母上と…特に父上がミリを甘やかして育ててしまったので。ですが、根は小心者で怖がりなのです。反抗心は不安の現れ…どうか大目に見てやってください。
 姉様もオナシス卿の時のことがあるので…今回は少々手荒い手段に出たが…』
 
 
 ライラとバイラムはたどたどしく話すミリアムを見る。頬を染め、一生懸命に話そうとする姿は確かにいじらしく、まだ幼く年若い娘の姿だ。
 
 
 小心者で怖がり…
 
 なぜこういったことが今自分に必要なのか、ミリアムは知らない。疑っているがのらりくらりと誤魔化され、確信を持てていない。
 それが余計怖いのだろう。
 
 王国へ嫁がされるのかもしれない…
 
 豪華絢爛な宮殿で何不自由無く育てられた箱入り娘が、突然皇族としての努めだと異国へ放り投げられるのは、確かに酷な事だ。
 溺愛されたが故、その反動も大きい。
 
 しかも、レオを慕っているにも関わらず…
 
 
 
 ミリアムの華奢な背中には様々な思惑や期待がのしかかっている。
 ミリアムがある日ポッキリと折れない事を祈るばかりだ…
 



『…イルデブランド様は今何にご興味があるんです?』
 バイラムは穏やかにライラにそう聞いた。
 
 レオとミリアムは順調に話を進めているようだ。今は邪魔すべきでは無い、というのはライラも賛成だった。
 
『畑仕事に精を出されてます。特に、観賞用の赤い実を食用に市井へ広げられないかと品種を改良したりして…』
 
 
『赤い実?…あの悪魔の実をっ!?あれは毒があると聞いたが…』
 
 バイラムは驚いた顔をして上体を仰け反らせる。
 
 
『美味しいですよ。瑞々しく塩にも砂糖にも合いますし、小麦料理にもよく合って…』
 
『ライラさんも食べたんですか!?』
 
 
 バイラムがまた目を見開いて更に上体を仰け反らせる。
 
 ライラさん…初めて呼ばれる呼び方だが、なんだかしっくりした。様とか殿とか付けられるようなご身分では無いからだ。
 
 
『まこと、あなたは古のトロメイの女を彷彿とさせる…』
 
 バイラムは驚きつつも関心したように艶のある黒髪を揺らし、何度も頷いた。
 
『毒性があると勘違いされてますが、毒などありません。イルデブランド様もご自身で証明済みです。喉が渇いた時なんかは本当に美味しいですし、乾燥させても使えるので日持ちもします』
 
 ライラがそう言うと、バイラムは顎に手を当てて暫く何かを考え込む。
 
 
 
『ライラさんも生きておられるのでそれは確かだ。…私も今度食べてみたい。いや、その前に育ててみたいものだ』
 
 バイラムが目を輝かせてそう言った。
 
 
 
 遂に…うっかり、あの悪魔と呼ばれる赤い実が、見て愉しく、味わって美味しい事を漏らしてしまった。
 
 しかも、相手は皇族だ。
 
 
 
 ウーゴが額の汗を拭いながら、ギョッとする顔が目に浮かぶ。
 
 
 ラティマ家に今後混乱が起こるとして、ライラは自分がいかに関わっていないか言い訳を探す必要がある。
 ただでさえ寝不足なのに…
 
 熟睡できる日はまた遠のいて行った。
 
 
 
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